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第二話

 キィズは旅立った。

 これまで入手した装備の大半は売り払った。初級者冒険者と組むには、彼女のまとう装備は上等過ぎたのだ。

 新しく中級程度の装備を整え、彼女の名声の届かない国まで行った。蓄えてきた資金の大半を、そのために費やした。彼女はそのことをまったく後悔してない。勇者パーティーで過ごした彼女には、ちょっとした躊躇いが命取りになるという考えが染みついていたのである。


 そして訪れた辺境の冒険者ギルド。ひとことで言って雑多な雰囲気だった。ごったがえす様々な職業の冒険者たち。クエストボードに貼られた種々様々なクエスト依頼。膨大な仕事量に四苦八苦するギルドの受付嬢たち。


 キィズにとっては久しぶりの光景だった。勇者パーティーに所属して、冒険が進むと、こうした一般窓口に来ることは無くなった。ここ2年、クエストとは、王都のギルドの高級な応接室に招かれて、ギルド長に接待されながら請けるものだった。

 

 久しぶりの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。多くの職業の冒険者たちの体臭や装備のまじりあった独特なにおいがした。その中にキィズは血の匂いを嗅ぎ取った。初級の冒険者は回復薬を満足に買えない。十分な治療ができず、応急手当のまま自然治癒に任せるものも少なくない。

 心拍数が上がった。これは、期待できそうだ。

 

 キィズが冒険者ギルドに入ると、視線が集まるのを感じられた。彼女が勇者パーティーの一員と気づかれたようではなかった。もしそうなら、大騒ぎになっていたことだろう。回復職はもともと需要が高いので、注目を浴びるのは当たり前だった。

 少しぐらいえり好みしてもいいかもしれない。そんなことを思いつつ、クエストボードに向かう。まずは僧侶の募集を探し、そこから条件を見て選ぶつもりだった。

 

「あ、あの! あなた、僧侶ですよね!?」

「はい」


 呼びかけに振りむくと、そこには一人の少年と一人の少女がいた。

 少年は小さかった。女性としては標準的な体格のキィズより、頭半分くらいは低い。装備は簡素な皮鎧に長剣が一振り。

 少女の方は少年より少しだけ上背だ。少年と同じ作りの皮鎧に、背には木の盾を背負い、腰には片手剣を装備している。


「ぼ、ぼくたちこれからゴブリン退治にいくんです! 回復役が欲しかったんです! い、いっしょに行ってくれませんか!?」


 キィズは少年と少女を観察した。彼女は回復魔法のエキスパートだから、肉体への理解が深い。見るだけで相手の力量はもちろん、骨格の形状と、そこにどんなふうに筋肉や脂肪がついているのかもわかる。それらの情報からどんなスキルを所有しているかもおおよそ予想がつく。

 少年も少女も経験の浅い初級の冒険者だ。筋肉はあまりついておらず、技術も未熟。目立ったスキルはなし。

 つまり、弱い。

 そして二人とも装備からもわかるように近接職。怪我することは多いだろう。

 キィズの目的にぴったりだった。

 

「いいですね。いっしょに行きましょうか。わたしは僧侶ケグァ。よろしくお願いします」


 キィズは念のため、『ケグァ』という偽名を名乗ることにした。





「そ、それでは行きましょう」


 ケグァたちはゴブリンが住み着いているという洞窟に入っていた。

 少年の名はショーティ。背が低く、幼さを感じさせる、ちょっと頼りない感じの少年だ。

 少女の名はティニー。金髪を短いツインテールにまとめた、ちょっと勝気な印象の少女だ。

 二人は幼馴染で、これまでいくつか簡単なクエストをこなしたことがあるという。

 これにケグァが加わり、今回は三人でゴブリン退治をすることになった。

 

 パーティーとして遠距離攻撃役がいないのがやや不安が残るが、初級者のパーティーは足りないのが当たり前だ。回復役のケグァがいるだけでも恵まれていると言える。


「それで、あんた大丈夫なんでしょうね? 回復魔法って何回くらい使えるの?」

「心配しないでください。かなりの回数使えますよ」


 ケグァはあいまいに返した。自分の実力を無暗に示そうとは思わなかった。回復において手を抜くつもりはないが、上位の冒険者と知られ、変に頼られても困る。


「それよりそこ、足元気をつけてくださいね。罠がありますよ」

「へ? う、うわっと!」


 ケグァの指摘に、ティニーはからくも避けた。そこには張られた縄がある。引っかかれば上から石が落ちてくる簡単な仕掛けがあった。

 ケグァは僧侶であったが、仮にも勇者パーティーとして戦ってきた実戦派である。ゴブリンがどの辺にわなを仕掛けてくるかはだいたい予想がつくし、この程度の罠に気づく程度の注意力はあった。ついでに言えば、落石の打撲傷にはあまりそそられなかった。裂傷が彼女の好みだ。

