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きっかけ(楽)

「いらっしゃいませ。ようこそ、『アマリリス』へ。」

「やあ、オーナー。久しぶりだね。」

「これは、相崎(あいざき)社長。お久しぶりです。」

 その客が店内に入った途端、開店直後だと言うのに席の半分以上が埋まってかなりざわついていた店内の全てが止まった。客だけでなく、各ボックスを行き来しているボーイ、客の相手や待機していたホステス、さらには店内の様子が見えるように配置されたキッチンで仕事をしていた裏方まで、相崎社長と呼ばれた誰が見ても緊張から顔色が悪いと分かる男ではなく、その男の後から続いて入ってきた男に視線が釘付けになる。

 その男は、明らかにその場に居る他の男達とは違った。夜だと言うのにかけられているサングラスによってはっきりしているわけではないが、強面で近寄りがたく見える、しかし並みの男より整った顔立ち。着ている皺1つないダークグレーのスーツは、オーダーメイドの高級な物と一目で分かる。しかし、周りの目を引く要因はそんな即物的なモノではなく、その男がまとう雰囲気。

 誰もが一目で理解した。この男はただ者ではない、見た目は20代に見え若いが、だからと言って逆らったりなめた態度を取ったりすると痛い目をみると、私とオーナー以外の誰もが理解し萎縮したようだ。

 別に私はその男の事を侮っているわけではない。むしろ、この仕事を始めてから、初めて警戒という物を抱いているかもしれない。ただ、平静を装えるのはあらかじめ知っていただけだ。その男の素性、表の顔も裏の顔も、何故今日その社長と一緒に居るのかも。何故、興味を抱く事がなく、プライベートでも1歩も立ち入る事なく、このような店に接待で誘われても全て断っていたこの男が、この店に明らかに接待と分かる状態で来たのかは『情報を持っていない』が、ある程度の予想はすぐにつき、男に対して少し幻滅したような感情が浮かぶ。

 相手をしている客のグラスについた水滴を拭いつつ、私はそんな事を考え、私以外に唯一正気を保っていたオーナーと社長のやり取り、そしてそれを気だるそうに眺める男へと視線は向けずに意識だけを向けていた。

「・・・・・では、奥の部屋へご案内いたします。」

 オーナーのその言葉と、動き出した3人によってやっと店内の時間も動き出す。それでも、店内のほとんどの視線は相崎社長と共に現れた男へと集中する。そんな中、マイペースに客の相手を続けながら、もうすぐ奥の部屋、特別な客だけが入れるVIPルームへと呼び出されるだろうと考え、わざと楽しそうに口角を上げた私をその男が見ていた事は、男がかけたままのサングラスと、私が視線も意識もとっくに外していた事から気付く事はなかった。


「・・・・・失礼。」

 予想通りあの後VIPルームへと呼ばれた私は、この店で私の補佐をしている子と一緒に相崎社長と男の相手をしていたら、10分ほど経ったところで男の携帯に着信があったらしく男は部屋の外へと出て行った。そのとたん、相崎社長は深い溜息をついて体から力を抜いてだらしなくソファにもたれた。

「・・・・氷の追加を持ってくるから、お願いね。」

 男が出てからちょうど2分経ったところで、私と同じようにVIPルームへと呼ばれた他のホステスに声をかけてそっと部屋を出た。キッチンへと向かいながら、携帯が受信していたメールを確認する。

