#24
グリーンボウルはこの荒野の大地に残された緑の都市である。
巨大なドームは空から降り注ぐエーテルから中の植物を守る為にある。
「うほ〜、すげ〜」
なので巨大なドームの中には多種多様な植物が植え込まれていた。
「これ全部本物なのかぁ……」
公園に生える草の葉を触りながら驚いていると、その時ある人が声を掛けて来た。
「そこのお嬢さん」
「?」
振り返ると、そこには白衣を纏った一人の老人が立っていた。
「ああ、すまないね。随分と興味深く見ていたものだから」
つい気になってしまってね、と言ってその老人は近くのベンチにスフェーンを手招くと、その老人と共に座った。
「ここじゃあ見ない顔だ。外から来たのかい?」
「あぁ、仕事で」
自分が運び屋と言うのは、説明が面倒なのでぼかして言うと話しかけてきた老人は納得したように軽く頷いた。
「偉いなぁ、若いのに手伝いとは」
まぁ、勘違いしてくれた様で助かった。これで変なことを考えられたら色々と対応する必要があった。
「親御さんは?」
「暫く戻らない」
「そうかそうか」
老人はスフェーンの反応を見て軽く納得していると公園の植物を見ながら呟いた。
「ここはヴィージと言う研究者が作ったんだ」
「?」
いきなり何を話したかと思えば、老人はこの都市の歴史をポツリポツリと口にし出した。
「大災害の後、エーテルの津波で覆われたこの星から緑を守る為に。元は植物園だったこの場所を植物のシェルターにしたのだよ」
「ふーん」
ただの歴史解説かと思いながら話半分に聞いていると、その老人は懐かしげに語る。
「ここ植物園だったんだ……」
「ああ、その植物園の時の施設を使っているんだ」
そして嘗ての植物園は、今や残された自然の最後の楽園として生き抜いていた。
「ここに残った植物達から実った食べ物でここの住人は生き抜いてきた」
するとその老人はグリーンボウルの木に実る木の実を見た。
「そこから多くの苦難を乗り越え。今のグリーンボウルが出来たのさ」
どこか実体験をしたかの如く深々と語ったその老人にスフェーンはボーゥっと顔が半分溶けていると、老人はやや慌てた。
「あぁ、すまないね。話に付き合わせてしまって」
すると謝罪のつもりか、彼は懐から古めかしい柑橘系の紙箱を取り出した。
「なにこれ?」
「この街の駄菓子だ。老耄の無駄話を聞いたお礼だと思ってくれ」
そう言い『ボンタンアメ』と書かれた紙箱を貰う。つくづく勘違いをしてくれて感謝感謝と思いながら毒物も入っていない様子のそのお菓子をもらうと、スフェーンはベンチから立つ。
「あんがと、オッサン」
そこで貰った駄菓子を振りながらスフェーンは公園を後にすると、ベンチに座っていた老人はそんなスフェーンを静かに見送っていた。
その後グリーンボウルの貨物ターミナルに戻ったスフェーンは列車に乗り込んで少しの休息を取っていた。
「ふぅ……」
前に寄ったウリヤナバートルの車両基地で改造してもらったこの列車、お手製スライドドアから運転室に直接つながっているこの部屋にはキッチンとベッドがあり、冷蔵庫やオーブントースター、ケトルまで完備のスフェーンにとって『健康で文化的な最低限度の生活を営む』為の場所だった。
「……何か食うか」
小さく呟くと、ルシエルが提案してきた。
『今日の料理はいかがいたしますか?』
「え〜、作るのか?」
冷蔵庫には確かに冷凍食品やこの前のラーメンで使った食材の残りがあるが。わざわざ作ろうとは思わなかった。
『グリーンボウルに存在している飲食店はそのほとんどが生鮮食品を扱っており、出入りする運び屋や企業もこの街から野菜や果実を輸送しています』
「うーん…知ってるけどなぁ」
お馴染みの知識量のおかげでこの都市に関する情報は持っており、スフェーンは実際に冷蔵コンテナに入れられて周辺の街々に運ばれていく生鮮食品を見ていた。
「その点不思議だよ」
『何がでしょうか?』
「いやぁ、街中歩いてもさ。街に企業がほぼ居なかったこと」
『ああ、そう言うことでしたか』
グリーンボウルには、他の街と違い。いつも見てきたような企業の広告やPMCの姿がなかった。
『この街は研究所が取り仕切っており、その他企業はこの都市における生鮮食品工業に参入が不可能となっています』
「すげぇな、今の時代に」
基本的に都市の管理を行うのはその街に参入した大企業などが行う。彼らは資本力に物を合わせて大災害後に残った街の人々に浸透していった。
そんな企業のやり方に不満を持って立ち上がったのが俗に言うレジスタンスと呼ばれる集団で、彼らは企業の上に立つ政府の勃興を夢見ていた。
『グリーンボウルはトラオムに残された最後の緑の大地とも言われており。企業間が争いを起こしてこれらを全て無くしてしまう可能性を危惧し、グリーンボウルはあらゆる企業の干渉を受けない無勢力圏に属しています』
この星の緑は殆どが失われており、その詳細な理由は分からないが。大半の人間は空に上がったエーテルが降ってきて枯らしたと言っている。
