29 敵指揮官
ここはビーナス飛行隊が駐屯する飛行基地の遥か上空。
ロック鳥と呼ばれる大型魔獣の騎上。
ロック鳥の背中には三個の箱が載せられており、その中にはそれぞれゴブリン兵が乗り込んでいた。
その中でも真ん中に位置する箱の中で操竜を行っており、そこにこの編隊の指揮官らしいゴブリンも乗っていた。
その指揮官が箱の中から下を覗き込み、ほくそ笑んでいた。
「さすがにこの高さまでは上がってこれないだろう。ふははは、よ〜し、残りの爆樽も全部投下しろ」
「はっ、了解しました。爆樽投下よ〜い……」
その掛け声で、爆樽に繋がったロープを切ろうとするゴブリン兵。
その時だった。
「指揮官殿、敵騎が接近して来ます!」
「何を言ってるか。ここまで上がって来るには半刻は掛かる。そんな急に上がれるはずないだろ!」
すると別のゴブリン兵が声を上げる。
「味方護衛騎が二騎落とされました……さ、三騎目も落とされました。敵騎はさらに上昇中……敵騎、速度が落ちません!」
「ばかな!」
指揮官は慌てて下を覗き込むが、ちょうど死角に入って見えない。
「どこだ、そいつはどこにいる!」
指揮官は怒鳴り散らしながらも下方に視線を巡らす。
だがゴブリン指揮官はこの時点でもまだ、敵の翼竜がこの高さまで上がって来るはずが無いと考えていた。
ゴブリン達が必死に敵騎を探す中、編隊を組んでいたロック鳥の一騎に異変が起こる。
突然爆発したのだ。
羽根を周囲に撒き散らし、翼が千切れ飛んだ。そして巨体がゆっくりと落下を始める。
「どうした? 何が起こっている?」
狼狽えるゴブリン指揮官。
その指揮官が見ている目の前を、低空から一気に高空へと急上昇する翼竜がいた。
それを見たゴブリン兵の一人が叫ぶ。
「ワイバーン……て、敵騎です!」
指揮官は怒りのこもった表情で怒鳴った。
「この短時間でここまで上昇して来たと言うのか?! ええい、撃ち落とせっ」
指揮官の騎乗したロック鳥から射撃が始まると、それに習い編隊のもう一騎も射撃を始めた。
ただし急な射撃とあって、敵のワイバーンに火槍が当たる気配がない。
一旦は上昇したワイバーンだが、クルッと向きを変えたかと思うと、もう一騎のロック鳥に向かって降下を始めた。
当然のことながらロック鳥からは、激しい攻撃が始まる。
「あのワイバーンを近付けさせるな!」
ロック鳥は巨大な分、搭載する防御武器もかなりの数が備えてあった。それに今度は十分な狙いを定める余裕があった。
小型の火槍が連続して、降下してくるワイバーンに発射される。
するとそのワイバーンは、身体を右へと左へと大きく振り始めた。
狙い難いように回避飛行をしているのだ。
発射された火槍は、ワイバーンの左へ右へと外されていく。
そしてワイバーンはパパッと閃光を放ち、二騎のロック鳥の間を擦り抜けて、低空へと降下して行った。
閃光はすれ違いざまに撃った砲筒のものである。
ワイバーンが低空へと抜けたと同時に、火槍を食らったロック鳥が爆発した。
ロック鳥は二つに千切れ飛び、鮮血を撒き散らしながら落下して行く。
積載されていた爆樽を狙われたのだ。
ゴブリン指揮官が喚く。
「何だ、どうなってるんだ!」
部下のゴブリン兵が疑問に答える。
「指揮官殿、爆樽が爆発したんです。奴は、奴は爆樽を狙ってます!」
爆樽の爆発ならば、ロック鳥でも一撃て葬れる。
それを聞いてやっと撃墜された理由を理解したゴブリン指揮官は、ヒステリックに命令する。
