『呼ばれた理由、そして裁判』
『――この世界ではいつからか…いくつもの怪事件が起こるようになっていた…。』
リトルは怪談話をするような口調で解説を始める。
しかし甘い声色は健在。
子オオカミのつぶらな瞳をそっと顰める。
「怪事件…、具体的にどんな…?」
『異形の人間が人間を食べたり、全身に武器を備えた怪物が街や村を襲撃して略奪や強姦を繰り返したり。』
「―――ん?なんか…」
『そう、あれはこの世界に存在する魔法や霊術とは違う。まさに特殊能力と言うべきだね…。』
「あ、やっぱり異世界だから魔法とかあんのね。」
俺は正直、異世界のテンプレ的なことはあまり知らない。せいぜいRPGのタイトルくらい。
日本ではあまりゲームとかしなかった。娯楽と言えば酒くらい。
注目したのは魔法ではなくキーワード。既視感のある事件の概要。
愛らしい見た目のマスコットから随分と生々しい単語が出てくるのも違和感ではある。
『事の発端は、ある男が転移してきたことから。男の転移によってこの世界という概念自体に異変が生じ始めた…。怪事件を起こした者たち、似たような能力を持った者たちが現れ始めたんだ。』
「俺の他にも転移者が…! てかあの神ってそんな奴も転移させたのか⁉ 完全に神のせいじゃん!」
『いや、創世神様は基本的に転移なんてさせないんだよ。世界概念の基軸を保つためにね。
でも男の転移は神の意志ではなく、何らかの偶然によって引き起こされたんだ。』
世界概念、偶然の転移。
難しくよくわからない単語が、俺の脳にバグを運んでくる。
マルチバースとかよく聞くが、それとはまた別のモノなんだろうか
神の意志でないとすれば俺とは真逆であり、それが引っかかるポイントだ。
『事態を憂慮した創世神様は、その転移者や怪人たちが共通の世界から来たことに気付いた…、』
「あー…ちょっと待って。なんかわかった気がする…!」
心当たりしかない俺は頭を抱えて…グルグルと渦巻く考えを保持する。
『世界の時間軸にして見れば…前の世界でイーグルマスクやタツヤ、君のいた組織が戦い始めた頃。
そして彼らは皆、一度死んでいた。全員がイーグルマスクに殺されたんだよ。』
「あれだよね…⁉ 完ッッ全に俺の世界が関係してるよね⁉」
ここで結論が導き出せるだろう。話をまとめるとこうなる。
―――――――――――――――――――
ある男の転移をきっかけに、異能力を持った連中の出現が始まった。
この世界に元々ある魔法とかを除いたものが、ここでの異能力に当たる。
連中の共通点は『全員が同じ世界から来て、イーグルマスクに殺されたこと』。
イーグルマスクは必ずお決まりの必殺技でケリをつける。
イーグルセイバーだ。
だからその連中もイーグルセイバーで殺されているはず。
―――――――――――――――――――
ここから導き出せる解答は…
「なるほどね…イーグルセイバーで怪人共を殺すときに生じる何らかの現象が、転移のトリガーになると…。ま、俺も例にもれずそのうちの一人なんだけど…!」
『その通り!だから創世神様はこう判断したんだ。
〈その世界の争いでこっちに悪影響が出てるんだから、当事者に尻拭いさせよう。〉ってね』
「…その当事者ってのが俺で、だから神様直々にスカウトされたと…。要は正義のヒーローの尻拭いか…‼」
『要するにそういう事だね。創世神様が君に与えた使命はそれを何とかすることなんだね。
その為に私がいる!君と融合すれば…、、』
――リトルが大事なことを言おうとした時だ。
さっきもここで邪魔が入った。またデジャヴの予感。
その証拠に、独房の廊下からツカツカと足音が…、、、
「――さっきから誰と話している。 …まぁいい、出ろ。」
「おっと…?釈放ってわけじゃなさそうだな…。」
城の騎士がお迎えに参上しなさった。
独房が開かれる。俺は大人しく外へ出ることにした。
抵抗して脱走することも可能ではあるが、変身能力が復活する保証がない以上は、大人しくしておくのが得策だ。
