『異世界転移、されど投獄』
『――初めまして…!今からあなたは英雄です!』
「……は?」
正義のヒーロー・イーグルマスクと戦って敗れた。
死んだ後に謎の空間で、神様の声を聞いた。
そしたら異世界に行ってこいと言われ、訳も分からぬまま意識を失う。
そして目が覚めれば…目の前には喋るケモノがいた…。
「えっと…お前はオオカミ、、、なのか?」
『そうですよ?他に何に見えるんですか…?』
「いやオオカミが喋るわけ…いやいや、前の世界にだって人造人間とか人食い怪人がいたんだ…。喋るケモノくらいいたってね…。」
そいつは俺の肩にちょこんと乗ってしまうくらいのサイズ感で、白と青の綺麗な毛並み。
ぬいぐるみのような奴で、甘々しい声の持ち主。…ちょっとかわいいな。
それにしても情報量が多すぎる…。今度こそ説明願いたいものだね…!
「ところで…ここはどこだ?」
『あの創世神様から聞いたでしょ? ここはあなたたち人間が言うところの…異世界でーす!』
オオカミがショーの始まりかのように手を広げ、俺の視界がパアっと開けて背景が目に映る。
次第に聞こえてくるガヤガヤした人間の活気…。感じる生活の匂い…!
目に映るのは…『ファンタジーな街並み!』『街を往来する人々、エルフ!魔族!』『豪華な城に騎士たち!』…ではなかった。
確かに彼らはファンタジーな街にいる。街の中心には城も見える。
往来する人々もいる。騎士たちも…城の方からやってくるのが見えるな。
そしてなぜか…!待ちゆく人々は俺とこのオオカミをずーっと見てくるんですが⁉
「ちょっと…なんなのあれ…」「怪しいな…」「最近物騒だからなぁ…」
ちょっとおかしいな…。
一旦、自分が置かれている状況を整理するために自身の足元を見てみた。
…ん?なんか腐敗臭が…、、
「――なぁオオカミよ…。ここゴミ捨て場じゃね?」
「……あ、」
「…い、いきなり人を異世界に送り出しといて目覚めがゴミの山は無いだろ⁉」
完全に不審者扱いを受けた俺は、オオカミを連れそそくさと退散…
オオカミはフワフワ浮きながらついてくる…、飛べんのかよ。
自分の身なりを見てみると、どうやら日本でイーグルマスクに殺された時のまま。
増加装甲の剥がれた真っ黒な戦闘スーツに、肉体を変身させる機能を有した装置。
そして腹部には、イーグルセイバーがぶっ刺さった痕跡。
しかしマスクはなかった。
そんでもってゴミ捨て場に転がっるんだから…明らかに浮浪者にしか見えなかっただろうな…。
肉体に戦闘時のパワーは感じない。
変身装置も動作しそうにない。おまけにエネルギー切れだろう。
ヴェアウルフとしてのクロキ・タツヤは、完全に機能停止中という訳だ。
「で、そもそもお前は何者だ?もしかして、あの神様が言ってた女神の化身とやらが…」
『自己紹介が遅れたね…。そうだよ、私が女神の化身。君がこの世界に来るにあたって、君の補助として創世神様により贈られたんだ。』
「私…ってことはやっぱり女なのか。それで名前は?」
『うーん、女神の名前はここでは使わない方がいいし、君が考えてよ!』
肝心の名前がないのか。
そしてこいつが俗にいう『転生特典』みたいなものなんだろう。
壊滅的という事に定評のある自分のネーミングセンスをフル稼働させた。
うーん…小さい狼…狼…小さい…リトル、、、、
「よし…!じゃあリトルでいっか!」
『随分適当だね…。まあいいや、今日から私はリトル!君の相棒だ!』
「あ、相棒…、、、」
『ちなみに、私がいる限りこの世界の言葉は通じるから安心してね!』
では名前が決まったところで、これから膨大な量の質問をしたい所存。
自分がどこへ向かっているのかもわからず、ただ人目を紛らわせるためだけに直進し続けた。
街並みと雰囲気に合わせて、脳内ではケルト風BGMが再生される。
しかしワクワクなどない。むしろ混乱しかない。
「そんで…俺はどうしてこんなところに送られたんだ?説明後回しにされたんだけど…」
『――それは…君に素質と責任があったからだよ、タツヤ。』
「素質…責任?あ、そういやあの神様は尻拭いしろとか言ってたような…?」
もう疑問符しか出てこない。
リトルは説明口調の真面目な顔で続けた。
しかし甘い声のトーンで真剣さが薄まる。
『実はこの世界ではね…』
リトルが言いかけたとき、――――――
******************
―――なんだ…?
