40 撃墜王
最終話です。
ちょっと長いです。
部屋の中には書記官と、ローレンツ少佐に基地司令官の中佐、そして僕の四人だけしかいない。
何故かシーンと静まり返る室内。
書記官がペンを走らせる音だけが響く。
唐突に司令官が口を開いた。
「いつから知っていた?」
は?
いつからって、何のこと?
「えっと、言ってる意味が分かりませんが……」
すると司令官は厳しい表情で返答。
「ドラゴンだと知ったのはいつか聞いている」
これって僕は責められている?
「待って下さい。その言い方だと、僕がククリをドラゴンと知っていたのを隠していたみたいじゃないですか」
「違うのか」
マジですか!
僕は疑われている。
「違います。知ったのは今日です。戦闘中です!」
「……そうか。ならば今日の報告をしてくれるか」
ローレンツ少佐は一言も話さない。全然フォローしてくれることもない。冷たいじゃないの。
僕は細かいところまで、今日の戦闘のあらましを説明した。嘘や誤魔化しは一切なしだ。
すると司令官。
「ふむ、そうか。にわかに信じられないところもあるが、貴官の今までの行動や功績を鑑みるに、嘘を言うとは思えないからな。とりあえず撃墜に関しては今、地上部隊に墜落した敵騎を調べさせている。貴官の証言と一致すれば撃墜が認められるだろう……」
ここまで言って司令官は深く深呼吸をする。そして再び話し出す。
「……さて、形式的な話はここまでだ。私は報告書を上層部へ持って行かなければいけないのでな。あとはローレンツ少佐に任せるとしよう。まあ、ちょっと厳しめな感じだったがな、内容が内容だけに曖昧な報告を上層部に知らせる訳にはいかなかったんでな。では後を頼むぞ、少佐」
そう言うや、さっさと部屋を後にしていく司令官。
「えっと……あ、お、お疲れさまでした!」
慌てて立ち上がって敬礼した。
まだ良く分からない状態の僕に、ここでローレンツ少佐が初めて口を開く。
「トーリ上等兵曹、まあ座らないかね」
「は、はい……」
僕が座ったのを確認すると、再びローレンツ少佐が話し掛けてきた。
「貴官がどう思っているかは分からんがね、この件は我が国にとって一大事なんだよ」
「一大事と申しますと?」
「ドラゴンの出現のことだよ。現在いる将官のほとんどさえ、ドラゴンを見たこともないのだよ。そんな幻の魔獣を我軍の下士官が騎乗したとなると、一大事と言わないで何と言うのかね。一般市民の間では、ドラゴンなんて伝説上の魔獣だと思っている者も多いくらいなのだよ。対外的にもどう説明したものか、悩むところなんだよトーリ上等兵曹」
僕も驚きの出来事だったんだけど、僕が考えている以上ってことなのか。
しかしそんなことを僕に言われてもなあ。
「あの〜、僕はどうすれば良いのでしょうか」
「それは上層部が決めてくれるんじゃないかね。近日中に参謀本部から御達しがあるだろうからね」
さ、参謀本部?!
その翌日、僕の撃墜したロック鳥の亡骸が見つかった。
見つかったのは四騎。他は恐らく、敵支配地域へ不時着したか墜落したんだろう。
だがこれでロック鳥四騎は、僕が撃墜したと認められた。
そうなると僕のトータル撃墜スコアは二十六騎となり、遂にボング大尉のスコアを追い越したことになる。
信じられないことに、僕が撃墜スコアトップとなったのだ。
ククリのおかげとしか言いようがない。ククリに感謝しないとな。
それから五日ほど経ったある日、僕に伝令が来た。
伝令の内容は「明日、将軍が会いに来る」というもの。
その将軍とは、西方方面軍の司令官だ。
何でも急遽決まったらしく、突然の訪問だという。
毎日空襲があるこんな最前線へ、方面軍司令官が自ら出向くなんて事が、本当にあり得るのだろうか。
そこで僕は思った。
そうだ、将軍に会うためのちゃんとした服が無い。僕は儀礼服など持ってないから。
買おうにも借りるにも、もう時間が無い。
仕方無く僕は、いつも来ている飛行服で将軍を迎えることになった。
それは昼過ぎの、僕が格納庫でククリの世話をしている時だった。
格納庫の翼竜が出入りする為の、大きな方の扉が突然開き始めた。
驚いてそちらへ視線を向けると、開かれた扉から馬車が中へと入って来た。
それは煌びやかで豪勢な作りの、いかにも貴族様仕様といった四頭立ての馬車だった。
格納庫にいた整備兵達は作業を止めて、馬車に視線が釘付けとなる。
そこですかさずククリから念話が送られてきた。
『あれが方面軍司令官とか言う将軍のようだな。あの馬車を見れば大体どんな奴か、我なら想像がつくぞ』
僕は敢えてククリの言葉には沈黙で返した。
最初に十二人の近衛兵が馬車の扉の前に整列する。
とても訓練された動きだ。
そしてお付きの兵が馬車の扉を開けると、中からゆっくりと中年のおっさんが出て来た。
整備兵達が慌てて敬礼する。
それを見たククリが再び念話を送ってきた。
『やっぱり我が想像して通りの奴だったな。見ているだけで気分が悪くなるぞ』
階級を見れば確かに将軍だ。
ということは、このおっさんが西方方面軍の司令官ってことになる。
ハッキリ言って、成り金趣味のおっさんに見える。高そうな将官服に身を包み、訳が分からない勲章をいくつかぶら下げている。
体型はブヨブヨで、とても戦えそうな感じはしない。一対一でのゴブリン歩兵にも勝てないんじゃないだろうか。
そんな将軍が、僕の前にゆっくりと歩いて来る。
それを僕は直立不動の姿勢、敬礼の状態で待った。
将軍は僕の前に来ると一旦、後方のククリに視線を移す。
そして表情を変えた。
畏怖の表情だった。
しかし直ぐに元の表情に戻り、馬車の扉を開けた部下に合図。
その部下の男は何やら箱を持って来て、それを将軍に差し出しながら蓋を開ける。
将軍はというと、その箱の中から何かを取り出し、それを僕の胸に着けた。
僕はそっと自分の胸を垣間見る。
それは翼竜を模ったメダル。
ーーーー翼竜名誉勲章!