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――ここは城といっても、どっかのテーマパークにあるようなデッカイやつじゃない。
そう、いわゆる城塞都市のような。高い塀に囲まれ、城下町を監視するような佇まい。
所々に配置されている兵士たち。まさにRPGの城。
まるで戦争に備えているようなビジュアルだ。
騎士に引っ張られて連行されていく俺。
とても人扱いされているようには思えない。
独房エリアから出て、屋内の長い廊下を手綱を引かれるように進んでいく…。
やだやだ怖い。
「なぁ…さっきこの騎士、誰と話しているって言ったけど…、」
『あ、言い忘れてたね。基本的に人間から私は見えないよ。見せようと思えばできるけどね。』
「おい!また一人でぺちゃくちゃと…頭がおかしいのか?」
長々と説明する情景ではないが、とにかく危なっかしい状況であることは間違いない。
廊下にいくつもある窓から見える太陽が、時間の経過を表していた。
廊下を歩き続けてやっと、状況に変化が訪れた。
大広間に通じる扉らしきものが見えてくる。
扉を開けた騎士によって、中へぶち込まれた。
リトルもそれを追って、扉の隙間を潜って来た。
そして…なんとなく予想できる。
俺はこれから、この城の主に突き出されるのだ。
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「領主殿…連れてきました!王石を盗んだ不届き物です!」
「そうか。ではそのものを縛りつけよ…!」
予想通りの大広間に行き着いた。
赤の絨毯に、その両サイドに並ぶ兵士たち。
俺たちの正面にいたのは明らかにエラそうな初老の男。
明らかにあれが領主とやらで、城の主。
そんなことはさておき、今の騎士のセリフ。「盗み出した」と言った…。
「おいちょっと待て…!盗んだって何のことだ⁉」
「なにっ…?この期に及んで白を切る気か⁉大勢の騎士に怪我を負わせておいて!」
「俺はただ…いきなり絡んできた連中を殴り倒しただけだろ⁉」
『いやそれもどうかと思うけどね…。』
俺がここまで抵抗せずに連行されてきた理由を言おう。
街中でいきなり殴り合いをしたのだからそれもまた致し方なし。と感じていたからだ。
――それがここに来てどうだ!まさか全く知らん罪を着せられている気がするが⁉
ちなみにこれ、異世界に来てまだ24時間経っていない。なのに罪人になりそうだ。
「では早速、断罪を始めよう…。貴様は昨夜、我が城の宝物庫に忍び込んでこの王石を盗み出した。そうだな?」
「ちょっと何言ってるかわかりませんね…。俺は今日この街に来たばかりなんで!」
「何をとぼけたことを…! ――まあいい。あれを持ってこい!」
騎士たちの中でも隊長らしき風格を放つ男がいた。
その男が部下に命ずる。まるで機械のようにいう事を聞いてテキパキと行動を始める。
殆ど時間を掛けず、部下が命じられた物を持ってきた。
一応、そのブツに見覚えがある…。
「貴様が来ていたこのローブに、我が領主様の所有する王石が入っていた…!これが動かぬ証拠であろう‼」
「なっ…!それはあん時の⁉」
『おっとぉ…?これはいよいよ面倒でマズいことになった予感…。』
騎士体長が提示した動かぬ証拠。
それはこの世界に転移して数十分。リトルの解説を受けながら街道を歩いてきた時に、突然後ろから謎の人物に被せられた例のボロ布だった。
「王石が盗み出された犯行当時、城の衛兵ともう一人のお方が目撃している。――このローブを着た人物が宝物庫を出ていく姿を!」
「いやちょっと待て⁉あのローブは突然着せられたんだ…!――え?あれやったのってあんたらじゃないの?明らか不審者の俺を捕まえようとして…。」
『どうやら、そういう事じゃないみたいだね…。』
「それに追手である我々騎士にいきなり殴りかかったのも、いい証拠であろう!」
いやいやちょっと待ってくれよ…!物理的に濡れ衣着せられたんだけど…⁉
しかし、ここで取り乱してはダメだ…。焦れば余計に立場が危うくなる…!