「・・・・・・ぁ・・・・・そ・・・・・んだ。」

 あと少しでキッチンに着くという所で、先ほど出て行った男の声が聞こえた。どうやら、キッチンよりも奥に有る裏口から出た路地で、電話の応対をしているようだ。

「・・・・・・待て。」

 キッチンを通り過ぎた所で男の電話相手への制止の声が上り、すでに手をかけていた裏口の扉が男によって開かれる。

「「・・・・・。」」

 お互い無表情のまま、数分見つめ合ってしまった。

「・・・・電話、出なくてよろしいのですか?」

 静寂を崩し私が声をかけると、男は私がいる事も気にせず電話の相手とその場で会話を再開させた。その間に私は外へとそのまま出る。

「・・・・・・まだ、3月です。そんな格好で外に出たら、風邪を引きます。」

 1分ほどで終わったのか、通話を切る電子音と共に声をかけられる。星など全く見えない空を見上げていた顔を、男の方へ向ける。勘違いかもしれないが、その私の表情を見た男は、ほんの少しだけ瞳を驚きに揺らした気がした。その事が心のどこかに引っかかったが、今の私にはそれを気にしている余裕はない。

 その余裕の無さは、男に向けた顔に現れている事は自覚している。VIPルームで浮かべていた作られた穏やかな微笑、それさえも浮かべる事のできない余裕の無さ。こんな事、今まで経験した事など無い。男が自覚しているかどうかは分からないが、それ程の力を持っているのだ。この男は。

「・・・・・このようなお店に、たとえ仕事だろうと足を踏み入れる事の無かった貴方が、何故今回いらっしゃったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「・・・・・・・・アリアさん、でしたか?何か、勘違いされているようだが。」

「勘違い?」

「えぇ。私の目的はこの店ではありません。」

「では、今こちらに向かっているという男達は・・・・・」

―バタンッ!・・・ドカドカ・・・・―

 私の言葉を遮るように店内の方から荒々しい音、それから数秒して男の怒鳴り声と同僚である女の子の叫び声が上がる。その叫び声が脳に到達すると共に、私は今まで相対していた男の事など完全に忘れ身を翻していた。



「オーナー!」

「アリア、君は下がって・・・・」

「ぁあ?誰だ、このアマ?」

 店内に急いで戻った私が見たのは、机がひっくり返ったりして散乱している一角と、その傍にいる一目でヤクザ者だと分かるような顔つきをした男達6人と、それに1人で対峙しているオーナーだった。他に助けに入れるような男性従業員は、と思ってさっと辺りを見たが、運の悪い事に今日シフトの入っていた荒事に慣れている男達は外出しているかバックヤードにいるようだった。残りのオーナー以外でフロアにいる男達はまだ新人と言えるボーイ達だけで、力技でその筋と分かるような男達を相手にするのはまだ無理だ。そして、今この場に居る客はこの店の常連ばかり。

 その事を一瞥で確認して、私はオーナーの制止を無視して渦中に近づく。

「私は、ここのホステスのまとめ役をしている者です。本日はどういったご用件でしょうか?」

「まとめ役、なぁ。まあ、あんたでもええわ。このおっさんじゃ話にならん。」

「お話とは?」

「それはやな・・・・・」

 私が冷静にホステスではなく、もう1つの仕事の顔で問いかけると、男達はなんとも思わなかったようだが、オーナーや客を守るように立っているボーイ、その他この店の従業員は顔を引きつらせたり青ざめさせたりした。

 私としてはホステスの時の顔と同じだと思っているのだが、仲間から見ると笑顔なのに背筋の凍るような怖さがあるらしい。こんな事を考えている内に、べらべらと意味のなさない事を喋っていた男たちの話が本題に入ったようだ。

「・・・・・つまり、俺達が言いたいのはよぉ、誰に断ってここで店やってんだって事や。」

 『あぁ、彼らは知らないのだ。』と、この店のもう1つの顔を知っている者は全員納得した。そして、彼らがどこの所属なのかもだいたい想像がつくが、詰めを疎かにはしないのがこの『店』の信条。

