#260
『ゴジラ』と言う映画は、はるか昔に撮られた特撮映画の元祖とも言える作品である。
作品はまだ当時は新技術であり、純粋水爆ほどの技術の発達していなかった古い水素爆弾による被曝を受けたニュースを見たことで作られたという。
「水素爆弾ですか…」
「確か、この前の戦争で軍警が使っていたか?」
「あれは純粋水爆です。あれよりも未熟な技術ですよ」
水素爆弾は起爆剤に核分裂型の原子爆弾を使用する。故に放射線が考えられないほど撒き散らされる。
逆に純粋水爆はそう言った核分裂物質を用いない爆弾故に放射能汚染の問題はほぼ考えなくても良い。だから発明されてから長い人類の歴史の間で必ずと言っていいほど使用されてきていた。
一〇〇〇万度以上の熱に耐えられる物質は、この世界には存在しなかった。
「核兵器がまだ抑止力だった時代の映画ですか…」
「ああ、未発達の技術を使う時点で狂っているよ」
ルシエルは映写機の準備をしている途中、優雅に梅酒とアップルパイを堪能するセントレジャーは言う。
「ふむ…『第五福竜丸事件』と言うのか」
「ああ、被爆した漁船の話ですか?」
そこでフィルムをセットするルシエルが聞き返した。
「ああ、この映画を作るきっかけになったとかいう核実験だな」
タブレットを持って検索をかけた彼はそのまま切り分けたアップルパイを一口。そして飲み込んだ後に一言、
「なるほど、これは酷いと誰もが思うわけだ」
そこで彼が見せてきたのは、放射線の影響で肌が剥がれ落ちた強烈なご遺体の写真だった。
「悲惨ですね…」
「だから核兵器は抑止力になった…まあ他のNBC兵器と同じだろう」
そこでサイトを消すと、セントレジャーは言う。
「ちなみに、この時の核実験を行った地名と、その服を見た事の衝撃と合わせて水着の『ビキニ』という言葉が生まれたそうだ」
「わぁ〜なんて不謹慎。名付けた人のセンス疑いますわ」
水着と核実験を掛け合わせる狂気の結び付けに軽く引きながらルシエルは準備を完了させる。
「流しますね?」
「うむ」
そこでルシエルは映写機を起動させると、さっそくモノクロの映画が始まった。
映画は、水爆実験を生き延びた太古の恐竜が、東京を破壊しまくるというよくある設定だった。
「…」
その映画の迫力というものに、言い知れない凄みをルシエルは感じ取った。
「…凄い」
思わず、そんな感想が溢れるほどには。
「模型だからこそ伝わる。これはCGでは表せんリアリティだな」
実体に物を破壊しているからこそ伝わってくるその造形美は圧巻の一言だった。
そして同時に、これを作った当時の核の恐ろしさと言うのを如実に表しているように見えた。
『核兵器は怖い…ねぇ』
「(昔はそう言う時代があったんですね)」
そこでルシエルは遥か昔、原子爆弾開発から純粋水爆開発までの短い期間の歴史を見る。
『まあほんとに昔の話だよね』
少なくとも通信網を一気に麻痺させる戦術兵器として使われて久しい今日では抑止力のへったくれもないが。
先の戦争で純粋水爆を使用した事で、空に浮かんだエーテルへの影響が確認された事で、今ある国々も積極的にそれら兵器を使う事はない…と言うより、基本的に核兵器は維持管理に膨大な費用がかかるので、エーテル兵器がある今では都市を破壊する以外で用途が無い上に、核兵器使用という言葉の響きがよく無い事は誰もが知るところであった。
『まあ皮肉なのは、非核三原則やら何やらを唱えていた国が一番初めに純粋水爆を作ったってのがね』
「(別に違和感あることでは無いのでは?)」
その国は、嘗てはこの星を統治していた国家だ。今はどうだか知らないが、大災害以前は最強格の軍備を有した国であった。
「(核を使われた国は、核を使う権利があるでしょう?)」
『うーん、ハンムラビの原則を行使するにしちゃあ威力がデカすぎや来ませんかね?』
そんな事を話しながら二人は映画を見ていた。
そしてばっちり二徹をした朝、太陽が昇ってから少しした頃合いからスフェーンはガレージに出ると、早速壊れた部品を交換してさっさとバイクを組み立て終えてエンジンの試運転を行う。
ブオンッ!!