伊達にいくつもの殺し合いを潜り抜けてきていない。
緊急時の冷静さだけはイーグルマスクよりも格段に上だ。
「貴様はこの王石に、どれだけの価値があるのかわかって盗んだのか…?」
領主がそういいながら取り出したもの。
深紅の輝かしい…宝石? 恐らくそれがキングジュエルだろうか。
これ見よがしに見せつけてくるその様は、俺を犯人と断定しているが故だろう。
犯行に失敗した盗人に、ざまぁ!的な気持ちで見せつけているのだ。
このクソジジイめ。
「いや…だから俺は知らねぇって!」
「これは我がプロヴィデンス王国の由緒正しき貴族が持つことを許されるものだ…。流石に分かっているな?」
「いや、マジで知らねぇっす…。」
「そんな高貴な物を盗もうとは…。誰の差し金か言って見せよ。」
「いやだから知らねぇって。話聞いてよ…。」
なるほど。言葉が通じないのに話が通じないとはこのことか。
俺は気を紛らわすため、助けを求めるようにリトルを見た。
しかし、人間には見えないリトルにフォローを求めても無駄だ。
「そんなに言うなら…証人を出せ!ローブの女を見たという兵士ともう一人をな!」
「…仕方あるまい。エリーゼ、この愚か者ために証言してやりなさい。」
「―――はい。」
領主が誰かの名を呼んだ。
エリーゼという名前と、今の返事からして女であることはわかる…。
そのエリーゼがどこから現れたかと言うと、綺麗に並んだ騎士たちの間を潜り抜けてやってきた。
なぜ今までそんなところに隠れていたのか。この時は知る由もなかった。
――エリーゼの容姿を見るまでは、理性を何とか保てていたはずだ…。
コイツは、、、それを一瞬で崩すことになる女だった。
「―――ッ⁉ お前は…」
「お父様、私は…見ました。昨夜、私が夜風に当たっていた時です。廊下から見えるあの宝物庫に、ローブを被った男が出入りしていくところを。…ちょうどそのくらいの背丈でした。」
淡々と嘘の証言を並べるこの女。
その容姿は…『緑色の瞳』、『こちらを睨むような眼つき』、『ピンク色の髪』…。
俺にローブと言う名の濡れ衣を着せた人物、その人だ…!
お父様、と言ったことで領主の娘であることはわかった。
それから…何らかの理由でこの女が例のジュエルを盗み、その罪を通りすがりの俺に着せたことも。
「――ッ!ペラペラとほら吹きやがって!その石を盗んだのはお前だろうが!」
「なんと…⁉ 自らの重罪を領主の娘に着せるとは…!何たる外道!」
「それをそのまんま実行したのがあんたの娘だろうが!」
『タツヤ…今は事を荒立てるのはマズいよ…。』
リトルのなだめが入るが、今の俺にその言葉は効かない。
ただ、この連中は俺が今、何を言っても聞く耳を持たないのもまた事実である。
いきなり異世界に放り込まれて尻拭いの使命を任され、そのうえ負の連鎖が続いた。
展開の速さと言うか渋滞と言うか、この俺自身がそれに追いつけていない…!
「領主様!このような下劣な輩に何を聞いても無駄です…!ですが…この男がどんな奴なのかは、みんな気付いているでしょう。」
「あぁ…!キングジュエルを狙う男…。そしてその姿だ!」
その姿だ!と同時に指さされた物。
俺が着ている戦闘スーツだ…。
変身機能も防御機能も喪失したオンボロスーツ。
「この領内でもたびたび発生していた怪事件の数々…。事件の際に目撃された異形の怪人!貴様のその姿は、ソレと酷似している…!」
「いつからか現れ始めた〈異界の魔物〉は!貴様なのだろう…!」
「異界の魔物…? リトル!それまさか…」
『そのまさかだね…。』
連中が言っている、俺の姿と酷似した異界の魔物。
〈イーグルマスクに殺された転移者〉で間違いない。
この近辺でも暗躍していたのだ。
不運にも俺はその罪さえも着せられたらしいです…!
同じ組織で生み出されたであろう、同じ転移者に…!
間違われても仕方がないという屈辱的な納得と、やり場のない怒りと焦り。
それをぶつけるようにエリーゼを睨みつけた。
「このアマ…!絶対許さん…!」という念を込めて。
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断罪の時が終わろうとした時だ。
『、、、、、? なんだ…?』
「リトル、どうした?」
『タツヤ…この近くに何かいる…! 女神のセンサーがビンビンしてる!』
リトルが小さな耳を揺らし、毛並みを逆立てて動いた。
女神センサー…、神的な存在にしかない概念のようなものだろうか。
誰の視界にも入っていない何か。それを感じ取ったのだ。
しかし…そのような独特のセンスを持っている奴はもう一人いた。
「―――ッ‼ 俺も感じた!…明らかな殺気…。」
『流石…、別の世界で戦ってきたダークヒーローは伊達じゃないね…!』
視界に入ったのかどうかもわからない。
ただ確実に、何かがいるという情報だけが二人の中に入ってくる。
その間、断罪を終えた騎士たちは今にも俺を連行しようとする。
だがそんなのに構っている暇はない。
「――どこだ⁉ 右、左! …いない。でも何かが動き回っている!」
『タツヤ…!上だ!』
「上…? ―――ッ何⁉」
天井を見上げる…。
――俺はその瞬間、冷や汗が溢れ出す感覚を覚えた…。
薄暗くて見えにくい天井に張り付く影…ようやく捕捉した…!
影の形は…人間。だが天井に張り付いている!
しかし頭部のや胴体には生身さを感じない。何かを装備している。
その首が、、、ゆっくりと下を向いた。
《…シャァァァァァ》
不快な呼吸音が響くとともに見えたのは…発光する眼だった。