プロローグ
人々はヒーローとはなんぞと言われた時、どう答えるだろう。
他者を救うためなら自らの命を惜しまない。
世界から笑顔を奪おうとする輩を許さない。
大方そんなところだろう。
そういうことをして、みんなから羨望の眼差しで見られるのが〈英雄〉って奴だろうな。
そのヒーロー様と、それを信奉する奴らが口を揃えてほざくのが〈正義の味方〉とかだ。
そして、俺の人生はそれとは正反対の位置にある。いや、あった。
俺は…敗北した。そして死んだ。
誰に負けたのかって?そりゃ…そのヒーロー様って奴に。
俺は戦う力を持っていた。俺にしかない、誰も寄せ付けることのない、特別な力だ。
その気になればどっかの中小国くらい滅ぼせるだろう。頑張れば。
俺はその力を自分の私欲や願望の為に行使した訳じゃない。と、自分なりに思っていた。
しかしそれは俺がそう思っていただけで…世界から見れば悪そのものだったらしい。
俺はその力を復讐と言う目的のために使っていた。
そしてその復讐が、俺と同じ思いをしたこの世界の人間の為になると。そう信じて戦ってきた。
だから目的の為なら命を奪うことだって厭わない。
大多数の笑顔は少数の苦しみを糧に成り立っているから、その少数の命を生贄にしても構わない。それが世界の仕組みであり、道理なのだから。
だけどこの犠牲を乗り越えた先に、真の幸福が待っている。平和じゃない、幸福だ。
それが、俺の中にある正義。
そう。俺はいわゆる…〈ダークヒーロー〉って奴。
もう一度言う。俺は、正義の英雄に殺された。
俺自身はソレになれなかった。
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― 時は遡り、日本 ―
「―――イーグルパンチッ!」
「―――グハっ…⁉」
ビル群の中での空中戦。俺は自称:正義の味方とやらの攻撃を一方的に喰らい続けた。
今しがたパンチをもろに受けた俺は、そのままコンクリのビルに叩きつけられた。
「いいぞ!イーグルマスク!」
「その悪党を倒すんだ!」
「「「「「 イーグル!イーグル!イーグル!イーグル!… 」」」」」
俺が攻撃を受けるたびに、真下で見ている街の連中が歓声を上げやがる…。
赤と白のスーツを身にまとった戦士〈イーグルマスク〉。鷹は正義の象徴だ。
イーグルマスクと相反する俺に付いた名前は〈ヴェアウルフ〉。狼は…邪悪な存在!
「…!なんでみんなてめぇばかりを…⁉ どうして俺が…!」
「もう諦めろ、ヴェアウルフ…。お前の企みもここまでだ。」
「黙れ!何が正義だ…何が英雄だ!てめぇがこの歓声を浴びる中で俺は…!」
俺はエネルギーを腕に溜め、得意の技を発動する。
「ライトニングブレット…!」 いわゆる光弾。エネルギーを溜めて放つ単純な技。
「――うわッ…⁉」 「「「あぁ…⁉」」」
この距離なら簡単に命中する。イーグルマスクのスーツから火花が飛び散った。
だが俺は知っている。コイツには大して効いていない。
大げさなダメージを受けたふりだ。そう、これは奴の演出だ。
「くっ…お前がどれだけ悪の手を振りかざそうと…!みんなの為に俺は…負けられないんだ!」
「頑張ってイーグルマスク!」 観衆のガキが叫んだ。
「「「「「 イーグル!イーグル!イーグル!イーグル! 」」」」」
ほら見ろ…。正義の味方がそれっぽいセリフを吐けばすぐにこれだ…!
誰も俺の戦いを理解しようとはしない…!誰も俺が見てきた犠牲を弔ってはくれない…!
民衆が求めているのは…上っ面だけの正義!「らしさ」だけだ!
「ヴェアウルフ…君と、君の属する組織は世界を闇に陥れる…。それは断じて許されないんだ。」
「組織…⁉俺は奴らとは違う!確かに俺の力は組織の技術だ…。
だが俺は自分の正義の為に戦ってきた…!」
「お前には正義なんてない‼お前はその手で命を奪ったんだ!」
「じゃあ教えてくれよ!てめぇの正義は一体何なんだ⁉」
「人々の笑顔と平和を守る…!それこそが真の正義だ‼」
「「「「「 いいぞ!その意気だイーグルマスク! 」」」」」
なんだよそれ…。みんなを守るだ?
お前のその綺麗ごとの裏には…いくつもの苦しみがあったんだ!
お前も民衆も!それを直視していないだけなのに…!…なんで、、、
「行くぞヴェアウルフ…!これが最後の戦いだ…!」
「あぁ…ぶっ殺してやる…!来いよ…正義のヒーロー様よ!」
体感時間にして数時間。現実時間にして数分。周囲のビルをぶっ壊しながら激闘が続いた。
その間にも俺は、戦いに巻き込まれて怪我を負い、最悪死んだ人間を何人も見かけた。
そのたびに心が痛んだ。まるで昔の自分を見ているようで…。
だがイーグルマスクは違う!そんなこと気にも留めず、ただひたすら俺を攻撃した!
民衆もそれにエールを送り、俺に罵詈雑言を浴びせた!
