第92話 復讐という名の烙印
『まってよ!ヌル!』
通信機器の向こう側からリンジーの声がする。
『まだ、終わってない!私達はまだ、戦える!』
『そうよ!ヌル!私達はまだこれからよ!』
『マディリンの言う通り!』
すると、リンジーに倣ってマディリン、バナンと続いた。
しかし、ヌルはそれを許さない。
ヌルはいつだって冷静で冷徹で合理的だ。
当然、無謀な戦いには挑まない。
諦めなければいずれ、勝利の神様が現れるというが、それは、生きたものにしか与えられないチャンスだ。
死んでしまったら元も子もない。
全てが無意味になってしまう。
当然、ヌル自身も悔しいし、諦めたくない。
しかし、サドラー少佐の命令通り、そして、己の持論の通りここは一旦引くという最善な策を提案する他ない。
「いや、ここは引くぞ」
ヌルがその重い空気のなかでも失速することなく、淡々として言った。
しかし、これに賛同しない者も現れる。
『いくらヌルだからって、僕は絶対諦めたくない!大事な家族がいる。僕は諦めるわけにはいかないんだ!』
バナン・パッカの熱烈な抗議はヌルに猛反対する。
「だめだ。犠牲は時には必要だ」
しかし、この言葉がバナンの神経を逆なでしてしまった。
ドンッとバナンはアルカディオンの操縦席を思いっきり叩く。
『必要な犠牲だって?僕の大事な家族が殺されるのを黙って見てろってのかよ!!』
「そうだ。黙っていろ。これは、復讐だ。己の魂に刻むための烙印だ。それは決して離れることのない。忘れてはいけない。彼らの犠牲を」
次に、ヌルはアルカディオンを前進させる。
その方向はヘリルス王国へと向かっていた。
かつて、差別や迫害を受けてきた忌まわしきヘリルス王国だ。
『ヌル!まってよ!どこへ行こうとしているの?』
リンジーが高い声でそう言った。
「ヘリルスだ」
『どうして?』
今度の声はかすれていた。
「合理的判断の末至った結果だ。たしかにヘリルスから差別と迫害を受けてきた。しかし、魔王軍という共通の敵を理由に一時の結束を結ぼうと思う」
『正気?』
再び、バナンが口を開いた。
「ああ』
しかし、ヌルはいつも通りで淡々としている。
『僕は嫌だね!そんな奴らに頼むぐらいなら死んだほうがましだ!』
「そうか。なら、勝手に死ね。ついて来ない奴らはついてこなくていい。だが、リンジーには強制的に来てもらう」
『私?なんで?』
「簡単だ。なぜならお前は、ヘリルス王国最強の部隊、魂の守護者を率いるフリューゲル・グローテルの実の妹だからな。リンジー・グローテル」
リンジーはフリューゲルの名前を聞いて思いだした。
フリューゲル、ルーナ、リンジーは兄妹だ。
いや、だったと過去形にするべきだろうか。
リンジーは長女で、ルーナの姉に当たる。
しかし、ルーナはその事を知らない。
リンジーは生まれた時には魔法の適性がゼロと判断され、捨てられてしまった。
捨てられて先は孤児院。
そして、魔法適性がないリンジーは他の魔法適性がない子供達、ヌルやバナン、マディリンといった今となってはの友達に囲まれた。
差別や迫害を受けながらも、彼らは孤児院の中では楽しそうに日常を過ごしていた。
しかし、迫害がさらに加速し、ヘリルス王国という枠から追放される。
そして、各国から集められた魔法適性がない人を集め、シーラ帝国という国を築き上げた。
シーラ帝国はその持ち前の頭脳を駆使し、文明の発展に勤しんでいた。
『私達、あそこに帰るんだね』
リンジーは悲しそうな声を上げる。
『そんなことしなくていい。行きたくないなら行かなければいいさ』
通話越しにバナンがそう言った。
『いや、行かなきゃ。自分の過去と未来を見る時がきたんだ。絶対に行かなきゃ。ヘリルスに行って魔王軍を一緒に倒すんだ!』
続けて、マディリン、ガース、グイリオもヘリルスに向かうようだ。
『そうでっせい!全て魔王軍が悪いんだ!マレナのためにもここは人肌脱ぎまっせぃ!』
ガースが腕まくりしながら言った。
『まぁ、俺はみんなに合わせるよ。一人は嫌だからね』
グイリオも賛成した。
『そうね。私もヘリルスに向かうわ』
マディリンまでもが承諾する。
バナンは、「あーもー」と頭を掻きむしり、渋々承諾した。
どうやら、バナンも一緒にヘリルスに来るようだ。
「よし、行こう」
ヌルが先頭を走り、ヘリルスに向かっていった。




