#40
ラストタウンに向かう途中、スフェーンは自室でぐっすりと寝ているユウキ達を見ながら鍋を火にかける。
列車に戻った後、空のホッパー車を繋いで街になるべく早く帰るために少し早めに速度を出していた。
そして今はこんな状態だが、起きている時はずっとユウキはスフェーンのそばにいる事が多かった。
やはりあんな目に遭ってしまうと、自分を救ってくれた人間に依存をしてしまうのはどこも同じらしい。
「こんな吊り橋効果は要らないんだけどなぁ」
『好かれることは良いことでは?』
「こう言うのを求めていないよ」
そう言い、スフェーンは鍋の中で味噌を溶くとそこに野菜や麺を投入する。そしてグツグツと音を立てる鍋から漂う匂いに最初にナルクが鼻をヒクヒクさせてゆっくりと目を覚ました。
「んん…この匂い……」
「おお、起きたね」
そこでスフェーンは出来上がった鍋をちゃぶ台に置くと、次にカオリが目を覚ました。
「ん?あれ……」
「ちょうど良い具合に起きた」
そう言い、スフェーンは小さな丼と箸を分ける。
「これは何ですか?」
「ほうとうと言う鍋料理だ。美味いぞ」
そう言い、お玉に味噌を注いで次に下から麺を取り出して菜箸で分けると最後に野菜やキノコを入れる。
湯気が立ち上り、暖かい料理を前にカオリ達は目を丸くしていた。
「さぁ、着くまでに食べてしまおう」
「あっ、はい」
「いただきます」
ユウキはまだ寝ているので、そのままにして三人は夜食でスフェーンの作ったほうとうを食べ始める。
「美味しい……」
「味噌がいい味ですね」
カオリ達は初めて食べるほうとうの味に舌鼓を打っていると、スフェーンも満足げに言う。
「帰りに食べるように買っておいたんだ。こう言うのは、人数がいないと作る気にならないから」
そう言うと、彼女は冷蔵庫の扉を開けて中からルートビアの缶を取り出す。
「何か飲み物は?」
「あっ、えっと……」
「何があるんです?」
ナルクが聞くと、スフェーンは色々あると言った。
「コーラ、サイダー、ジンジャーエール、ルートビアにカルピス…」
「うわぁ、炭酸ばっかり」
冷蔵庫に入っている缶の種類を見て軽く引くカオリ。
「いいんだよ、好きな物飲めば」
「あっ、じゃあ俺コーラ」
「はいよ」
そこでスフェーンはナルクにコーラ缶を渡す。
「うわっ、キンキンに冷えてる」
「そう言うのは冷たくてなんぼよ」
そう言い、スフェーンはカオリにサイダーを手渡す。
「お茶はないんですか?」
「お?親の目がないのに?」
ここに親はおらず、子供なりの自由……夜食やコーラがぶ飲みと言った事をしないのかと聞いた。
「お母さんからジュースばかり飲むのはいけないって言われているので」
「はぁ〜、真面目ねぇ」
そんなカオリにスフェーンは軽く感心していると、ベッドで横になってたユウキが目を覚ました。
「んんっ…」
そしてゆっくりと体を起こして横を向くと、そこではちゃぶ台を囲んで食事を摂る三人。
「よぅ、先に酒盛りしているぞ」
「酒盛りじゃないでしょ」
「遅めの夕食だな」
そんな軽口を言い合っている三人に出遅れたと思ったが、起きたのを見たスフェーンは彼の為にほうとうを取り分けた。
「良いっすよ、今のこいつには」
そう言ってナルクはスフェーンに今の状況では妥当とも言える事を言うが、気にしていないように彼女は振る舞う。
「ほらよ」
そして目の前に出された器を手に取り、その温もりを感じ。軽く香りを嗅ぐと、味噌と小麦の香りが漂い、ユウキは箸をとって中身の麺をはじめに口にする。
少しコシのある硬めの平べったい麺に合わさる味噌と出汁の味。
野菜のしなった食感とネギの歯応えが口の味噌と合わさって飲み込みやすくなる。
小麦が混ざって少しとろみの増した味噌は出汁の味も含めて食べやすく、空腹だったユウキはすぐに食べ終えてしまった。
「お代わりもある」
「あっ、えっと…」
少し顔を赤くするユウキにスフェーンは喜んで二杯目を分けると、ユウキはほうとうをよく噛んで食べる。
「飲み物はどうする?」
「水でいいっすよ」
