#235
執行猶予付きの実刑判決を受けたブルーナイト。
一応公的には実名が公表されたが、報道機関は仕事の時の名前を使って報道を行っていた。
傭兵に対し、業務上過失致死罪が適用された事例は大きな反響を呼んでおり、今でも彼に対する判決の不当性が叫ばれるような状態であった。
「…」
数多の記者達の襲撃を受けながら身を隠すように空港に乗り込み、そのまま極超音速旅客機でウエルズ大陸までひとっ飛びで帰郷するジェローム。
イルカに帰る途中、ロトの運転するセダンの中でも彼は上の空で何か考え事をしていた。
「…大丈夫ですか?」
「?あぁ…何かあったか?」
空港に着き、スーツ姿のまま休暇となったロトは彼がイルカの自宅に到着するまで車で送迎をしていた。
「いえ…ずっと上の空でしたから」
「…そうか」
そこでジェロームは倒れていた椅子に再び背中を預けると、そこでロトは唐突に言った。
「…ジェロさん、貴方。私が保護観察対象にしていなかったら、死ぬつもりだったんですよね?」
「っ…!!」
ロトの言葉に一瞬ジェロームは驚いた表情を浮かべた。
「服毒自殺の為の薬剤を、常に部屋の仕事机の棚に閉まっていたのでしょう?」
「…」
詳しい隠し場所まで把握していた彼にジェロームは一瞬思考をめぐらせた。
購入履歴は調べればすぐに出るだろうが、なぜ隠し場所まで把握していたのだろうか。
と言うより、あの棚を勝手に開けられるのはあの部屋に出入りしていた人間だけだ。
「…まさか」
「さぁ?私はただ相談されただけですので『あの人が薬で死んでしまう前に保護をしておくれ』とね」
「…」
そこでジェロームは言外にロトから、本来治安官の立場としては禁止されている通報者の個人情報を知ると、そこで肩を落とした。
「なるほど…あの時から私は嵌められていたと言うわけか…」
乾いた笑いが溢れると、
「勝手にやって勝手に責任から逃げ出そうとするんです。…許すはずがありませんよ」
ロトは握っていたハンドルに力が籠る。
彼にとっては父親同然に育ててもらった恩師を殺害した犯人が横の助手席に座っているのだ。
当時の自分がわざわざ鉱山を降りてまで見つけたその資料では、あのほぼ確実に密室空間でレッドサンは背中から撃たれた。それも至近距離で。
ブルーナイトほどの腕前を持った人間があの密室空間であろうと、味方の誤射をするはずもなく、彼の証言もあった。
トドメはアイリーン側に残されていたブルーナイトとの接触記録と、タルタロス鉱山事故以後の金品の受け渡しであった。
「…」
おそらく、相当彼の中で葛藤したに違いない。自分を罪で裁くのかどうか。
治安官に私情を持ち込むのは厳禁だ。治安官としてのキャリアをかなぐり捨ててでも彼は自分を処刑したかったに違いない。
「でも…ただ貴方を死刑にするだけで自分の心は晴れるのかと疑問に思いました」
「…」
「正直、悩みましたよ」
ロトは青信号になってアクセルを踏み込む。
「だが私は一介の治安官。治安官たるもの捜査で私情を持ち込むわけにはいきませんでしたから」
「…そうか」
ジェロームはそれ以上言うことはなかった。彼に同情することは、彼に対する侮辱に等しいことであることは分かっていた。
「だから貴方を利用した。最も世の中の人間にとって利益となるように」
「…」
そこで最後の角を曲がり、壁に囲まれたある施設に到着する。目的地に到着したのだ。
孤児院の裏手にあるロータリーでは一人の女性が待っており、車が止まると最後にロトがサイドブレーキをかけて車をとめた。
「お帰りなさい」
白衣姿で待っていたアンジョラはそこで到着したジェロームを見て嬉し涙を我慢して見ていた。
「あぁ…ただいま」
こんな罪人でも愛してくれて待ってくれていた相手を前に彼は車を降りた後にアンジョラに強く抱きしめた。
「…すまない。迷惑をかけた」
「私は…貴方に生きていてくれれば、それで良いんです」
強い傭兵らしいガッチリとした体で抱きしめらを彼女は大きな体に体を預けるように優しい力でジェロームと抱きついた。
その様子をしばらく静かに見ていたロトはその間に捜査資料の一つをコピーしていた。
「ジェロさん」
「何かね?」
そしてロトが話しかけると、アンジョラに抱きつかれたままのジェロは首を回してロトを見ると、そこで彼はタルタロス鉱山の捜査資料のコピーを彼に渡した時に聞いた。
「…これから、貴方はどうするんですか?」
その問いにジェロームはすぐに答えを出した。
「少し休むさ。そのあとは…」
そこで少し間を開ける。
「まぁ孤児院の院長でもするかもしれんな」
その時のジェロームの表情はどこか探し物を知るような目をしていた。
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「…」
その後、孤児院の院長室でパソコンと自分の腕から伸びるコードと接続してロトから渡されたタルタロス鉱山崩落事故に関する捜査資料を見ていた。
孤児院で帰ってきたブルーナイトに子供たちは喜び、ロトも休暇で帰ってきたついでで子供達と遊んで、あっという間に時間は夜になってしまった。
