#38
人攫いに遭い、見知らぬ場所に連れてこられたユウキは夜になるまで部屋の隅でうずくまっていた。
「お母さん…お父さん……」
人攫いに遭い、これから自分の身に起こる色々な不安が襲いかかり。日も暮れて来た頃、ユウキは状況を理解し。他の子供達と同様、ひたすらにその時を待っていた。
すると部屋の扉が開き、その奥から汚い大人が現れた。
「ほらガキども。飯だ」
そう言うとその男に部屋にいた子供たちが群がり、サイボーグの巨大な腕を持っている男はそんな子供たちに持っていたレーションを軽く投げる。
「おい」
そして部屋の隅でうずくまって動かないユウキを見て飯を届けにきた男は少し苛立つ。
「……ったく」
そしてユウキを無理やり起こすと、その手に温めていたレーションを押し込んだ。
「逃げるんじゃねえぞ」
「……」
少し強めに言い、その男は部屋を後にして鍵を閉めるとすでにレーションを貰っていた子供達はその中身を食べており、ユウキも腹が鳴って我慢できなくなり、ゆっくりとレーションの封を切った。
「うぐっ」
そして香ってくる化学物質の匂いに思わず顔を顰める。こんなもの、とてもまともに食えるのかと体が拒絶していた。
昼間に腹を殴られ、まだその部分が痛く。食事も満足にできない。
「食わねえのか?」
「え?」
するとユウキは自分を殴ったあの獣人の少女に睨みつけられる。
「食わねえなら私に寄越しな。新米」
「……」
こんなもの食べられるわけ無いので、ユウキはそれを渡すと少女は鼻で笑った。
「ふんっ、バーカ」
それの意味する所は分からなかったが、その直後に少女はユウキに吐き捨てる。
「そのまま勝手に死んどけ」
そう言うと、その少女はユウキから貰ったレーションを一気に食べるとゴミをユウキに返した。
「ほらよ」
「……」
何も知らないユウキは少女の動きに困惑をしていると、少女はそのまま部屋の隅に戻ってそのまま横になっていた。
「(寒い…)」
そして夜となり、灯りのない部屋ではすでに真っ暗で何が起こっているのかすら分からない。
そして布団もないので硬い床で寝るしか無く、風も通るので肌寒かった。
「(どうして…)」
どうしてこんな事になってしまったのか、僕が悪い事をしたからだろうか。スフェーンの言う事を守らなかったからだろうか。
勝手にレストランを抜け出して、街を見たいからと思ったからだろうか。
「(ごめんなさい……)」
そんな自分勝手が起こした今の状況に惨めな思いを感じているユウキ、今になってスフェーンの言っていた無法地帯の意味が理解できた。
都市には多くの人が集まり、その中には当然悪い人間もいる。
悪い人間にとって僕たち子供は力がないので簡単に攫うことが出来るのだ。だから子供一人で出歩くのはとても危険な行為なのだ。
「(ごめんなさい…)」
もはや誰に謝っているのかもわからない状態でひたすら救いを求めている彼は空腹の事もすっかり消えてしまっていた。
そして時刻は夜中になった頃、突然《《ソレ》》は起こった。
ドゴーンッ!!
「「「っ!?」」」
部屋にいた全員がその音と振動に飛び起きた。
地震かと思ったが、それとは違ってすぐに振動が収まった。すると次に聞こえてきたのは汚い男の声。
『っーーーー!!』
何か叫んでいるようで、よく聞こえなかったが、また聞こえる破壊音と振動。このビル全体が揺れるほどの大きな音に、部屋にいた子供達は何が起こっているのかわからず窓の近くで震えていた。そして真下から銃声と光線みたいな赤い線がスラム街に飛んですぐに消えていく。
「一体何が起こって……」
恐る恐る窓を開けると、自分達の居た一つ下の階の壁がごっそりと吹き飛び、地面に瓦礫が散乱して、下の方でも大勢の人たちが出てきて混乱していた。
「……」
とても飛び降りてる高さではないのでどちらにしろ逃げられないが、それでもその変化に驚く事に変わりはなかった。
ドオンッ!!
