#26
グリーンボウルで老人の依頼をこなしたスフェーンは回収したデータチップを持って街に戻った。
「戻ったぞ、爺さん」
依頼して来た老人は先ほどと変わらず、ベンチに座ったまま待っており。戻って来たスフェーンを見て時計を確認していた。
「おぉ、思ったよりも早いじゃ無いか」
時刻は昼過ぎ、依頼をしてからまだ四時間ほどしか経っていなかった。
「自前のオートマトンを使った」
「なるほど、君はオートマトン乗りだったか」
そしてデータチップを手渡すと、老人は自身の腕に差し込んで中身を確認すると軽く頷いた。
「うむ、ちゃんと回収しているな」
確認を終えてチップを取り出すと、スフェーンは老人に聞いた。
「なんのデータなんだ?それは」
「簡単な空間エーテル濃度の観測データだ。外の森に生きる植物がエーテルの雨をどれほど凌いでいるかを観測している」
空間エーテル濃度が高いと空気中に火薬が充満している様な状態であり、そこに一度活性化エーテルをぶち込めば辺り一体が火だるまになる。
また、植物や生物などを徐々に蝕む毒ともなる可能性があるので重要なデータだ。
「前までは助手も居て取りに行ってくれていたんだが、研究所を辞めてからはそれもままならなくてね」
「研究所を辞めたのに研究をしているのか?」
「倫理内の行いで好きなことを突き詰める事に悪い道義もなかろう」
カール・ポートのあの変態研究者と似た様なことを言い放った目の前の老人にスフェーンは一瞬封じ込めていた嫌な記憶が蘇るも、あいつと違ってこの老人はキチンとした倫理観を持っていると公言していた。とするとマットサイエンティストでは無く、
「オタクと呼ぶべきか?」
「そうだな」
オタクほど道に極めし者も居らず。と言った具合なのだろう、自分は生憎とそこまで道を極めた人間ではないと思っているので良く分からない感覚だと思っていた。
『言っておきますが、スフェーンも傭兵の道は極めていますよ』
「余計なお世話だい」
しかし自分の範疇外の話を振られて困惑するオタクの顔をしているスフェーン。
「さて、報酬を支払わないとな」
そこで彼は手からコードを取り出すと、スフェーンもグローブのコードを出して接続すると送金の画面が出てそれに了承すると割りの良い報酬が支払われた。子供の小遣い稼ぎにも近い内容だったが、悪くない報酬だった。
「これで家電くらいは買えるだろう」
「必要な物があり過ぎて足りないね」
そう答えると、老人は笑った。
「若い時はそんなものだ。ありとあらゆる物が欲しくなる、歳を取れば欲しいものは次第と減るものだ」
老人はそう言うと、スフェーンにまた飴入りの箱を手渡した。ただあの時と違い、赤と白の旭日を模したシールが貼られていた。
「何だこれ?」
「土産だ。ソーダ味のドロップ缶」
「またくれるのか?」
「子供は甘い物が好きとよく言うじゃないか」
見て再び毒物は無いと確認すると、スフェーンは老人から有り難くドロップス缶を貰っていた。
『スフェーン、あまりにも乞食では?』
「もらえる物は危なくなかったら貰っときゃ良いの」
そうしてスフェーンは軽く手を振りながら老人と別れる。
「じゃあな」
「ああ、またいつか会えば」
そして老人の元を離れたスフェーンは貰ったドロップ缶を軽く投げては手に戻しながら中のドロップの揺れる音を鳴らしていると、不意に声をかけられた。
「君!」
「?」
声を掛けてきたのは先ほどの老人と変わって若い様相をした男だった。同じ白衣を纏っており、何やら聞きたいことがあるご様子。
「さっき、あの爺さんと話していた子だね?」
「ええ、まぁ……」
するとその男はスフェーンに先ほど老人のいた公園の方を見た。
「何か変な事を依頼してこなかったか?」
「変な依頼?」
「森に行って欲しいとか」
「あぁ〜」
特段変な依頼とは思っていなかったし、小遣い稼ぎ程度だと思っていたが。どうやら目の前の男には変な仕事らしい。
「やりましたよ。森にあるエーテル濃度検測装置のデータを取りに」
「…はぁ、すまない。無関係の君を巻き込んでしまって」
「へ?」
申し訳なさそうにする男に少し困惑するスフェーン。すると彼は事情を話した。
「あの人は定年後もずっと研究を続けている人でね。時々人を使って昔の研究データを持ってこさせるんだ」
「どんな研究なんです?」
試しに聞いてみると、その青年はどうせ分からないだろうと軽く侮っている様子で端的に答えた。
「エーテルの植物に関する研究さ」
「?」
「『普通、木が枯れても根は残るはずだ』って、ずっと言っている人でね。全く、困ったものだよ」
そう言い軽く頭を痛めている様子のその研究員にスフェーンはさらに聞いた。
「エーテルが植物に?」
「そう、赤字になるって言う理由で辞めさせられたのさ」
すると現役の研究員だと言うその男は謝罪を込めてスフェーンをそのまま近くのカフェに案内した。
その後、スフェーンがカフェでダッチコーヒーを注文し、やや驚かれるもそのままテラス席に座った後。その研究員は先ほどの老人の事を思い出しながらスフェーンに話す。
「研究所を定年退職した後、終身雇用だったから年金が支払われたんだ。
その後はずっとあんな感じで、良い感じの子供に自分の埋めた機械のデータを収集させに向かわせててね」
