#43
ラストタウンの鉄鉱石を運び出す任務を受けているスフェーン。
鉄鉱石の残量が、街の寿命となってしまった現在。鉱山会社に勤めている街の住人は最後の仕事に就く。
「よーしっ、そろそろ飯にするぞ」
ベルトコンベアに鉄鉱石を落とす仕事は製鉄所より派遣されてきた従業員が重機を使ってベルトコンベアに落とす。
そこで現場監督をしているナルクの父が言うと、従業員達は一斉に駅の食堂に向かって歩いて行った。
社員食堂も兼ねている駅の食堂ではユウキ達が今日は給仕を手伝っており、いつもより早く料理が出てきた。
「親父」
「ん?」
その途中、食堂が騒がしく食事を摂る中。ナルクが父親に近づいて少し不安げな表情で聞いた。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
「何だ?」
しかし食堂のこんな状態では少し聞きづらいのか、言いづらそうにしているのを見て父は席をたった。
「ホームに行くぞ」
「うん…」
そして二人はホームのベンチに座ると、ナルクに聞いた。
「どうした?俺に話しかけるとは珍しい」
反抗期に入り始め、あまり話しかけてくる事のなかったナルクの少し不安げな表情から何を聞いてくるのか色々と勘ぐる父。
学業のことか、はたまた友人関係や家庭的な事か。
そしてナルクはそんな父親に聞いた。
「親父、この街って無くなるのか?」
「……」
少々予想外だったその質問に父親はやや驚くも、少し息子の頭に手をやった。
「まぁ、ここで嘘を吐いても仕方ないな」
「っ…」
突きつけられた事実にナルクはショックを受けるも、薄々は感じていたので静かに短く俯いた。
「今ある鉄鉱石の運び出しが終わったら、この街は放棄され。俺たちの会社は合併される」
「合併?」
「ああ、他の鉱山都市に引っ越す事になる」
父から告げられたその事実にナルクはどこか安堵をしていた。
「お前達が学校に行けなくなることはないから安心しとけ」
むしろ引っ越し先の都市の方が繁栄しているので毎日学校に通う事になると言う。
「そうか…」
「まぁ、色々と寂しくはなるかもしれんがな」
そう言って少し笑うナルクの父。都市の放棄と言う、経験する事のほぼ無いその事態に不安を感じているナルクにいつも通り過ごせばいいと言う。
「遠くてデカい引っ越しだと思えば。それで良い」
「親父はさ、反対しないの?」
そんな父にナルクは疑問を投げた。
父が母と結婚したこの街、自分が生まれたこの街。多くの思い入れのある街を捨てるその勇気にナルクは首を傾げると、父は言う。
「まぁ、確かにこの街を捨てるのは辛い。だが、生きて行く為に。…お前達が腹を空かせるくらいなら、俺は喜んで街を捨てる」
父はそこで色々と思い返していたのだろう、少し間を開けて続けていた。
「失ってもまた、いずれは新しい故郷が本物になる。偽りの故郷であろうと住めば都、新しい実家に愛着が持てるようになるさ」
そう言って父は空の駅を見る。ここは幹線とは違い、かと言って通過列車が通るような路線でも無いので静かなものだった。
「街を捨てるって言うのは、それほど重いものとは俺はあまり思わないな」
そう言うと、父はベンチから立ち上がった。
「そろそろ午後の仕事だ。お前も仕事に戻れよ」
そう言い、父は食堂に戻って行った。
その後、午後の就労時間となり。駅の食堂から大人達が消え、静かになった食堂でユウキ達はまかない料理を食べる。
「ーーって、親父は言ってたよ」
「私も、パパがそう言うこと言ってたわ」
「僕も」
偶然にも三人はそれぞれの親に街の事で話を聞いていたらしい。
「食い扶持を探すためなら街を捨てる事に異論は無いって。お父さんは」
「親父と似たような事言っているな…」
「ねっ」
おばちゃんの作った蕎麦を啜りながら三人は考える。
「今更嘘ついても意味がないけどね」
「まぁ、僕らも薄々はわかっていたと思うよ。心のどこかで」
「親父は大きめの引越しと思えば良いとは言っていたけど…」
それでも街を捨てるという、一生に一度有るか無いかの経験に少し思う部分はあった。
「街を捨てる……かぁ」
「中々無い経験よね」
「普通無いだろ。そんな経験」
今頃、自分たちの親は鉄鉱石を貨車に積み。スフェーンが深夜に来て貨車を取りに来るのを駅員さん達が待つのだ。
別にスフェーンの貨物輸送を邪魔しようとかは思わない。そんな事をしたってこの街が再び復活するとも思えないし、そもそも街に愛着があるかと聞かれても『よく分からない』と答えてしまう。
