#36
製鉄所のある街まで向かうスフェーンは、そこでラストタウンの子供トリオを乗せる仕事を受けていた。
依頼料は駅の食堂三食分無料と少しばかりの移動費と言う、スフェーン的には美味しいと思う仕事だったので安請け負いをしてしまった。
「ここから先には行かない事」
「はい」「分かりました」
オートマトン格納庫に繋がる扉を指差して軽く注意すると、二人は返事をした。
「寝る時はここを使いなさい」
そう言い部屋のベッドと寝袋を指差すと、カオリ達は軽く驚いた。
「え?でもここって……」
「スフェーンさんのベッドですよね?」
スフェーンが指差したのはベッドであり、いつもなら彼女が寝ている場所だった。するとスフェーンは言った。
「私は運転しなくちゃならんから、今日は使わんさ」
そう言い、寝袋も置いておくとスフェーンは他にも色々と注意をする。
「ここは食糧庫で開けられないようにしてる。こっちがトイレだ」
酔ったらここで吐けと言い、スフェーンは部屋でローブを取るとその下から現れた肩まで伸びた灰色の髪と瞳と非常に整った容姿を見せた。
その容姿に思わず見惚れてしまうと同時にギョッとなる。
ローブの下に来ている防弾チョッキやガスマスク、胸元に拳銃を入れるホルスター、散弾用のスピードローダーを腰から数本下げて装着しており、スフェーンは慣れた手つきでそれを脱いでいた。
「ふぅ、やっぱり重いものね」
「「「……」」」
ローブの下に隠していた武装には思わずユウキですらも唖然となっていた。
そしてスフェーンはゴムバンドを取り出して髪を後ろで結ぶと彼女は所々油で汚れた上下で別れた作業着を身に纏っていた。
「着くのは明日よ、とっとと寝ておきなさい」
一晩を列車で過ごす事になるので、スフェーンは子供達に睡眠を促すと、ユウキが聞いた。
「アンタは寝なくていいのか?」
「後で寝るさ」
スフェーンはそう答えると、そのまま運転台に消え。そこに繋がる扉を閉じていた。
残された子供達は少し動揺しつつも、持ってきた鞄を開けて寝る準備を整えていた。
その後、寝袋とベッドに分かれて寝始めるカオリ達。緊張があるとはいえ、子供に体では睡魔に勝てず。完全防音な部屋も相待って完全に寝静まっていた。
「……」
そんな中、ユウキは夜中に尿意に目覚め、部屋の扉を開ける。
便所は列車の方にあるので一度部屋を出て用を足す必要があった。なお今回のお客のために慌てて倉庫と化していた便所を慌てて片付けたのは内緒だった。
「ん?」
そして用を足しに部屋を出た時、僅かに運転席の方に明かりが灯っており。用を済ませた後、少し気になって運転台を覗くと。そこではスフェーンが上の読書灯を付けて分厚い本を開いて読み耽っていた。
運行中の列車は前面のライトを照射して線路の上を暗闇の中で進んでいた。
「……」
元々が整った容姿故に、肘をついてこめかみに手を当てて膝の上で本を開いて読んでいる姿も一つの絵になりそうだった。
濃紺のナッパ服を見に纏い。灰色の髪、まつ毛や瞳に至るまでの全てが灰色の彼女はいつもはローブを羽織って顔を隠しているが、彼女がそうするのも納得の容姿だ。
「ん?」
その景色をじっと見ていると、気配を感じたのか。スフェーンは本から目線を外すと、ユウキを見て軽く笑っていた。
「なんだ、君か」
「……」
ユウキはそんなスフェーンの優しげな表情に軽く驚きをしつつも、すぐに表情を戻すとスフェーンはそんなユウキに問いかけた。
「寝れないのかい?」
「馬鹿にするな」
「じゃあ、何か欲しい物が?」
「無い」
ユウキはぶっきらぼうに答えると、スフェーンは本を閉じると運転席から立った。
「お前こそ、寝なくて良いのか?」
「私か?生憎と丈夫な体でね」
そして運転席脇に置いてある水筒から彼女は紅茶をカップに入れた。
「要るかい?」
「要らない」
怪しい人物から渡されるものは拒否しろと言う親の教えに従って答えると、スフェーンはそんなユウキを見て軽く頷いた。
「良い教育をされている」
そう言って湯気の上るカップを傾けて飲むと、そんな彼女にユウキはいつも感情の起伏が薄いスフェーンに問いかけた。
「…ねぇ」
「ん?」
「僕はお前が嫌いだ」
「えぇ、知っているとも」
いつも適当に受け流すスフェーンはこの時も特に怒ったりもせず本を開いて読んでいた。
「怒らないの?腹が立たないの?」
いつも無反応なスフェーンにユウキは疑問を浮かべていた。その癖して言う時はしっかりと一言で済ませてしまうので、何とも言えない曇った感情が燻っていた。
ユウキのそんな問いかけにスフェーンはカップを運転台に置きながら答える。
「そんな事にいちいち腹を立てていれば、人生やっていけないさ」
スフェーンはそう語ると、ユウキはスフェーンの顔を見た。その時の表情は笑っているようにも、懐かしんでいるようにも見えた。
「こっちだって色々と経験をしてきた身だ。ソレこそ、あの街でしか生きた事が無い君に比べればね」
「むっ…」
スフェーンは運び屋だ、彼女の言う事は正しい。反論しようにも良い言葉が見当たらなかった。
「基本的に運び屋は命のやり取りもある危険な仕事だ。坊主、君は野盗を見た事はあるか?」
