表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

第三話

「ケグァさん! 本当にすごい回復魔法でした!」

「ええ、本当にすごかったわ! あなたのこと、最初は疑ってごめんなさい! あなたは素晴らしい僧侶よ!」


 ショーティとティニーは口々にケグァの回復魔法をほめたたえた。

 洞窟のゴブリンを到達して洞窟を出ると、太陽は大きく傾いていた。夜の森を進むのは危険だったため、川岸の大きな木の近くでキャンプすることとなった。

 たき火を囲み、食事を終えるて一段落つくと、二人は口々にケグァの活躍をほめたたえた。

 

「いいえ。わたしこそ、お礼を言わなければなりません。ありがとうございました。いい戦いでした」


 二人の称賛に対し、ケグァも感謝の言葉を返した。彼女は本心から感謝していた。熟練した冒険者の傷口は素晴らしい。しかし初級の冒険者の若々しい傷口にもまた違った良さがある。タッチヒールでさんざんさわりまくって、ケグァはそんな境地に至っていた。


「ところで、鼻血はもう大丈夫でしょうか?」

「ええ、もう止まりました。心配ありませんよ」

「僕たちのために、あんなに頑張ってくださったんですね……」


 心配するショーティに、ケグァは微笑んで答えた。

 ケグァは今日も鼻血を出した。久しぶりに傷口を堪能できたので、興奮してしまったのである。勇者パーティーにいたころ、仲間も慣れてそんなに気にしなくなっていた。さすがに初見だと心配されるものらしい。だが、言い訳には都合がよかった。あれほどの回復魔法を使えたのは、限界以上に頑張ったと言えば納得してもらえた。


 一回限りのパーティのつもりだった。しかし、この二人との冒険は思ったより楽しめた。このままパーティーを続けていくのもいいかもしれない。ケグァはそこまで満足していた。

 そんな和気あいあいとした空気の中。突然、ショーティとティニーの二人は、地面に置いていた武器に手をかけた。


「何か来てる……?」

「うん、なにかに囲まれている気がするわ……?」


 二人が感づいたことを、ケグァも気づいていた。おそらくは森のモンスター、それも群れ単位で動くものがこちらを囲むように近づいてきているようだ。


「……二人ともよく気づきましたね。備えましょう」


 ケグァは驚いていた。二人は初級の冒険者だ。洞窟の中ではゴブリンの接近にまったく気づいていなかった。それがひとつの冒険を終えた弛緩した空気の中、いち早く敵の接近に近づいたのだ。驚くべき成長だった。

 

 ……冒険者ってこんなに成長の早いものだったでしょうか?

 

 そう思い、ケグァは記憶をたどってみた。しかし彼女が所属していたのは勇者パーティーである。メンバーはみな優秀で、この二人以上の成長速度だった気がする。一般の冒険者もこのくらい成長するものかもしれない。ケグァ自身、最初の戦いで爆発的に成長した経験があったから、そう納得した。

 

 大木を背に防御を固めていると、周囲から唸り声が聞こえてきた。茂みをよぎる影。時折見える光る眼。

 やがて姿を現した。狼だ。狼の群れがやってきたのだ。

 

「ティニー、慎重に行こう!」

「わかってる。ケグァさんにこれ以上、無理はさせられないわ!」


 対する二人の初級冒険者は、ケグァが思った以上に落ち着いていた。恐怖に負けて突出することもなく、お互いに死角を作らないよう位置取り、狼を迎撃する構えだ。

 この二人はお互いのできることを把握し、新たな敵に対してもどう戦えばいいかわかっている。本当に驚くべき成長速度だった。そしてすこし残念に思った。本当にケグァの出番はないかもしれない。

 

 そして、狼が襲い掛かってきた。

 

 ショーティは狼が襲い掛かるのを狙って剣を振るった。彼の力では一撃で倒すことはできない。だからカウンターで威力を上乗せして、致命傷を与えていった。それだけでなく、わざと空振りして、狼を容易に接近させないよう牽制していた。

 

 ティニーは盾をうまく使っていた。わざと狼の突出を誘い、盾でいなして地面にたたきつけてから剣で確実にとどめを刺していった。

 

 実に安定した戦いぶりだった。それでも時折怪我をすることはあったが、すぐにケグァが癒した。その回数も、先のゴブリンとの戦いに比べればずっと少なかった。このまま行けば、問題なく切り抜けられそうだった。

 

 このままいけば……? ケグァはそのことに疑問を覚えた。狼は賢い。こちらが強敵と知れば、戦い方を変えるか、あるいは危険を避けて逃げるはずだ。でも今は、とどまって単調な攻撃を繰り返している。まるで、こちらの攻撃に慣れさせて、油断を誘っているかのように……。

 

「ショーティ! ティニー! 気をつけてください! もしかしたらこいつらの後ろには大物が……」


 警告は間に合わなかった。茂みの中から突然現れた巨大な狼が現れた。並の熊より二回りは大きいのに、その動きは他の狼よりずっと素早かった。一瞬にして二人に肉薄した。そしてその鋭い爪と牙で、二人が反応する暇もなく、頸動脈を切り裂いた。

 

「あ……!」

「う……そ……!」


 二人の身体が崩れ落ちる。

 

「エリアヒール!」


 先読みで発動させていた範囲型の回復魔法を、ケグァが解き放った。

 二人の傷は、地面に崩れ落ちる前に塞がっていた。しかし二人は倒れたまま動かない。急激な失血により、一時的に気絶しているのだ。

 危ないところだった。ケグァのエリアヒールでなければ間に合わないところだったことだろう。


「よくもっ……!」


 ケグァは憎しみを込めて巨大狼をにらみつけた。その瞳は怒りに燃えていた。

 

