19 襲撃
月と星の位置を頼りに飛んで行くのだが、地上は暗くてどこを飛んでいるのか全く分からない。
段々不安になってくる。
雲に入ればお互いの姿さえ見えず、ぶつかるんじゃないかという恐怖もあった。
一度はケンキチ君のワイバーンの足に蹴られそうにさえなった。
後でお礼参りをしてやろう。
そしてどれくらい飛んだだろうか、徐々に東の空が明るくなってきた。
日の出が近い。
この時が寒さのピークだった。
寒さに震えつつ徐々に高度を下げていき、日の出を背にする飛行位置に来た。
これは敵飛行基地が近いのだろう。
ということは、ここまでは順調を意味する。
少しすると遂に太陽が多くの地表を照らし始める。
すると前方に天幕が多数と、見張り塔が見えてきた。
敵の飛行基地に間違いない。
翼竜用の大きな天幕も見える。
タイミングは完璧。
それにまだ敵には気が付かれていないようだ。
僕は段々楽しくなってきた。
胸が高鳴る。
初めにビーン小隊が緩降下を始めた。
いよいよ突撃だ。
次に僕達ウーゴ小隊も遅れて緩降下を始める。
そこで見張り塔のゴブリン兵が気が付いたようだ。
激しく鐘を鳴らし始めた。
だがもう遅い。
先に突撃したビーン小隊が突っ込んだ。
かなり低い高度まで下がり、ビーン小隊長騎を先頭にして次々に爆壷を投下。
合計六個の爆壷が地表に吸い込まれていく。
ビーン小隊三騎は騎首を上げて退避する。
遅れて六個の爆発が連続で起こる。
まあ、ほとんどの爆発は見当違いの所だが。
所詮は素人の爆撃。
しかしその内の一個の爆壷だけが、ちょうど天幕が立ち並ぶど真ん中にたまたま落ちた。
するといくつかの天幕が吹き飛ぶのが見えた。
中に居たであろうゴブリン兵も吹き飛んでいく。
ここでやっと敵からの魔法攻撃が始まった。
しかしそれも散発的に過ぎない。
そして今度は僕達ウーゴ小隊が突っ込んだ。
狙うは翼竜の天幕!
僕達からも六個の爆壷が投下。
爆風に巻き込まれないように直ぐに上昇。
僕は気になってワイバーンを傾けて地表を覗き込んだ。
それは僕が投下した爆壷が、翼竜の天幕をいくつも吹き飛ばす瞬間だった。
やった! 命中!
ウーゴ小隊長の投下した爆壷は、天幕から大分逸れて爆発した。
ケンキチ君の投下した爆壷はと言うと、さらに大きく外れて森の中で爆発。
どう落としたらあそまで離れた所に落ちるんだろうか。
凄いよ、ケンキチ君……
ただこれだけではまだ物足りない。
僕は一人編隊から外れて再び降下する。
そして必死に空襲警報の鐘を打ち鳴らす見張り塔を目指す。
降下しながらワンドを取り出す。
速度を上げて見張り塔の直ぐ横、地面スレスレをすり抜けた。
ゴブリン兵が歯をむき出しにして僕を睨みつけるのが見えた。
僕はそこに連続で炎弾を撃ち込む。
そして素早く上昇。
何食わぬ顔をして編隊に戻った。
ウーゴ小隊長は燃える見張り塔を見ながら、呆れた表情を浮かべる。
対照的にケンキチ君は羨望の眼差しで僕を見る。
戻ったら怒られるんだろうな。
取り敢えず作戦は大成功だから、見逃してくれないかな。
そんな事を考えながら、僕達は帰投した。
飛行基地に戻ると、皆して大はしゃぎとなった。
作戦は大成功。
ゴブリン兵に一泡吹かせてやった。
そう、見事に精神的ダメージを与えてやった。
それが僕達の見解だった。
幸いな事に、僕の勝手な行動の話は出なかった。
それから数日経ったある日。
一騎の味方偵察騎が焦ったように飛行基地に着陸して来た。
そして操竜士とオブザーバーの男が二人して、凄い形相で降りて来て言った。