余りに驚きすぎて、頭の中が真っ白になる。
一般市民でも多くの人が知っているくらい有名な勲章。
それが何故か今、僕の胸に着いている。
この今の僕の感情を、どう表したら良いのだろうか。
小刻みに身体が震えだす。
そんなことはお構い無しに、将軍は一言「おめでとう」とだけ言うと、チラチラとククリを振り返りながらも、さっさと馬車に乗り込んでしまった。
そしてあっという間に部下を引き連れて帰って行った。
何だったんだろうか。
馬車がいなくなった後も、格納庫の中は静まり返ったままだ。
そんな中、改めて僕は勲章に手を当てて眺める。
そこで急に整備兵達が、僕にワッと群がって来た。
「勲章もらったんですか!」
「み、見せて下さい」
「あっ、見たことあるぞ」
色んな言葉が僕の周囲で飛び交う。
そこで誰も自分の胸に着けられた勲章を見てみる。
「勇者の勲章じゃん!」
そう、これはかつて蒼き勇者が着けていたのと同じ勲章。子供向けの絵本にも絵が載っているくらい有名だったもの。
「まさか、勇者……」
「勇者が現れたのかよ」
「勇者の出現だ!」
整備兵達が騒ぎ始めた。
「待ってよ、僕はそんなんじゃないから!」
必死に否定したのだが、僕の声は整備兵達の声に掻き消されてしまう。
そして整備兵達がさらに大騒ぎを始めた。
そんな中へ、数人の士官が割って入って来た。
「静まりなさいっ、騒ぐんじゃないの!」
女性の怒鳴り声だ。
すると騒いでいた整備兵の声がピタリと止まり、声の主と僕を結ぶ場所がスッと別れて道が出来る。
その先にはビーナス大尉とローレンツ少佐、そして司令官の中佐が立っていた。
そしてその三人は、人波の間を僕に向かって真っ直ぐに歩いて来る。
何故か格納庫内はシーンと静まり返り、三人の足音だけが響く。
僕の前で三人が立ち止まった。
そして口を開いたのは、基地司令官である中佐だった。
「トーリ上等兵曹、貴官は正式に我が国の勇者として認められた。よって騎士の称号、そして少尉の階級を与える」
「僕が騎士? ま、まさか貴族になるってこと……ですか?」
「ああ、そうだ。これからは竜騎士を名乗れ」
そう言って、僕の胸に騎士のメダルを着けた。
まさかの竜騎士だ。
翼竜名誉勲章と騎士メダルが僕の胸で光る。
現実味が無い。まるで夢を見ている様だ。
呆気に取られている僕の胸に、突然誰かが飛び込んで来た。
「トーリ、おめでとう!」
カザネさんだった。
彼女が僕を現実へ引き戻してくれた。
「カザネさん? あ、ありがとう……」
「やっぱりトーリは私が思った通りの人だったわね」
そう言ってカザネさんは僕に笑顔を向けた。
そこで何故か周囲から拍手が巻き起こった。
拍手は永遠とも思えるほど続くのだった。
□ □ □
それから三ヶ月が程が経った頃、ボング大尉が復帰した噂が流れた。しかし復帰といっても、学校の教官としてだった。傷は癒えたが後遺症が残ったからのようだ。
僕はと言うと、出撃回数と撃墜数を伸ばしスコアは五十騎を超え、さらに記録を伸ばしていた。
さらに驚いたことに、我軍が攻勢に出るようになり、戦線を押し返していった。
そして数ヶ月もすると、我軍はゴブリン軍とオーク軍を元の国境線まで押し返し、和平交渉の席に付かせることに成功する。
完全に我軍に有利な立場での交渉だった。
その頃になると僕は勇者ではなく、違う呼び名で呼ばれるようになっていた。
その呼び名とは……
ーーーー「撃墜王」であった。
ー完ー
最後までお読み頂きありがとう御座いました。
犬尾剣聖




