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きっかけ(喜)

「・・・・死ねやっ!小野ぉ!!」

 連続して響き渡る破裂音と、男達の怒声と通行人の悲鳴。時間は正午になったばかり。場所は丁度平日の昼時なため、会社勤めの人や学生でごった返すオフィス街と歓楽街の境目。そんな中響いた耳慣れた音に、その発生源を振り返った私は、その手に凶器を持って青白い顔で狂った様に笑う男と、その凶器の先で胸元を押さえて蹲る男とその男を守るように覆いかぶさる一人の女性、更にその周りを取り囲み相対する一目で危ない職業だと分かる計20人強の男達。

 その蹲っている男の顔を見て、自然と身体が動いていた。


「・・・ッ・・・ァ・・・・・・ここ、は・・・・?」

 次に目を開けた時、見えたのは白い天井。独特の匂いから病院だと言う事を瞬時に悟ったが、何故自分がここにいるのか理解出来なかった。

「目、覚めたんですね。ここは、ウチの組に協力してもらっている病院です。」

「え?」

「ああ、まだ動いちゃだめですよ。今、担当の先生を呼ぶのでそのままでいて下さい。」

 声と、起こそうとしてふらついた身体を支えてくれた腕を辿ると、彼を庇うようにして覆いかぶさっていた女性がいた。そして、彼女を見て瞬時に何があったのか思い出す。

「彼は、無事?」

 その問いに彼女は一瞬動きを止め、こちらを見つめてくる。

「覚えて、無いんですか?」

「3人目を蹴倒したところまでは覚えてるんだけど・・・・・。」

「ええ、あの側頭部への回し蹴りは見事でした。その後、もう1人を倒したところで、後ろから撃たれて意識を失われたんです。彼を狙った弾は、改造銃で威力がそれほどなかった事と、胸ポケットに入っていた携帯で止まったため肋骨のヒビだけですみ、残りの男達も彼と部下が全て倒しました。あなたは右肩を撃たれましたが、弾は貫通してましたし神経なども傷ついていないので、2週間ほどで退院出来るそうです。気を失ったのは失血からの貧血ですが、輸血の必要は無かったので助かりました。」

「・・・・なぜ?」

 最後の輸血に関しては、輸血するほどではなかったから助かったなど、手間を案じてなどから来る物では無い気がして、思わず聞き返していた。

「だって、あなたの血液型は日本人には珍しいAB型のRH-でしょう?もし輸血なんて事になったらいろいろと手続きがいるし、そんな事をしている内にいろんな所から干渉されるわ。特に今回は有るはずのない物が使われた襲撃だから、警察なんかに干渉されたら余計に面倒だもの。貴女ならこれがどういう事か分かってもらえると思うけど?梓維(しい) 蝶湖(ちょうこ)さん。」