そんな外の変わりように驚いていると、部屋の入り口で一発の銃声が響いた。
「ひいっ!?」
一発の銃声はドアの鍵に大穴を開けて破壊し、その奥からドアが蹴破られた。
「な、何…」
扉の奥から突き出てきた脚に怯える他の子供や獣人の少女、そしてその奥から月明かりに照らされて一つの人影が現れた。
「っ…!!」
その影を見た時、ユウキは目を見開いて驚いた。
「っ…スフェーンさん……」
現れたのはいつもの茶色いローブを羽織らず、防弾チョッキやらを纏った灰髪の少女だった。
彼女は右手に散弾銃を持ち、鋭い目つきで相変わらずの光の灯っていない瞳をしており。どこか人外の雰囲気を持ち合わせていた。
そしてユウキの姿を確認した彼女は彼の手を取った。
「行くよ」
そしてユウキを連れて出て行こうとする中、
「待てよ」
二人に豹の獣人の少女が声をかけてきた。
「そいつを連れて行くなら、アタシ等も連れてってくれよ」
そう言い部屋にいた数人の子供を引き寄せながら目線を向けるが、スフェーンは気にもしていない様子で一言。
「私の用事はこの少年のみ。貴様などに用はない」
「なぁ、頼むよ」
そう言い縋っていた豹の獣人だが、そんな彼女にスフェーンは持っていた散弾銃の銃口を向けた。
「言ったはずだ。私の用はこの少年のみだと」
「…チッ」
舌打ちをするその少女にスフェーンは付け加えるように言った。
「そんなに守って貰いたいなら、赤砂傭兵団にでも拾われるんだな」
「は?」
「噂じゃあ、才能のある子供を引き取って育ててくれるそうだ」
スフェーンはそう言うと、ユウキを連れて死体まみれのビルを後にする。その光景にユウキは思わず目を瞑ってしまった。
「まぁ、実力を示す事だ。幸い、赤砂の事務所はこの街にもある」
すると遠くからヘリの音も聞こえてきており、スフェーンはそのまま逃げるように去って行く。
軍警の世話になると厄介なのは彼女も知っていたので、部屋に居た子供を置いて少女は一目散に逃げていた。
「ん、」
「あっ」
今にも崩れそうなあのビルから離れ、人気のなくなった薄暗い路地でスフェーンはユウキに色々と手渡す。
それはユウキが攫われる直前まで持っていた鞄や電子グローブなどだった。
そして私物を返し、ユウキの手を取ってスラム街を歩くスフェーン、一言も喋らない彼女にユウキの表情も暗かった。
「…言ったはずだ。都市は一本裏に入れば無法地帯だと」
「っ…」
スフェーンは漸く口を開くと、ユウキも思わず顔を伏せてしまう。
「何の武器も持っていない子供が一人で歩いていたら、こうやって攫われる」
「……」
身に染みてその事をよく理解したユウキは黙って頷くことしかできなかった。
「攫われた子供の行き着く先は企業や軍警の実験台か、内臓を売り飛ばされて荒野に捨てられる」
「っ…」
この世界に於いて、インプラントを施されていない未改造の子どもは攫われたところで死亡届の情報すら残らない。スラム街に住んでいるような奴らは特にだ。
軍警に立件されて裁判にかけることすらも叶わない。
ユウキ達は五歳の時に両親から個人情報を登録するためのインプラント手術を受けており、死亡した場合にはきちんとデータベースに記録が残るようになっている。
「なぜお前を都市に連れてきたか分かるな?」
スフェーンの問いかけにユウキは静かに頷くと、スラム街を抜けるためにひたすら歩いていた。
この匂いも地元では嗅いだことがないほど臭く、遠くには都市の明かりが見えていた。
「あぁ、くそっ」
そしてスラムを歩く途中でスフェーンは目の前の列を見て軽く舌打ちをした。
「検問か…」
そこではライトを照射され、一列に並ばされているスラム街の住民の姿があった。
その奥では装甲車が数台止まっており、装甲服を着た兵士が銃を持って待機していた。
「避けるよ」
「え?どうして…?」
「軍警に今捕まると面倒だからだ」
驚くユウキにスフェーンはそう答えると、スラム街の一本逸れた道を歩く。
なぜ市民の治安を守る軍警を避けるのか疑問だったが、全てが違うこの街で常識を求めてはいけないのだとユウキは感じ取っていた。
全ての目線が怖く、思わずユウキは持っていた物を隠してしまう。
「お、お恵みを…どうか…」
その途中である一人の少年がユウキ達に近づいて物乞いをしてきた。
その身なりや今にも倒れそうな掠れた声から僕は何か渡せるものがないかと思ったが、
「失せなさい」
真横でスフェーンが拳銃の銃口をその少年に向けていた。そして…
パンッ!