けたたましい轟音を立てて回転数を上げるバイクを確認し、スフェーンは満足げに頷き、セントレジャーは耳を塞ぐ。
「手早いな」
「まあ慣れてますから」
ここまで僅か三時間。途中異能を使ってエンジンを直接持って直した時は若干驚かれたが、お陰で手早く次の仕事に取りかかれた。
「売る方法は?」
「ああ、知り合いのディーラーが来る。四日で行けるか?」
「多分…」
そこでスフェーンは車のボンネットを開けた。プロサングエの名を冠した赤い高級車はすぐにスフェーンの手によって修理と掃除が行われる。
「手伝える事は…無さそうだな」
「お気遣いどうも」
宙にスパナが浮かびながら返すと、スフェーンは新しいバッテリーと交換をする。
「ですが、売るなら掃除をする必要がありますよ?」
「…なるほど、承知した」
セントレジャーはすぐに自分何をしたら良いかというのを理解すると、掃除を片手に車の鍵を開けて車内の掃除を始める。
埃まみれの外装とは違って汚れはそれほどひどくはなかった。
「全く、車を売るのいうのは一苦労だな」
「あら、ただ中古で売るなら楽ですよ?その分清掃費用やら諸々持ってかれるだけですけど」
「それは困る」
セントレジャーは即答すると、スフェーンはエンジン部分に手を突っ込みながら返す。
「じゃあ掃除を続行してください。その方が取り分は増えますよ」
「全く、家族以外で俺をこき使うのなんてお前さんが初めてだ」
セントレジャーは軽く笑いながら掃除機を起動して掃除機を動かした。
そして昼に車の修理、夜に映画鑑賞と言う生活サイクルを数回繰り返す。
その間の食事はセントレジャーと交代交代で作ることとなった。
そして、ガレージに眠っていた車は日を追うごとに段々と綺麗になっていった。
「ふぅ…」
そして最後のボルトを締めると、そこで軽くスフェーンは汗を拭う仕草をして息を吐いた。
「終わった…」
そして修理を終えてボンネットを閉じると、そこには綺麗に清掃された高級車が停まっていた。
「ほう、綺麗だな」
「持ち主がそれ言いますか?」
隣でセントレジャーが軽く感心した様子で車を見つめると、そこでスフェーンは試運転を提案する。
「試運転を」
「ああ」
そこで彼は車のキーを持って乗り込むと、そこでエンジンをかけてガレージに十二気筒の轟音を鳴らした。
「ヒュ〜♪」
流石の爆音だと軽く驚きながらスフェーンは口笛を吹いた。
そして修理を終えた車はガレージを出ると、砂利で舗装されたロータリーに出ると、そこで軽い試運転を終えてセントレジャーはエンジンを切った。
「流石だな」
「これでオークションに出せますかね?」
「ああ、完璧だな」
修理を終えた高級車を前にセントレジャーは満足げな表情を見せると、直後に少し寂しげな顔を浮かべる。
スフェーンは車の修理を終えた直後に出る為、今着ているのはツーリング用の服だった。
「行くのか?」
「ええ、仕事がありますので」
「そうか…」
そこで軽く吐息をするセントレジャーは、荷物をまとめてバイクに積み込んだスフェーンを見た。
「番号は伝えたじゃ無いですか」
「まあ、そうだな」
セントレジャーはスフェーンを見ると、手を差し出す。
「世話になった」
「いえいえ、こちらこそ」
スフェーンはグローブをつけたままその手を握り返すと、ヘルメットを被ってバイクに跨る。
「またいつか会いましょう」
「ああ、その時はまた夜通しで上映会だな」
エンジンをかけ、ハンドルを握ったスフェーンは微笑んで頷いた。
「ええ、ぜひおすすめの映画を貯めておいてくださいね」
彼女はそう言うとスロットルを回して、地面から足を離して走り出していった。
「…」
そして走り出していったスフェーンをバイクを、セントレジャーはその音が聞こえなくなるまで見送っていた。
「また、か…」
セントレジャーはそこでスフェーンの言葉を思い出す。
「ふっ、まだまだ…長生きした方が良さそうだ」
そう呟くと、そのまま家の方に歩き出した。
そしてスフェーンと分かれて数日、セントレジャーは空となったガレージを少し呆然と見ていた。