「何故、私の名前を・・・・。」

―コンコン―

「マリア、彼女はどうだ?」

 突然のノックとともに、私の言葉を遮って彼が入ってきた。それを見て、彼女は軽く会釈してから場所を譲る。

「丁度今、目を覚まされました。」

「それは良かった。先ほどは助けて頂き、有難う御座いました。」

 彼は相変わらずの無表情でお礼を言って頭を下げてくるが、何となく心の中で申し訳なさそうにしているのが感じられた。

「相変わらず例え嘲笑だろうと愛想笑いだろうと、心では笑えるのに表情には出せないのね、小野君。」

 感じた事をそのまま言えば、彼の雰囲気が一瞬で黒い物へと変わった。

「私を知っているのか?」

「『この一年の内に、あんたの表情を変えてみせたる。うちはしつこいから、覚悟しといてよ。会長補佐の小野 篁君。』って言ったの、覚えてる?」

笹埜(ささの)先輩?!」

 相変わらずの無表情だけど、黒い物が消えて今度は戸惑いの雰囲気が現れた。それを見て、私は軽く微笑んでみせる。

ああ、本当に相変わらずで、ちょっと残念だけどちょっと懐かしい。でも、私はちょっと変われたみたい。ほんの少しなら、雰囲気で君の他の感情もわかるようになった。

「篁さん、知り合いだったんですか?」

 彼の少し後ろに立っていた彼女が驚きを表すが、彼女の顔は無表情だ。だから分かった。彼女は私と同じなんだと。私と同じように1つの感情しか、顔に出せないのだと。

「高校時代の生徒会仲間よ。私が会長になった時に、彼を私の補佐に指名したの。卒業と同時に会長職を押し付けたけど。」

「笹埜先輩・・・・・。」

 私が悪戯っぽい声で笑うと、彼は苦虫を噛み潰したような声を出す。やっぱり、呼び方は初めて会った時に戻ってるけど、反応は変わっていない。

「今は梓維よ。あれからいろいろ有って名字が変わったの。それより、やっぱり家を継いだのね。」

「彼女から聞きましたが、そう言う先輩も初志貫徹したみたいですね。」

「ええ、今じゃ大阪府警四課の課長補佐よ。まあ、女性が被害者の時や一斉捜査の時以外はあまり出ないから、貴方達の世界じゃまだ知られていないけどね。」

「いえ、ウチの情報担当を通じて、少しだけなら聞いてます。それに、組関係ではなく個人的に貴女に接触しようとしていたので。まあ、今の今まで先輩だと気付きませんでしたが。」

 彼の言葉で、この場の空気が変わった気がした。それを感じて、自然と3人とも背筋が伸びる。まあ、目が覚めた時にヤクザの息がかかった病院にわざわざ刑事を運んだと聞いたから、何か個人的に用が有るんだと分かってはいたが。

「個人的に?西日本最強と呼び声高い小野組組長が、敵対組織と言うべき警察の人間を?」

「ええ。先輩、俺の中等部からの友人である、安倍乃って覚えてます?」

 高校時代の記憶を辿るとすぐに、彼とセットとして出てくる垂れ目の顔。外国の血が入っているせいか色素が薄く、夏でも長袖が必要だと言っていた気がする。たしか、会長補佐として彼を生徒会に入れたら何をするでもなく生徒会室に入り浸っていて仕事の邪魔になるので、副会長が1度キレたから彼と同じように副会長補佐に無理矢理任命して、卒業と同時に副会長の座を押し付けた記憶がある。任命前に、私も1度キレた事が有る。あの男に「人間観察がしたいなら、ココじゃなくて駅前にでも行ってきい!」と怒鳴ったら、「僕は『人間』を観察したいんじゃなくて、『篁』を観察したいんです。」と真面目な顔で返されて、来客用のテーブルを破壊した気が・・・・・。

「あの、先輩?」

 彼が心配そうに掛けて来た声で我に返る。大丈夫、あの後テーブルは自費で新しいのを購入したから、じゃなくて・・・・。

「ごめんなさい、ちょっと記憶を辿ってたら余計な事を思い出してしまって。それより、安倍乃君ってあの占いが得意で私が副会長補佐に任命した、嬉しい時の貴方の感情しか分からない私と違って、喜怒哀楽全ての感情を理解出来てた彼よね。あれだけは、今でもなんだか悔しいわ。」

「いえ、俺にとっては、1つの感情を分かってもらえるだけで救われてましたよ。それで、その安倍乃とは2年前から音信不通、と言うか今あいつは行方不明状態になってるんですが・・・・・まあ、それは置いといて。あいつが行方不明になる直前に俺の事を占って、俺にある4人を探せと言ったんです。その4人は俺と同じように感情が表情に出ない。ただし、喜怒哀楽のどれか1つだけ顔に出す事ができ、その感情については特に敏感だから俺の感情にも気付いてくれる。そして、3年以内にその4人が俺には必要となる、だそうです。」

「それで、今度新しく赴任した府警本部四課の課長補佐は喜びの表情以外は無表情で、他人の喜びはすぐに察知するって言う情報が私の所に来たので、折を見て接触しようと言う話をしていたところです。」

