#262
ある場所に向かう途中のジェローム。
すでに旅に出て暫くが経っており、しかし目的地に着くのにはまだまだ時間がかかる予定だった。
『間も無く、アイロニー、アイロニー。お出口は右側です』
自動放送のアナウンスが鳴り、ジェロームは指定席から荷物を持って通路に出る。
駅弁を購入し、その容器は後で郵便に頼むかなどと考えながら列車は徐々に速度を落として行く。
通路には他にも数名の乗客が待っており、列車が止まるのを待っていた。
ジョイント音とポイントを通過した時の音が幾多も聞こえ、列車は右に左にゆったりと大きく揺れる。
そしてどんどん速度を落としていき、駅舎に滑り込むように列車は停車すると、自動ドアが開いて乗客たちは乗降を始めた。
『アイロニー、アイロニー。お乗り換えのお客様はーー』
ホームの低床に足をつけて降りるジェロームは、そのまま軽く駅を見回す。
駅の近くでは貨物列車が大量の貨車を率いて進入しており、ここでは多くの貨物列車が走り回っていた。
近くの工場区画の煙突からは白煙が濛々と立ち昇っており、少々街の空気は暗かった。
アイロニーは、別名をスクラップ都市と呼ばれる事のある中規模都市。
大陸中からスクラップを一箇所に集め、資源のリサイクルを行う施設が大量に集まっている。
「…」
十数年前まで、ここは大気汚染などの環境汚染がひどい場所であったと言う。だが今の北側諸国の前身の緑化連合からの再三による勧告から環境保護に舵を切っていた。おかげでガスマスクなしでの生活が最近ようやくできるようになっていた。
街に入ってくる物はスクラップか廃品となった家電やサイボーグの部位、破壊された車両などである。まあ貨物列車が大半である。
逆に街から出て行く物は修理を終えた機械類や、リサイクルセンターで資源ブロックに還元された資材などである。
家電やサイボーグの機械などは都市鉱山と呼ばれるほど貴金属を使用しており、都市からは大量の資材を生成するための鉄工所も存在していた。
「ふぅ…」
駅の喫煙室で煙草に火をつけて軽く一服をするジェローム。
ここで列車の乗り換えを行うために降りた彼は、窓口で新たな切符を買う必要があった。
「…その前に手洗いに行くか」
旅を長いこと続け、傭兵をしていた頃よりも長い事孤児院には帰っていない。
初めの頃は列車強盗にもあったりして酷い目にあったが、最近は軍警察のお世話になる事も少なく…いや、本来軍警察のお世話になっちゃいけないのだが…。
手洗い場で用を足し、ジェロームは鞄を床に置いてハンカチを口に咥えて手を洗った時、
「っ!」
後ろから忍足で近づいた子供がジェロームの鞄を持つと一気に走り去っていった。
「待てっ!」
ジェロームは鞄を持っていった男児に向かって怒鳴ったが、知ったことかと言わんばかりに持ち去っていった。
「…やられた」
スリに遭い、軽くため息を漏らす。
幸いにも鞄は本人認証付きの頑丈な物で、中身を盗まれると言うことはないし、GPS機能のある物なので追跡は可能だった。
あの鞄の中には旅券や着替え、煙草や予備弾薬などが入っており、無いと非常に困る物だった。
「治安官に相談するか…」
鞄を持って行かれた彼はすぐに近くの交番に向かって相談をすると、
「あー、最近多くてね。子供でしたか?」
「ええ…」
そこで軽くメモを取ると、そこで対応する治安官は言う。
「分かりました。では見つかり次第ご連絡しますので、個人番号を書いておいてください」
そこでジェロームはインプラントチップに刻まれた十三桁の番号を記すと、そこで軽く治安官は頷いて番号を打ち込んだ。
「よろしくお願いします」
「ええ、分かりました」
少々やる気のなさげな…と言うより疲れたような顔で治安官は受け答えをすると、ジェロームは交番を後にした。
「軍警も後手に回っているか…」
そこで視界に地図を開き、今の鞄の行き先を確認する。
「仕方ない。しばらくアイロニーに泊まるか…」
幸いにも財布は持っており、最悪買い直す方向を覚悟した。
取り敢えず駅前でタクシーを見つけると、乗り込んで運転手に行き先を伝える。
「どちらまで?」
「北東の…この辺りに行ってくれるか?」
タクシーのタブレットを操作して行き先を伝えると、運転手は軽く驚いた顔をした。
「お客さん、ここ治安が悪い場所ですぜ?」
「そうか…どのくらいだ?」
一瞬、内ポケットの拳銃の所在を確認してからジェロームは聞いた。
「ゴロツキばっかでさ。俺ぁ、近寄りたく無いね」
「それで良い。近付けるところまで行ってくれ」
鞄を盗んだあの孤児に一言申した後に取り返すだけ。簡単な仕事だと思った。
「お客さん、大丈夫かね?」
「問題ない。出してくれ」
余裕のある堂々とした態度に運転手は軽くため息を吐いた。
「…分かりましたよ」
そこでアクセルを踏んでタクシーはロータリーから出ると、そこで運転手は聞いた。
「お客さん、怖い物なしだね。よその人かい?」
「ああ、ここで乗り換えのつもりだ」
ジェロームは答えると、運転手は察したようにバックミラーでジェロームを見た。
