新旧ノルドベルク
何もないところから突然現れた黒い小さな生き物にユーベルは仰天した。
しかも、それは自分たちを同じく人間の言葉をしゃべった。
「あらやだ、なに、この暗くてじめっとした場所は?」
ユーベルが目を凝らしてみると、それは猫らしき姿をしている。
そして当たり前のようにしゃべり続けている。
「いきなりどうしたの、クロ? ヴィオレッタ嬢が狙われているのはとっくにわかっていることでしょう。だからあなたが見張ってくれているわけだし……」
同行していた女性が宙に現れた猫を受け止め、これまた当たり前のようにそれにしゃべりかけた。
そして猫はおもむろにユーベルを見て、
「あらら、こちらはいっしょに殺される予定の公子じゃない、いつの間にそんなに仲良くなったの、ロゼ?」
と、聞き捨てならない物騒なセリフを吐いた。
「「殺される予定?」」
ロゼとユーベルが驚くが、それを一顧だにせずマイペースでクロがしゃべる。
「まあ、ロゼも元はノルドベルクだし、新旧仲良くなっても不思議はないわね」
「クロ、それは今関係ないから。それより何か変化があったから、ここに来たんでしょう。それを順序よく話してくれる」
「わかった」
ロゼに促されクロはゴニョゴニョと彼女に耳打ちした。
その一人と一匹の様子を黙ってみていたユーベルが意を決してロゼに聞いた。
「ヴィオレッタ嬢が殺される、あるいは狙われている、と、おっしゃいましたね。どういうことかお話し願えますか?」
ユーベルの質問にロゼは、へえ、と、感心した。
さきほど、彼に対しても『殺される予定』などと物騒な言葉が飛び一緒に驚いたはずだが、彼にとっての関心事はまずヴィオレッタ嬢のことらしい。
「そうね、あなたにとっても無関係ではない話のようだから」
そう言ってロゼは先ほどクロから聞いた話をユーベルにも説明した。
「なんとまあ悪辣な! 継子苛めだけではなく命まで狙っていたとは!」
ユーベルは静かに怒りをあらわにしました。
「そう、その偽装心中の相手にあなたが選ばれているというわけよ。連中の目にはあなたがよっぽど間抜けに映ったのかしらね」
クロがユーベルに言った。
「言いすぎよ、クロ」
ロゼがクロをたしなめた。
「間抜けとは言っていないわ、連中からそうみられているってことを教えたのよ」
クロの減らず口にロゼはため息をついた。
「それにしても彼らの計画から考えると、今この瞬間もヴィオレッタ嬢は危険にさらされていると言えるわね」
「う~ん、まあ、そうなるのかしら」
「ええ、近代日本と違ってこの世界じゃ殺人事件が起きても、死亡推定時刻にはあまりこだわらないし、死亡原因や凶器の選定なども結構おおざっぱで細かい矛盾点にはあまり気にしない」
「そういえば、そうね。だからロゼラインは最初自殺だと判定されたわけだし」
昔の話を持ちだされ、ロゼは少し言葉が途切れた。
ユーベルの方は、『ロゼライン』? どこかで聞いた名前だ、と、一瞬気にかかった。
しかし、話はすぐにそれとは別の方向に流れた。
「つまり、死因や死亡推定時刻の鑑定がずさんなこの世界では、死体を並べて転がして置けば無理心中にごまかすことは可能。という事は、ヴィオレッタだけでも今殺しておこう、と、彼らがいつ考えても不思議はないのよ」
「大変じゃないの!」
「早く助けないと!」
クロとユーベルがロゼの推察を聞いて声を上げた。
「ええ、ブラウシュテルン家を見張っていれば安心と思っていたけど、そうも言ってられなくなったわ。あの家はサフィニア以外、使用人たちもほとんどあの夫婦の息のかかった者たちで占められているらしいし、毒殺でも刺殺でも外に対してはいくらでも口裏を合わせることはできるでしょうね。彼女の身の安全を確保するために、彼らの裏をかいて彼女をどこか安全なところに逃がすのが先決よ」
「僕で良ければ協力します!」
ユーベルが強く申し出た。
「あら、頼もしい事。でもあんたたち二人、どこかに行く途中だったんじゃないの?」
クロの質問に二人はさっきまで忘れていた魔導士ウルマノフ(精霊ウルマフ)のことを思い出した。
物語おさらい
第一章で出てきたロゼラインの生家ノルドベルク公爵家は、国の法を破って王太子の婚約者である彼女の死の原因を作ったことにより断絶。
ユーベルの生家のノルドベルク公爵家は、ロゼラインの友人だったゼフィーロ王とアイリス王妃の第三王子が臣籍降下して名跡を継いだ家。




