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第四話

 ケグァ、ショーティ、ティニー。三人の冒険が終わってから、およそ10年が過ぎた。


 辺境の片隅に、一つの小さな町があった。入植がまだ始まってまだそう日が過ぎてない。建物がまばらで小さいものばかりだが、活気のある街だった。

 

 そこに、一人の男が訪れた。

 こんな小さな町にはそぐわない、立派な男だった。

 上等な服をまとい、腰に佩いた剣は、柄だけでも伝説級の業物であると分かった。

 何より目を引くのはその男自身だろう。鍛え上げられた分厚い身体。黄金色の髪に精悍な顔にまっすぐな瞳。その存在感は、圧倒的だった。

 

 彼は地図を見ながら歩いていく。

 向かう先には、この町に一軒しかない診療所があった。質素な建物だった。

 どんな大けがを負ってもたちどころに治してくれる評判で、町の住民に愛されている診療所だった。


 彼はその中に入っていく。

 中には一人の僧侶がいた。

 長く伸びた黒髪。落ち着いた佇まいながら、若く見える清楚な顔立ち。簡素なローブを身にまとい、椅子に座りお茶を飲んでいた。

 

「やっと見つけたよ。キィズ……」

「あなたは……まさか、勇者ユウィー?」


 僧侶キィズ・グッチスキと勇者ユウィー・シャルゼン。

 実に10年ぶりの再会であった。




「粗茶ですが……」


 そう言いながら、キィズはお茶を出した。本当に安物だった。とても魔王を討伐した勇者に出せるものではなかった。しかし、質素な暮らしのキィズにはそれくらいのもてなししかできなかった。

 飾り気のないテーブルをはさみ、二人向かい合って安いお茶を飲む。10年ぶりの再会だというのに、ムードもなにもないおかしな状況だった。


「ありがとう」


 ユウィーは、まるで大切なもののようにカップを持ち、口をつけた。しみじみと味わった。そんな当たり前の所作ですら、絵になる光景だった。勇者の風格があった。

 

「わざわざこんな辺境まで……いったい何しに来られたのです?」

「かつての仲間に会いに来た。それがそんなに不思議な事かい?」


 勇者と謳われたものが、10年前に別れた仲間をわざわざ訪ねてくるだろうか。そんな暇があるはずなかった。

 勇者パーティーを抜けるとき、仲間内でお金の貸し借りはしていなかったはずだ。仲間の装備を誤って返し忘れていただろうか。なにしろ10年も前のことだ。何か忘れていることもあるかもしれない。キィズはそんなふうに考えを巡らしていた。

 

「キィズ……君はあれから、どうしていたんだい?」

「わたしは、冒険者をしながら転々と各地を巡っていました。大したことはしていないですよ」


 そう答えながら、キィズはしばし、過去の記憶に思いをはせた。




 勇者パーティーを抜けて、違う国へと旅立った。ケグァという偽名を名乗り、そこで出会ったショーティとティニーとパーティーを組んだ。最初の冒険は成功に終わった。その後も次々とクエストをこなしていった。

 ケグァは常に、二人の力量のギリギリのクエストを選ぶようにした。もちろん二人にいっぱい怪我をしてもらうためである。二人は何度も重傷を負ってくれて、ケグァは嬉々として回復させた。

 だが、その幸せな時間も、わずか半年で終わりが訪れた。

 ショーティとティニーは急激に成長し、強くなってしまった。並の戦闘ではケグァの助けもいらなくなるほどの成長ぶりだった。

 やがてケグァはショーティとティニーは、ケグァにパーティーを抜けるように言ってきた。


「今までありがとうございました。ケグァさんは、もう危ないことをしなくていいんです。もっと自分を大事にしてください」

「そうよ! あたしたちはもう大丈夫なんだから! ケグァさんは冒険なんかに行かないで、もっと多くの人を助けてあげてね!」


 勇者パーティを抜けたときと同じパターンだった。

 勝手に自分の進路に口出しされるのは正直どうかと思った。しかし実際、この二人といても、もう自分の性癖は満たされることもなさそうだった。

 そこでケグァは素直にパーティーを抜けた。

 