「…はぁ」
今まで倉庫の肥やしと化していた車がオークションに出され、いよいよガレージの使い道がなくなった。そして一度軽く吐息をした時、
「あれ?パパ車売っちゃったの?」
ガレージの入り口に立って一人の青鹿毛の髪色をする女性が話しかけてきた。
「なんだ、蓮子」
「うわっ、久しぶりに帰ってきたのに酷い反応」
「はっ、まだお前さんは現役だろう?こんな田舎に来る時間はないだろうに」
彼はそこでようやく振り返って、妻との最後の子である三女を見る。
セントレジャー夫妻は五人の男児と三人の女児を産んでおり、その血筋は今もしっかりと生き続けていた。
かく言う彼女も『レンザン』と名乗り、十八戦十四勝、二着四回、連帯率一〇〇%という馬鹿げた成績を残していた。
「いや、もうすぐ引退。だからちょっと挨拶にね」
「…そうか」
そこでセントレジャーは娘の報告を聞き、少し間を開けてからゆっくりと息を吐いた。
「これで、俺の直系の子は全員引退か…」
少し悲しげにする彼を前に娘は言う。
「何言ってんの。今じゃあ孫もバリバリ現役よ?たまには競馬場に足運んで格好いいおじいちゃんでも見せに行けば良いのに」
「俺が会いに行ったら周りが苦労するだろう?」
「そう?絶対由美子ちゃんとか喜ぶって」
おじいちゃん子だし、と彼女は言うと、そこでセントレジャーは少し前を開けた。
「…蓮子」
「ん?」
すると彼は再び空っぽのガレージを見て言う。
「早う結婚せい。早く玄孫を俺に見せろ」
「え?どしたの急に?」
唐突な彼の言葉に、少し目が点になった彼女。
「なに、玄孫を見て大往生で死にたいと、最近思ったまでさ」
「はははっ、まだパパが死ぬにゃ早いんじゃない?まだ閻魔様もこっちくんなって言いそうだし」
「ふっ、言うようになりおって。俺は地獄行きか?」
少し頼もしげな様子で彼は呟くと、そのまま彼女を家に案内した。
そしてその時の足取り、口調、耳の動きをしっかり見ていた娘は、その違和感に首を傾げた。
「…ねえ、なんか良いことでもあった?」
「ん?そうだな…」
そこで娘に聞かれた彼は、少し微笑んだ。
長男が新興宗教にはまって以降、思い悩んでいた彼が久方振りに見せた笑みだった。
「良い友人に出会った。と言うべきかな」
そう答えると、後に獣人史上最高年齢となる一二四歳まで生きることとなる生ける伝説は、少し足取りを軽くしながら帰省した娘をもてなした。
====
その日、深夜の階段を木製階段特有のギシギシという音を微かに出しながら黒猫の獣人の少女が降りる。
「…?」
階段を降りると微かに奥から灯りが漏れており、同時に何かが回る音が聞こえ、少女はすぐにそれが何なのかを把握した。
「全く…」
そして軽くため息を吐きながら彼女は扉を押し開けると、そこではカウンターやテーブルに椅子を上げたままの店内の奥でスクリーンと8ミリ映写機を広げて、椅子に座ってモノクロ映画を見ている二人を見る。
「また映画?」
一五〇前半と一七〇半ばほどの背丈の二人の少女。ほぼ同じ背格好だが、頭の一対の鹿角の有無や短髪か長髪の灰髪で判別はすぐに付いた。
「「ん?」」
二人は同時に振り返ると、彼女たちは双子のように顔もそっくりだった。
「相変わらず好きだねぇ、君達」
「そう?」
「そうでしょうか?」
共にオッドアイ。ただし虹色と灰色のオッドアイは鏡写しのように反転していた。
そして二人とも映画好きで、閉店後にこうしてはるか昔のフィルム映画を見ていることが多かった。
「昔の映画は良いぞ?」
「どうせなら見ましょうよ」
二人は提案をしてくるが、自分はこれを断る。
「明日早いからパス。…というより、明日も早いから寝なさいよ」
そう言い閉店して伽藍堂となった店内を一瞥してから二人に言うと、
「おけ」
「終わったら勝手に片付けておきますよ」
と言う事実上のオールナイト・シネマ宣言を受け、自分はため息を漏らした。
「はぁ…ほどほどにしておきなさいよ」
それを聞き、相変わらずお節介な奴だとスフェーンは微笑んで短く頷いた。




