地下牢に続く階段
精霊ロゼは暗幕の術を使い地下牢に向かっていた。
まったく面倒なことになったものだ。
王妃にもらった謎の秘薬、その分析の必要性を訴えたのは確かに自分だけど、それを頼む予定だった魔導士ウルマノフが拘禁されてしまったのだから
「それにしても聞いてないわよ」
誰にも聞こえないような小さな声でロゼはぼやいた。
まさかあの魔導士ウルマノフが反逆と争乱を司どっている四大精霊の一人ウルマフだったなんて。
確かに名前は似ていたけどね。
彼が逮捕されたという話が出て初めてロゼはそれを聞かされたのだが、ネイレスとクロはけろっとした顔で、
「あれ、知らなかったっけ?」
などと、逆に聞き返された。
「ごめん、ごめん。僕たちはとっくに知っていたことだから、ついね……」
ネイレスが笑って言い訳した。
精霊ウルマフはオルムの街に本拠地を構え、精霊王の御所にはめったに顔を出さない。今回のフェーブルの問題を話し合う際も、忙しいから、と言って欠席し、その代わり現地で合流して協力するという話だったそうだ。
魔法に長けた彼なら脱出しようと思えばいつでもできる、それをしないでおとなしく捕まっているのは何か考えがあってのことだろう、とも、ネイレスは言った。
地下牢に続く階段の入り口の前に二名の衛兵が立っていた。
そこをすり抜けて階段を降りればいい。
姿が視えないようにしているので楽勝モードで彼らの間をすり抜けようとしたロゼだったが、角に隠れて様子をうかがっているある人物が、自分と同じく地下牢に行きたがっていることに気づいた。
ユーベル・ノルドベルクであった。
そういえば、ウルマノフたちに何やら協力をしてくれたという報告は聞いた。
う~ん、と、ロゼは少し考えた。
ユーベルを無視して一人でさっさと衛兵の間を抜けていくことはできる。
しかし、放置した後、彼が何をしでかすかについては予測ができないし、場合によってはこちらの目的の障害になる可能性もある。
しかたがない、と、ロゼは彼に声をかけることにした。
「この姿じゃいろいろ警戒されるかもしれないわね」
ロゼは侍女ゾフィアの変装から元の姿に戻り彼の後ろに回った。
さっきまで周囲には誰もいなかったはずなのに、いきなり後ろから背中を叩かれユーベルは驚いた。
「こんなところで何をしているの?」
ロゼはユーベルに聞いた。
「あなたは一体?」
ユーベルの髪と瞳の色はノルドベルクの家門独特のもので、それを持っている者は分家を含めてもそう多くない。いきなり現れた自分と同じ白銀色の髪に空色の瞳を持った妙齢の女性にユーベルは目を見張った。
「あの階段の下に収容されているのはこの国の国王への殺害容疑をかけられている者です。あなたの立場でそのような者に会いに行ったら、下手をすれば国際問題になりますよ」
ユーベルの驚きにはお構いなしにロゼは言った。
「わかっております、だから正体がばれないように外套を着て……」
確かにユーベルは地味な色合いの外套を着てフードを深くかぶっていた。
「甘い……、餡子に蜂蜜をかけるよりも甘い、どんだけボンボンよ」
いくら正体を隠しているとはいえ、あの場所を通り抜けるには彼が衛兵を倒さねばならず、うまくウルマノフに会い目的を果たしてもその後どうなるのだ。
衛兵が気づいて応援を呼べば、出口がこの道しかない地下牢に続く階段では袋のネズミになる。
ロゼはユーベルの、とりあえず行っとけ、みたいな発想に呆れ頭を押さえた。
「まあ、いいわ。それなら私の後ろをついてきて。騒動が起こらない形で通れるようにしてあげるから」
結局、ロゼはユーベルもつれて衛兵たちの間を抜けることにした。
二人は地下牢に続く長い階段を降りていった。
「あなたも魔導士なんですか?」
さきほどの姿が視えなくなる術に助けられたユーベルは、彼女を魔導士仲間と推測し聞いた。
「正確には違うわね」
ロゼは手短に回答した。
「それから、あなたの髪色、ノルドベルク独特の……、でも一族の集まりでもお見かけしたことは……」
「それって今重要なこと?」
「いえ……」
自分のことを話したがらないロゼにユーベルは続く言葉を失い、その後二人は沈黙したまま、階段を降りて行った。そしてしばらく降りて行った後、
「ロゼ、大変なの! ヴィオレッタ嬢が殺されるかもしれないのよ!」
そう叫ぶ声が聞こえた後、何もない中空に黒猫が現れた。




