突然令嬢を訪ねるのは失礼ですが……
お茶会の開催が突然決まりブラウシュテルン公爵邸はその準備でてんてこ舞いであった。
そのさなか、前触れもなしにやってきた訪問客など迷惑以外の何物でもない。
しかし、だからと言って邪険にするわけにもいかぬ相手であった。
その人物の名はユーベル・ノルドベルク。
隣国シュウィツアの王族の血を引く名門の子息である。
「まあ、どうなさったのですか、公子。お茶会の日付は……」
女主人であるカルミア・ブラウシュテルンが応対に出た。
突然の訪問に彼女も大いに狼狽したが、そこは顔に出さずにこやかに対応した。
「いやいや、わかっていますよ、ハハハ。この度の招待があまりにもうれしくて近くに用があったついでに立ち寄ってお礼の一つでもと思いましてね。時にヴィオレッタ嬢はお元気ですかな」
にこやかに邪気のない顔でユーベル公子がこたえた。
この公子は馬鹿か!
お礼なら招待状への出席の返事とともに書いておけば済む話だろうが!
先ぶれもなくいきなり訪ねてくるのがどれほど迷惑かわからないのか!
カルミアは心の中で公子を罵倒したが、口に出さず彼を応接室に通した。
「ではこちらへ。ヴィオレッタを呼びに行かせましたので準備が整うまで少々お待ちを」
貴族の令嬢は通常、パーティなど公的な場で身に着ける最礼装やあるいは家で来客を受けるときの略礼装など、場面に応じた衣装を身につけねばならず、家でくつろいでいるときの服装からそれらに着替えるだけでもそれなりに時間がかかる。
「ええ、突然うかがったのはこちらですから、いつまでもお待ちいたしますよ。それより、こちらの窓から見える庭園は見事ですね」
部屋に通されたユーベルは、応接室の窓から見える色づいた広葉樹と秋の花々がさく庭園の美しさをたたえた。
「まあ、お気づきになられたのですね。あちらの庭園を会場にしてお茶会を開く予定ですのよ。でもまだそれにふさわしい飾りつけも何も……」
「いえ、このままでも十分美しい。もちろん当日の色とりどりに飾られた様子もさぞ美しいのでしょうが、何もない時の様子も見ることができて得をした気分です」
「そこまでおっしゃっていただけるなら、後でヴィオレッタに案内させますので、どうぞ十分に散策なさってください」
ではごゆっくりと、カルミアは公子を残して部屋を後にすると考えを巡らせた。
まさかあそこまで、あの娘にのぼせ上ったバカ公子とは思わなかったわ。
二人を一緒に殺すなら今が千載一遇のチャンスね。
でも、お茶会の時のほうが多くの来客を目撃者にして、私たち家の者は何も関係なく公子の蛮行であると偽装しやすいのは確かだし……。
考えながらその足は、たくらみを実行してくれるブラウシュテルン家の騎士団長のもとに向かっていた。
ユーベルのほうはヴィオレッタを待ちながら、どうやって彼女を説得するか思案していた。
どうせ『間抜け』と思われているなら、逆にそれを装って警戒されないうちに連れ出したほうがいい、サフィニアも一緒に説得してくれるというが……。
この互いに心で舌打ちをしたり全力で警戒しあうやり取りの数時間前のこと。
「ヤッホー、帰ってきたわよ、サフィニア。助っ人も一人連れてきたからね」
一人で部屋にいたサフィニアの前に黒猫とそれを抱きかかえた男が一人現れた。
「クロ! えっと、その人は……?」
サフィニアは驚いた。
「これは、その……」
まだ十二歳とはいえれっきとした貴族令嬢の私室に入り込んでいることに気づいたユーベルはうろたえた。
「ノルドベルクの公子ユーベルよ。知っているでしょう」
けろっとした顔でクロは言った。
「ロゼさんのところに知らせに戻っていたんじゃなかったの?」
サフィニアもうろたえながら質問した。
「うん、そこでこの人にも会ったのよ。ロゼがすぐに駆け付けることのできない状態だったから代わりに来てもらったの」
クロは相変わらずけろっとした顔。
その後、実はね、と、クロが事情をサフィニアに説明し、二人と一匹はヴィオレッタを連れ出すための打ち合わせをした。
そして、邸宅の中にすでにいるのはあまりにも変なので、いったん裏門から外へ出て改めて突然の訪問客のようなふりをして正面玄関からユーベルは入ってきたのである。
(簡単な魔法ならクロも使えるので、地下牢への階段で身に着けていた衣装は黒の魔法で貴族らしいいでたちに変化させた)




