ゲオルグ・シュドリッヒの感涙
「ふむ、心神耗弱状態ゆえ領地にて静養、妥当な解決策ですな」
ゼクト侯爵が言葉を付け加えた。
調停裁判は、アイリス嬢に狼藉を働いたヨハネス・クライレーベンを心神耗弱状態と判断し、同家の領地にて静養させることで決着。
もし王都に戻る場合は、ヨハネスが心身ともに完全に回復し『正しい判断力』を取り戻した、と、ウスタライフェン公爵とゼフィーロ王子が納得するような証拠を添えて許可を得ること。これは二人が納得しない限り、ヨハネスが王都に戻ることができないことを意味する。
調停が終了し、ゼフィーロたちは会議室を出た。
「へへっん、大勝利! 言葉通り引導渡してやったでしょう」
王宮内の廊下を歩くゼフィーロの後ろをついていきながらクロが言った。
「アイリスも安心して王宮を歩けるわね」
ロゼラインもほっとしたように言った。
「これで兄上が僕らの縁談に手出しするのをあきらめてくれるといいのですが。それに義姉上が毒を盛られた件の解決策はまだ……」
「確かにね……」
「王宮に毒を持ち込むような恐ろしい女を王妃の座に据えていいのか? しかも彼女は人格教養の面から見ても王妃の器とは思えない、本来なら兄上がそれを気づくべきだったのに……」
ゼフィーロ王子はこれからロゼライン毒殺事件の真相を明らかにすることが招く結果を思案していた。考えながら歩いていると、後ろから先ほど裁判で一緒だったゲオルグ・シュドリッヒが追いかけてきた。
「お待ちください、ゼフィーロ殿下。あの、失礼ですが、どなたとお話になっているのですか?」
ゲオルグは尋ねた。
これにはゼフィーロ自身、しまった、と、思った。
誰にでも見えるわけではないロゼラインたちの霊体に話しかける様子ははた目には奇異に映ったことだろう。
「あ、あの……、私の目がおかしいのでなければ、後ろに浮かんでいる女人と黒い小動物……」
「君は、見えるのか? 義姉上たちが!」
「義姉上? あの……、私の記憶が正しければ、その……、遠目からしか拝見したことがないのですが、もしやこの方は、先日お亡くなりになった王太子殿下の婚約者であったノルドベルク公爵令嬢ではありませんか?」
見えていたの、この人?
私たちが!
ロゼラインは驚愕した。
「へえ、会議中いかつい顔のお兄さんがずっとこっちをにらんでいると思っていたら、私たちのことが見えていたんだ」
クロが言った。
「この小動物、しゃべるのか!」
ゲオルグが驚きの声を上げる。
「猫の姿をしているが神の御使いだ」
ゼフィーロが説明する。
「神の……、では女の方はやはり……」
「君が言う通り、ロゼライン・ノルドベルク嬢だよ」
「おお、ロゼライン様が神とともに、やはり私たちの見立ては間違っていなかった。わたくしたち警務省の者は、未来の王妃ロゼライン様に期待をかけていたのです。それがあのような不幸に見舞われ、この国にもう神も正義も存在しないと思っていたのですが、そのお姿を拝見して希望の光が見えた気がします」
感極まってゲオルグは落涙した。
ちょっと、待って!
なぜそこまで期待されていたのか、ロゼラインにはさっぱりわからない。
調停裁判では、饒舌だったゼクト侯爵とは対照的に無言のままずっとこっちをにらみつけていた。
それはてっきり、警務省と同じく武力で王都の治安を守る近衛隊に仲間意識を持っており、その一員である彼が責められているのを不愉快に感じているからだと思っていたのだが。
「とりあえず、ここで立ち話もなんなので、僕の部屋に行って話しましょう」
ゼフィーロが提案し、二人の生者、および、一人と一匹の霊体が彼の私室に向かった。




