24 喧嘩
何でここにローレンツ少佐がいるのだろうか。
情報局と飛行隊は関係無い様な気がするのだが、ここに少佐がいるってことは関係あるのだろう。
朝礼はほんの挨拶程度で簡単に終わった。
直ぐにその後、ビーナス飛行隊だけで集まり、顔合わせ的な挨拶をする。
僕の小隊の隊長はスコア十三騎撃墜のマーク少尉。
浅黒い肌の短髪の青年士官だ。
この部隊の小隊長クラスになると、最低でもスコアは十騎撃墜だった。
そう考えるとマッシュ君の十騎撃墜は、かなり凄い数値だと分かる。
僕も頑張らないと!
顔合わせが終わり、朝食タイムとなった。
当然の様に僕の真正面にはカザネさんが座る。
そしてもれなく取り巻き女子が二人付いて来る。
せめてマッシュ君も誘いたかったが、それは許されないらしい。
食堂の隅で黙々とボッチ食をするマッシュ君。
だが変な嫉妬から、背中をバンバン叩く奴らはもういない。それだけでも救いか。
と思ったら、他の部隊の兵士達がドヤドヤと入って来たから大変だ。
ここは飛行騎兵隊の一般兵用の食堂だから、入って来るとしたら他の部隊の操竜士の下士官。士官用の食堂は別にあるからね。
さすがに僕達の専用の食堂までは、造ってくれなかったようだ。
それで入って来たのは、ヨレヨレの飛行騎兵服を着た四人の男達。いかにも激戦区で生き残って来たという面構えだが、見方を変えれば盗賊にも見える。
その中の一人の男が、ワザとらしく声を上げた。
「何だ何だ。今日は朝からパーティーかよ。女が沢山いるじゃねえか」
また厄介そうな奴らが来たなと思った。
その前に翼竜乗りの中にも、こんな奴らがいるのだと、ちょっとショックを受けた。
だがこっちはビーナス飛行隊の下士官八人全員がいる。相手はたった三人だ。
喧嘩になっても負ける気がしない!
と思ったのだが、よくよく考えると、女の子ばかりじゃねえか!
僕はひたすら、こっち来んなと願い続ける。
しかし無常にも四人の男達は、僕達の座るテーブルの隣に座りやがった。
カザネさんは全く気にした様子は見せず、普通に会話を続けていたのだが、隣の男達は黙っていてはくれない。
「おい、見ろよ。すげぇ美人がいるぜ」
カザネさんは余りに見立ち過ぎるのだ。
「なあ、姉ちゃん。名前は何て言うんだよ、なあ、名前くらい教えろよ」
ウザい。
こういった輩は無視するのが一番。
とか思ってたら……
「うるさいわね。何であんたに名前を教えなければいけないのよ。ったく、汚らわしい」
だからひと言多いんだよ、カザネさん!
やはり最後の“汚らわしい”は駄目だったようで、顔を真赤にした男がバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
「はああ、何だとっ。女だからって容赦しねえぞ!」
ああ、やっちまったか。
またカザネさんの取り巻き女子二人も黙っていない。
「だいたい、何で生ゴミが食堂にいるのかしら」
「そうそう、さっきから臭くて堪らなかったのよ」
と、追い打ちを掛ける。
どこからその強気な態度がくるのですか?
そうなると四人の男達全員が、食器を払い除けて立ち上がり、口々に悪態をつく。
「どうなるか分かってんのか!」
「喧嘩売ってんのか、こら!」
「てめえら、ぶっ殺されてえかっ」
四人の男達がいきり立っても、カザネさん達は全く動じない。普通に食事を続けている。
ここは僕が出るしかないのか?
魔法を使うしかないけど、相手も操竜士だから魔法合戦になるな。そうなると営倉行きだよなあ。
そんなことを考えながら、僕は立ち上がろうとして止まった。
いつの間に来たのか、護衛女子の六人が男達を囲んでいたのだ。
良し、僕の出番はない!
内心ホッとした。
護衛女子の六人は食堂という環境にも関わらず、「抜剣!」の合図で腰の剣を抜き放ったから驚いた。
そして班長らしき女子が叫んだ。
「貴様ら、斬られたいか!」
凄い殺気だった。
喧嘩の仲裁に関わらず、本気で斬る覚悟が伝わってくるから恐い。
そんな中でもカザネさんはマイペースを崩さない。
「ねえ、ねえ、トーリ。私これ食べれないの、何かと交換してよ〜」
カザネさんは人参が嫌いらしい。
その間に男達は悪態をつきながら、食堂より出て行った。
護衛女子は剣を仕舞うと、再び影のように壁際に下がって行く。
これでこの部隊に護衛が必要なのは良く分かったよ。
だけど凄いな、護衛兵の女子。近衛兵並みの精鋭なんじゃないだろうか。
それに最前線の荒くれ相手に女子が挑むには、命懸けでいくしかない様だ。
だけどこの護衛兵なんだが、あくまでも女子飛行騎兵隊を守るのが役割であって、僕達男は守ってくれないらしい。
それが分かったのが、その日の夕方だった。
哨戒任務から戻り、夕食を食べようと食堂に行く途中のことだ。
僕とマッシュ君の二人で食堂に向かう最中、朝に会った男達四人に再び会ってしまった。
「おおっと、てめえは女達といた今朝の小僧じゃねえか」
その時、周囲に目をやると護衛女子はひとりもいなかった。
そう、護衛女子は男を護衛する様には言われてない。護衛対象は女子のみ!
女子操竜士には付いて回るが、男には誰も付いて来てくれないのだ。
終わったな……
僕はボコられる覚悟を決めた。
だがマッシュ君は違った。
「悪いけど、そこどいてくらねえかな」
いかにもウザそうな顔でそう言ってのけた。
すると男のひとり。
「ああん? ぶちのめされてえのか」
マズいよマッシュ君!
四対二だよ!
しかしマッシュ君は、薄笑いを浮かべながら行動を起こした。
「ブチのめされんのはてめぇだよ」
そう言っていきなり拳を男の鳩尾に叩き込む。
「がはっ」
マッシュ君の先制攻撃だ。
「こ、こいつ。何やってーーふごっ」
続いてもう一人の男のアゴを砕く。
流れる様な攻撃だ。
そして三人目の男が拳を振り上げるが、それを巧みに避けつつ男の股間を蹴り上げる。
「おうふっ」
すると四人目の男は「ひ〜」と叫びながら逃走を始める。
だがマッシュ君は容赦しなかった。
石を広い投げつけた。
それがなんと足に命中。
男は派手に転倒。
走り寄るとマッシュ君は男を上向きに返し、マウントポジション。
その顔面に拳を叩きつける。
一発入るたびに男の悲鳴が上がる。
五発目からは悲鳴が無くなった。
だがマッシュ君は殴り続ける。
殴るたびに鮮血が辺りに舞う。
最初に殴り倒した男がそれを見て失禁。
他の男達も完全に戦意を喪失。
そこで僕は我に返りマッシュ君を止めた。
「マッシュ君、ストップッ。それ以上やったら死んじゃうよ!」
そこでやっと手を止めた。
マッシュ君はゆっくりと立ち上がり、手に着いた鮮血を払う。
そして僕の方に振り返った。
その時のマッシュ君の顔は、薄っすら笑っていた……