後方からよくわからん強い衝撃を受けた。
俺は咄嗟に振り返るが、視界に映ったのはボロっちい布切れ一枚。
その布切れが、身長172センチの俺に覆いかぶさる…。
視界を奪われたが勘だ。すぐさま犯人の姿を確認するべしと思った。
「……あ、」
「……ごめんね、」
自分より圧倒的に低い目線、一瞬だけソイツと目が合った。。
緑の瞳。こちらを睨むような眼つき。布切れから飛び出した前髪でわかる、ピンク色の髪。
「…うぉ⁉ なんだあの野郎…!急にこんなもん被せてきやがって…!」
『タツヤ、大丈夫?』
「…一度死んで感覚が狂ったか?本当ならあんなの簡単に避けられるんだけど…」
しかもあのボロ布のせいで大事な話が中断されたじゃねぇか。
今の細かいこと一つに腹を立てながら、リトルに再びの解説を求めようとした。
ときだった。
「追え!逃がすな…!」「いたぞあそこだ…!」「取り押さえろ!」
なんて数人の声が後方から、ドタドタと響く足音と共に迫りくる。
デジャヴか。今度は集団犯行か。
「…またか。この足音の感じは確実に自分を狙っている。」
またボロ衣を被せられる…。下らない悪戯か、明らかに浮浪者の俺を狙った強盗か。
そのバカにされている感じが、俺の闘争本能に火をつけた。
二度目は無いぜ…!そう本能的に感じた俺は完全に戦闘モードに入った。
何の真似かは知らんが、ダークヒーローの怒りに触れたら恐ろしいのだ。
「捕まえろ…」
「――何がしてぇか知らんが…!痛い目に会いたいようだなァ⁉」==
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後ろから降りかかる手を払いのけ、視界に入った敵の後頭部を掴み地面に叩きつける。
次、後続の敵に顔面パンチ。
その次、さらに後続の敵にジャンピング膝キック。
さらに次、起き上がった最初の敵に後ろキックをお見舞い。
――――――――――――
「おい!反撃してきたぞ⁉」「武器だ!武器を持ってこい!」
『ちょっとタツヤ⁉それはマズいって…!』
「人にイタズラして寄ってたかって何の真似だァ!」
「とりあえずこいつらぶっ飛ばす」。その心意気で拳を振り回す。
しかし一発や二発殴っただけでは人間は死なない。
続々と現れる敵(?)をひたすら薙ぎ倒しつつ、死ぬ前の感覚を思い出す。
「ええい!埒が明かねぇ! アトミックを使うか…!」
『ちょっとタツヤ…!』
かつて、まとまって群がる組織の戦闘員を皆殺しにした経験がある。
その時、俺はどうしたか。答え:変身して能力を使った。
肉体に染みついた感覚通りに、胴体部の装置に手を掛ける…!
「システム機動…! 〈―――変ッ身‼〉」 渾身の力を込める。
俺の肉体に刻み込まれたシステムが、再び駆動音を上げ…、、、なかった。
しばしの静寂…。去り行く風の音。そして、血の気が引く…。
突然おかしな動作をしてフリーズしたタツヤを見た敵共。しばしの膠着。
肩に乗っていたリトルも前足で頭を抱え、
『あ、あちゃ~…恥ずかしい…。』
「、、、しまった…。――変身機能ぶっ壊れてたんだったァァ…。」
普段なら装置を起動次第、肉体変化による高熱に襲われ、瞬時にマスクが現れるのに…。
ぶっ飛ばした敵、後続の敵なんぞ頭に入らない…。
ただひたすら、精神が自壊してしまいそうなほどの羞恥心に襲われるのみ…!