「情報って、さっきも思ったけど、貴女は何者なの?」

 私が疑問を口にすると、彼女はちょっと落ち込んだような様子を表す。

「ちょっとショックです。髪色と化粧が変わっているとは言え、2年前に何回か会ったし、プライベートでお酒を飲みに行った事もあるのに。」

「ああ、楽鬼の客には警察も含まれていたな。」

「?」

 話が全く見えない。それが分かったのか、彼女は表情を消す。その顔に既視感が募る。

「覚えてません?表ではクラブ『アマリリス』の№1ホステス、源氏名は『アリア』。裏では関西一の情報屋・・・・」

「『スピカ』・・・・。」

「そうです。お久しぶりですね、梓維巡査部長。あの時の情報が役に立った様で何よりです。」

 私が驚きで言葉を失うと、悪戯が成功した子どものように楽しそうに笑う。その顔を見て、あの時の作り笑顔より、今の笑顔の方がやっぱり彼女には似合うと思って、そんな今の彼女を見れて嬉しくなり私も自然と笑顔になる。

「ふふ、あの時はお世話になったわね。貴女のおかげで仇が取れて今は警部に昇進したわ、スピカ。」

「今は『楽鬼』です。将樹会系筆頭小野組の食客、情報担当『楽鬼』。それが今の私です。」

「食客?」

「まあ、言い方は古いですけど、小野組内での立ち位置は幹部に含まれない組長直属の部下ですが、篁さんに上下関係ではなく対等な関係が良いと言われたので客分として扱われてます。実際、篁さん以外の命令は聞く気ないし、篁さん以外に付いてく気はないんでどう思われてようが良いんですが。それと、さっき篁さんが言っていた、探している4人の内の1人、喜怒哀楽の『楽』しか出せない人物。だから、今のコードネームは楽鬼。本名は桜咲 マリアと言います。」

 マリアが改めて自己紹介して一礼して頭を上げると、さっきの話の続きをと言う意味で隣に立って見守っていた彼に目配せをする。それを受けて、少し躊躇いがちに開いた彼の口から出てきた言葉は私を驚かせた。

「先輩、俺の所に来ませんか?」

「え?」

「今日、俺を狙ったのは敵対している組の下っ端ですが、裏では府警本部の人間が関わっているようです。その証拠に、あれだけ派手な事をしたのに全く警察は動いてません。」

「ちょっと探ったところ、府警の上層部から四課に圧力がかかってるみたいです。それと、どうやらあなたに対して公安が動き出したみたい。裏の人間も動かしてるみたいだから、このままじゃ梓維さんの命も危ないわ。」

 ちょっと探っただけで普通は出てこないマリアが持ってきた警察の裏情報に、今現在刑事の身分である私は眩暈がしそうになる。明らかに仕事内容にあってない高い給料を貰っている上層部の面々を思い出し、何やってんだよあの人達はと悪態をつきたくなる。

「それで、と言うわけではないですが、マリアと同じような立場として俺の所に来ませんか?別に、俺の所に来たからと言って、ヤクザになってもらう必要は無いし、このまま刑事を続けても、別の好きな職についてもらっても構いません。ただ、俺が必要だと思った時に力を貸して頂ければ。逆に、俺達の力が必要となれば手を貸します。ヤクザに協力すると言う事に抵抗があるなら、俺達を利用しているんだと思って頂いて構いません。」

 彼の提案に数秒考えるが、内情を知り、裏のどす黒い部分まで知っている私としては、迷いも後悔も、未練もなかった。刑事になった本来の目的は、数年前にマリアの情報を元に出来る事は全部やれていたし。これ以上は逆に刑事という肩書きは邪魔になる。

「・・・・・仕方ないから、危なっかしい君の為に行ってあげる。警察には愛想ついちゃったし、本来の目的はとっくに果たせてるから、明日にでも辞表出してくるわ。その代わり、交換条件が2つ。」

