白騎士の挑戦
不思議な二人組の登場に、マリーが驚いていると、レイヴンは「ペイル伯爵」と言って、礼儀正しくお辞儀をした。
「レイヴン男爵」
白のナイトも丁寧にお辞儀を返すが、彼は挨拶が終わるなり息巻いて言った。
「さあ試合を始めよう、男爵。今日こそ君に勝って、ドロシーさんを連れて帰るからな!」
「何度も言うが、伯爵」レイヴンはため息をついた。「君について行くかどうかは、ドロシーが決めることだ。我々の勝敗などではない」
「何度も言うが、男爵。そんなことはわかっている。ただ私は、尊敬すべき女性に偉大な勝利を捧げたいだけなのだ。四の五の言わず、私の挑戦を受けたまえ!」
ペイルは言うと、芝居がかった仕草でを高く盾を掲げて見せた。レイヴンは何も答えなかった。長い沈黙が続き、ペイルが不安そうに口を開いた。
「騎士の名誉が懸かってるのだぞ?」
しかし、レイヴンは首を振った。
「ならば」
ペイルは従者に目配せした。従者は背負っていた本棚を、地面にドスンと置いた。
「絵本や童話や教科書でいっぱいの本棚だ。君が勝てば進呈しよう」
「試合場へ行こう、伯爵。今日の私は、誰にも負ける気がしないのだ」
レイヴンは伯爵に背を向け、屋敷の裏手の方へ歩き出した。
「そう来なくちゃ!」
ペイルは嬉しそうにレイヴンを追いかけると、彼と鼻先を並べて歩き出した。彼らの従者は顔を見合わせ、苦笑を交わしてから主の後を追った。マリーは従者たちに駆け寄って、たった今行われたやり取りの説明を求めた。
「伯爵様は、ドロシーさんに求婚なさるおつもりなんですよ。お嬢さん」
ペイルの従者が答えた。驚いてドロシーを見れば、彼女は頬を染め、嬉しいのか迷惑なのかわからない表情を浮かべていた。
「ただし、ライバルである黒騎士様に勝ってからだと言い張って聞かないんです」
「ライバル?」
「ええ、そうですとも。伯爵様は白騎士、男爵様は黒騎士と対の異名をお持ちで、お二人とも武勲の数なら五分と五分。ところが伯爵様は、なぜか試合で黒騎士様に勝てたためしがありません。そりゃあ、黒騎士様の方がずっと年かさですからね。伯爵様より試合の機微に通じていらっしゃるんでしょうけど、それにしたって負けっぱなしと言うのも不憫な話です」
マリーは本棚についても聞いてみた。
「ああ、あれですか」ペイルの従者はニヤリと笑った。「黒騎士様は、しばしば他の騎士からの挑戦を断ってしまわれるんです。挑戦を断るのは本来、ひどく不名誉なことで臆病者のそしりを受けても仕方のないことなんですが、この国に黒騎士さまを臆病者呼ばわりできる人間なんていやしませんから、彼に挑戦を受けてもらうには一筋縄じゃ行かないんです。伯爵様も、これまで一〇〇回以上挑戦して、どうにか試合を受けてもらえたのは一二回。これじゃあ埒が明かないってことで私が一つ、伯爵様にアドバイスを差し上げました。黒騎士さまは養い子たちに、たいそうお優しい方ですから、子供たちが喜ぶような何かを持参して、それを試合に賭けてはどうかと。それを聞いて伯爵様は、ご自分の書斎から本棚を引っ張りだし、領内のあちこちから集めた子供向けの本を詰め込んで持参したってわけです。その効果たるや、てき面でしたね」
それでマリーも、ようやく顛末を飲み込めた。
「次は玩具を持って行くように進言してみましょう」
「それじゃあ、今からの試合は伯爵様が負けるって意味にならない?」
マリーが指摘すると、従者は笑って頭を掻いた。
「こいつはしまった。お嬢さん、伯爵様には内緒にしてくださいよ?」
マリーは頷き、太っ腹なところを見せた。
試合場は、真ん中に長い柵を設えた、細長い通路のような場所だった。盾と槍を構えた二人の騎士は、柵を挟んでその両端に立ち対峙している。
「白騎士さま、がんばってー!」
マリーに天使の事を聞いてきた少女が、熱心に声援を送った。マリーが、なぜ養父を応援しないのかと問えば、彼女は目を輝かせてこう答えた。