 その後、別の町に行き、時には別の国へ渡り、様々な初級冒険者たちとパーティーを組んだ。

 しかしそのいずれもが、驚くほどの早さで成長し、全然怪我をしなくなってしまうのだ。そして決まって、彼女に冒険者をやめるように勧めてきた。

 最初の頃はそれでも楽しかった。新しい冒険者の新しい傷口は、悪くなかった。しかしだんだんと、それも辛くなってきた。どの冒険者も、育ってきてこれからいい傷口を見せてくれると思った矢先に、強くなりすぎてしまい、彼女の手を必要としなくなってしまうのである。

 

 その繰り返しに彼女は疲れてしまった。冒険者を続けるのがつらくなってしまった。

 そして、この辺境の町にやってきたのである。

 この町はまだ開発中だ。建設が多く、工事で怪我人が出やすい。また、周辺のモンスターもまだまだ危険なものが多く、危篤状態で患者が運ばれてくることも少なくない。腰を落ち着けてみれば、意外と悪くない環境だった。




「大したことをしていないだって……?」


 束の間、感慨にふけっていると、ユウィーの声に引き戻された。


「え、ええ。大したことはしていません。ごく当たり前の冒険をしていましたよ」


 危険なクエストを選んできたが、それも所詮、初級の冒険者が受けられるレベルだ。魔王軍とは関係ないものが大半だった。

 なぜそんな些細な言葉にひっかかっているのだろう。キィズが首を傾げていると更に予想外の事が発生した。

 

 ユウィーが泣き出したのだ。


 どんな苦境でも涙を見せたことのない勇者パーティーのリーダーが、まるで親でも亡くしたみたいに大粒の涙をハラハラと落とした。キィズは突然の異常事態に目を白黒させた。

 

「ど、どうしたのですかユウィー!?」

「君は……君って人は……!」


 ユウィーは突然立ち上がった。かと思うと、いきなり膝を屈し頭を下げた。作法に則った、正式な騎士の礼だった。

 ユウィーの謎の行動に、キィズは戸惑うばかりだった。


「ユ、ユウィー? いったいなんなんですか、説明してください!」

「……僕は、一年ほど前に魔王を倒した」

「え? ええ。それはもちろん知っています」


 勇者パーティーが魔王を倒した。

 

 世界を揺るがす慶事は、辺境をめぐっているキィズの耳にも届いた。まだまだ魔王軍の残党は残っている。世の中は簡単には平和にならない。それでもこれから、激しい戦闘は減っていくだろう。そうなれば傷口を楽しむ回数は減りそうだった。ただでさえパーティーメンバーがすぐ強くなってしまうことに疲れ始めていた。それで魔王まで討たれてしまっては、もはや望みはないと、キィズは悟った。思えばあれをきっかけに、彼女は冒険者を辞めることにしたのだった。


「僕が魔王との戦いに集中できたのは、優秀な冒険者が突然増えて、魔王軍の幹部たちを倒してくれたからなんだ……」

「そうだったのですか。それはいいことですね」


 キィズの知らないことだった。ずっと辺境ばかりにいたので、細かい戦況までは伝わってこなかったのだ。


「そしてその冒険者たちは、みな口をそろえて言っていた。今の私たちがあるのは、素晴らしい僧侶様に導いてもらったおかげだと……」

「世の中には立派な人がいるものですねえ……」


 そこで、ユウィーは伏せていた顔を上げた。その瞳は涙に濡れていたが、強い意思が感じられた。キィズの知る、勇者の瞳だった。でも、なぜ今こんな目で自分を見つめるのか、その理由には見当がつかなかった。

 

「……君のことだ」

「え?」

「冒険者たちはみな言っていたんだ。自分たちを導いてくれた僧侶様は、常に限界を超えて回復魔法を使い、戦闘のたびに、鼻血を流していた、と。そんな僧侶は、君しかいない……!」

「そんな……信じられません」

「とぼけなくてもいい。全部わかってる。わかってるんだ」


 わかってる、なんて言われても、キィズの方からすれば訳がわからなかった。彼女は、自分が関わってきたパーティーメンバーについて、別れた後は気にしなかった。彼女にとって、いい傷口を見せてくれない冒険者など興味がわかなかった。

 やたらと成長が早いと思っていたが、まさか魔王軍の幹部を倒せるところまで上り詰めていたとは夢にも思わなかったのだ。

 

 冒険者たちの成長の早さが、自分の回復魔法によるものだと、彼女は知らなかった。

 卓越した回復魔法に支えられ、通常ではありえないほど濃い戦闘体験を短期間に繰り返したことにより、彼らは急速に成長できたのだ。それが礎となり、彼らはその後、爆発的に成長した。キィズは知らず知らずのうちに、未来の英雄の下地作りをしていたのだ。