「そのお話の前に、失礼ですが貴方達はどこの組の方でしょうか?」

「ぁあ?俺たちゃ、横矢組よぉ。」

 やはり、と思いつつ、彼らにお引き取り願うための言葉を並べようとした所で、男達の背後、店の入り口にもたれかかる男が目に入って思わず口を閉じてしまった。

「横矢組と言えば、○○町の方に最近事務所を開いたと言う、あの横矢組ですか?」

「ああ、そうや。」

「と言う事は、組長は横崎不動産の社長ですね?」

「ああ、そう・・・・・誰だ、てめぇ。」

 この男達は少々頭が弱いらしい、と言うのがこの場に居た者達の総意だろう。なにしろ、話し相手が変わっている事に今まで気付いていないのだから。

「私は、ただの客です。」

「ただの客が口出しすんじゃねぇよ!」

 頭が弱いだけではなく、短気で腕っ節も弱かったようだ。表情は逆光とサングラスで見えないが、乱入者のあざ笑うかのような口調にキレて、6人が一斉にその男に向かって行った。しかし、6対1でありながらわずか数秒で、乱入者の勝利と言う形で決着がついた。

「弱い。」

(ぼん)を相手にしたら、ほとんどの奴は弱いやろうなぁ。」

 乱入者が手を払っているところに、これまたその筋と分かるような大柄な男が現れた。

「坊はやめて下さい、叔父(おじ)()。それより、この者達を連れて帰って下さい。問題のあの者は・・・・・・」

「お待ち下さい。今、この者達の処遇はこの店に決定権があります。」

 乱入者、つい数分前まで裏口で対峙していたのに、今の今まで完全に忘れ去っていた『坊』と呼ばれる男と、その男の言葉を受けてどこかに連絡しようと携帯を取り出した『叔父貴』と呼ばれる男に、私は待ったをかける。その私の声にものの数分の出来事1つで我を忘れて呆けていた店の者達が現実に戻り、ある者は店の出入り口を塞ぎ、ある者は6人の男達を受け取ろうと近づく。

「しかし、嬢ちゃん・・・」

「あなた方がこの男達から手に入れたい情報は、余す事なくお渡しします。」

「だが・・・」

「叔父貴、良いじゃないですか。」

 私の一歩も譲らないと言う意思が伝わったのか、『坊』がまだ何か言いたそうな『叔父貴』に声をかけ、私へと視線を移した。

「確かに、この者達に喧嘩を売られたのはこの店です。私が勝手にこの男達を伸してしまいましたが、処遇を決定する権利はこの店側にあります。それに、私達がこの男達から手に入れたい情報は余す事なく渡していただけると言う。口約束であっても、それなりの覚悟が必要となる世界を知っているはずの者達が。なら、私達には何も言う事はありません。・・・・そうでしょう?叔父貴。」

 坊がダメ押しのように問いかけると、叔父貴は深い、事情を知らない者でもこの男はこのダメ押しで苦労してきたんだろうと分かる様なそれはもう深い溜息をついた。



「まさか、たった数分の騒ぎの間に逃げられるとは・・・・。」

 所変わってVIPルーム。とりあえず6人の男を他の従業員に任せ、お客様達にはお引き取り願ってから、今回の騒動に関係しているはずの人物を確保する為に私とオーナー、坊、叔父貴の4人で部屋に入ると、部屋にいたはずの3人の姿は無かった。急いで裏口に設置している監視カメラの映像を確認すると、1人の男が他の2人を脅しながら裏口から逃げる姿が映されていた。顔ははっきりしないが、服装から相崎社長、私の補佐をしていた子、同僚のホステスの3人だと分かる。

「申し訳ありません。」

 オーナーが謝罪するのにあわせ、私も頭を下げる。対する坊と叔父貴は、不思議そうな顔をする。坊は無表情なままなので、雰囲気から察した感じだ。

「それは、何に対しての謝罪なんや?」

 坊の思いを代弁するように叔父貴が質問してくる。

「お互いにとって重要な人物を、こちらの不手際で逃がしてしまった事に対してです。」

「ああ、それなら構わん。元々、横矢組とその幹部である相崎はそれほど重要視しとらん。」

 たしかに彼らの組にとって、新興の横矢組はそれこそ指1本で片付けられる程の力しかない。なら、何故この坊はこの店に来たのか。何の得にもなりはしないのに、わざわざ相崎の接待を受けてこの店に来た目的とは。やはり、この店自体に手を出すつもりなのだろうか。

