#263
「くそっ!」
闇市から逃げた少年は、右の手首に巻き付けられたリストバンドを外すのに悪戦苦闘していた。
あの闇市での銃撃の際、ジェロームが投げ飛ばした事で直ぐに走って街の中に逃げたが、厄介な問題が右手首に巻き付いていた。
何故かリストバンドはピッタリと少年の手首に巻き付けられると、外す事ができなくなっていた。
「何で外れねえんだ!!」
転がっていた石で傷つけて見るもびくともしない。ピッタリとくっついているので上手く力を加えられなかった。
「ヨーク?」
「っ!!」
そこで建物の影から自分を呼ぶ声がしてその方を見ると、そこには数人の子供達が見ていた。
「馬鹿っ!今こっちに来るな!」
咄嗟に少年は叱ると、意味がわかっていない様子でその子達は首を傾げていた。
「今お前らがいたら「居場所がバレる、だろ?」っ!!」
少年は目を見開いて子供達の後ろにいる影を見た。
その人物はローブを頭から羽織っていたが、昼間にスリをして市場まで追いかけて来た男だった。
「そのリストバンドは俺以外外せんよ」
元々、子供が迷子にならないようにするために作られた物だと、ジェロームは言った。GPS、心拍計などを常に知らせる機能がついており、どこにいるのかは一瞬で把握できた。
「…」
子供達の背後に、音も無しに突然現れたジェロームに少年は警戒し、彼の足元にいた他の子供達は怯えた様子で見ていた。
これからされる事を知っていたので、少年は立ち上がってジェロームを見上げた。
「殴るなら俺だけにしろ。他はやってない」
「…良かろう」
ジェロームは軽く頷くと、鞄を持ったまましゃがみ込む。そして手を前に突き出すと、
パチンッ!
少年のデコを強めに弾いた。孤児院でもアンジョラのケツ叩きと並んで恐怖されるジェロームのデコピンは強烈で、
「っ〜!!」
少年を悶絶させるには十分な威力だった。軽くくらっと来るほど強い威力で、デコピンを受けた少年は軽く地面に倒れそうになった。
「直ぐに鞄を売って身を隠さないからこうなるんだ」
ジェロームは呆れた様子で呟くと、少年の右手首のリストバンドに手を触れた。すると今までの苦労が嘘のように簡単にリストバンドが取れると、少年は軽く右手首に触れて外れたのを確認をした。
そしてデコが赤いままキリッとした表情でジェロームを睨んだ。
「…謝らねえぞ」
「仕置きは終わった後だぞ?」
ジェロームは少年にそう言った時だった。
「っ!」
また感じた視線、咄嗟に彼は少年を庇うように覆い被さった。
ッ!!
すると直後に路地に響く銃声、背後を銃弾が掠めて行った。
「っ!!」
「全く…」
そこでジェロームは呆れた様子で拳銃を取り出すと有無を言わずに発砲した。
ッ!ッ!
二発の銃声が路地裏に響くと、ジェロームは動いた。
「すまん」
「うぐっ」
結構強めに抱きしめられると、ジェロームは着ていたローブを前まで閉じて光学迷彩を展開する。そして走り出した。
既に銃声を聞いて他の子供達は逃げ出していた。
「全く…」
光学迷彩を展開し、姿を消した事で銃を撃った者たちは驚愕をして影から出て来た。
「くそっ!」
「どこに行きやがった!?」
「光学迷彩だ!サーマルで見つけろ!」
浮浪人の様な服装を着て近くを走る四人組の集団。
「(素人だな…)」
ジェロームはそこで光学迷彩を展開しながら後ろを確認する。
「(やれやれ…)」
光学迷彩を解除し、被っていたローブを脱いで鞄と共に持って少年を見る。
「君たちは一体何を盗んだのやら…」
「は?」
呆れた表情で少年はジェロームを見上げた。
昼の一件で疑問に思ったが、今回でほぼ確信した。そしてそのままジェロームは聞いた。
「君ほど頭が回るなら分かるだろう?」
「…?」
それでも意味がわかっていない様子の少年に、ジェロームは身に覚えがないのかと逆に軽く驚く。
「奴らは手慣れた奴らだ。…恐らく、企業スパイか何かだ」
「スパイ…?」
少年は首を傾げると、ジェロームは軽くため息を吐いて少年に言う。
「さっきの銃弾は君を狙っていた。企業の連中があれだけ血眼になるのも珍しいぞ?」
「…」
今いるのは街中の歩道。パリッとしたスーツを着るジェロームに対し、少年の古着は見窄らしくて汚かった。
「君の他の仲間は?」
「い、言えるかよ!」
少年が少し震えた声で返すと、ジェロームは少年の肩をガッチリと握って言った。
「このままだとその子達が人質にされるぞ。少年」
「…」
その時のジェロームの目は深刻そのものであり、少年は少し怖くなった。
だが同時に、生真面目さと温もり、すごくお節介な人だというのを感じた。
「…こっち」
スリをした相手に言うべきことではないのかも知れないが、この人を見て市場の見知った傭兵が驚いた顔をしていたのを少年は知っていた。
いつも市場を守っている傭兵の人達が全員、この目の前の人を見てヒソヒソと話していたのを見ていた。
「分かった、では行くぞ。少年」
そこでジェロームは少年を見ると、そこで少年は言う。
「あと俺は少年じゃねえ。ヨークだ、覚えとけ」