変身の体勢を取ったままで動けなくなった顔面蒼白な俺の周囲を、鼻血で顔面真っ赤な敵が囲い始める。
「よくわからんが…頭のおかしい盗人だという事はわかった…!」
「しかもこの男…!例の人攫いと姿が似ている…!」
「そもそもあの石を盗んだ時点で有罪だ…!ひっ捕らえろ…ッ‼」
「…あれ?ちょ、ちょっと待っt…、、、」
――最悪だ…異世界に来て早々に喧嘩。
さらにはお縄を頂戴することになるとは。おまけに変身ができないときた。
単に変身ができない。いや、変身ができないとヤバい。
この変身不能という四文字に、絶命時と同等の危機感を感じている…!
なぜなら、俺のような強化人間にとって変身不能とは…、、
こんな感じだから、前の世界で悪党だなんて呼ばれていたんだろう。
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「ほら、さっさと来い!この悪党め…!」
「うおっ…‼」
『ありゃりゃ。派手に暴れた分かなり乱暴なおもてなしだね。』
連中に取り押さえられて、さっそく城の牢獄にブチ込まれた。
戦闘スーツも役に立たない。頼りになるのは己の拳と豊富な戦闘経験だけ。
しかしマズい状況になった。しかし、それは投獄されたことではない。
「マジでどうすんだよ…。変身機能が使えないんじゃ、まともな攻撃手段がないじゃんか…!」
『あの…それに関してなんだけどさ。』
「…あ?なんだよ…。この装置直してくれるってのか?」
『君が変身できないのは装置の故障じゃなくて…、この世界に転移した時に、君の能力がもろもろリセットされたからなんだよね…。』
――これはまた大層なカミングアウトだこと。
つまるところ、俺は詰んだわけだ。能力のリセットとは…。
彼はいつから錯覚していたのだろう。異世界転移で生態強化や特殊能力がそのまま引き継がれると。
バカじゃん。そうだよ、地球とこっちじゃ科学も概念も根本的に違うにきまってるじゃないか…。
ハハハ…、
「嘘だろ…⁉じゃあ俺の変身機能も⁉アトミックウェポンも⁉筋力も⁉全部無くなっちゃったわけ…?」
『うん…ごめんね? 創世神様も全部そのままは難しかったみたい。』
正直泣きそう。
組織に加担してまで特殊能力を手に入れて、イーグルマスクや袂を分かった組織の連中と戦ってきたのに…!それがこのザマかよ!
と、全力で泣き出したいし、総統閣下のように怒り狂いたい全力青年タツヤ。
しかしリトルの声色は、未だなおポジティブなのだ。
『大丈夫だよ!素質があるってのは、こっちの世界に適応して能力を取り戻せるって意味だから!』
「…ホントに…?」
『その為に私がいるんだから!』
「お前って転生特典のマスコットじゃないの…?」
『違うわい。まぁ簡単に言えば…私と血を分け合うことで前世の君の姿、ヴェアウルフに近いモノへ変身できるんだ。』
「…つまり、、、お前が変身デバイスってことか!早く言えよ!」
『デバイス言うなし!』
まだ実証していないのでよく理解はしていない。
だがとりあえず、「変身できる」という情報だけはこの女神の化身から聞き出すことが出来た。
そこで俺は、肝心なことを思い出す。
「そういえばさっき、この世界に飛ばされた理由、聞きそびれたんだけど。」
『そういえばそうだったね…。じゃあ話してあげよう!――君の相棒であり、この世界におけるヴェアウルフの肉体であり、女神の化身であるこの私がね!』
突如、ゴミ捨て場から始まったダークヒーローの異世界ライフ。
開始早々に街の騎士と殴り合いをし、異世界の実情を知るのは牢屋の中と言う、なんとも幸先の悪いスタートを切るのだった。