「止めさせないのか?」
「言おうとはしたが、研究所の元大御所に言える訳が無い」
そう言い、困っている様子のその研究員の話を聞きながらスフェーンはコーヒーをストローで飲む。
「随分お人好しなんだな」
わざわざ定年退職したあの老人をその後も見ている様子のその研究員に思わずそんな言葉を投げかけると、彼は同じく注文した紅茶を飲みながら答えた。
「あの人は自分の先生でね。良くして貰っていたんだ」
「恩返しか?」
「お節介に近いさ。散々苦労した分、静かに暮らして欲しいと思っているんだけどね」
そう話す研究員は悩んでいる様子でため息が漏れる。
「苦労しているんだな」
「本当にすまない」
そこで頭を下げる研究員にスフェーンは少し思った。
「ねぇ、好きな事を続けさせちゃあダメなの?」
「え?」
唐突なスフェーンの言葉に男は驚く。
「だってあの爺さん、年金を使ってまでやりたい事があるんだろう?」
「それは…」
そしてスフェーンは前にある店主から言われた言葉を思い返しながらその研究員に言う。
「あの歳になってまで何か熱中して成し遂げたい事があるのは珍しくないのか?」
「…」
「人ってさ、好きな事をやっている時って時間を忘れるでしょう?それと同じで、あの爺さんも時間感覚が少しおかしいんだ」
そう言い、先ほどチップを渡した時や再び自分と再開した時の時間のボケ思い出す。
「ボケている印象もなかったから、きっと時間も忘れるくらいやりたい事があるんだよ」
それはついさっき、目の前の男が言っていた研究の事だろう。
「老後の人生なんて考えた事がないから分からないけどさ。ボケ防止のためにもこのまま放っておいた方が良いじゃないの?」
「し、しかし…」
「行き過ぎた恩義はかえって邪魔になるよ」
スフェーンの言葉に言い止まってしまう男は少し考えて悩んだ後に徐に口を開いた。
「君の言うとおりかもしれないな…」
思えば恩師の退職後、色々と気にかけ過ぎていたのかもしれない。
「やれやれ、まさか子供に言い負かされる日が来るとは……」
「子供って…」
「いやいや、君の言う事ももっともな気がする。そう思ったのさ」
するとその研究員はぽつりぽつりと呟き始める。
「ずっと研究所で働いていた時。あの人はエーテル耐性のある植物を作るように上から言われてね」
そこで思い出すのは、まずは原因究明が先だろうと研究所の上司に食ってかかっていた恩師の姿。
結局は都市の利益を考えてエーテル耐性のある植物の研究を行う方針になってしまい、押さえ込まれた欲求不満な日々を送ってきた人生だった。
「まぁ、出来上がったのは時々実の成る観葉植物だった訳だが…」
そう言い、この都市の輸出品の一つである植物の苗木を思い返す。
「今思えば、先生の言っている事は正しかったかもしれないな」
観葉植物を育てた所で所詮は観葉植物、大災害より前の緑溢れる世界に本当の意味で復興したと言える訳ではない。
「後で先生と直接会って話してみるよ」
「そう…」
そこでスフェーンはコーヒーを最後まで飲み切った。すると男は軽く頭を下げた。
「済まない、色々と」
「謝るなら爺さんの方にしておけよ。私は特に何もしていない」
「そ、そうか……」
少し辿々しい終り方ではあったが、少し迷いの取れたすっきりした表情を男は浮かべていた。
「ちなみにあの爺さんの名前って?」
そしてカフェから去る時、スフェーンは少し気になっていた事を聞いた。
「ああ、あの人かい?」
そんなスフェーンの問いに男は丁寧に教えてくれた。
「あの人はエブラヒム・ヴィージ四世。ここを作ったエブラヒム・ヴィージのひ孫だ」
====
その後、街を離れる時。スフェーンは街の本屋に寄っていた。その店は、今時では珍しい紙で出来たハードカバーの本を多く取り揃える店だった。
そして数多くの本が並ぶ中、スフェーンはある一冊の本を手に取った。
『グリーンボウル規則書』
『グリーンボウル建設記』
この街の規則やこの街が出来るまでの経緯が書かれた本であり、この都市の住人であれば必ず全員が持っていると言われている書物だった。
分厚いが、移動中の暇潰しになるだろうと思って購入を決めていた。
『規則書は他の都市の規則としても採用実績があり、グリーンボウルを中心に都市連合が完成しています』
「流石、影響力があるグリーンボウルだ事で」
グリーンボウルの生産品である苗木や生鮮食品は人が生きていく上で必要なビタミンなどを補給し、その上で各都市に彩りを与える。
また木材なども提携した他都市と共同で植林場を使って大規模に生産も行っており。高い調度品として人気を博している。
そしてグリーンボウルを中心とした植物を基本とした都市間連合は日を追うごとに結束を強め合っていた。
「さて、そろそろ行くとしますか」
『生鮮食品の購入は既に終わらせました』
「おう、そろそろ行かないとな」
この都市では未成年就労禁止という事でとっとと他の街に移動して運輸ギルドで金を稼ぐ必要があった。
『しかし、今後に同様の事態が発生した場合を考慮し。少し年齢を追加した方が良いかもしれませんね』
「少なくとも年齢確認なしで発行できる今の運輸ギルドの方が驚きだよ」
そんな事を言いながらスフェーンは列車に戻ると、貨物無しでエーテル機関を始動させていた。