「敵の大編隊がこっちへ向かっている」と。
直ぐに非常警告の鐘が打ち鳴らされた。
何事かと誰もが建物から外に出て来て気が付いた。
西の空に見えるいくつもの黒い点。
誰かが叫んだ。
「敵だっ、敵の空襲だ!」
守備隊が慌ただしく動き回り、対空砲筒に取り付いていく。
その時ホイ飛行隊の宿舎には、出撃から戻ったばかりのケンキチ君と僕しかいなかった。ウーゴ小隊長は指揮所に報告へ行ったきり。他の飛行隊員は出撃中だった。
そこへ空襲警報の鐘が僕達の耳に入った。
宿舎の外に出ると、皆が走り回っている。
僕は直ぐに翼竜の元へ行こうとして気が付いた。哨戒任務を終えたばかりで、ワイバーンの魔素が余り残っていない。それに僕も魔力を大分使ってしまっている。
これでは大して飛べない。
それならと思い、宿舎から魔法のワンドを持って来た。
最悪はこれで応戦するつもりだ。
ケンキチ君も僕に習い、魔法のワンドを手にした。
「ケンキチ君、建物の近くは狙われる。森の中へ隠れよう」
「う、うん、そうだね。森へ行こう」
二人して近くの森へ向かった。
そして僕達が森へ入った頃、敵の翼竜の編隊が基地の上空に到達。
これは絶対にこの間の早朝襲撃に対しての、報復攻撃に違いない。
敵騎は二十騎以上はいるんじゃないだろうか。
言ってみれば大編隊だ。
僕とケンキチ君は、自衛用の魔法のワンドを握り締め、木の陰から空の様子をうかがっていた。
すると三騎のプテラノドンが低空で、こちらに接近して来た。
恐らく僕達の宿舎を攻撃するつもりなんだろう。
悔しいが僕達は何も出来ない。
そこで無謀にも、ケンキチ君が魔法を放ってしまった。
「ケンキチ君、何やってんだよ!」
「え、でも……」
しかし魔法が届くはずも無く、結局は宿舎に爆壷を落とされる。
その落とされた内の一発が命中。
宿舎の屋根が吹き飛ばされ火が着いた。
火を消したいが、今出て行くと見つかってしまう。だからしばらくじっとしていようと思ったのだが。
すでに見つかっていた。
明らかにケンキチ君の攻撃のせいだろう。
宿舎を爆撃した三騎の翼竜が、方向転換をしてこちらに降下して来た。
「ケンキチ君、逃げるよ」
「う、うん」
森の奥に走り出す。
さすがに木々が邪魔して僕達を追うのは難しいはず。
それでも三騎の内の一騎が、木の高さギリギリまで下がって飛行し始めた。
きっとケンキチ君が魔法攻撃したのが気に食わないのだろうな。
僕達を見つけようと森の上空を旋回している。
その時の僕達は大きな木の陰に隠れて、敵騎をやり過ごそうとしていた。
しかし、またしてもケンキチ君は、魔法のワンドを敵騎に向けていた。
「だからやめろって!」
僕は叫んだのだがそれは少し遅かった。
ケンキチ君は既に魔法を放った後だった。
石弾が何発も空に向けて飛んでいく。
この時ばかりは、ケンキチ君を張り倒してやろうと思った。
しかし、ケンキチ君の放った石弾が、低空を飛ぶ翼竜の操竜士を直撃。
制御を失った翼竜は、森の木に足を引っ掛けて墜落した。
まさかの撃墜だった。
開いた口が塞がらない。
僕は振り上げた手をそっと下ろした。
反対にケンキチ君は大はしゃぎだ。
「やった、やったよ!」
だが、よくよく考えると届く距離じゃない。
魔法の射程は個人差もあるが、だいたい四十メトルから五十メトルと言われている。
あの距離はどう見てもそれ以上あった。
僕は改めてケンキチ君を見た。
何も考えて無さそうにヘラヘラ笑っていた。
やっぱりこいつ、張り倒そう。