「だって、白騎士さまってハンサムだもの」
よくよく見てみると、年かさの女の子の多くがペイルの応援をしていた。ペイルは彼女たちの声援に、いちいち盾を振って応え、その度に女の子たちはきゃあきゃあと声を上げた。一方、レイヴンの味方は男の子や幼い女の子が主だった。
不意に、子供たちの声援がぴたりと止んだ。二人の騎士から熱気とも冷気ともとれぬ圧力が、観客たちの元へ風のように押し寄せてきたからだ。何の合図もなく二人の騎士は柵に沿って同時に走り出した。その速度は見る間に増し、とうとう疾走と呼ぶほどになった。騎士たちは槍を水平に構え、ぐいと身体を前傾する。そして彼らが丁度、柵の真ん中に到達すると、雷鳴のような音が響き、二本の槍は粉々に砕け、空中に木片をまき散らした。騎士たちは次第に歩を緩め、柵の端でピタリと止まり、ペイルはその場にどうと倒れ込んだ。年かさの少女たちが「ああっ」と嘆息し、養父を応援していた子供たちは歓声を上げた。すぐにペイルの従者が主に駆け寄り、彼が起き上がるのに手を貸した。
「伯爵。なんだって君は私の全力の槍を受けて、平気で起き上がってくるんだ。私のささやかな自尊心が、それで傷付けられていることに、そろそろ気付いてほしいものだな」
レイヴンは敗者に歩み寄って言った。
「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。そして、本と本棚は君のものだ」
「ありがたく頂戴しよう。ところで、うちの食糧庫に長らく置きっぱなしになっていたワインが一本あるのだが、飲めるかどうか試す勇気は残っているかね?」
「受けて立とうじゃないか。たとえ酢になっていたとしても、私は立派に酔っ払って見せるぞ」
「頼もしいな。ぜひ食堂に来てくれ、伯爵」
レイヴンがペイルに肩を貸し、二人は笑いながら歩き出した。それを取り囲むように子供たちがついて行き、口々に騎士たちの戦いぶりをほめそやす。
「困った人」主の背中を見つめながら、ドロシーがため息を漏らした。「伯爵様を、おもてなしできるようなものなんて、うちにはないのに」
「心配いりませんよ、ドロシーさん」ペイルの従者が言った。「実は表に荷馬車が停めてあって、中にはたくさんの料理や飲み物が積んであるんです。前に試合の後でやっぱり宴会になって、みなさんの一週間ぶんの食料を食べつくしてしまったことがあったでしょう? 伯爵様は、その事をずっと気に病んでいて、今日は自分で用意してきたってわけです」
「ありがとう、エドさん。本当に助かります」
ドロシーはペイルの背中に視線を向けた。
「伯爵様に、私が喜んでいたと伝えてくれますか?」
「もちろんです。ちょっとばかり大げさに言うつもりですけど、構いませんよね?」
エドは片目を閉じて言った。ドロシーは笑いながら、お願いしますと答えた。
「私は本棚を子供部屋に運び込んでおきますんで、積み荷の方を頼みます」
エドも去り、ドロシーとマリーが試合場に取り残された。少しの沈黙を置いてから、ドロシーが口を開いた。
「村の人たちが見た女の子は、ウサギなんて連れていなかったそうよ。それに女の子が、ぴかぴかに磨いた鍋に映っているのを見た人がいるの。あなたが鏡に映らないのなら、その子があなたであるはずがないわ」
そして彼女はマリーに頭を下げた。
「マリーちゃん、疑ってごめんなさい」
マリーは戸惑った。大人から、あらぬ疑いを掛けられるのはよくあることだが、濡れ衣だと判明しても、こんな風に真剣に謝罪されたことなど、今まで無かったからだ。
「お前、天秤みたいなやつだな」
不意にジローが言った。ドロシーは驚いたように彼を見た。ウサギが口を利いたのだから当然だった。
「公平なのは感心するけど、秤の目盛ばっかり気にしてると疲れるぞ。他人のはともかく、自分のヘマは大目に見ろよ。俺はそうしてる」
「覚えておくわ」
子兎の助言に、ドロシーは神妙に頷いた。