#129
「現在、貴方には相棒殺しの嫌疑がかけられている」
上から陽の光が差し込む中、森の一角でブルーナイトは卜者と話をしていた。
「そうだな…」
「オートマトン乗りとしては最強と言わしめた傭兵であったレッドサン…その力は企業が喉から手が欲しがるほどであった」
彼女は言い、傘を刺したまま天を見上げる。
「そして貴公と共に仕事に向かった五年前のタルタロス鉱山での崩落事故後、レッドサンは行方をくらました」
「…手紙は読んだのでしょう?」
彼は聞くと、彼女は少し頷いた。
「あぁ、無論読んだとも。事故に紛れて彼は行方をくらまし、持病の糖尿病による合併症によって死去と推定…」
「そうです。私もいきなり消えたので驚き「問題は其処ではない」…」
サクラはそう言い、ブルーナイトに言う。
「筆跡鑑定も依頼した。…まぁ私も昔仕事をした仲だ。彼の手紙を持っていたのでな」
「…貴方と仕事ですか」
それには驚いた様子でブルーナイトは少し顔を上げた。
「なんだ、聞いていないのか?」
サクラは言うと、ブルーナイトは首を横に振った。
「やれやれ…相棒にすら話さなかったのか」
「彼の前歴は私でもそう知りません。知っているのは、コンビを組んだ十年だけです」
「彼奴の秘密主義にも呆れたものだな…」
「全くです」
レッドサンは一般に知られている情報でも不可解な点が多い。
過去の前歴は一切が不明。自分も組んでいた時の間に何度か話をした事があったが、上手くはぐらかされてしまった。
「まぁ良い。問題はその筆跡鑑定の結果、間違いなく本人が書いたと言う事実だ。これは物理的な証拠だな」
コピーを自分に疑いの念を持つ者達に渡して回ったブルーナイトは、そこで驚かれつつも彼と縁があった人物からの確認で間違いなく本物であるとされ、そこで彼が引退したのだと理解していた。
「ただ…ここからは私の直観的な話だが、あの手紙には感情が篭っておらん」
「はぁ…?」
いきなり何を言うかと思うかもしれないが、彼女の卜占と言い直感が強い人間の話なのでブルーナイトも思わず耳を傾けていた。
「思うに、手紙は二通あるのではないか?」
「と、言いますと?」
「何、私なりの勝手な予測だ」
彼女はそう言うと差していた傘を閉じて椅子に立て掛ける。
「貴方が配り回った手紙にはレッドサンの引退や死去が記されていた。ただ五年間、行方不明だったなぜ彼がまるで外に向けるような言い振りの手紙を残したのか…」
「…」
「今回の会議然り、この前の貴方の企業連合離脱然り、貴方にそれほどの決断を踏み切らせた別の手紙やら言伝があったのでは?」
彼女はブルーナイトの方を見ながら聞くと、彼は軽く笑った。
「ははっ…噂通りの推察眼ですね」
そう答えると彼は上を見上げる。
「私ただ、レッドサンの遺言書の通りに動いているだけです」
「遺言書…」
「えぇ…」
彼は言うと、彼女は追求するように聞く。
「先ほど、いきなり消えたと言ったな。レッドサンの動向は鉱山事故以降、貴方も掴めていなかったと言うわけだな」
「えぇ、半年前までは…」
それは赤砂傭兵団が企業連合から離脱した時期と重なる。
「置き手紙があった。これからの赤砂傭兵団の方針と、傭兵支援組織の設立…彼の残した財産を全て使ってでも設立を、とね」
「それで湯水の如くこの会議で金を使うわけか…」
「えぇ…」
会場に招待した傭兵の人数は千人近い、それほどの人数を集めて行われる会議の内容は傭兵支援組織設立の話し合いだ。
あらかじめ大手の傭兵団団長には直接話をしており、この後のパーティーで全員に発表する予定だった。
「ならば…」
すると彼女は長椅子から立ち上がりながら言う。
「その話、私の方から他の者達に伝えておくとしよう」
「…あまりレッドサンは喜ばなさそうだ」
「その方が私は気分が良いというものだ」
そういう彼女の顔は少々悪く、この様子ではレッドサンに散々振り回されたに違いない。
「精々あの世で恥ずかしがるが良い。今まで散々影に隠れていたのだ、ここいらで表舞台に引き摺り出してやろうぞ」
彼女はそう言いやる気に満ちていると、そこで顔色を変えた。
「さて、」
そして今度はブルーナイトの顔を見ると聞いた。
「私も貴方の思惑に一つ噛ませてもらおうか?」
「…ふっ」
全てを探したような目で彼女は言うと、ブルーナイトは軽く笑う。
「引き抜きですか?」
その意味を理解できないほど勘は鈍っていなかったので、彼は聞き返すとやや呆れ気味に彼女は言う。
「何、自分で建てた家を自分で潰す男だ。それに、私も人が欲しいのでな」
「だとしたら、チェンと話し合いしてください。そこで決めたら、私の元に」
「ふむ、あの小娘と対等で話さにゃならんとはな…」
別人に丸投げされたことに彼女は少々不満顔になりながらもそのまま森を後にした。
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「ふんと〜ど〜りょくのかい〜もなく〜」
『きょうぉ〜のなみぃだも〜』
夕焼けの海辺を見ながらスフェーンとルシエルは歌う。
「きょうぉ〜もな〜みだのひがぁお〜ちる」
『ひぃがぁ〜あおぉ〜ちぃ〜るぅ〜』
