#10
漂着した様に倒れている嘗ての愛機。その姿は見るも無惨で、至る所が破壊されていた。
「これは……」
至る所が禿げたと赤と灰色の塗装、抉れた胴体。間違いなく自分の使っていた機体だった。ただ一つ、疑問があるとすれば……
「大きく見えるのはなぜだ?」
女になった、ただそれを鑑みてもこの機体はいつも以上に大きく見えた。するとルシエルが説明を入れた。
『肉体がエーテルより再構成される際、貴方の個人の認識に若干の弱点が存在し。その影響で貴方の体は女性となり、さらに年齢も従来より大きく幼くなっております』
「それはつまり……俺は女になった上に若返ったと?」
『そう言う事になります』
ルシエルの回答にイマイチ現実味の無い事実にレッドサンは軽く笑った。
「ははは……どうしてこうなったんだか」
『貴方がかつての仲間から裏切られた時に感じた諦めが原因の一つと思われます』
ルシエルはレッドサンの疑問に返答をすると、女となったレッドサンはかつての愛機の上に座り込んだ。直に肌に触れる冷たい金属を感じる。そこに違和感はない。
「諦めか……確かにそうかもしれんな」
信頼していた仲間が企業に繋がっていた。その事に関して文句を言う筋合いはないが、一番大きな衝撃だったのはその銃口が自分に向けられていたことかもしれない。しかし心の奥底で自分は分かっていたのかもしれない。
ただそれでも、仲間に裏切られ見捨てられ、撃たれて致命傷を負った。その事実が、今の自分に大きな影をおとしていた。
『レッドサン、今の貴方は何がしたいですか?』
「何がしたい……か」
かつての仲間にも聞かれたことがあったな、傭兵から手を引いた先で生きられるのかと。
「傭兵を延々とやってきた俺に、今更何ができるか」
思わず自問自答をしていると、ルシエルが提案をした。
『何もしたくないのであれば、このままここで永遠を過ごすことも可能です』
「それは……」
できる、と知識が言っている。エーテルより再構成されたこの体は、嘗ての己の体よりも圧倒的に情報を持っていた。
そしてそれが知識として今の自分に保存されていた。到底まともな人間では収められない知識量だ。
そこで知ったエーテルの詳細も、エーテルがこの星にある意味も、全て把握していた。しかし、それを知った所で今の自分は大して驚かなかった。
『エーテルの保有する情報で再構成された今の貴方の肉体は食事や睡眠を必要としません』
「サイボーグみたいだな」
『サイボーグと違い、エーテルを感応的に感じる事が可能です』
ルシエルはご丁寧に説明を入れてくれるとそれを聞いたレッドサンは言う。
「ここに居るのはやめだ。外に出たい」
永遠を生きることもできるが、レッドサンとして生きてきた自分はこんな地下のどん底で過ごそうとは思わなかった。
『分かりました。レッドサン』
「……いや、レッドサンは死んだ。ルシエル…」
壊れたオートマトンを見ながら彼女はルシエルに言うと、彼女は聞いた。
『では、どの様にお呼びすればよろしいですか?』
そして聞かれた彼女は少し考えた後に思いついた単語を口にした。
「…スフェーン」
そこから並んだ自分の名前をルシエルに伝える。
「スフェーン・シュエット。それが私の名前だ」
ルシエルはスフェーンの名を聞き、承諾した。
『分かりました……ではスフェーン。洞窟内のマップを収集し、地上に出る手段を提案させていただきます』
ルシエルの提案にスフェーンはまず初めに最も重要な事態を伝える。
「いや、その前にマッパな今の状態をなんとかしてくれ」
『申し訳ございませんが、その問いに最適な返答はできかねます』
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「ーーなるほど、それが君が経験してきた過去か!」
ある程度の話を聞き終えてネクィラムは興奮を隠しきれない様子でスフェーンを見ていた。
一部ぼかしたりして馬鹿正直に真実を伝えたわけではないが、それでもある程度の概要は伝えた。
流石に自分が元傭兵のレッドサンである事やルシエルの事は言わなかった。この男なら言っても問題ないかもしれないが念のためだ。
そして性転換したことや若返ったことに目の前の男は驚く事はなく納得して顔を頷かせていた。彼曰く、エーテルが身体に起こす作用は未解明な部分ばかりで何が起こってもあり得ると言う。
「しかし、活性化エーテルから帰還した人間がいるとは……これは世紀の大発見だ!」
早速詳しい検査をしてみたいが…と呟く目の前の男にスフェーンは明らかに目線を鋭くするとネクィラムは首を横に振った。
「そう怪訝な顔をするな。企業を追い出された私に君を細かく調べる術はない」
「私を企業に突き出すんだったらすぐにでも撃ち殺すぞ」
「そんな事はわかっている。それに、君のエーテル情報の塊の様な人間の価値はあの馬鹿どもに理解できまい」
そもそも君がエーテルで構成されていることも分かるまいと彼らを嘲笑った。
企業の研究所を追い出された理由がわかった気がしながら、同時に企業に突き出される可能性が低い事実を確認したスフェーン。そんな中、ネクィラムは続ける。
「生まれてこの方、盲目だった私の目の代わりとなったのが君たちがエーテルと言う存在だ」
「エーテルだと?」
「ああ、視覚を失った私は代わりにエーテルが作り出す光景を感じて生きている。おかげで目が見えずともそこに何があって誰がいるのかを認知出来る」
なるほど、通りで私の正体を認識できるわけだ。それと同時に目の前の男の変態性に恐怖を覚える。