「この店に手ぇ出すつもりは無いで。ホンマや。」

 訝しげな雰囲気を察したのだろう。叔父貴が他意は無いとでも言うかのように苦笑しながら、坊を立てた親指で示しながら言う。

「今日ここに来たんは坊の気まぐれや。」

「「気まぐれ・・・・・」」

「叔父貴・・・・」

 思わずオーナーと重なった言葉。向かいのソファでは、物申したいと言う雰囲気で坊が叔父貴に視線を向ける。

「・・・・・気紛れかどうかはともかく、『うち』は、『小野組』はこの店に手を出すつもりは無い。・・・・『小野 篁』の名に懸けて、約束する。」

 視線を私達に戻した『坊』こと、広域指定暴力団・将樹(しょうき)会系小野組組長、小野 篁は言葉遣いを崩すと同時に、雰囲気がガラリと変わる。大衆雑誌でカリスマと言われるIT企業社長の柔らかな雰囲気から、日本の裏社会でどの組織の幹部にも一目置かれ、海外の裏組織からも注目を集め始めているヤクザの冷たい雰囲気に。

「・・・・その言葉、信じたいものです。では、マリア。」

「えぇ。・・・・改めまして、本日は当店『アマランサス』へ、ようこそお越し下さいました。当店は代価を支払っていただければ、どんな情報でも差し上げます。私は、当店のオーナー『スピカ』と申します。本日はどういった情報をお求めで?」

「!!」

「・・・・。」

 自分では意識的にしているわけではないのだが、さっきも言った通り本業となると私の笑みは副業の時と見た目は変わらないのに怖いらしい。いつもならその笑みを見た客は表情が驚きに変わるか恐怖に引きつる。

 だが、今日の相手は違ったようだ。『叔父貴』は始めこそ驚いた顔をしたが、すぐに面白いものを見ているかのようにニヤニヤとしだし、小野篁は思わずといった感じで声を出さずに笑っている。

「小野さん、楽しそうな所申し訳ありませんが、本題に入っていただけますか。」

「「えっ!?」」

 感じたままに話しかけると、オーナーと叔父貴はそろって驚きの声を上げる。

「嬢ちゃん、坊が楽しんどるって、いや、今どんな感情か分かるんか?」

「私自身理由は分かりませんが、物心ついた時から楽しいと言う感情は手に取るように分かります。他の感情は職業上何となくであれば分かります。」

 驚いたように叔父貴が私の事を凝視する。それに発言をしながら、私は小野さんを観察する。事前に情報として知っているが、『こちらの世界』の時のこの男は本当に無口無表情だ。事が起こる前に、裏口の所で話していた時と比べると不思議な感じがする。

「・・・・俺は運が良かったみたいだな。」

「あ、あぁ、確かにそうみたいやな。」

「「?」」

 納得したように小野さんの呟きに頷く叔父貴に、私と驚きから戻ってきたオーナーは首を傾げる。

「話に入る前に、まず自己紹介しとこか。儂は将樹会系小野組の若頭の嘉渡浦(かどうら) 大護(だいご)や。そんで、こっちが・・・・」

「小野組組長、小野 篁だ。」

 知っとるやろうが、と前置きをしてから叔父貴こと、嘉渡浦さん達が自分達の名前を名乗る。

「儂等、というか坊が今日ここに来たんは、2つ欲しい情報が有ったからや。」

 2つ?嘉渡浦さんの言葉に瞬時に小野組に関する最近の情報を頭に浮かべる。そして、すぐに1つは目星が付いたが、もう1つはどうしても思い浮かばない。ちらりと隣を伺うと、オーナーも思い浮かばないようだ。

