侍女ゾフィ・エルダー
気晴らしの遠出という名目で郊外までやってきたのはゼフィーロとアイリス二名だけではなく、後ろの馬車数台に侍女やら護衛やらもぞろぞろついてきていた。野遊びのできそうな場所で軽食の準備をして待つよう彼らに命じ、二人はすぐ近くのゾフィの実家に向かった。
ロゼラインの侍女であったゾフィ・エルダー。
彼女より二つ年上の現在二十歳。
ロゼラインが十三歳の時から未来の王妃に仕えるべく訓練された侍女であった。
未来の王妃に必要な地理や歴史・外交などもろもろの教育をロゼラインと一緒に受け、相談相手としての役も期待されていた。
またいざという時には妃を守る最後の砦、体術の達人でもある。
王太子の婚約者の家族として美味しいところだけ頂きたいのに『上手く』やってくれないロゼラインのことを、不出来で期待外れな娘、と、罵るだけの家族より、ロゼラインにとっては真に同志であり相棒ともいえる存在であった。
ついてきていた二名の護衛を玄関前に待機させ、ゼフィーロとアイリスはエルダー家の屋敷に入っていった。
「このようなところまでおいでいただき恐悦至極に存じます」
こじんまりした邸宅の応接室でゾフィはゼフィーロとアイリスにあいさつした。
「近くまで来たからどうしているかと思ってね」
ゼフィーロが言った。
「わたくしのようなものを気にかけていただけるなんて……」
ゾフィが恭しく礼を言う。
「ロゼライン様存命中にはあなたにもいろいろお世話になりましたからね」
アイリスも言葉をかける。
世間話をするために訪ねたのではないが、本題への口火をどうやって切ればいいのか、二人は考えあぐねていた。
二人の訪問でゾフィはいやがうえにも亡き主人ロゼラインのことを思い出した。
ロゼラインは、本来なら物心ともに彼女の支えになるはずの家族にも、ともに心を通わせ歩んでいくはずの婚約者にも、恵まれない状況の中王妃教育に苦闘していた痛ましい令嬢であった。
だからこそ自分がしっかり支えていこうと思っていたのだが、やはりあの王太子の「婚約破棄宣言」が彼女の心を折ってしまったのだろう。そして悲劇が起きてしまったのだがみすみす死なせてしまったことが悔やまれる。
自分の力不足への怒りと後悔にゾフィの心は再び染まった。
そして訪ねてきた二人を見るとその後ろに……。
ゾフィは自分の目がおかしくなったのかと思った。
いや、かつてロゼラインの執務室をよく訪ね談笑していた二人をみて、在りし日の幻を見ているような気持になった。
「ゾフィ」
幻聴が聞こえる、と、ゾフィは感じた。
「ねっ、ゾフィ聞こえる?」
まぎれもなくあのロゼライン様の声だ!
ゾフィは両手で顔を覆い彼らに告げた。
「申し訳ございません、お二人にお会いしたせいか、ロゼライン様の幻が! お声まで鮮明に響いてくるのです」
「見えるのですか、ロゼライン様が?」
「なんだって、それなら話が早い!」
ゼフィーロとアイリスが口々に言った。
「えっと、あの……、皆様方にもロゼライン様が……?」
ゾフィは困惑した。
「ああ、しっかり見えているよ、今日訪ねてきたのはそのことについてなんだよ」
これで本題に入れる、ゼフィーロは事件のあらましをゾフィに説明した。
「そんな! ご自害あそばされたのではなかったなんて! ああ、でも、だったら私は毒の入ったお茶とも知らずにそれをロゼライン様のもとへ運んで……」
「あなたのせいじゃないわ! 今日ここに来たのはお茶を母が入れたことの証言をお願いしたかったからなの」
ロゼラインは言った。
「はい、あの例の『宣言』があってロゼライン様が会場を下がられまっすぐ控室に向かわれました。わたくしはロゼライン様のお茶を用意すべく厨房へ向かいました。用意している途中でお母上様が入ってこられ、ポットからティーカップにお茶を注がれました。手元は良く見えませんでした。ふつうお茶を注ぐのは部屋に入ってからなので、先にティーカップに注がれては持っていきにくいと思ったのですが、お母上様がお入れしたものですから仕方なくそれを運んだのです」
ゾフィが当時の状況を説明した。
「道理でお茶が少し冷めていたわけね」
ロゼラインが嘆息する。
「ゾフィ、今の私はね、私の死を心から惜しんでくれる人にだけ見えるらしいの。あなたが私に気づいてくれて本当にうれしい! さらに私の死の真相を明らかにして無念を晴らす協力をしてくれたらこれ以上の喜びはないわ」
「ロゼライン様、私の証言がお役に立つならどこででもそれをいたします!」
ゼフィーロたちは来たかいがあったと胸をなでおろした。