「――死ね…!アトミックブレイク…!」 一撃必殺並みの技。
「イーグルシールド…!」
「イーグルキック!」
「がッ…⁉」
防御からの素早いキック。ちなみにこのキックの重量は約10トン。
俺のスーツを通り越して肉体に届くその威力。俺は簡単に吹っ飛ばされた。
「これで終わりだ…!ヴェアウルフ!」
「なんで…こんな…」
俺は必死に足掻こうとした。だがダメだった。キックのダメージが残っている。
だが最大のダメージは、民衆の声。俺を殺せという歓声だった。
「イーグル…セイバアァァァァァァァァ‼」
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「―――ぐふ…⁉⁉」
イーグルマスクの必殺剣。それは容赦なく俺の肉体を貫いた。
痛い、苦しい…。だが怖くはない。俺が今まで犠牲にしてきた奴の気持ちを考えれば。
…このまま俺は死んでいく。死ぬのは別に構わない。戦いを始めた時点で覚悟はできていた。
だが悔しいんだ…。俺が、あの犠牲の為に手に入れ、磨き上げたこの力。
それが悪の力と言われたまま…罵詈雑言の中で死んでいくのが…とても…、、、
俺の意識は、突如目の前に現れた閃光と共に段々と消えていった。
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(ここは…どこだ…?目の前が真っ暗で…)
《……ろ …きろ 目を…んだ…》
(そうか…俺は死んだのか…。じゃあこの訳の分からない空間は死後の世界か…。)
《ヴェアウルフ…目を覚ますのだ…》
(冥界が五感すらもない貧しい場所だったとは…。どうしよっかなぁ…)
《起きろ…起きるのだ…本当に死んでしまうぞ…》
(これからどうやって生きよ…、じゃなくてもう死んだんだったw…)
『起きろっつてんだろッ…‼』
(うるせぇよ!さっきから! 仏さまにはちっと優しくしろや⁉)
なんとなくだが、視界が開けてきたように感じる。
見えている訳じゃない。そう感じるだけだ。
そして声まで聞こえるんだ。
死ぬのはしゃーなしだから安らかに眠ってやろうと思ったのに。
どこのどいつだ。戦士の永眠を妨げる奴は。
《…お前のような奴は初めてだよ、ヴェアウルフ…。いや、クロキ・タツヤと呼ぶべきか。》
(ちょいちょい、それ俺の本名。なんで知ってんだよ…。)
《この状況からしてわかるだろう。僕はお前の事なんて全て知っている。》
まぁこの状況から推測できることなんて一つしかないだろう。いや、二つかな。
前提として俺は死んだんだ。そしてここは死後の世界。
その状況下で死んだ人間に語り掛ける存在なんて、こいつらしかいないだろうな。
(あんたあれだろ…。神様か宇宙人のどっちかだろ?)
《そうだ。僕は人間が呼ぶところの神だ。…、、、驚かないのかい?》
(別に?俺は今までいろんな輩を見てきた。全身サイボーグとか人食い人間とか、ゲロ吐いて金属溶かす奴もいた。 今さら神様が現れたところでなーんも驚かないね。)
《そ、そうか…。でも肝の座った面白い男だね…。気に入った。》
いや別に神様に気に入られても…どうせ死んだんだし。
と、俺は思ったがこのどうすることもできない現状、俺は下手なことは言わないようにした。
《ヴェアウルフよ…。お前は何故、その力を手に入れて戦い続けた?人々から悪党と呼ばれながらも、なんの為に戦うのか。》
(…簡潔に言えば復讐だよ。ヒーロー様が正義を行使する過程で犠牲になった、俺の大切な人たちのな。)
《その為に…お前は悪魔の組織にその肉体を売ったのか?》
(まあね。組織は俺の望む力を与えてくれた。その力で俺がヒーロー様を殺せば組織にとっても万々歳。お互いにWin-Winな関係だった。奴らが世界統一だなんて言い始めてからは離れていったがな。)
《そうか…。》
(俺は…復讐の果てに本当の英雄になりたかった…。犠牲は承知の上で…でもその先に、本当のあるべき世界が来ると信じて…!俺はそれをもたらしたかった…。)
《それなのにお前は…ダークヒーローか。》
それから俺は、自分の人生で何があったのかを、鬱憤を晴らすようにぶちまけ続けた。
力を手にしても辛かったこと、悔しかったこと、そして正義を憎む気持ち。
神様は俺の話を親身になって聞いてくれた。
少しばかり若々しい口調。一人称も僕だ。
俺が想像した冥界の神様とはイメージが少し違ったが、それが意外な神の姿という事だろう。
《じゃあ…その人生をやり直させてやろう。そうすれば、お前が憎む上っ面だけの正義への復讐も続けられるし、お前がなりたかった存在だって目指せるさ。》
(はぁ…?急になにを言い出すのかと思えば…、、、ちょい待ち?それまさか…)
このシチュエーションで今のセリフ…!
《単刀直入に言おう。お前には別の世界に行ってもらう。そこでやってもらうことがあるんだ。》
(ちょいちょいちょい⁉急にそんなこと言われても…1)
《黙れ。簡単に言えば、お前たちの戦いが別世界にも悪影響を及ぼしているのが現状だ。お前にはその尻拭いをしてもらう。》
(いや待って待って!俺は行くなんて一言も…)
《生態強化人間であり特殊能力も持つ…。さらに変身機能も備わっているとは。この世界の組織は随分と器用だな。…ただ、それだけあれば十分だ。》
(それになんで俺が…ちゃんと説明を…)
《説明は転移してからさせるよ。お前に付けておく、女神の化身にね…。」
なんで…死んだらやっと解放されると思って安心したのに…!
《それでは…さらばだ。》========================
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『初めまして…。今からあなたは英雄です!』
「…は?」
気が付いた俺の目の前にいたのは、小さなケモノだった。