「・・・・その顔を見る限り、1つは分かってるようやな。儂等が欲しい情報はここに書かれとる場所、時間に起こった事故についてのあらゆる情報。」

 そう言いつつ、嘉渡浦さんは内ポケットから1枚のメモ用紙を取り出し私に渡す。すぐに見たそれに書かれていたのは、私とオーナーが目星をつけていた物と合致していた。オーナーに視線を向けると心得たように一度頷いてから部屋を出て行った。

「これについては、今オーナーがまとめた物をお持ちします。その間に、もう1つについてお伺いいたしましょう。」

「・・・・もう1つは人探し。叔父貴が言ってた通り、本当にこっちに関しては気紛れだった。しかし、君と会って4分の1は達成された。」

 それまで黙って私達のやり取りを見ていた小野さんが口を出す。しかし、『4分の1は達成された』とはどういう事だ?

「俺は、4人の人物を探している。そして、君は探している条件に当てはまっている。」

 小野さんは、何の感情も見せない顔で彼の友人が半年程前に失踪する前に告げた『占い』について話しだす。それによると、小野さんは喜怒哀楽のどれか1つ以外が欠落している人物達を探しているらしい。友人にも『気が向いたら』と言われていたので、1つ目の情報のついでだったらしい。しかし、私と出会って4分の1が達成された。つまり、その4人の内の1人が私だと確信している。

「確かに、その話に私は該当します。普段の私は、楽しいと言う感情以外は表情から欠落している。しかし、何故私が小野さんの探し人に該当すると断言できるのです。」

「ただの勘だ。」

 たった一言で片付けられた理由に、一瞬の沈黙が部屋に満ちる。私はもちろん、小野さんの説明の途中で戻ってきたオーナーも絶句する。小野さんの説明に所々補足していた嘉渡浦さんは、小野さんの言動に慣れているせいなのか苦笑するだけでこの空気のフォローをする気は無いようだ。しかし、私達が絶句していたのは本当に一瞬だった。

「は、はははっ!」

「ふ、ふふっ!」

 何故かは分からないが、楽しかった。今まで集めていた情報でこの男の近く、それどころかこの男自身が危険だと分かっているのに、この男の近くでこの男の行く末を見てみたくて仕方ない。そんな未来を考えると楽しくて楽しくて仕方ない。それはオーナーも同じなのだと、長年の付き合いで分かっている。

「・・・・お伺いいたしますが小野さん、あなたは私をどうしたいのです?」

 笑いが落ち着いて呼吸を整えた私は、しっかりと小野さんの眼を見て問いただした。

「・・・・何も。」

「何も?」

「あぁ、何かするつもりも、してもらうつもりも無い。」

 やはり、この男は楽しい。面白い。裏表、どちらの世界関係なく、今の世の中では情報が鍵を握る。だからこそ、先程の乱入者達、ひいては横矢組は強引だと分かっていても、この店に手を出そうとしたのだ。この店には、世界一と言って良い情報屋が存在するのだ。自惚れでも何でも無い。これはれっきとした事実だ。その『一部』である私は断言できる。どの組織の縄張りでもないこの地域に居る、どの組織にも属さない世界一の情報屋を手に入れたい組織は、あの手この手でこの店を手に入れようとしてきた。それなのに、この男はそんな事には興味ないとでも言うように何もしないと言う。実際にその事について聞いてみると、興味が無いと肯定される。

「何処かの敵対組織を贔屓して、こちらに嘘の情報をつかまされるとなると思う所が無いとは言えないが、君達はそんな事はしないだろう。それに、あいつの占いでは探せと出ただけで無理矢理でも仲間にしろとは出ていない。だからどうするつもりは無い。・・・・・まぁ、たまにこの店に来て君と世間話はするかも知れないが。」

「坊!」

 最後に付け足された一言に、嘉渡浦さんが慌てる。

「たまにとは言え、組長自らこの店来とるなんて他の連中に知れたら、小野組は情報屋を手に入れようと動き出したんか、ココをシマにしようとしてるて思われんぞ!ただでさえ、普段こんような店に、別目的とは言え坊自ら来とんのや。もしかしたら、考えなしな奴なら、もうココは小野組についたと思っとるかもしれん。」