「まぁまぁ」
ナルクはスフェーンに向かって言うも、彼女は冷蔵庫から冷えたメロンソーダを取り出す。
「ほら、飲んどけ」
少なくともソフトドリンクを箱買いしているスフェーンはこれくらい痛くも痒くもない程度なので気にしていなかったが、ユウキは萎縮していた。
「こう言う時は飲んで寝るのが一番」
「なんかおっさん臭いですね」
ナルクと同じく、ユウキに少し厳しい目線を向けていたカオリだが。スフェーンの振る舞いに意見を言う事はなかった。
「そう?」
スフェーンはそう返すと、ほうとうを口に頬張って食事を摂る。
「まぁ、食え。腹減っているんじゃないか?」
「そうですね、特にユウキは…」
そこでユウキを見ると、彼は少し涙を流していた。
「おいおい、どうしたんだよ」
「…ううん、何でもない」
「あんた泣いているじゃないの」
そんなユウキに少し呆れるカオリ達だったが、スフェーンはユウキの隣に座ると話しかけた。
「美味いか?」
「…うん」
ユウキは頷くと、スフェーンはそうかと短く納得しながら続ける。
「暖かくて美味い飯は最高級の快楽だ」
「うん…」
「よく食っとけ。腹一杯にな」
「うん…」
そしてスフェーンはユウキの肩を二回、軽く叩くとそのままカオリ達に缶を向ける。
「よぉし、今日の事はまた後だ。とりあえず食え」
そう言うと、ナルク達は少々不満に思いつつも後で締めると公言したスフェーンに賛同していた。
その後、深夜まで騒いでいたユウキ達はそのままほうとうを汁まで食べ尽くし、その後深夜の眠たさと満腹による満足感、糖分が回った事によるトリプルコンボで歯磨きもする事なく眠ってしまった。
「よっと」
ちゃぶ台を前に床で寝てしまっている三人の姿は酔い潰れた中年のそれと似ている。
「すっかり寝ちまったね…」
取り敢えず前日と変わってカオリをベッドの上にお姫様抱っこで抱えてベッドで寝かせる。
『スフェーン、ラストタウンへの到着は明日の朝となります』
「そう…」
とすると数時間しか眠れない事になる。それは子供には少し酷かななどと考えながらスフェーンはちゃぶ台を片付けると、床で寝るナルクとユウキを動かして上から毛布を掛ける。
「まぁ、ゆっくりと寝ておくと良いさ」
すでに事の顛末は向こうの親には伝えており、到着したら色々と事情を説明する事になるだろう。
『今回は予想外な事に巻き込まれましたね。スフェーン』
「二度目が無いことを祈るばかりだよ」
部屋の扉を閉めて運転室に戻り、スフェーンは運転台の椅子に座って最近読んでいるグリーンボウル建設記を読んでいた。
元々本は読む人間だったが、今は本棚がないので街ごとに購入した本は積み上がっていくばかり。
『電子書籍ではないのですね』
「本物の本の方が味があると言うものだ」
そもそもお金を払っているわけで、スフェーンは金を払うなら実物が欲しいタイプの人間だった。
「それに実物の本は売ることができる。資産にもなる」
『その場合は古本で安く買い叩かれる未来が見えますが……』
「そう言う時はうまく口が立つようにするのよ」
スフェーンはそう答えると、読書灯をつけて本を開く。すると、
「スフェーンさん…」
恐る恐る運転台に現れたユウキ、どうやら狸寝入りをしていたらしい。
「何だ?」
まぁ、ここにきた理由はわかりつつもあえて聞くと。ユウキは静かに運転台で自ら正座をした。
「今日の事は、本当に申し訳ありませんでした」
彼なりのケジメのつもりなのだろう。スフェーンに向かって土下座をすると、彼女は言う。
「じゃあ顔をあげなさい」
「はい…」
そこで言われた通りに立ち上がると、彼女はそのままユウキのデコに中指を弾いて強めのデコピンをした。
「痛っ!!」
先ほどまでナルクに三発を喰らって、カオリに一発ビンタを喰らって冷やしていた顔にさらにデコピンの加勢が加わってデコが軽く赤くなった。
「私からはこれで終わり。OK?」
「っ…はい…」
せっかく寝たナルク達の事も考えた罰を喰らい。ユウキは静かに運転室を後にした、するとルシエルが聞いてくる。
