#48
騒動に巻き込まれてあらびっくり、都市最高級のホテルに泊まれる事になったスフェーン。どこかの漫画のような話だが、スフェーンは自分の部屋よりも遥かに居心地の良いベッドの上に飛び込んだ。
「ぬあぁ〜っ!!」
気持ちが良い。フカフカの最高級の寝心地を体感するスフェーンは同時に部屋の調度品も見る。
「良いベッド…」
『部屋に盗聴器の類無し、不審な電波も確認されません』
まさか高級ホテルに泊まれる日が来るとは思っていなかった。思わぬ遭遇だったが、今日一日だけの特別サービスだ。
と言うか、こんな価値のない人間に盗聴器を仕掛ける必要もないと思うぞ。
「あのお嬢様には感謝しないとなぁ」
揉め事に巻き込まれたが、お礼がこれならチャラに全然できると思ってスフェーンは部屋の浴室を見る。
「うわっ、スゲェ」
シャワーと浴槽を備えたフルセットのバスルームであり、石鹸やアメニティーも揃っていた。
部屋の冷蔵庫に入っている飲み物は自由に飲んでも構わず、スフェーンは一日限りの贅沢を過ごす。
基本的に浴室を備えたバスルームやシャワーを毎日浴びるのは富裕層の特徴であり、また血統書付きのペットを飼う事も今の富裕層の嗜みだ。
ただまぁ、ペットを飼う事自体はこの世界においてはかなりある事。むしろ下流層になればなるほどペットを飼うと言う現象が起きている。
ただ下流層の場合は嗜みでは無く、自らの精神安定といざとなった時の食料として飼う。娯楽としてでは無く、家畜としての意味合いが強い。
「しかし友人…ねぇ」
仰向けになり、一人の部屋で天井のシャンデリアを見るスフェーン。そこで彼女は先ほど、サラと話した時の事を思い返していた。
「友人?」
軽く首を傾げるスフェーンにサラは頷く。
「えぇ、貴方のような面白い人と交流すると言うのも。私にとって利益足り得るものですわ」
「私は一般の下級市民ですけど?」
「でも実力はある。あの状況、普通なら泣き叫んでいてもおかしくは無いですわ」
「……」
サラはそう話すと、部屋の椅子に座り込み。スフェーンも与えられたベッドに座る。
「まぁ、運び屋にああ言う状況はよくあるものさ」
「良くあるですって?」
そこでサラは軽く首を傾げた。
「少なくとも私がお邪魔した運び屋は野盗の襲撃はほぼありませんでしたわよ?」
「ちなみに聞くが、その運び屋にお邪魔したのは許可とったか?」
「家出をした私にそれを聞く必要はございます?」
「…」
こいつやってんねぇ、さすが軍警の治安官が胃を傷めるだけの事はある。
「やめとけよ、親はカジノ王なんだろ?」
「…」
その時、サラの表情はひどい物となり。明らかに嫌悪している様子だった。
「悪かったよ」
墓穴掘ったなと少し反省をしながらすぐに話題を変える。
「でもまぁ、人様に迷惑かけるな。それと私からレーズンを奪うな」
「あら、あのレーズンはとても美味しかったですわね。どこで買ったのです?」
「おいっ」
この野郎、人様のものを悪びれもせず!!だが美味いと言う感想には共感できる。
「ルマリテと言う小さな街だ。昔、仕事で寄った」
「ルマリテ…確か、ウリヤナバートル近くの小規模都市ですわね」
「知っているのか?」
やや驚きながらスフェーンはサラを見ると、彼女はやや自慢げに答える。
「そりゃあ、あの街のカジノはお父様の系列ですもの」
「あぁ…なるほど」
妙に納得できたようなできないようなアレだが。スフェーンはあまり気にしない事にした。
「まぁ、その街のマーケットで買ったものさ」
「へぇ…今度お父様にお願いしておいて貰おうかしら?」
そんな話をしながら、スフェーンは付けていたサングラスを取る。
「おっ」
そしてサングラスを取って胸ポケットに入れた時、素顔を見たサラが思わず声を漏らす。
「貴方、本当に親無しですの?」
「失礼な、これでもスラム街育ちだよ」
「でもそんな整った容姿、遺伝子調整でもされたみたいですわね」
スラム街出身はマジだが、この体を手に入れた経緯は少々厄介なので絶対に口外しないぞ。
「運が良かっただけでしょう。突然変異かもしれませんね」
軽く鼻で笑うとスフェーンはサラに聞く。
「ところでお嬢様」
「何かしら?」
「いつまでこの部屋で過ごすおつもりですか?」
「……あら、そろそろ行かないといけませんわね」
時計を見てサラは席を立つと、そのまま部屋の扉に向かう。
「では、また会いましょう?スフェーンさん」
少し笑って彼女はスフェーンを見ると、部屋の扉を開けて出て行った。
彼女の少し良い笑みを見て、スフェーンは少し嫌な予感を感じ取ってしまった。
「変な事に巻き込まれなきゃいいが……」
軽くため息を吐いてベッドから起き上がると、スフェーンは部屋のカーテンを開ける。そこではベガスシティの巨大なビル群が見えていた。
「ルシエル」
『何でしょう?スフェーン』
そしてビル群を見ながらスフェーンはルシエルに聞く。
「サラ・アンデルセンについての情報って分かる?」
『っ!お任せください。彼女の下着の色まで情報を収集いたします』
ルシエルは嬉しそうに答えると、スフェーンはやや苦笑気味に言う。
「下着は良いわ。それよりも……」
そこでスフェーンは少し彼女一個人に対して思った事があり。その調査をルシエルに託していた。
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翌朝、一夜限りの良い時間を過ごしたスフェーンはチェックアウトの為にベットから降りてスーツに着替える。