 その最後の予想については、私達としても困る。この店の情報屋は、独立していなければ意味を成さないのだ。しかし、嘉渡浦さんのこの後の言葉はもっといただけない。

「せめて、嬢ちゃんだけウチの組について・・・・」

「嘉渡浦!!」

 一言物申そうとする私達を遮るように小野さんの叱責が飛ぶ。表情は相変わらず変わらないが、その腹の底から揺さぶられるような一喝と今日一番の声の低さから、本気で怒っているのが分かった。それは嘉渡浦さん自身もだったようで、すぐに我に返って私達に謝ってきた。その姿に、小野さんは元より嘉渡浦さんもここの情報屋の存在理由を正確に把握しているようだ。そして私達は、面子が第一のヤクザが素直に謝罪する姿に更に好感を持った。

「頭を上げて下さい。嘉渡浦さんの仰るように、小野組を思うなら私がそちらにつくのが一番でしょう。私個人の思いを言わせて頂くなら、小野さんにつく事を承諾したい。」

 私の肯定に、嘉渡浦さんは安堵の表情を見せ、小野さんは無表情の奥で驚いているように思える。そんな2人におそらく無表情に見えるだろうが困ったように微笑み、同じ様に困ったように苦笑しているオーナーと一度視線を合わせてから私は言葉を続ける。

「しかし、ここの情報屋は私とオーナーの2人だけではありません。」

「どういう・・・・」

 再び、嘉渡浦さんの表情が驚きに変わる。小野さんの表情が変わらないせいか、一層嘉渡浦さんの表情は驚きしか見ていない気になってくる。

「・・・・この建物に入っているお店は3つ。1階の喫茶店『storyteller』と2階の居酒屋『線』、そして3階のここ、会員制クラブ『アマリリス』。この3店舗の正規スタッフ全員が情報屋『アマランサス』の一員です。」

 情報屋『アマランサス』は元々私とオーナーの2人だけで、インターネット上にしか存在しなかった。しかし、こうやって堂々と店を構えて情報屋の人員を増やしたのは、仲間を守る為だ。

 始まりは、裏社会の者に目を付けられた一般人に、気紛れで身を守る為に情報の扱い方を教えて『アマランサス』の仲間に入れた事だった。他の情報屋には偽善と取られようと、何人かにそんな事を続けている内に、『アマランサス』は十数人が属する世界一と呼ばれる情報屋になった。そして気付けば、色々な組織から目を付けられるようなっていた。

「だから私達は、情報を操作してどの組織のシマでもないこの地域を『意図的に作り』、どこにも属さないと言う意思表示の変わりにこの店を作り、一部の組織に居場所を明らかにした。」

「アマランサスに属する者は、誰もが裏表関係なく何処かの組織から何かしらの迷惑を被ってきた。それは彼女も、私もです。幸いな事に、小野組に関わった者は居ませんし、同じ世界に属するからと言って無関係な者にまで敵意を向けるような者は居ません。ですが、だからこそこの店は独立して存在する必要があったのです。仲間を守る為に。」

 神妙な表情の私とオーナーの話を、小野組の2人は黙って聞き続けていた。

 話に一息ついた所で、思わず私は溜息をついた。そんな私をオーナーは心配するような目を向ける。

「ですが、少し大きくなりすぎたようです。分かってはいるんですよ、組織がここまで大きくなってしまっては、皆を守る為と言っても何時までも中立ではいられないという事は。」