「な、何をやってるかっ。す、捨てろっ。は、早く爆樽を捨てるんだ!」
最後の一騎となったロック鳥から、全ての爆裂が投棄された。
ゴブリン指揮官は箱の中で座り込んでつぶやく。
「くそ、たった一騎のワイバーンに二騎も落とされたのか。幼鳥とはいえロック鳥だぞ? なんて奴だ」
低空を監視していたゴブリン兵が叫ぶ。
「雲の切れ目からワイバーン来ます!」
ゴブリン指揮官は、揺れる箱の中で立ち上がろうとしながら必死に命令する。
「何としても撃ち落とせっ、奴に砲筒を撃たせるなっ!」
その言葉を言い終わるかどうかのタイミングで、火槍が突き刺さる音が聞こえた。
ゴブリン兵が大声で報告する。
「首に被弾! 頭を狙われてます!」
ゴブリン指揮官は直ぐに火槍が刺さった辺りを見る。しかしホッとした顔で言った。
「普通の火槍くらいなら大丈夫だ。ロック鳥を舐めるな! ん? 敵騎はどこいった?」
「指揮官殿、上空です!」
ゴブリン指揮官が上に視線を移すと、真っ逆様に降下してくるワイバーンが目に入る。
「何をしてるっ、撃て、撃て!」
しかしゴブリン兵はパニックになりかけていて、それどころではない。
そこへ突如、ロック鳥の背中に炎弾が降り注ぐ。
ワイバーンから発射された魔法によるものだ。
「ギギャ〜」
ゴブリン兵の悲鳴が響く。
前部の箱へ魔法攻撃を受けたのだ。
その一撃で箱の中にいたゴブリン兵の何人かが死傷。しかも木製の箱には火が着いている。
前部の箱の中でまだ息のあるゴブリン兵が、パニックとなって騒ぎ出す。
中には火の付いた箱から出ようとして、空中に投げ出される兵士もいた。
前部の箱の中に操竜士がいると考えての攻撃だろう。だが実際は中央の箱の中に、指揮官と共に操竜士はいた。
ゴブリン指揮官は慌てて部下に指示をする。
「たかがワイバーン一匹だ。落ち着いて当たれば勝てる。俺の命令に従え。まずは再装填だ!」
部下を鼓舞して火槍の再装填をさせている最中だった。
「ワイバーン、正面から来ます!」
「な、なんだと?!」
てっきり先程と同様に、低空から突き上げて来るかと思っていたら、今度は正面から来た。ゴブリン指揮官は対処に困惑する。
その遅れが命取りだった。
ワイバーンは至近距離からロック鳥の顔面に向かって砲筒を撃った。
火槍がロック鳥の喉元を襲う。
しかしそれだけではない。
ワイバーンはその勢いのまま、顔面に襲い掛かった。
ロック鳥は暴れながら鳴き声を上げる。
さらにワイバーンの騎手がロック鳥の顔面へと、魔法の炎弾を叩き込む。
ロック鳥は大暴れをし、箱の中のゴブリン兵の何人かが、箱の外へと放り出される。といっても命綱のおかげで落下はしない。
ただ炎弾で弱くなった前部の箱だけは、火のついたまま箱ごと空中に放り出された。
かろうじて息のあったゴブリン兵もこれで命尽きるであろう。
この高さから落ちたら、生きていられない。
箱と共に落下するゴブリン兵の悲鳴が響く。
そしてワイバーンは直ぐに離れて行く。
ロック鳥の両目を潰したからだ。
両目を失ったロック鳥など、もはや脅威ではないからだろう。
ロック鳥はフラフラと飛びながら、徐々に高度を落としていった。
命綱でぶら下がるゴブリン指揮官が、去り行くワイバーンを見ながらつぶやく。
「ロック鳥三騎がたった一騎のワイバーンに全滅だと? とんでもない奴が人間に現れたな……」