「なっ…!?」
一発の銃声が裏路地に響き渡り、物乞いをしていた少年は大慌てで逃げ出した。
「お、お助けぇ〜!!」
大慌てで逃げた少年にスフェーンは吐き捨てる。
「芝居なら、もっと上手くやるんだな」
「え?」
首を傾げるユウキにスフェーンは言った。
「今のはサイボーグだ…多分、年のいくオッサンのな」
「えっ…?!」
どう言う事だとさらに困惑が増していると、スフェーンは教えてくれた。
「偶にいるのさ、完全サイボーグ化をして姿を子供に変えて物乞いをする奴ってのがな」
「……」
「そう言う奴らは大半が声帯も機械化しているから、本来はほぼあり得ない機械音声の子供が出来上がる」
そう言う事をするのは大半が後ろめたい奴らしかいないと締め括ると、スフェーンは言う。
「ここでは全てが欲と嘘にまみれている。せいぜい、気を張り続ける事だ」
そう言うと、スフェーンは建物を上に登り。ユウキに手を伸ばす。
そしてスフェーンの手を取って建物の屋上に登ると、恐る恐る聞いた。
「その…ナルク達はどうしたんですか?」
「私の列車で待っている。心配していた」
それを聞き、安堵すると同時に申し訳なさと後悔が迫り上がってくる。そう言う顔をすればいいのか、ユウキは必死に頭を回していた。しかしどうしようも無いのですぐに思考を放棄した。
そして軍警の検問を掻い潜り、スラム街の端に到着すると。目の前には都市の痛いほど煌びやかな光景が入って来た。
「怒らないんですか?」
そしてそのまま都市部に入った二人、ユウキはここまで怒るそぶりを見せていないスフェーンに聞く。
「怒って欲しいか?」
「…」
その問いにユウキは答えが分からず、ただスフェーンを見るだけだった。
「私に君を怒る気はないさ」
「でも、僕が言う事を聞かなかったから……」
暗い表情のままのユウキにスフェーンは彼の手を引きながら言った。
「なら、よっぽど効果的な方法で叱られてもらうまでだ」
私に叱られたところで反省するか?と聞かれて僕は頷いていた。
その後、貨物ターミナルに戻ったユウキは列車で待っていたカオリとナルクに泣かれ、カオリから思い切りビンタされた。
「馬鹿っ!」
思い切りビンタされ、それが今までで一番痛く感じた。あの獣人の少女に殴られた時の何倍もだ。
「もう会えないかと思ったじゃないの…!!」
そしてそのままユウキの胸元に抱き付くとそのまま泣き続ける。ナルクからも、
「ぐはっ!?」
顔面を思い切り殴られ、獣人の力でそのまま吹っ飛ばされて背中を強くスフェーンの列車に打ち付ける。
「あと二発殴るぞ」
青筋を立てて殴り飛ばすナルクにユウキは顔を赤くして鼻血を流しながら静かにそれを受け入れていた。