「なるほど。お客さん、スラれたんだな?」
「…多いのか?」
タクシー運転手が察せるほど多発しているのかとジェロームは聞くと、彼は頷く。
「ああ、特に最近は酷いさ。俺も客待ちをしていたらタブレットを持って行かれちまった」
スリをしたのは子供だったと言う。
「すばしっこい奴でさあ。あっちゅう間に逃げてまうんです」
そこで運転手はハンドルを切って道路を曲がって行く。
「観光客をよく狙うんだ。お客さんも災難だねえ」
「ああ、全くだ」
ジェロームを乗せたタクシーは、街の郊外に程違い海沿いの近くの埋立地で止まる。
「一応、このまま先を行くと目的地です」
「すまんな」
「いえいえ、少しお安くしておきますよ」
運転手とそこで会計を済ませるとジェロームは車を降り、タクシーは逃げるように走り去っていった。
「やれやれ…」
その場所がどれだけ恐ろしいのかとやや苦笑気味に運転手が指差した方を見た。
「…なるほど」
そして理解した。視線の先は海岸の近くに堆く積まれたスクラップの山が立ち並ぶ場所だった。
近くにはバラックや簡易テントが立ち並ぶ市場があり、多くの人々が出入りをしていた。
「鞄は…」
自分の鞄の場所を確認すると、そこで拳銃を手に取って短くスライドをずらしてチャンバーチェックを行うと、そのまま市場に向かって歩く。
近づくにつれて段々と喧騒の声が大きくなって行く。
スクラップ場近くの市場では、修復を終えたばかりのサイボーグのパーツやジャンク品、中古のオートマトンなど多種多様な物が売られていた。
「(盗品もある…か)」
市場には多様な人材が入り乱れており、貧乏人から商社マンまで、ありとあらゆる人種のるつぼであった。
地図を写しながら人を軽く押し除けて通るジェロームは、明らかに何処かから盗んだであろう真新しい携帯食糧パックやオートマトンの交換部品セットを見る。
こう言う、いわゆる闇市とも呼ばれるような場所には、野盗達が列車強盗などで奪った金品が流れる事が多く、その中には企業秘密とされて来た部品などがごくたまに流れる事もあり、それらを狙って産業スパイなどが闇市を練り歩くことなどもよくあった。
「安いよ安いよ!」
客引きを行う露天商達を見つつ、ジェロームは市場の奥にどんどん入って行く。
「…」
すると遠くで数名の子供達が集まって塊になっている場所を見かけ、ジェロームが地図を見ると合致していた。
「っ!」
するとその中の一人がジェロームを見てやや驚いていた。あのスリをして逃げた子供だった。
「逃げろ!」
そしてその少年が叫ぶと、鞄を開けるのに苦戦苦闘していた他の孤児達は蜘蛛の子を散らしたように市場から逃げ出し始めた。
そしてスリをした少年はジェロームの鞄を持って逃げ出そうとした。
「甘いぞ少年」
ジェロームはそこで、少々申し訳なさを感じながら手首に巻いた腕時計を操作すると、持っていた鞄の取ったから電流が流れ、全身を駆け巡った。
「うあっ…!!」
電気ショックを喰らい、少年は激痛を感じながら鞄を手放して地面に転けた。
周囲に居た人々はその瞬間を前に『ああ、スリに失敗したか』と言った乾いた様子で傍観者となっていた。
「全く…」
革靴で地面を踏みしめながらジェロームはスラれた鞄を回収した。
「っ!返せ!」
「悪いな、この鞄は私のものでね。少年?」
少年は鞄を咄嗟に取り返そうとして来たので、ヒョイと鞄を取り上げるとそのまま少年を首根っこから掴んで持ち上げた。
こう言う時、レッドサンが『見ていると腹が立つ』と言わしめた二メートル近い身長が役に立ったと思う。おかげでこんな子供が簡単に宙に浮かんでいる。
「くそっ!離せよ!」
ジタバタと体を動かす少年にジェロームはため息を吐きながら闇市を歩く。捕まったスリの少年を前にこれから何発殴られるのかと言う賭けすら行われる始末だった。
ジェロームは涼しい顔で市場を歩き、その片手にスリをした少年を掴んでいた。
そして彼はジャケットのポケットからパッチンバンドを取り出して少年の右手首に巻き付けた。
「っ!?何だこれ!」
少年はつけられた物が何なのか分からず外そうとしたが、
「暴れるな。殴る回数が増えるだけだぞ」
「っ!」
軽く脅すと、その少年は顔を少し青くして動きを止めた。
首根っこを掴まれ、そのまま闇市を歩く姿はいたずらをした子猫が飼い主に捕まるそれだった。
「そうだ、お前さんは大人しく…」
ジェロームがそう言った直後、
パンッ!!
乾いた一発の銃声が闇市に響き渡った。
「ぎゃああっ!!」
「っ!?」
その銃弾は運悪く近くで見物していた一人の行商人に命中し、ジェロームは反射的に掴んでいた少年を前に放り投げると、拳銃を抜いた。
「誰だ!?」
拳銃を抜いて周りを見回すが、銃声を聞き慌てて逃げ出す人々を前にジェロームは直ぐに諦めた。
「(今のは…)」
そこでジェロームは先ほど感じた視線と違和感を前に首を傾げた。
そして鞄を持って少年投げ飛ばした方を見たが…
「ふむ、噂は本当のようだな…」
既に見えなくなり、どこに行ったのか分からなくなった少年を前にジェロームは軽く笑っていた。




