13 突撃!
まだ半分くらいしか来てないのに、早くも敵に見つかってしまった。
僕は慌てて近くの窪みに身を隠した。
それでも矢が降り注ぐのは止まらない。
幸いなことに、この窪みに入っていれば矢は当たらなそうだ。
それなら最悪、夜を待って暗闇に紛れて逃げ出せば良いか。
もしくはこれを使うか……
僕はもらった煙幕ポーションを取り出してみた。だけどこれは一個しかないから、ここで使うと逃げれるが記念品は手に入らない。
う〜ん、もうちょっとがんばろう。
思い留まり再びバックに仕舞った。
身動きが出来ない状態でしばらくじっとしていると、矢は射ってこなくなった。
そっと窪みから顔を出すと、ゴブリン軍の軽装歩兵部隊が集結しつつあるのが見えた。
これはヤバい。味方に知らせないといけないと思い味方陣地の方を見ると、そっちはそっちで多数の兵士が臨戦態勢になっているのが見える。
あれ?
これって、戦いが始まるだろう真っ只中に僕はいる?
しかも、どう見ても一触即発な状態だ。これは夜を待っている場合じゃなさそうだ。
死んだらスコアを伸ばせない!
やっぱり煙幕ポーション使うしかなさそうだ。
そう思った矢先だった。
ゴブリン陣地から角笛の音が響いた。
パフ〜、パフ〜!
するとゴブリン歩兵部隊が「ギャッギャ〜」と言う奇声と共に動き出す。
それに対し味方陣地からも一斉に「うお〜!」と言う声が響き、部隊がゆっくりと前進を始める。
両陣営から歩兵部隊が陣形を成して進んで来た。
始まってしまったのだ。
しかしこのままいけば味方部隊が先にここにたどり着くはず。
それなら逃げられそうだ。
僕はチャンスを待った。
敵部隊も接近して来るが、味方部隊もあとほんの数メトルの所まてを来た。
良しそろそろ走って逃げようと思った矢先だった。
ゴブリン軍から雨のように矢が降ってきた。
慌てて元の窪みに身を隠す。
そうだ。ここは矢が届く場所だった。
味方部隊は盾を頭上にかざして矢を防ぐ。
それでも何人もの味方歩兵が矢に倒れていく。
正直この光景はキツかった。
間近で人間がやられる姿を初めて見た。これにはショックを受けた。
それも原因が僕にあるのだから。
そして、死への恐怖を初めて身近に感じた。
ゴブリン兵は大丈夫だったから、人間の死を見ても大丈夫だと思っていたが、どうやらそんなことはなかった。
矢の攻撃が終わると、味方部隊が号令と共に突撃を始めた。
「突撃〜!」
物凄い形相で突撃して来る味方部隊。
みるみる僕のいる位置へと迫り来る。
僕はどうする事も出来ずに、狼狽えるだけだった。
そして僕がいた場所に味方部隊がなだれ込む。
気が付けば僕も剣を抜いて、味方部隊の先頭に加わっていた。
鬼気迫る人達の間をすり抜けて逃げ帰るとか、今の僕には到底無理があった。
自然とこうなっただけのこと。
「う、うおお〜」
僕も雄叫びを上げて突撃していた。
人間部隊に合わせる様に、ゴブリン部隊が突撃を始める。
そして墜落場所にて両陣営が相まみえた。
両軍の剣と槍が交差し、金属が激しく打ち合う音と、奇声や雄叫びが戦場を埋め尽くす。
陣形なんて無くなった。
あっという間に乱戦だ。
僕はというと、直ぐに翼竜の死骸に隠れた。
そこで頭の中に“記念品”という言葉が思い浮かび、操竜士と思われるゴブリン兵の死骸から、魔法のワンドを手に取った。
それを一人のゴブリン歩兵に気が付かれた。