 私の呟きで沈黙が流れる。数十分に感じられたが、実際には数分かもしれない。4人が4人とも何かを考えて押し黙った重苦しい沈黙を、静かな小野さんの言葉が破った。

「オーナー、それにスピカ、時には残す事より無くす事が守る事に繋がる。」

「・・・・・やはり、小野さんもそう思われますか。・・・・・オーナー、いえ、『兄さん』、考えていたより早いですが、潮時の様です。」

 呼び方を改めて唯一の身内へ視線を向けると、仕方ないなあとでも言う様な甘い微笑を向けられていた。

「元々この組織を立ち上げたのはお前だ、好きにして良いのさ、妹よ。」

 私達はしばらく見つめ合ってから、フッと同時に吹き出し、しばらく笑ってしまった。

「話が纏まったみたいやが、嬢ちゃん達、これからどうするか聞いてもえぇか?」

 頃合いを見て掛けられた嘉渡浦さんの言葉に、きっぱりと私達は答える。

「「情報屋『アマランサス』は今日をもって解散します。」」

「清々しいほどきっぱり言ってくれたけど、他の人らを説得せんでええんか?」

 嘉渡浦さんが心配するように聞いてくる。この人は、案外ヤクザ者にしては甘いのかもしれない。情報屋として、小野組若頭としての『嘉渡浦 大護』を知らなければ勘違いしていたかもしれない。

「ご心配なさらず。時期が早まっただけですから。」

「時期?」

「実は、半年ほど前に古参のメンバーと話し合って、今年の夏に組織の解散とここの3店舗全てを閉める事を決定していたんです。その事はそれ以外のスタッフも納得してくれて、今日の時点で解散・閉店後の身の振り方は私以外決定しています。」

「その妹も心を決めたようです。ですから、心置きなく組織を解散できるという事です。」

 さっき少し漏らした事もあり、兄さんだけでなく、小野さん達も私の今後の身の振り方をどう考えているか分かったようだ。

「一応言っておくが、別に組専属になる必要はない。」

「儂は、専属になってほしいがな。坊は、よく護衛を撒いて1人でどっか行っちまうから、凄腕の情報屋がいると助かる。・・・・まぁ、それは半分冗談として、物でも人でも必要なもんあったら遠慮なく言ってくれ。」

「ふふっ。あなた方は本当に楽しいですね。・・・・・私の本名は(おう)(さき) マリアと言います。小野 篁さん、あなたの心の在り方がかわらない限り、あなたに力を貸しましょう。」

 これから、今まで以上に楽しい楽しい日々が始まる。そんな風に感じた私は、子どもの様にとても無邪気に笑っていたと、後で兄さんと嘉渡浦さんから言われる事になる。



「・・・・と、まあ、横谷組の乱入をきっかけとして、情報屋組織が大きくなり過ぎている事を改めて実感して、『その日の内』に話し合って、解散と閉店を決めたの。今は、当時のスタッフの1人がIT関連の会社を作って半分以上のメンバーがそこの社員として働いているし、他のメンバーも同じように得意のパソコンスキルや情報収集力を使って表の会社で働いているわ。オーナーはまた別の場所で店をやってる。今度は『真っ当な店』のね。そして私は、その時助けてもらったのも何かの縁と思って、立場的には小野組の協力者って事にして、末端会社であるココ、小野金融の取締役の立場をもらったの。」

「そうだったのか。」

 横谷組の乱入後の話を少しの嘘を混ぜて手短に話した私に、向かい合うように座っていた男は短くそう言った。

 やっと見つけた、と言って突然やってきた男は、長らく連絡を取っていなかった昔の仲間だった。

 アマランサスの仲間は全員が、解散までずっと所属していていたわけではない。特殊な業種(と言って良いものか)なので、当然普通の仕事以上に向き不向きがある。アマランサスに引き入れても、技術面や性格面でどうしても情報屋として向かない者がいて、そういう者は自分で悟って辞めていくか、私かオーナーから伝えて辞めていった。辞めていった者はほとんどが表の真っ当な仕事に就いたので、裏社会に関わっている私達が接触しては迷惑がかかる事もあると思い、向こうから連絡してこない限り接触する事を禁止していた。