「それは?」

「1つ目は学生の時のように、敬語はなしで下の名前で呼ぶ事。」

「分かりました。いや、分かった。」

「2つ目は、何か職を紹介して。小野組関係でも構わないわよ、小野コーポレーションの社長さん?」



「それからすぐ、私は警察に辞表を出して彼の秘書兼SPになり、今も続けています。これが1年前にあった事と、私が警察を辞めたきっかけです、先輩。」

 私が彼女の、楽鬼であるマリアの言い方を借りるなら『食客』になった日から丁度一年経った日、偶然再会した警官時代の恩人に行きつけの居酒屋で経緯を話していた。

「そうか、突然警察辞めた聞いとったし、連絡もつかんようなったから心配してたんや。だが、極道モンになったとは言え元気にしとるようで安心した。」

「それは、すいません。あの日の乱闘中に携帯が壊れて、しばらくそのまま忘れてたら、先輩の番号とアドレスが変わってたので。」

 そう言い訳したら、先輩は苦笑して「なら、お互い様やな。」と言って酒をあおった。

「しかし、事情聴取で小野組の奴呼び出したら、お前が来てホンマびっくりしたわ。」

「それはこっちもです。府警本部に異動してたんですね。私は小野組に身を寄せるようになってから、警察との橋渡しに自分から名乗り出たんです。私なら警察の内情を知っている分、余計な押し問答をせずに話が付けられますから。」

「相変わらず、お前を敵に回すと怖いわ。・・・・後悔はしてへんか?」

 先輩は一言呟いてしばし沈黙した後、私のコップにビールを注ぎながら聞いて来た。それに少し考えてから深く頷くと、先輩はふっと笑う。

「そうか、後悔してへんなら良い。」

 先輩は気付いていない。私の頷きに嬉しそうな顔で笑いながら、その下で別の感情に捕らわれている事に私が気付いている事を。そして、私の表情が再会した時から全く変わらず、無表情を貫いている事に。私の事をある程度知っていて空気を読むのに長けているこの店の女将さんや常連客が、こっちを窺うようにさっきからチラチラと見ていると言うのに。

「先輩、警察の人間が裏の人間になって後悔していないって、どう言う事か分かります?」

「え?」

「仲間のためなら、たとえ恩人だろうと何だろうと敵なら潰せると言う事です。」

 直後に響いたのはガラスの割れる音と、重い物やいすの倒れる音。その音の余韻も消え去った時、私の手の先には片手を背後に捻り上げられた状態でうつ伏せに倒され、苦悶の表情を浮かべた先輩の身体が有った。先輩の身体の近くには、割れたガラスなどと一緒にビールにまみれて溶けかけた白い錠剤と、小さな袋に入った正体不明の白い粉がいくつか散らばっている。

「先輩、仮にも警察の四課に所属する人間なら、各組織のシマの範囲くらい把握しましょうよ。商売する場所や、久しぶりに会ったヤクザになった人間が連れて行く店についてもね。」

 私はそう言って、更に先輩の腕をつかむ手に力を入れ、押さえ込むように腰の辺りに乗せた膝にも体重をかける。

「先輩、小野組はね、ヤクは敬遠してるんですよ。特に堅気の人に迷惑がかかるような場所では、更に規制が厳しい。先輩が警察の押収したヤクを横流しして商売してた場所、小野組のシマでも一番ヤクについて規制が厳しい所でね、他の組関係であってもその類の物は一切禁止している場所なんです。だから、たとえ他組織の取引だろうと、その場で小遣い稼ぎをされてたら黙ってるわけにはいかないんですよ。」

 私が言葉を重ねるごとに先輩の顔は蒼白になり、私がかけている力も強くなっているから脂汗も浮かんでいる。

「何で、何でその事・・・・。」

「ウチの情報屋は優秀なんです。さっきの話にも出てきたでしょ?私の友人で仲間の楽鬼。組に関わる前の名前は、先輩も知っていると思いますよ?情報屋のスピカ。他にも、先輩がウチと敵対している組と手を組んでいるって情報とかも入ってますよ。ところで、私にお酒と一緒に睡眠薬を飲ませて、いったい何処に連れてこうとしたんですか?」

「ぐぁあ?!」

-ゴキッ-

 先輩の悲鳴とともに、先輩の片手を捻りあげていた私の手の下で不吉な音が鳴り、先輩は白目を剥いて気絶してしまった。

「あ、関節外れちゃった。・・・・・敵だし良いか。」

「蝶湖ちゃん、事務所に連絡しよか?」

 一部始終を見ていた女将さんが声をかけてくる。常連さん以外の客が驚愕していると言うのに、いつものように声をかけてくれるとはたいした人だ。騒動の前と変わらず、酒を飲み続けている常連さん達も。