間近で初めて見るゴブリン歩兵は、子供くらいの背丈しかないにも関わらず、やけに大きく見えた。
ゴブリン歩兵が僕に槍を向ける。
殺気に満ちた表情とは、こういう顔を言うのだろう。
ゴブリン兵が槍を突き出す。
間合いが遠いのだろう、全然届かない。
単なる牽制なのかもしれない。
動きを見ると、相手のゴブリン兵も戦いに慣れていないっぽい。
やたらと槍を何回も突いてくるが、こっちが特に避けたりしなくても槍の穂先は届かない。
これなら当たらないなとは思うのだが、どうしても恐怖心が前に出てしまう。
それで僕は後ずさってしまう。
すると今度は槍の端を握って横薙ぎに振るってきた。
これも遠いが……
槍の穂先が僕の鼻先を掠める。
僕の中の恐怖がさらに増大した。
「う、うあああっ!」
僕は叫びながら尻餅をつく。
そして無意識の内に、記念品として手に入れたワンドをゴブリン兵に向けていた。
僕は魔法を放つ。
ワンドから放たれたのは石弾……ではなく炎弾だった。
その炎弾はゴブリン兵の顔を捉える。
「ギャッ!」
炎弾の魔法ワンドは高級品。僕も現物に触れたのは初めてだ。
至近距離から炎弾を顔面に食らったゴブリン兵は堪らない。
両手で顔を押さえて転げ回る。
そこで声がした。
「トーリ、こっちだ!」
知っている声。
乱戦で敵味方が入り乱れている中、声のする方向を探すと航空騎兵隊の制服の姿があった。
ウーゴ小隊長とオトマル兵曹だった。
助けに来てくれたんだ!
「トーリ、怪我はないか」
とオトマル兵曹が言えば、ウーゴ小隊長は「あんまり心配かけるなよ」と言ってくる。
僕は涙が出そうになった。
二人も魔法のワンドで武装してここまで来たようだ。
「トーリ、付いて来い!」
ウーゴ小隊長に言われるがままに、僕は戦場の中を走り抜けた。
逃げながらオトマル兵曹が教えてくれた。
「小隊長はな元魔法兵だったんだよ。剣は俺達と同様ダメだけどよ、魔法は俺達より全然上手いんだぜ」
そんな説明をしているそばから、ウーゴ小隊長はゴブリン歩兵を石弾魔法で黙らせていく。
僕はと言えば、ただただその後ろで逃げ回っているだけだった。
僕は魔法が比較的得意だったけど、いざ敵と相対すると恐怖が先にくる。実戦と訓練とでは大違いだった。
やっとのことで味方陣地へとたどり着くと、真っ先に二足竜に跨って、もと来た道を戻って行った。
飛行基地に到着するや、そのまま指揮所へと直行。
担当官の前に出るとウーゴ小隊長は、ゴブリン歩兵部隊と戦闘になった事など一切触れずに、淡々と僕の二騎撃墜の証明が出来たことを説明した。
聞かれない事は話さないらしい。
勉強になります……
話を聞いた担当官が驚いた表情で僕を見た。
そして僕一人を別室へと行くよう促す。
別室とは飛行隊長室だった。
担当官の上等兵曹に連れられて、僕は隊長のギルバート・ホイ大尉と面会した。僕達が所属するホイ飛行騎兵隊の飛行隊長である。
一対一で直接話をするのは初めてだ。
話の内容を要約すれば、一回の出撃で新兵が二騎撃墜とか、お前何をしたんだと。
僕は詳しく説明したのだが、飛行隊長は首を傾げるばかり。
そして最後にボソリとつぶやいた。
「ビギナーズラックか……」
何だかモヤモヤしたが、もうそれで良いと思った。
これで僕は撃墜スコアが三騎になった!
何よりそれが嬉しい!
その日の夜、僕の撃墜記念のお祝いを宿舎でやってくれたのだが、そこへ珍しい訪問者が来たのだった。