「故にエーテルには燃料ではなく、別の作用があると言って研究していたら。その価値を理解しない馬鹿どもは私を研究所から追いやった!!」
そりゃそうだ、企業が研究者に求めるのはエーテルに関する技術開発。エーテルそのものに関する研究は利益を産まないと判断され、資金の無駄と思われる。
「故に、エーテルで満ちている君の体は私の理論を証明する重要な参考人だ」
彼のエーテルに恋をしているような言い草にスフェーンは目の前の男の本質を理解した気がする。
「あんたはそれで満足なのか?」
「道を追求することが研究者の使命。そのためならこの命なんぞいくらでも賭けられる」
恐ろしいまでの執念だと、スフェーンは思う。このネクィラム、エーテルの本質に最も近づいている研究者かもしれない。
「そんな研究をつづけられる金はあるのか?」
「そのために興味もない道具を作って売ってきたのだ」
なるほど、それがあの店の店主の言っていた道具と言うわけか。
全てに辻褄が言ったスフェーンは納得していると、ネクィラムは言う。
「私の論文を証明するために協力をしてくれ。勿論、報酬は出す」
「報酬?そんなカツカツな生活で行けるのか?」
明らかな限界生活をしている雰囲気満々な部屋を見回しながら言うと、彼はスフェーンに言った。
「昔私が開発していた装備品がある。それでどうだ?」
「装備品?」
「ああ、きっと満足できるものだと約束する」
懇願にも似た声でネクィラム言われ、スフェーンは考えるとルシエルが言う。
『彼の言葉に違和感はありません。自信があるようにも感じられます』
「……その装備品ってのは何だ?」
「オートマトンで使える装備だ。試作段階で終わった代物だが、強力なのは確かだ」
ネクィラムはそう答えると、ルシエルの助言を信じる形でスフェーンは彼を見た。
「……分かった。その取り引きに乗ろう」
「ありがとう…!」
感激のあまり子供相手に鼻息を荒くするネクィラム、なかなかに気持ちが悪いが以前のロリコンと違って目の前の男はエーテルにガチ恋をしていた本物だ。ちょっとどころの変態じゃないぞこいつ。
「今の君はエーテルで構成された情報体だ。エーテルが人の意志を有していると仮定するなら……」
そこで彼は自分の目で確認できるスフェーンの状態を見てブツブツと独り言を溢す。
「スフェーンと言ったな?先にそいつを渡す、ついて来い」
「……そのまま装備品を奪って逃げるとは考えないのか?」
少々悪い考えをしながら聞くと、ネクィラムは言う。
「お前さんのような若娘にあの装備品は奪えんよ」
自信のある口調で彼はスフェーンに言うと車椅子から立ち上がった。
「アンタ立てるのかよ」
「日々の行動で座る立つの動作は私にとっては無駄な行動の一つにすぎない」
「じゃあなんで今は立つんだ?」
「この車椅子は外行きに対応していないからだ」
なんと言うか、この男はエーテル以前に世界の常識から根本的に何かずれていると感じた。
ネクィラムと共に家を出たスフェーンはそこで横を歩くネクィラムのエーテルを見ると言う事の正確さに驚く。
一見、目をただ閉じているだけにしか見えなかったからだ。
「本当に目が見えないのか?」
「無論だ、その証拠に私は色を知らない。エーテルで見えるのは形のみ。エーテルの光がこの世の物質全てを覆うように包み込み、私はそれを見ている」
「空間エーテルを見ているのか……」
彼が一般人と同じように過ごせる仕組みを言い当てると、ネクィラムは頷いた。
「さすがだ、あの大災害で降り注ぐエーテルは私にとっては目の代替となり。恩恵を齎している」
「怪我の功名か?」
「ああ、そうとも言えるな」
向かっているのは都市の地下に繋がる途中にある古いコンテナなどが積まれたスクラップ置き場。辺りには破壊された傭兵のオートマトンや戦車、中には古い機関車まで置かれている。
ガキの頃、戦場跡に行っては運べるだけスクラップを運んでジャンク屋で金に換金していたのを思い出す。
「ここに例の物があるのか?」
「機械を隠すにはスクラップの山。元々は研究所で私が主任で研究していた不本意な代物だ」
研究所で主任になって研究していた……それだけで目の前の男がどれだけの立場だったのか理解できた。エーテルに恋さえしなければ余程の天才だったに違いない。
「かつて研究所を追い出された時にどさくさに紛れて持ち去った物だ」
「飛んだ火事場泥棒だな」
「私なりの嫌がらせだと思ってくれて構わない」
そんな中、二人はスクラップの山の中で立ち止まるとネクィラムは言った。
「此処の下に埋まっている」
「おいおい、まさか掘れって言うのか?」
「ああ、軽く埋めただけだ。すぐに見つかる」
そう言うとスフェーンは軽く愚痴りながらも、ネクィラムが手でスクラップをどかし始めたので仕方ないと思いながら手でスクラップを退けると簡単にそれは見つかった。
「デカいな……」
そこにはクレーンでも持って来た方が良さそうな大きさの箱があった。するとネクィラムはそんな彼女の反応に頷いた。
「当たり前だ。元々はオートマトンの外付け武装だ。これでもコンパクトになっている」
反動を機体全体で賄う必要があるレベルだと言い、スフェーンは軽く絶句する。何処ぞの肩に付けるカノン砲よりも威力が有りそうなそれに笑うしか無かった。
「こりゃヤバい…だがその前に……」
しかし彼女はそこで背中を見ながら持ってた拳銃を抜いて引き金を引くと、発射されたコイルガンの弾丸は隠れていたであろう一人の男に命中した。
「家からずっと付けて来てたコイツらは誰だ?」
すると命中した男がスクラップの山から滑り落ちたのを皮切りに同じように隠れていた数人の影が銃を持って現れた。