少年改め、ヨークは言うとジェロームは軽く頷いて返した。
アイロニーはスクラップ都市と呼ばれるほど、街の至る所にスクラップが立ち並んでいる。
また各地から収集したスクラップを資材に変換するためのリサイクル工場が大量に存在しており、街には多くの労働者が集っていた。
「この先」
「地下道か…」
ヨークが指差したマンホールを見てジェロームは直ぐに家の場所を理解する。確かに地下道であれば年中気温が安定しており、冬でも寒さを凌げる。こう言う孤児達にとっては絶好の隠れ家というわけだ。
「開けるぞ?」
「ああ…」
ジェロームは流石大人で、簡単にマンホールの蓋を開けると、その後鞄を持って片手で地下道に降りていく。
「服は後で買い直しかもな…」
ジェロームはそう呟きながら下に降りると、そこでは水の流れる音が微かに聞こえた。場所は上水道に繋がっており、清潔な水が地下道を流れていた。
「無防備だな…」
ここに毒物の一つでも流したら都市全体がお釈迦になると思っていると、
「ここは古いからもう使ってねえ」
「…なるほど」
ジェロームはヨークと言う少年の性格を直ぐに理解した。スリで生活をしていても、子供は子供だ。まあ自分の性格も分かっているだろう。思っている以上に頭の回る子だ。
「いつもここで?」
「違う。ずっと住んでると、武器を持った人達が来るから、寝る場所は毎日変えてる」
「…軍警か?」
戦争中に大量に発生した戦災孤児達を一か所に集めて教育をしていると言う話があるが、そう言う施設は衛生面は良くても治安が悪いというのは聞いていた。
「知らねえけど、よくわかんねえ場所に連れて行かれるから、みんな逃げてる」
「なるほど…」
地下道を歩くと、外壁にヒビが入った場所を見た。ヨークはそこでその隙間にするりと入っていくと、ジェロームも後に続いて鞄を前に出した時、
「持つぞ」
「ああ、悪いな」
先に通ったヨークが言うので鞄の取っ手から手を離した時、
「へっ、バーカ」
嘲笑ってから鞄を持ち逃げしようとしたが、
「うがっ」
鞄を中心に後ろに持って行かれ、ヨークは後ろに転けかけた。
「え?」
「悪いな」
そこで彼は後ろを振り向くと、そこでは鞄とジェロームを銀色の手錠が繋げていた。
「悪知恵は大人の方が働くぞ」
「…チッ」
余裕の笑みを浮かべたジェロームに、あからさまにヨークは舌打ちをすると、掴んでいた鞄を持ったまま動かなかった。
「…」
そして不満な表情を浮かべるヨークに、ジェロームは少し笑う。
「まあ、悪いことで大人に勝とうとしない事だな」
「うっせぇ!」
手錠で繋がれた鞄を持つと、二人は地下道の狭い道を進んでいく。
地上が繁華街故か、地下は機器の熱が降りて比較的温暖だった。
梯子を伝って地下道を歩くと、遠くからコンクリート製の壁を伝って声が聞こえた。
「なんだ?」
ジェロームはその喧騒に首を傾げた途端、
「っ!」
音を聞いたヨークは顔色を変えて走り出した。
「おいっ!…ああ、くそっ」
ヨークに咄嗟に叫んだが、彼は既に角を曲がってしまい、軽く悪態を吐きながらジェロームも後を追いかける。
『っーーー!!っーー!!』
途中、ガラスの割れる音まで聞こえ、ヨークの足は早くなっていく。
「みんな!」
ヨークはいつも他の子供達と暮らしている地下道のある場所に走る。
「っ!」
そしてその先で暗闇の中、大きな音が響いていた。通路から飛び出した先で、ヨークは唖然となった。
「お兄ちゃん!!」
そこでは傍に抱えられた一人の女児が連れ去られていく瞬間だった。
「っ!ヤク!」
ヨークはその女児に向かって叫ぶと、暗闇の影に隠れたその大人の影が振り返ってヨークを見た。
「まだいたのか!」
すると暗闇の中、何もない場所から黒光りする銃口を見た。
「っ!?」
突然現れたそれにヨークは思考が止まってしまうと、
「下がれっ!」
フードを捕まれ、後ろに引き摺り込まれた。
「ぐえっ」
首を絞められ、後ろにずっこけたと同時、
ッッッッッッッ!!
重い銃声が響き渡る。12.7mmの機関銃がヨークの出て来た地下通路の入り口に命中する。
「ヒッ!!」
放たれた銃弾がヨークの足元を抉ると、思わず悲鳴が上がった。
「…」
その銃声に思わず彼を引いたジェロームも耳を塞いでしまう。
「(地下で五〇口径だと!?正気か?!)」
すると銃声が止まり、ジェロームは暗闇の中を見ようとしたが、
ッッッッッッッ!!
その直後に再度銃声がする。敵はどうやらサーマルを持っている様だった。
「ああ、ったく…」
そこでジェロームはどうしようかと考えた時、
『よく聞け!』
銃声が止み、機械音のスピーカーで叫ばれる。
『三日後だ!三日後までに第二埠頭の十二番ヤードだ!忘れるな!』
そう言うと機械の駆動音が聞こえ、隠れ家を襲撃した者達は姿を消した。
「…」
そして再び静寂となった後、ジェロームは後ろに投げ飛ばしたヨークを見ると、
「あっ…ぐっ」
腰が抜けて動けなくなっており、それを見た彼はヨークの手を取って下に降りた。