金は余っているんだろう?だったら一緒に出資をしてくれないかと相棒に強請って作ったこの孤児院、今となっては懐かしい記憶だ。
これからはここで院長として子供達の世話をしていこうかなどと言っていた彼だが、今では別のことで頭が一杯になっていた。
「(やっぱり…)」
全ての業務を終え、自分の人生においてやり残したことはないと思っていたブルーナイト。
しかしその最後で感じた違和感を前に彼は少し調べていた。
捜査資料は実に繊細で、大量の写真やホログラムまで残されたものだった。
「…」
ホログラムに入り、当時の状況を3Dで繊細に写した事件現場を見るブルーナイト。
眼前にはかつての相棒が乗っていたロート・フォッカーの姿があった。接近戦闘に調整されたほぼ特注の機体、かつてレッドサンの能力に惚れ込んだある企業が提供した一品だ。
自分の乗っていたブルー・アンリオは狙撃性能に特化した性能を有しており、どちらも第四世代オートマトンの試作型であった。
機体の半分はエーテルの池に浸かっており、コックピットまでエーテルが入り込んでいた。
そして大穴の空いた赤い機体を確認すると、コックピットに遺体はなかった。
「…」
上のアイリーンのオートマトンには白骨化した遺体が残されており、ドックタグも回収されていた。
しかしレッドサンの遺体はどこにも見当たらない様子だった。骨の一つつすら見つからず、ロトの報告書にはそのように記され、彼はきっと心底悲しんだに違いない。
「本当にこの場所から出られるのか?」
彼が落ちた崖を見上げながらブルーナイトはそこで考える。自分にあの手紙を差し出したのは本人でまず間違いないだろう。
あの特徴的な…言ってしまうと読みにくくて汚いあの字は彼だけの字体だ。それは一目で分かった。
故に彼は生きていたと言うのが今までの推測だが、このホログラムを見ていると少し疑問に思った。
「…ん?」
ホログラムの中を歩いていた時、ブルーナイトはロート・フォッカーに近くの岩場の中に不思議な点を見つけた。
「足跡…」
微かにだが、そこには小さな足跡があった。その跡はとても浅く、ロトですら見つけられないほどに見えにくいものだった。
「子供の大きさだ…」
その足跡の大きさを見てブルーナイトは屈んでよく見ると、その足跡は崖に向かって伸びていることが分かった。
「…」
子供と言うのを前にブルーナイトはふとあの少女の姿が浮かぶ。
あの駅でニヤリと笑って自分を見ていたあの特徴的なオッドアイの少女が。
「まさか…」
その時、途端に彼の表情は青くなった。
いや、ありえないと自分は即座に否定しているのだが、あの少女から溢れた雰囲気を前に本気でそれを考えてしまった。
それをできる技術は確かにあるが、それをあの場でできると言うのは到底ありえないからだ。
「いやいや…それはありえないはずだ…」
そんな事を口にした時、彼は今まで見ていたホログラムが切られ、視界が一瞬真っ白になるとそこ孤児院の景色に戻った。
我ながら恐ろしい事を考えてしまったものだと思っていると、
「またお仕事ですか?」
アンジョラが不安げに自分を見ており、その手には一通の封筒が握られていた。
「いや…単なる調べ物だ」
「そう…あまり無理はしないのよ?傭兵ってすぐに無理するから」
「あぁ、分かっているさ」
ジェロームはアンジョラを見て言うと、そこで彼女に用事を聞いた。
「えぇ、貴方にお手紙よ」
「私にか?」
やれやれどんな取材なのだろうかと思いながら封筒を受け取ると、差出人はとあるホテルの支配人からだった。
「…なってこった」
「どうかしたの?」
アンジョラが聞くと、ジェロームは席を立った。
「ご招待だ。すまんが、少し出掛けてくる」
「どこに?」
早々に旅行用のカバンを取り出して準備を始めるジェロームに聞くと彼は答えた。
「ホテル・ヴォンゴラという場所だ」
「まぁ、飛んだ高級ホテルじゃない」
聞いたことあるホテルの名前に軽く驚くアンジョラ。そのホテルは質の良いサービスと、その特徴的な立地から人気の高いホテルであった。
「取材?」
「いや、支配人からのご招待さ」
招待券は本物で、食事券やホテルの予約がすでに行われているものだった。
「大丈夫なの?」
彼女が言ったのは、そのホテルは近くに黒鉄市があると言うことだった。
なにせレッドサン殺害の嫌疑が晴れたとはいえ、まだその判決に不満を言う人が多い状況だ。
そんな状況で傭兵の街に近い場所に行っていいのかと言う疑問が彼女の中にはあった。
「あぁ…」
するとジェロームはその招待状を片手にアンジョラに言う。
「すまないが、これは絶対に行かなければならないんだ」
「…」
その時の決意に染まった彼の目は、久しぶりに見た生きている人間の目だった。
この状態になった彼は、何がなんでも行くと言うのは今までの経験が物語っていた。この時、自分が言えることはただ一つ。
「…気をつけてね」
「あぁ…苦労をかけるな」
そこで準備を終わらせ、トランクを握った彼は再度アンジョラを強く抱きしめた後に彼女の頬にキスをした。