「よくもこのわたしにっ! エリアヒールを使わせましたねっ!!」


 ケグァはエリアヒールが嫌いだった。複数の傷を一気に回復させてしまうというのが嫌だったのだ。彼女は傷を見たい。許されるならじっくり見たい。だから回復呪文を使う時は原則として一人ずつ、一か所ずつとしていた。勇者パーティーにいたころは、エリアヒールを使わないのは魔力を無駄にしないため、と説明した。しかし本当ははそういう理由だった。それでも彼女の技量なら、エリアヒールに頼るほどのピンチはめったになかった。

 

 ケグァにとって、エリアヒールを「使わされる」ことは、屈辱以外の何物でもなかった。

 それが彼女の怒りに火をつけたのだ。

 

「さあ、来なさい」


 彼女はバックステップで距離を取りつつ、巨大狼を誘った。

 巨大狼は動いた。もちろん、油断はしない。右に左に、巨体に似合わない俊敏性を活かして迫ってきた。それは元勇者パーティーの僧侶であっても、反応しきれない動きだった。

 だが、彼女は慌てない。彼女は懐から何かを自分の手前、巨大狼が必ず通るであろう場所ばらまくと、回復魔法を使った。


「限定蘇生『トロルの腕』!」


 彼女がつぶやくと、人の胴ほどもある太い腕が、何本も地面から伸びた。それは巨大狼の足をつかみ、腹を突き上げ、目に胴に爪を突き立てた。

 予想外の攻撃に、巨大狼が痛みの声を上げた。

 

 限定蘇生。ケグァの回復魔法の極みの一つ。

 彼女は、再生力の高いモンスターの素材から、モンスターの一部分を蘇生させることができる。先ほど彼女がばらまいたのはトロルの爪だ。トロルは深い傷を負わせても、傷口を焼きでもいないと治ってしまう、高い再生力を持つモンスターだ。その爪を起点に、彼女は回復魔法で腕だけを蘇生させたのである。もはやネクロマンサーの領域だが、彼女の主観では回復魔法の一種である。

 

 あくまで限定的な蘇生だ。再現できるのはモンスターの一部分だけだし、短時間しか持たない。

 だがそれで十分だった。わずかな傷と、一瞬動きを止めること。ケグァにとって、それで十分だったのだ。

 

「強制出血!」


 続けてケグァは、目的を極めて限定した回復魔法を巨大狼に放った。

 本来は出血を抑えるため、血流をゆるやかにする、回復魔法の基礎技術だ。

 ケグァはこれを逆に使った。トロルの爪が傷つけた一か所に血流を集中させ、心臓を強制的に爆発的な脈動をさせたのだ。


 巨大狼の腹から凄まじい勢いで血がほとばしった。勢いのあまり肉が裂けた。巨大狼はもはや悲鳴を上げることすらできず、自らが噴き出した血だまりに沈んだ。


「攻撃に使ったのは初めてですが、けっこう役に立つものですね」


 限定蘇生は勇者パーティーでの宴会芸で使ったことがあった。勇者パーティーを抜けた時、使い道もあるかと思って、トロルの爪を何本か所持するようにしていた。今回はそれがうまく役に立った形である。

 便利な能力に見えるが、これまで戦闘につかったことはなかった。勇者パーティーのアタッカーの基本攻撃は、トロルの腕よりずっと強力だ。魔力を使ってわざわざこんな手を使う必要はなかったのだ。

 

 強制出血は捕らえた魔物から情報を得るために何度か試したことがあった。知能のある魔物は大抵血の気が多いので、ちょっと血を抜いたほうがスムーズに情報を引き出せるのだ。今回はうまくいったが、これも本来は戦闘で使えるものではない。束縛されておらず、魔法にちょっとでも耐性があるモンスターにはまず通用しない。巨大狼は魔法への耐性が低いため、うまくいったのだ。


 結果は思った以上に凄惨なものとなった。特に、巨大狼の出血痕は無残なものだった。内側からめくれ上がる肉の間からは、折れた肋骨が何本も突き出ていた。しかしケグァの心はときめかない。彼女は人間についた傷口が好きなのだ。魔物の傷口は彼女にとって別ジャンルなのである。でも、派手な傷口を見れたので、エリアヒールを使わされた怒りは収まった。


「さて、ここから先は持久戦です」


 あらためて、ケグァは杖を構え直した。

 狼の群れはまだ残っている。彼女は回復に特化しており、これといった武術の心得はない。攻撃と言えば、基本的に力任せに杖で殴ることぐらいだ。トロルの爪はさっきだいぶばらまいてしまった。ストックはまだあるが、そう何度も使えない。

 ショーティとティニーが目覚めるまでは、一人で粘るしかなかった。回復魔法で自己回復しながら戦えば、負けることはないだろう。だが、長丁場になる事は覚悟しなければならなかった。

 

 ケグァの構えを見て、狼たちは逃げていった。巨大狼を倒した時点で、敗北を悟ったのだろう。

 やれやれ、とケグァは息を吐いた。あたりにはむせ返るような血の匂いに満ちている。このままでは他のモンスターがやってくるかもしれない。まずは移動しなくてはならない。

 ケグァはひとまず、ショーティとティニーを起こすことから始めた。

 

 最初の冒険はひとまずうまく終わった。

 ケグァは、この二人とやっていけると思った。

 しかし、このパーティは、わずか半年後に解散することになる。

 

 これが始まりだった。

 このとき、彼女をとりまく運命が大きく動き出したことを、しかしこの時、彼女は気づくどころか、想像することすらできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