『良い一夜を過ごせましたか?』
「ああ、よく寝れた気がするよ」
あの後、浴槽に入ってシャワーまで浴び、良いベッドの上で備え付けのパジャマ姿で飛び込んでそのまま睡眠に入った。
「さすがは富裕層の泊まるホテルだよ」
『スフェーンの稼ぎですと、到底一泊するので苦労しますね』
「ハハハ…」
ノーコメントでお願いするよ。
ベッドから起き、スフェーンは荷物…と言っても服だけだが。を着込み始める。
ホルスターや銃剣を装着し、上からジャケットを羽織る彼女は少々散らかったまま部屋を後にすると。館内図を見ながら入り口に向かう。
個人的には周囲の人間との違和感満載なのだが、ホテルのチェックアウトをするにはフロントに行く必要があるので少し緊張するが、スフェーンは平心を装って一人でフロントに到着した。
幸いフロントは無人で、人に会う事なく簡単にチェックアウトを済ませる事ができた。
「ふぅ、不慣れな場所はダメね」
それこそスラム街の方がよっぽど行きやすいと思いながらポケットに手を入れると、入り口からホテルを後にする。すると、
「あら、ちょうど良い所に来ましたわね」
「げっ」
そこでは片手にレザートランクを持って待っていたワインレッドと白のワンピースを身に纏うサラ。頭にはつばの大きいの帽子を被り、上から黒のカーディガンを羽織っていた。
「何でここに……」
「何でですって?そりゃ当然、」
すると彼女はスフェーンに蝋封された白い封筒を差し出しながら言って来た。
「私をこの街まで貴方に運んで貰う為ですわ」
「は?」
お前は何を言っているんだ?
「お父様に先ほど家出の旨を伝えた書状を叩きつけて来ましたの」
「……えぇ」
「それに、私を運んだことを追及されないように根回しもさせていただきましたわ」
「…」
おいおい、何しとんねんこのお嬢様。
「あの…私まだ捕まりたくないんで」
「あら、根回しは済ませましたわよ?」
いや、私は金持ちのお嬢様を運びたくないだけです。一回車上狙いでやられたんで勘弁してつかーさい。
「金持ちはいちゃもんつけられる」
「私が証人となって差し上げますわ」
「……金持ちって証拠隠滅できるって知ってる?」
「……さて、依頼料のお話に参りましょうか」
「おい」
話を逸らそうとすな。私が死ぬか生きるかの瀬戸際やぞ。こいつ、人の命を何だと思って…
「お父様なら、人を殺すような事は致しませんわ」
「何その信頼感」
そしてサラはスフェーンの手を取ると、近場のカフェに連れ込んだ。
「取り敢えず、これくらいで如何かしら?」
「…」
そう言って小切手を渡してくると、その値段にスフェーンは目玉が飛び出そうになった。
「危険料やその後の問題の迷惑料も込みで如何かしら?」
「……」
ぶっちゃけると受ける価値はありそうだ。するとルシエルも、
『スフェーン、この依頼は受けても私たちにとって有益な取引となり得るでしょう』
そう言ってくるのでスフェーンはこの依頼を受ける事にした。色々と爆弾を抱える形だが、それを負っても受ける価値のある依頼だった。
「尤も、非公式なのは仕方ないか…」
「当たり前ですわ。証拠を残さないためですもの」
「じゃあ、旅客便を使わないのも同じ理由?」
基本的に旅客列車の切符を購入する際には個人番号を登録する必要があるので、どれだけ遠くに逃げても追跡されてしまう。それを避けるために非公式で依頼を出したのだろう。
「ええ、勿論ですわ」
彼女はいつものようにボディーガードを出し抜いて来たのだろう。スフェーンに高額の依頼を出し、スフェーンはそれを了承していた。
運輸ギルドを通さない非公式な依頼だが、物を運ぶわけではないのであまり後ろめたさは感じなかった。いざとなれば逃げれば良いし、軍警も日毎のお嬢様の行いから納得してくれる事だろう。
「いつまでにお送りすれば?」
「早ければいつでも。できれば一週間以内に」
「分かりました」
スフェーンは目の前の高額な依頼料を前に彼女を連れて街を歩く。車上荒らし呼びとかしてすんませんした。
ベガスシティから一人の上客を乗せて別の街に移動させる。
理由は深く聞かないが、家出の書状を叩きつけたと言うのならそれなりの理由があってのことなのだろう。護衛も無しにサラはスフェーンと街を歩く。
「スフェーン」
「?」
サラが話しかけてくると、彼女は幾つか聞いてくる。
「運び屋はいつほどから始めたのですの?」
「一年以上昔から」
「指名依頼を受けたと言っておりましたわね。何件ほど?」
「もう十件以上は」
運び屋としての職歴を聞かれ、答えていくスフェーン。その実績に改めてサラは呟く。
「本当に貴方子供ですの?本当は完全サイボーグでないのですの?」
「なら試してみます?私の声帯を」
子供の姿をした完全サイボーグは声帯が機械化されているので判別がつくが。スフェーンの喉は正真正銘、本物の声帯だった。
それを分かっているが故にサラは追求する事はなかった。
「待って」
「?」
すると突然、スフェーンが歩みを緩めてサラを静止させた。そしてその後ゆっくりと彼女に聞く。
「…すまんお嬢様」
「えっ?」
その瞬間、スフェーンはサラの手を取るとそのまま建物の間を縫って走り出し。一瞬サラは驚くも、後ろから裏路地を追ってくる足音を聞いてすぐに意識が切り替わった。