活性化エーテルが体内に入り、ある一定の量を超えると急速に人や動物は衰弱して死に至る。それと同様に、活性化エーテルが植物に降り注いだ事で緑の大地はたちまち土色の禿げた大地に変貌したと、皆が思っている。
故に空間エーテル濃度を計測する事は長生きをするためのコツだった。
「企業同士の牽制って事ね」
『グリーンボウルには研究所の規定したルールに則り、生産された植物を輸出する事で、その利益をエーテル環境下における植物栽培の研究に充てています』
研究所の規定したルールは実に何千にも及び、苦しむ者が居れば救済し、人を殺めてはならないと言った事も書かれていると言う。
『どうしますか?この都市には一部で畜産も行われているのでしゃぶしゃぶなどもありますが』
「それ早く言ってよ!」
ベッドから起き上がって叫ぶスフェーン。
てっきりこの街には野菜と果物しかないものかと思っていたが、一部で畜産をしていると言うのなら。しかも肉を使った料理があると言うのなら別だ。
「よし行こう、すぐ行こう!」
ベッドから抜け、早速着替えるスフェーンだが。そこでルシエルは軽く苦言を呈す。
『スフェーンは相変わらずですね』
「うるせぇ。飯と睡眠は人に与えられた最大の娯楽だろうが」
そう締め括るとスフェーンはいそいそとして貨物ターミナルを出て街に入った。
スフェーン・シュエットと言う少女は嘗ては男だった。
記憶も男の時のものがあり、男の嗜みと言うのも数は少ないがやって来た。元々性に対する関心というのは低く、読書や睡眠の方が好みの草食系人間だった。
そして今の女としての生活に慣れてしまったが、精神的には男なのでたまにどちらが正しい性別なのか分からなくなってしまう。
外観で言えば確実に女なのだが、中身は男だ。言ってしまうと性同一性障害の様なものなのだろう。
この身体に順応しているからなのか、気を緩めるとすぐに女の口調になるので時たま意識して男っぽくしている。
「しゃぶしゃぶがあるなんて聞いてなかったぞ」
グリーンボウルに入ってウキウキのスフェーン。今日の夕食が決まったと思って街を歩くと、そこでこの街でよく見かける施設に人が集まっているのが見えた。
「?」
その施設の名前は救貧院、生活の困ったもの達が集う場所であり、この都市特有の施設でもあった。
研究者の取り決めによって、苦しむ者への救済をするグリーンボウルにはこの様な施設があるのだ。ここに来れば食料や仕事を探すことが出来る、まさに貧困層のための施設だ。
本当の貧乏人は自らの内臓を売って生活の足しにしており。故にノーマルと言われるサイボーグ化やインプラントもしていない人間は極貧層の証でもあった。
「はいはい、皆さん。今日の配給ですよ」
そして救貧院から出て来た白衣に身を包んだ大人や子供が出てくると、そんな極貧層を相手に黒パンや一杯のスープを配っていた。
「不思議な施設だこと」
今度研究所の規則を記した本でも買おうか、などと考えながらスフェーンは噂のしゃぶしゃぶの店に向かった。
グリーンボウルは緑の都市、かつての研究者の努力に感謝しながら一人前のしゃぶしゃぶを注文したスフェーンは目の前に並ぶ盆を見る。
店の店員はスフェーンを見て少々首を傾げるも、流石の対応で一人前の量を作って出す。
培養肉と天然肉の二つあったが、もちろん本物を選んだ。
スフェーンは出て来た豚肉の薄切りの乗る皿や野菜、黄金色の出汁が小さな鍋で暖められているのを眺め。早速箸を手に取ってその出汁に薄切りの豚肉を入れ、色が変わるまでしっかりと潜らせる。豚肉を生のまま食べるのは大変危険なのでしっかりと潜らせる。
そして潜らせてピンク色が消えた豚肉をポン酢に付けてまずは一口。
口の中に広がる酸味が程よく熱で脂の落ちた豚肉と合わさり、ついでに淡く出汁の昆布や鰹の味を感じる。
そして二枚目はもう一つのゴマだれに付け、良く噛む。
先ほどの酸味と代わり、胡麻の香りと豚肉の食感が合わさり、こちらは少々後味が長く続く。胡麻に鰹と昆布の出汁の味が合わさってより味を引き立てていた。
付け合わせのサラダでゴマだれを絡めて流し、次に白菜や白葱、水菜を入れて暫し煮こむ。
出汁が鍋に入れた野菜の間から沸々と音を立て、野菜をじっくりと煮込んでいく。
そして白菜がやや透明になり、水菜やネギがシンナリとしたところで鍋から揚げてポン酢に付けて頂く。
「うーん……美味い!!」
シャキシャキとした食感にポン酢と出汁の旨味。新鮮な野菜を使っているだけあって、煮えた野菜でも歯応えがある。
そして一度入れた野菜を一旦片付け、もう一度豚肉を潜らせて今度はゴマだれの方から付けて頂く。
「ーーっ!」
ゴマだれとポン酢、双方に独特の旨さがあり、どちらが良いかと聞かれると非常に返答に困る。
「やはり飯は最高の娯楽だ……」
今は金に余裕があるからこそ言える話だったが、スフェーンはこのひと時の為に働いていると言っても過言ではなかった。