「取り敢えず、引越しの準備をしないとね」
「私物は持っていけるだけ持って行くんでしょう?」
「そのつもりだけど」
街を離れた後、新しい鉱山都市に移動する彼らはこれからの移動の為に部屋にある自分の荷物をまとめる必要があった。
幸いにも、何もなかった田舎故に私物もそこまで多く無いのは幸いと言ったところか。
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そして鉄鉱石を運ぶ毎日、日に日に減っていく鉄鉱石の山を時折子供達が眺める。
残った従業員達がベルトコンベアに重機を使って鉄鉱石を流し、土などの不純物を除去しながら鉄鉱石をホッパー車に積み込んでいく。
空のホッパー車に積み込まれていく鉄鉱石の量はうまく調整され、ついにその日を迎える。
「……」
駅のホームには町中の人が集まり、ホームには全ての貨車に鉄鉱石の乗せられた一本のホッパー貨車の編成。
いつも見慣れてきた景色だったが、今日は違った。
「……あっ」
遠くから見えたその景色にユウキが短く声を漏らす。
「来た」
暗闇の中に灯る三つの灯り、ユウキ達は見慣れた親しみのある列車が駅に進入してくる。
赤と灰のカーゴスプリンター、背中には今回はコンテナを抱えておらず。凸凹した車両となっていた。
その後ろにいつもならあるはずの空のホッパー車は無く、五両の車両だけが訪れていた。
そして列車は駅の近くに停車すると、四個のコンテナを積載していく。
駅の側のコンテナヤードに残ったコンテナの数は十数個、その中にはダンボールや家具などで敷き詰められたパレットが乗せられており。それをついでに運ぶ事になっていた。
「……」
そしてコンテナの積載を終え、凹凸が無くなった列車はそのままホームに進入すると、自分たちの目の前でゆっくりと停車し。おじちゃん達が連結器を確認し、旗を振る。そして今では見慣れた帽子を被ったスフェーンが前進して連結を行う。
そして短く前後に動き、しっかりと連結したことを確認すると運転台からスフェーンが降りて来て反対に移動する。
人が見ていてもこれと言った特別なことはなく、いつも通りの作業を終える。
「じゃあ、出発します」
あれよあれよと準備が進み、最後の鉄鉱石運搬列車が出発する。
ッーーー!
少し長めの汽笛を鳴らし、ゆっくりと出発していく最後の列車。
積まれた鉄鉱石を製鉄所に送るだけだと言うのに、こうも虚しくなるのは何故だろうか。
まるで出棺の如く静かに街のみんなが列車を見送り、その姿の赤いテールランプが見えなくなるとそこからは街の全員が静かに駅を後にする。
本当にあっさりとした最後だった。
今まで当たり前だった景色が突如奪われたように消え、明日にはまた別の景色が見える。
「さっ、行くわよ」
「…はーい」
そして最後までホームに残って列車を見送っていたユウキは母に肩を叩かれ、そしてホームを後にする。
その日は妙に目が冴えていて、いつもなら寝てしまう時間でも普通に起きることができていた。
翌朝、駅前に多くの人達が集まっていた。
街の住人が全員、新しい街に移動する為に一時的に駅舎やビルを丸々使っており、ホームには初めて町長の気動車に50系客車が繋げられていた。
みんなが駅前に集まる中、僕は今まで住んでいた家を見る。
今まで暮らしてきた家、今日の朝もここで起きて布団を片付けた。
これからもずっとそうだと思っていた光景、それが変わる瞬間。今僕は、それに立ち会っている。
街に三人しかいなかった子供、次の街でもずっと一緒だが。あの寺子屋はもう使わない。
新しい学校には多くの同級生が過ごしていると言う。だからこれからは勉強で忙しくなると思う。
「ユウキ?」
「はーい」
その時母に呼ばれ、僕は今までの家に一度深々とお辞儀をしてから後にした。
駅では街のみんなが集まってリュックサックなんかを背負ったりして列車に乗り込んでいた。
そして一回列車が満員になると、町長さんが直接運転するその列車はホームから走り去っていく。
「ユウキ」
「ん?」
そして列車を待っている間、ナルクが唐突に話しかけてきた。彼も僕と同様、リュックサックに荷物を詰めており。その横にカオリも立っていた。
「どうしたの?」
「ちょっとやりたい事があるんだ」
「?」
するとナルクは耳を軽くピクピクさせて音を確認するとホームに入ってくる列車を見た。
