追う者と追われる者
「私が物心ついたころには、父と母の仲はすでに冷え切っていました」
馬車に揺られながらヴィオレッタが語り始めた。
「そして私が十一歳の時に母は亡くなり、一年間の喪が明けてすぐ、父はカルミアさんとサフィニアを屋敷に連れてきました。サフィニアはすでに五歳でしたし、父にとっては母と私より、あちらの方が家族と言っていい存在だったのでしょう。でも、命を狙われるほど疎まれていたなんて……」
沈痛な面持ちでヴィオレッタは過去に思いをはせる。
「それってあなたのせいじゃないわよね」
それに対しクロがまず返した。
「確かに、誰を真の家族と思い大切に思うか、心の問題までは他人が操作できるものではないが、だからと言って、罪もない娘につらく当たっていいわけないし、欲得のために命を奪うなど許されることではない!」
ユーベルも断言した。
サフィニアはというと、姉の語る過去の話においては自分もまた苦しめる側だったのだと少々居心地の悪い思いをしていた。
三人と一匹はブラウシュテルン家の馬車でいったんユーベルが滞在しているシュウィツアの公館に立ち寄り、そこから馬車を乗り換え、現在ブラウシュテルン公爵領に向かっている最中であった。
ヴィオレッタを安全にかくまってくれるところ、と、いうと王都内では、公爵家がねじ込んできたときに抵抗できるほどの貴族はいない。
「父は祖父や母と違って領地にはあまり訪れたがらず、その経営も地元の別宅に住む家令に任せきりです。ブラウシュテルン領内で今でも領主様として親しみを持たれているのは母や祖父の方です。そのおかげで領内では王都と違って使用人や市井の方々にも温かく接してもらえました。夏の休暇が始まると秋からの社交シーズンまでそこに滞在するのが、私にとっては唯一の慰めでした」
現在の公爵家の圧力をはねのけヴィオレッタを守ってくれる場所。
それは、れっきとした直系のお姫様としてヴィオレッタに親しみを感じる人々がいるブラウシュテルン家の領内であった。
王都から領内までは、急いでも一日半はかかる。
女性二人を連れての旅はこまごまとした準備が必要であるが、
「必要なものは、その場その場で買うことも、魔法で出すこともできるわ。ここはできるだけ急いだほうが賢明よ」
と、いうクロの進言から、着の身着のまま出てきた二人の令嬢をつれ、現在馬車は走行中である。
一方、妻のカルミアから連絡を受けたヴィオレッタの父ファイゲ・ブラウシュテルンは、妻を王宮に呼び寄せ、二人してダリア王妃の前でひざまずきある報告をした。
「シュウィツアのノルドベルク公子がヴィオレッタ嬢を誘拐したですって!?」
二人からの報告にダリア王妃はあっけにとられた顔をした。
「はい、公子は突然わが邸宅を訪れヴィオレッタに応対をさせていたところ、いつの間にか姿が消えうせ、家の者に尋ねたところ馬車で外出したところまで確認できており、そのあとの行方が……」
カルミアが王妃に説明をした。
「それは、もしかして『駆け落ち』というんじゃないでしょうね」
夫妻の慌てた様子を冷ややかに見降ろしながらダリア王妃は言った。
「とんでもございません! ヴィオレッタの意思はあの時の会合でもはっきりしていました。ただ公子の方はヴィオレッタに変わらず邪心を抱いていたようで、その証拠にいなくなったのはヴィオレッタだけではなく次女のサフィニアまで一緒なのです」
「駆け落ちならばいなくなるのは二人だけのはずです。おそらくですが、公子はヴィオレッタを連れ出す時に妹のサフィニアを人質にしたのではないかと……」
公爵代行夫妻は口々に説明した。
「なるほど、筋は通ってますね。いずれにせよ貴族が王宮に届け出もなしに王都を出るのは禁止されていますし、王宮の騎士団に追跡させ真意を問いただしましょう」
ダリア王妃の策に夫妻は感謝した、そして、その追跡の部隊に公爵家の騎士団も入れてもらうことを要望した。
「我が家の問題で王宮に頼りっぱなしは心苦しいのでぜひ!」
ファイゲ・ブラウシュテルン公爵代行の懇願に王妃はうなづいた。
「よいか、奴らに追いついたら乱戦に持ち込んでそのどさくさに公子とヴィオレッタをやるんだ」
王宮の騎士に同行するため準備をしている騎士長マースに公爵代行は耳打ちするのだった。