『しかしあの人攫いですが……私が出なくてもよかったのですか?』
その疑問にスフェーンは言った。
「阿呆、ビル丸ごと壊す気か?」
『今回の重量級サイボーグを相手にするのに些か散弾銃では火力不足も否めないかと』
至近距離で撃ち込んだスラッグ弾は重量級サイボーグの胸部装甲も貫通せしめたが、相手が一人だったからであり。複数現れた場合の対処もルシエルは考えていた。
「んじゃあ、今度は小銃でも買いますか?」
『二丁銃を持つよりも先に列車の武装強化をするのが優先です』
「はいはい、分かっていますとも」
スフェーンはそう頷くと、今の自分の予算を見ながら今後の予定を考えていた。
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翌朝、ラストタウンに滑り込むように到着したスフェーンの列車。
ホームにはユウキの母親や食堂のおばちゃんが待っており、着いた列車の扉を開けると真っ先にユウキを出した。
「ユウキ!」
列車から降りたユウキに駆け寄る彼の母。その後ろでスフェーンは食堂のおばちゃんにまずは頭を下げた。
「申し訳ありません」
「あんたが謝るのかい?…まぁ、良いさ。あの子を見つけてくれただけでもね」
そう言い、おばちゃんの後ろでは盛大にビンタをするユウキの母親の姿があった。この雰囲気に突っ込んでいける程強い精神を持っていなかった。
「しっかしまぁ…アンタは別嬪さんだねぇ」
「そうです?」
そしてローブを脱いでナッパ服姿のスフェーンを見ておばちゃんはそう言う。
世間一般で言われている美人の枠に入るスフェーンの今の容姿はロリコンや年頃の青年の目を引くこと間違いなしだろう。
「顔を隠していたのは、余計な問題を起こさないためなんだろう?」
「ええ、そうです」
軽くため息を吐く彼女はローブの代わりに鍔付きの帽子を被っており、その姿はさながら管理局の作業員の様だった。
「都市は変態が多いのでね」
「はっはっはっ、住みたくなったかい?」
「いえいえ、私は旅をするのが好きな人間なので」
「あら残念、住むんだったら里親になってあげようと思ってたのに」
おばちゃんとそんな軽口を言い合いながらスフェーンは鉄鉱石で満載の貨物を確認していた。
駅に着いた時、母に最初に手痛いビンタを再び食らう。
ナルクやカオリに殴られビンタされた事で顔はまだ赤く腫れたままだった。
「馬鹿な事して!」
そして一番強烈な痛みを受けたユウキは、それでも一歩も動く事なくそれを受けると。今度は肩を強く掴まれた。
「無事でよかった…」
五体満足で帰ってきたユウキに大粒の涙をこぼす母に彼は静かに言う。
「…ごめん、お母さん」
母と同様、ユウキも静かに涙が溢れ。ナルク達はそれを遠くから見つめる。
「怖かった…」
「そうでしょうね」
自業自得とも言える少年の行動に誰も擁護する事はなく、また少年自身もそれだけの事をしたというのを分かっていたので何も言う事は無かった。
そして色々な人に説教され、叱られ怒られた後、最後にユウキはスフェーンに近づく。
「スフェーンさん」
「ん?」
スフェーンはコーラ味のポケットシーシャを口に咥えていた。
「助けてくださって、ありがとうございました」
「……」
頭を下げたユウキにスフェーンは少し微笑んだ後に彼の頭に手を置いた。少し前のクソガキが嘘のようにおとなしかった。
「これからは親の言うことをちゃんと聞きなさい。良い?」
「はい」
スフェーンの言葉にユウキは頷くと、彼は少しフラつきながら母の元に戻って消えていった。
「やれやれ、アンタは甘ちゃんだねぇ」
そんな彼女に食堂のおばちゃんが話しかけてくる。
「はて?そうです?」
軽くすっとぼけるスフェーンに、おばちゃんは軽く笑った後に言った。
「あたしですら説教をしたよ?助けるために命を張った本人が何を言っているのやら…」
「私にとってスラムは日常。あとで追加報酬でも請求しますよ」
そう答えると口から彼女はアロマスティックの煙を吐いていた。