「あっ、来た来た」
振り返るとそこではスフェーンの列車が入って来ており、昨日と違ってコンテナ車を繋いでいた。どうやらスフェーンは街の荷物を運ぶ依頼も受けていた様子だった。
「自警団の戦車と俺たちのコンテナを運ぶんだと」
「へぇ〜」
「んでさ、これでスフェーンさんとはお別れだから…」
そこでナルクは鞄をゴソゴソとして中からある物を取り出した。
「よしっ、行くぞ。ユウキ、カオリ」
「あっ、ちょっと!」
「ま、待ってよぉ〜」
そこで高架橋に向かって小走りするナルクの後を慌てて二人は追いかけていた。
ラストタウンでの鉄鉱石運送の仕事を終えたスフェーンだが、依頼主の製鉄所からの指名依頼でラストタウンに残されたコンテナと、自警団の戦車の運送の依頼を受けていた。
コンテナの中身は家具や食器と言った日用品、街を引越しさせるのに重要な荷物なので慎重に運ぶ必要があるが、スフェーンは慣れていた。
「ふぅ…」
ホームに並んでいた六両の戦車、残ったコンテナを一両ずつ積載し。乗り切らない場合は上に二段目を重ねる。
「街の終焉か…」
スフェーンは滅ぶ瞬間の街を眺めており、反対のホームには迎えの列車を待つ街の住人の数々。
「スフェーンさーん!」
「ん?」
そんな住民の姿を見ていると、駅の高架橋からナルクを先頭にユウキとカオリが追いかける形でスフェーンの元に走ってきた。
「どうした?」
「渡したいものがあるんだ」
そう言うと、彼はスフェーンの手に大人の拳サイズの鉄鉱石を手渡した。
「これは?」
「ここで掘った鉄鉱石。親父に頼んで土産にしてもらった」
ナルクはそう言うと、少し誇らしげにスフェーンを見る。
彼らなりの土産を貰い、少し微笑んだスフェーンはありがたくその鉄鉱石を受け取る。
「ありがとう」
ラストタウンで彼等が掘った鉄鉱石の証、直ぐに溶鉱炉に消えてしまう街の歴史を証明する唯一となる物は、彼らにとっては誇りであった。
「じゃあな!」
「ええ、君も元気で」
手を出して握手をするスフェーン、特に子供三人には色々と関わった故に別れは少し寂しいものだった。
「ありがとうございました。ほうとう、とても美味しかったです」
「そりゃよかった」
カオリはスフェーンに頭を下げると、最後にユウキを見た。
「あの、スフェーンさん」
「ん?」
するとユウキはスフェーンに頭を深々と下げた。
「今まで、ありがとうございました」
そんな彼を見て、スフェーンは少し笑ってその頭を強めに撫でた。
「元気でね」
「はい…!!」
ポニーテールに帽子を被る彼女は手を離すと、遠くからちょうど自警団の団長の声が響く。
「おーい、嬢ちゃん!積載終わったぞ!」
「了解」
その方を向いて返すと、スフェーンは三人を見ながら言った。
「長生きしなさいよ。じゃあね〜」
そう言うと、彼女は列車の先頭部分に向かい。昨晩と同じように運転室に入った後にエーテル機関を始動させ、ゆっくりと前進していく。
そしてそれを追うようにユウキ達も走って追いかけると、ホームの端の柵の手前で足を止める、そのまま三人とも手を振って見送る。
「「「さよーならー!!」」」
三人は笑顔でその列車を見送っていた。
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『ーー次のニュースです』
日々、多くのニュースを取り扱う報道機関。そこではある一報が報じされる。
『昨日、住民の移住が完了したラストタウンや周辺鉱山一帯がアイリーン社によって買収されました』
淡々とキャスターはそのニュースを報じる。
『またとある情報によりますと、数年前よりアイリーン社はラストタウンや周辺の鉱山への投資を停止しており。また鉱山会社への投資をやめるよう他の金融機関にも注意や買収を促し、ラストタウンへ投資を行わせないようにしていたと見られています』
日々様々なニュースを取り扱う報道機関では、企業による買収の報道も様々あり。市井ではそうしたニュースの一つとして数えられていた。
『買収されたラストタウンはエイレーネグラードと改称され、周辺の再開発が行われると公式発表がされました。
なお今回の買収に際し、ラストタウン買収はアイリーン社による意図的な工作があったのではないかと、各方面より疑惑と非難の声明が続々とアイリーン社に届いている模様です』
そのニュースに反応した人数はごく僅かであった。