側から見れば一人カラオケをしているように二人は、アクアブルーの公園でゆったりとした時間を過ごしていた。
「いやぁ、良い景色ですなぁ」
『良い景色ですとも』
ベンチに座り、そばにレンタル自転車を停めて太陽の光が反射する海面を眺める。
「ルシエル」
『はい』
そこでスフェーンは聞く。
「新しい大陸に着いたらどうする?」
『まずは仕事をこなすべきかと』
彼女は言うと、スフェーンは返す。
「そう言うのじゃなくてさ…旅の目的とか決めない?」
『旅の目的…ですか…』
「そう、目的無しに行動してもね」
スフェーンは言うと、ルシエルは提案する。
『でしたら、現在残っているローン返済を目的にするのはいかがでしょう?』
「結局それかいな…」
苦笑しながら片手にサイダーを飲むスフェーン。
「まぁしばらくはそれでも良いかもね…」
彼女はそう溢すと、ルシエルが言う。
『スフェーンが鉄道連絡船に乗った報告はすでに数名の関係者にお送りいたしました』
「んじゃ、そろそろかな…」
するとスフェーンの視界に電話が入ると、その相手はサラであった。
「はいもしも『ちょっと!?大陸離れるって聞いてないんだけどっ!!』…」
耳を劈くような、それはそれは恐ろしいくらいの声色で叫んでくる人。
「えぇ、暫く離れますよ」
『何で出発した後に言うのよ!?』
「いやぁ、仕事を全力で阻止されたらたまりませんもん」
そう言い、自分を溺愛してくる少々面倒なお嬢様は言う。
「貴方から指名依頼の山喰らうのは勘弁ですやん」
『それは…』
少し言い溜まる彼女。つまりはやる気があったと言うわけだな、此奴め…。
「まぁ、暫くは遠く旅に出ますよ」
『むぅ…』
「はいはい、妬かない妬かない。後でメアリーさんに言っておきますから」
『は?ちょっ!何でメアリーの連絡先知ってんのよ!?』
サラは驚いていると、スフェーンは言う。
「まぁそりゃあんな回数連絡してきたら向こうから来ますよねって話で…」
『だからかっ!最近やたら仕事を持ってくるようになったのは…!!』
「いやぁ、偶に御礼でお菓子くれるからマジありがたいっす」
『メアリーめ…』
恨めしそうにしながら彼女は軽く恨み目で彼女の執事を思い返すと、彼女は言う。
『今度出張の名目でそっちに行ってやるんだから』
「しれっとストーカー発言やめぇや」
『これでストーカーなら世の中大半がストーカーになるでしょうが』
「ならんだろ」
真顔でスフェーンは返すと、飲み終えた瓶をゴミ箱に放り込んで自転車に跨りながら聞く。
「最近の街中はどうなの?」
『そうね〜、最近はきな臭くなってきているわよ〜』
先ほどとは打って変わってサラは少しため息を交えながら溢す。
『何せ緑化連合と企業連合の対立が激しくってね〜。街の周囲に野盗が増えてきたのよ』
「治安悪いね〜」
スフェーンは言うと、サラは軽く頷く。
『全くよ、こっちは色んな企業に頼んで私兵を捻出する必要があるし、軍警も軍警で襲撃にあった列車の聞き取りやら街のテロの対応でてんやわんやで…』
聞くと、どうやら街中で数件の軽いテロ事件が頻発しているそうだ。
『うちの都市は中立宣言をしているからね、どっちと自分の陣営に引き込もうと躍起になっているらしいわ』
「まぁベガスシティの統治形態はどちらとも取れるからね〜」
ベガスシティは各企業から選出された代表者を市民の直接選挙で任期四年の一期制の市長を選ぶ統治形態である。
企業の支配が強い都市では選挙そのものの制度が無く、緑化連合であれば立候補は資金さえあれば自由である。
どちらとも取れる支配体系故にテロも起こるのだろう。
『陣取り合戦に巻き込まれる立場にもなれっての』
「本音出てるなぁ…」
恨めしく語る彼女にスフェーンは何とも言えない表情をしながら自転車を漕いでいると、横を市電が通過していく。
「どっちかつく気はあるの?」
『いいえ、今のところベガスシティはどちらに付くも気ないわよ』
今の市長はサラの実家とは関係のない人物が取り仕切っており、市議会に派閥がいるだけであった。
「市民感情をそれで抑えられるの?」
『もう飽き飽きしているわよ。どっちのグループから同じテロされてちゃあね』
サラはそう言い、しれっとスフェーンと政治談義になる。
「まぁまだ表立った戦闘が起こっていないけど、都市防衛の為の兵力増強の条例案がさっき通ったばかりね〜」
彼女はそう言いデスクの上に置かれた紙を見る。
『全体主義が成功した例を一回も見たことがないんだけど…』
「それはね、まぁ今の企業連合には裏で緑化連合傘下の都市の企業が手引きしてるって噂もあるし、マジで底なし沼よね」
電話片手に書類に目を通してサインをすると、控えていた部下にそれを手渡す。
『何でそんなことするの?』
「どうせ緑化連合に奪われた都市の統治権を再び握りたいんでしょう。最も、民主主義の概念が浸透した今の状態じゃあ市民革命が起こるでしょうけど」
傍でホテルに納品する食料品の確認を行いながらサラは言う。
『魑魅魍魎とはまさにこの事か…』
「触らぬ神に祟りなし、よ」
彼女はそう言うとメールを送信して本日最後の業務を終えた。