「ええ、お願・・・・。」

「その必要はありません。」

 突然割り込んだ男の声に振り返ると、そこにはよく見知った男がいた。

「あら、来てたんかボン。」

「20を過ぎた男、それも極道の組長にボンはやめて下さい、女将さん。」

「赤ちゃんからあんたを知っとるうちにとっちゃ、ボンは何時までたっても可愛いボンや。」

 表情は変わらないがうんざりした雰囲気の篁君に、女将さんはコロコロと笑って軽くあしらう。この光景を初めて見た時、私にとっては驚愕ものだったが、1年経つと慣れてしまう。特に、小野組の本部に近いこの辺りで古くから店を構えている年配の人からは、篁君はいつもボンと呼ばれるから慣れない方がおかしい。私としてはそんな事よりも、今は他の事が気になるし。

「篁君、何でここにいるの?」

「マリアから、この男が動いたって情報が入ったから。」

「何処からどうやってここまで来たの?」

「事務所から歩いて。」

 篁君は私の質問に淡々と答えるが、私が何を言いたいのか本当は分かっているはずだ。だが、あえてこちらか踏み込まない限り彼は答えない。

「皓君は?」

「事務所でいつも通り料理中。」

「マリアは?」

「出かけてるが、場所は知らない。」

「獅史樹君は?」

「マリアと一緒。今日はあいつの誕生日だからな。今日くらい恋人と2人きりで居たいんだろ。」

「じゃあ、嘉渡浦さんとかのお付の組員は?」

「連れて来てない。俺1人だ。」

 彼の所に行ってから知った事だが、彼は緊急事態などでない限り、自分に降りかかる危険も省みずに状況を楽しむタイプだった。周りにいるこちらとしては迷惑千万だが、これだけはどれだけ言っても直す気はないらしい。まあ、本当に危険な時や彼以外にも迷惑がかかる時にはやらないから今のところは黙認するけど。

「ハァ・・・・。」

「蝶湖ちゃんも大変やね。ボン、いくらここら辺がシマの中で、さらには事務所がちこうて安全やからって、無用心にも程があるで?蝶湖ちゃんや、後で怒られる獅史樹坊や組員さんの事も考えたりや?」

「・・・・。」

 私の溜息に、女将さんも叱ってくれるが、篁君は無表情で無言。それでも雰囲気から感じ取れば、一応反省の態度は取っているみたいだ。私や嘉渡浦さんのような古参の組員が言ったとしても、こうはならない。おそらく、女将さんの人徳のようなものなのだろう。以前篁君の実父である会長に聞いた事だが、この辺りに前からいる人達は、女将さんに何かしら世話になったりしているので頭が上らないらしい。情けない事に、西日本最強と言われる小野組の幹部でさえ女将さんには勝てない。

「女将さん、今日は帰ります。割ったコップとかの請求は、今日の飲み代と一緒に請求書を送って下さい。」

「ああ、そんなんええよ。その代わり、頼みたい事があんのや。」

「何でしょう?」

 私の問いかけに、女将さんは視線を床に転がされている男に向ける。

「その男、今小野組に敵対しとるあの組の仲間なんやんな?」

「一応そうなってます。」

「それで、小野組のシマで麻薬絡みの迷惑起こしたって事は、あの組の組長はんと顔合わせて話をつけるんやんな?」

「はい。」

 私が肯定すると、女将さんはニッコリ笑って一枚の請求書を渡してきた。

「これ、ついでにあの組長はんに渡しといてくれへんやろか?今までのツケ全部と、前回割らはった飾り皿の請求書。気に入った飾り皿やったから少し色付けさして貰いました、それ全額払ってくれはるまで出入り禁止、とも言うといてちょうだい。」

「・・・・・あの男、敵対してる組のシマなのに来るなんて・・・・。」

 フフフ、と笑う女将さんがなんだか怖かった。私の隣では篁君が「さすが、祇園の裏の顔と言われていた人。」とか言っていたがあえて聞かなかった事にし、手元の請求書に書かれた数字が飾り皿とツケの金額にしては1桁多い気がするのも気のせいだと思う事にした。


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