 

 二人がおっかなびっくり進む中、ケグァは周囲への警戒と続けていた。進めど進めどゴブリンには出会わなかった。

 やがて、洞窟は広い空間へと続いていた。どうやら広間か何からしい。

 

「ゴブリンなんていないじゃないか。間違った情報だったのかな?」

「わたしたちにビビって逃げちゃったのかもしれないわね!」


 のんきなことを言い合うショーティとティニー。しかしケグァは広間の先、正面にある通路からの足音を聞き逃していなかった。数が多い。


「二人とも、来た通路を戻りますよ。途中で別動隊のゴブリンと出会うでしょうが、なるべくはやく倒してください。本隊が来ると厳しいことになります」

「へ?」

「ちょっと何言って……」

「急ぎますよ!」

 

 二人を追い立て、すぐさま入ってきた通路を戻る。10メートルもいかないうちに、行き当たった。


「ゴ、ゴブリンだ!」


 5匹ほどゴブリンがいた。

 

「全力で倒してください! 回復は任せて!」


 そう言って、二人を前に出させた。


 単純な戦術だった。さきほどの広間に入り切った時点で、正面から本隊のゴブリンが来る。そして、入ってきた通路から戻ろうとすると、別動隊である5匹のゴブリンが足止めする。挟撃されれば戦闘は苦しいものとなる。ゴブリンがよく使う手だった。


 ショーティもティニーもまだ状況が呑み込めないようだったが、目の前のゴブリンとひとまず戦わなくてはならないことだけは分かったのだろう。剣を振り上げ戦いを挑んだ。

 ゴブリンは弱い魔物だ。不意を打たれなければ初級の冒険者でもそこまで苦戦する相手ではない。それでも、相手の数の方が多ければ、楽な戦いにはならない。

 

「うあっ!?」


 ショーティが腕を浅く切られ、悲鳴を上げて下がった。その瞬間、傷口にケグァの手が触れた。

 

「ケ、ケグァさん!?」

「傷は治しました。戦いに戻ってください」


 ショーティ自分の傷を見た。ケグァに触れられたそこは、確かに斬られたはずのに、傷跡すらなかった。痛みもさっぱり無くなっていた。


「さあ、早く!」

「は、はい!」


 ケグァの叱咤の声に、ショーティーは再び剣を振り上げてゴブリンに切りかかった。

 

「きゃっ!」


 ティニーが盾で攻撃を受けそこね、バランスを崩した。倒れそうになったところで、肩をつかまれ支えられた。いつの間にか、真後ろのケグァがいて、支えてくれたのである。


「さあ、早く立ち直ってください」

「ケ、ケグァさん? あなたなの!?」

「わたしが後ろから支えます。怪我をしたらすぐ治します。だから思いっきり戦ってください!」

「言われなくてもやってやるわよ!」


 ケグァの励ましの声に、ティニーは猛然とゴブリンに攻めかかった。

 

 ケグァは攻撃をしなかった。僧侶とはいえ、彼女ほど冒険を積み重ねた冒険者なら、ゴブリン程度を倒すのはそう難しくない。しかし彼女は勇者パーティーにいたときと同様に、回復役に徹した。


 彼女は状況を見極めることに長けていた。なぜなら、なるべく新鮮な傷口を見たいからである。傷ができてから見に行くのでは遅すぎる。事前に予測して先回りして、できた瞬間からじっくり眺めたい。彼女はそんな自らの欲求を満たすために観察を続け、やがて戦況を俯瞰的に把握できるようになったのである。

 

 ショーティに使ったのはタッチヒールである。これは軽傷用の回復魔法だ。傷跡に触れることで状態を把握し、遠隔ヒールより少ない魔力で効率よく治癒できるというものである。使うのは久しぶりだった。いかに彼女が戦場を把握していても、勇者パーティーに立ちふさがる強敵相手に、いちいち近づいてタッチヒールする余裕はなかった。

 

 ケグァは満足していた。初級の冒険者にゴブリンがつける程度の傷など、彼女からすれば大して美しいものではない。しかし質は低くとも、勇者パーティーでは見ることのなくなったタイプの傷口は、なかなかどうして楽しめた。また、タッチヒールでおさわり自由と言うのも彼女の欲求を満たしてくれるものだった。

 

 ケグァの動きは巧みであった。傷をすればすぐさま癒し、それでいて仲間の攻撃の邪魔になる事はなかった。ゴブリンの標的にならないようにする位置取りもうまかった。

 

 二人は怪我の心配をすることなく、思う存分戦うことができた。実力以上に剣を振るえた。限界以上の戦いを経験することにより、急速に成長していった。二人はすぐにゴブリン相手の戦い方をつかんでいった。

 別動隊のゴブリン5匹を倒した後。その倍以上の数のゴブリンの本隊が到着したが、もはやこのパーティーの敵ではなかった。

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