 この仲間は、アマランサスに6,7番目に仲間になった者で、技術面ではそれなりに良かったが性格面で不向きだったので、解散を決めた日より1年以上前に私から別の道に進むように勧め辞めた元仲間だった。

「ところで、最初の口振りからしてただ昔話をしに来たわけではないでしょ。私を探していたみたいだけど、どうかした?」

 男と再会してから約30分。時間稼ぎをするかの様になかなか本題に入ろうとしない会話がいい加減面倒になったのでこちらから切り出すと、男は困ったとでも言いたげな顔を作って口を開いた。

「お前、××の事、覚えているか?」

 男の口から出てきた名前は予想していた通り、あの騒動の時に相崎社長と補佐の子と一緒にいなくなった同僚のホステスの名前だった。私が頷きを返すと、今度は助かったとでも言いたげな顔を作る。

「2日ほど前、俺が持ってた大事な情報を盗まれちまってな。他の所に情報が流れる前に捕まえる必要があるんだが、情けない事に俺じゃ居場所の特定が出来なかった。それで、力を貸してもらえねえかと思って。」

「情報屋は辞めた方が良いと言ったはずだけど?」

 意図的に眉間に皺を寄せて、不快だと思っているかのように見える表情をする。それに男は慌てた様子で釈明を口にする。

「情報屋はやってねえよ。大事な情報っていうのは今俺を雇ってくれてる所が今度やる、重要な取引の情報だ。」

「その情報っていうのは、これの事かしら?」

 私はどう見ても投げやりな態度で、デスクに置いていた書類を渡した。実際、私はこの茶番劇を続ける事が面倒になったのだ。

「な、何でお前がこの情報をっ!?」

「何でって、1週間以上前に××から教えてもらったからよ。」

 何を当たり前の事を、と言う風に回答すると、こちらがすべて把握している事に今更気付いたのだろう。力技に出ようと私に向かって手を伸ばしてくるが、遅い。

「大丈夫か、嬢。」

「大丈夫だよ、大さん。」

 数分前から男の背後の衝立の向こうに『大さん』こと、小野組組長補佐兼小野金融副社長の嘉渡浦 大護さんが待機していたのだ。

「で、この男で間違いないんやな?」

「私の情報が信じられない?」

「滅相もない。」

 私がわざと睨むと、大さんは降参とでもいうように両手を上げる。その間にも、元仲間は大さんが連れてきていた部下によって拘束されていく。その顔は計画が失敗した理由を探しているように見えたので、優しい私は全てを教えてあげる事にした。

 1年前、××達が行方をくらます手引きをしたのがこの男であり、その理由は横矢組から離反しようとした幹部の相崎社長を確保する為。あの時、相崎社長を連れ出したこの男の手先は補佐の子であり、××は巻き込まれて一緒に連れ出されてしまった。あの直後、すきを見て連絡を取ってきた××に頼んで、そのままスパイとして仲間になったふりをしてもらい、相崎社長をこちらで確保。そして2週間ほど前に男が所属している組織が、うちにちょっかいをかけようとしている事を××に教えてもらい、男と相手の組織を罠にかける事を決定。今に至るというわけだ。ちなみに、相崎社長は裏の世界からも手を引くつもりだったので、ちょっと経歴をいじって今は一般人として当時の恋人と家庭を持っている。補佐の子に関してはまだ利用価値がある為、泳がせている。さっき、××は大さんの部下が保護してくれたと情報が入ったし、あとは仕上げに向けて準備を始めるだけ。

「だから、言ったでしょ。あなたは情報屋どころか、裏の世界の住人でいる力量はないって。」

 すべて筒抜けだった事にか、これからの事を考えてか、顔を青くして震えだした男を大さんの部下が連れていくのを見送って、私は当初の計画ではここにいなかったはずの大さんに問いかけた。

「ところで、どうして大さんがここに?」

「ちょっと、調べてほしい事があってなぁ。」

「?」

「坊の居場所。」

「・・・・また?」

「ああ、またや。」

 本当に懲りない人だ、篁さんは。


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