 

 彼らは最初の頃、キィズに支えられているばかりだった。だからこそ、常に彼女から巣立たなくては思っていた。だから、成長した強くなった彼らは、キィズと別れた。その時に決まって、冒険を辞めるよう勧めた。彼らがキィズに対して抱いていた感情は、育ての親に対する思慕と同じものだった。


「僕はかつて、君のことをパーティーから追放した。良かれと思ってやったことだった。君の回復魔法は実に見事なものだった。危険な冒険の旅に連れて行くより、町で人々を助けた方が、世界のためにもなると思ったんだ。でも、でも君はっ……! 何の見返りも求めず、人知れず世界をめぐり、魔王軍を打ち破るため、何人もの冒険者を育てていたなんて……!」

「……ちょっと待ってください」

「僕は確かに魔王を倒した! だが、本当に世界を救ったのは君だ! 王国も、君を最高位の聖女に認定すると決定した! どうか僕といっしょに来て欲しい! 君の名は歴史書に記され、未来永劫語り継がれることだろう!」

「待ってくださいってば! そんなつもりはなかったのです! わたしはただ……」

「ただ?」


 そこでキィズは言葉に詰まった。

 

 わたしは人間の傷口に興奮する変態で、素晴らしい傷口を追い求めていただけです。そうしたら一緒にパーティーを組んでいた冒険者たちが勝手に強くなりました。


 ……そんなことを言って、果たして信じてもらえるだろうか。理解してもらえるかすら怪しい。そもそも自分の性癖をさらけ出す勇気なんて、キィズは持ち合わせていなかった。

 

「……わたしはただ、自分のやりたいことをやっただけなんです!」

「ああ、君こそ真の聖女だ!」


 盛り上がるユウィー。盛り下がるキィズ。

 困った状況だった。キィズには、とにかく一人で考える時間を作る必要があった。

 とりあえず、話が急すぎて決められないと、ユウィーを無理やり追い返した。




 キィズは一人になってじっくりと考えた。どう考えても、この話は受け入れるわけにはいかなかった

 まず、自分のような人間が、最高位の聖女になれるはずがなかった。彼女も僧侶のはしくれだ。それは信仰への冒涜に他ならないとわかっていた。

 神に許されない聖女が、はたして回復魔法を使えるだろうか。回復魔法なしでは傷口を楽しむことなどできない。回復魔法が使えなくなるなんて、キィズには絶対に受け入れられなかった。

 

 仮に神に認められたとしても、聖女に祭り上げられたら自由はなくなる。国家に認められた聖女と言えば国の重鎮だ。その日々は政治や国の行事などに費やされることになる。回復魔法を使う機会と言えば、年老いた権力者の難病を治すぐらいになることだろう。それではとても、彼女の性癖は満たされない。キィズにとって、聖女になることは、一生牢屋に入れられることと変わらなかった。

 

 ユウィーは次の日にもやってきた。キィズは頑として、彼の申し出を受け入れなかった。そんな彼女を奥ゆかしいとほめたたえ、ユウィーはますます聖女にふさわしいと迫ってくる。らちが明かなかった。

 だが、それも長くは続かなかった。まだ魔王を倒して時間がさほど経っておらず、勇者は世界のあちこちで必要とされていた。さすがにキィズばかりに時間を割くことができず、ユウィーはやがて引き上げた。

 

 ほっとしたところに、今度は王国の使者がやってきた。王国にもメンツがある。仮にも国家で聖女と認定した人物を、断られたからと放置するわけにはいかなかった。その追及は執拗でとめどなかった。

 

 そして、キィズは逃亡した。

 

 正式に聖女に認定した者が失踪するなど、王国として断じて認められることではなかった。王国軍は彼女を捜索した。冒険者ギルドにも依頼を出した。多くの冒険者が彼女の行方を追った。

 

 キィズの逃亡は、やがていくつもの国を巻き込んだ、大きな騒動へと発展していった。

 その過程で、キィズは様々な冒険をすることになり、吟遊詩人に謳われるいくつもの伝説を作り上げることになるのだが……それはまた別の物語である。

 


終わり

作者としてはなんだか楽しく書けました。

読んでくださった方も、楽しんでいただけたら幸いです。

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