「?」
野盗と言えば時々街を脅しにきては自警団の人たちに撃退されるだらしない人たちだ。
そんな人達の話をいきなりし出すスフェーンに少し勘繰るユウキ。
「君の想像している野盗は、どうやらだいぶ弱いらしいな」
「本当の事だもん。いつも自警団に追い返されているし」
「……そうか」
少し間を開けて答えたスフェーンにユウキの表情は険しくなる。
「また嘘ついた」
「知らない幸せと言うものだ。いずれ君も知る事になる」
「それっていつさ?」
「さぁ、私くらいの身長になった時かな?」
そこでスフェーンは茶化すようにユウキを見ると、直々自分達に隠し事をしているスフェーンがどうしても気に入らなかった。
「気に入らない」
「はははっ、私が幾分大人びている証拠さ」
そしてユウキにスフェーンは部屋に戻るように促す。
「さっ、寝られる時に寝て起きなさい。街までは遠い」
「……」
スフェーンに言われ、ユウキは渋々と言った様子で部屋に戻ると、その途中でスフェーンはユウキに言った。
「あぁそう、列車に落書きだけは辞めてくれよ」
その言葉に一瞬ビクッと動きが止まったユウキはそのまま部屋に戻って行った。
翌朝、野盗の襲撃も無く。スフェーン達の乗る列車は朝を迎える。
東から登る朝日を浴び、スフェーンは読んでいた『グリーンボウル建設記』を閉じる。
「朝か…一徹したな」
太陽と惑星ボブランを見ながらスフェーンは最後のすっかり冷めてしまった紅茶を飲む。すると、その時今まで寡黙を貫いていたルシエルが話しかけてきた。
『スフェーン、あの少年に言わなくてよかったのですか?』
「子供の幻想を破壊するのは酷だろう?」
『しかし、いずれ事実を知る事になります』
そんなルシエルの意見にスフェーンは理解しつつも、最後の一滴までカップを傾けた後に運転台から離れながら答えた。
「まぁ、その時に私がいるかどうかは分からんさ」
彼女はそう締めくくると後ろの部屋に繋がるスライドドアを静かに開けた。
「まさかここでガキどもの面倒をみた経験が生きるとはな」
『世の中、経験ほど得ておいて損をしないものはありませんよ』
そして後ろのミラーガラスとは言え差し込んでくる日光に気を付けながら部屋を覗くと、そこでは三人の子供の内、ユウキとナルクはベッドの上で二人で寝ており。
カオリは一人、用意した寝袋に入って寝ていた。男二人は寝相がやや悪く、二人して腕が組み合ったりしていた。
元々コンテナを改装したこの部屋は一人暮らし用の部屋で手狭に感じるが、防音防圧はしっかりとされているので下手なモーテルより快適に過ごすことができた。
「今の時刻は?」
『午前六時四四分です』
なら、起こすのにはまだ早いと感じてスフェーンはそのまま扉を閉めると運転台に戻った。
その後、鉄鉱石を納入する街が遠目に見えてきた頃。運転台のある場所に目を擦りながら軽く寝ぼけているユウキやナルク達が顔を覗かせた。
「んはようございます」
「んにゃ…」
そして律儀に朝の挨拶をした二人にスフェーンは軽く微笑みながら答える。
「よく寝れた?」
「はい…
「「っ!?」」
そして寝ぼけて自分のしていた行動に驚き、たちまち顔が赤くなるユウキとナルクの二人。
「わ、わわわっ!?」
「すみません!!」
慌てて頭を下げてしまう二人にスフェーンは軽く笑った。
「ははっ、気にしていないさ」
そして遅れること十分、今度はカオリが目を覚まして運転室にやって来る。
「おはようございます。スフェーンさん」
「おはようさん」
こちらはあまり寝ぼけていないようで、いつもの習慣で挨拶をすると。スフェーンもそれに答え、窓の外を見ながら起きてきた三人に言った。
「さて、見えてきたわよ」
「「「おぉ〜!!」」」
少し運転台に身を乗り出して窓の外を見ると、そこに映る都市に三人は眠気も一瞬で吹き飛んでいた。
「先に鉄鉱石を降ろすから、その後街に向かうわよ」
「え?街まで着いて来るんですか?」
スフェーンの言い草にカオリが聞き、その問いにスフェーンが頷くとあからさまにユウキが嫌な顔をした。
「えっ、お前来んの?嫌だよ」
「馬鹿者、何も知らない子供一人で都市を歩かせられるか」
軽く答えるスフェーンだが、ユウキは反論をした。
「お前だっていつも一人で街に行っているじゃないか」
「都市での身のこなし方を知っているからだ」
そこでスフェーンはいつに無く強い口調でユウキに言い放つ。
「良いか?都市は一本裏に入れば、そこは無法地帯。子供一人で歩くと言う恐怖をこの際教えても良いのよ?」
「っ…!!」
今までユウキに煽られたりしても平静を保っていたスフェーンが、この時だけはとても恐ろしかった。
自分の言うとおりにしなければ命はない、とでも言っているかのようなその雰囲気にユウキ達は恐怖のあまり息を呑んでしまっていた。
「ここからは私の言う事を聞きなさい。何があっても」
「「「……」」」
スフェーンはそう子供達に勧告すると、列車は徐々に速度を落として製鉄所に入って行ってホッパー車を無事に届けると、次に街の貨物ターミナルに進入をしていた。




