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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと二人の騎士
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黒騎士の裁き

 マリーたちが連れてこられたのは、教会からやや離れた場所に建つ古ぼけた屋敷だった。玄関ホールはラビーノ伯爵の舘の半分ほどの広さもなく、調度品はおろか絨毯すら無い。

「ドロシーお姉ちゃんだ!」

 二階から声が聞こえるので見上げれば、年齢も性別もばらばらな子供たちが数人、欄干の隙間からこちらを覗いていた。兄弟姉妹と言うわけではなさそうだし、領主の子供と言うには身なりもみすぼらしい。

「その子は誰?」

「ばーか、新しい兄弟に決まってるだろ」

「お名前は?」

 聞かれたので「マリーよ」と答えた。

「あなたたち、勉強はどうしたの?」

 ドロシーが眉を吊り上げて言うと、子供たちはわっと叫んで逃げ出した。マリーがもの問いたげにドロシーを見上げると、彼女は苦笑を返して言った。

「みんな孤児(みなしご)なの。私も含めてね。領主様が引き取って育ててくれてる」

「優しい領主様なのね」

 子供たちは身なりこそみすぼらしいが、誰ひとり不潔ではなかった。裕福に見えても、ラビーノ伯爵の子供たちがゴミ溜めのような部屋に押し込められていたことを思えば、彼らがたっぷりの愛情を受けて育てられていることは、マリーにもわかった。

「優しくても厳しい方よ。子供だからって、大目に見て貰えるとは思わないで」

 ドロシーは釘を刺した。


 マリーは応接間の硬いソファーの上に座って、裁きの時を待っていた。腕の中のジローを除けば、部屋には他に誰もいない。応接間の扉が開いた。現れたのは人の背丈ほどもある黒いナイトのチェスの駒だった。その後にドロシーが続き、扉をバタンと閉めた。マリーはソファーから立ち上がって、彼らを迎えた。

「この子か、ドロシー?」

 ナイトが言った。

「はい、領主様」

 ドロシーが答えると、ナイトはマリーの真正面に立って言った。

「私はレイヴン、この地方を預かる男爵だ。そこに控えている娘はドロシー。私の娘で従者(スクワイヤ)を務めてくれている」

 マリーはスカートをつまんでお辞儀した。

「お目にかかれて光栄です、領主様。私、マリーです」

 レイヴンはマリーを見て、「ふむ」と呟いた。

「ドロシーから、君がひどいイタズラをしたと聞いた。何か弁解はあるかね?」

 マリーは素直に影のことを話した。

「鏡から逃げ出した、君の影の仕業だと言うのか」

「そんな馬鹿な言い訳が通用すると思ってるの?」

 ドロシーが厳しい声で言うと、レイヴンは無言で彼女を制した。ドロシーは恐縮し、頭を下げ控えた。

「もちろん、私を納得させられる証拠があるんだろうね?」

 マリーは陽光の差し込む窓の前に移動した。

「私の影が見えますか?」

 ドロシーがはっと息を飲んだ。レイヴンは「なるほど」と短く呟いた。

「鏡を貸していただければ、私がそこに映らないことも、お見せできます」

「いや、それには及ばないよ。私も鏡の像と足下の影が、同じものだと言うことくらい知っているからね。しかし、抜け殻の君はなぜ動き回れる?」

 マリーは影の代わりに大人の自分が入っていることと、不思議な懐中時計で、その姿に変身できることも話した。

「変身して見せますか?」

 マリーが言うと、レイヴンは首を振った。

「今は結構だ。他に、申し開きはあるかね?」

「私はずっとジロー坊ちゃまと一緒にいました。イタズラをした私が、包帯だらけの子兎を連れていたかどうか、村のみんなに聞いてみてください」

 レイヴンはドロシーに目を向けた。ドロシーは頷き、応接間を出て行った。彼女の足音が遠のいてから、レイヴンは口を開いた。

「もちろん、君がイタズラを働いている間、そのウサギを隠していた可能性もあるわけだが、私はそこまで疑う必要は無いと考えている。しかし、ドロシーが裏付けを取ってくるまでは、この屋敷で大人しくしている方がいいだろう。そうすれば君の分身がもっとイタズラを働いて、君に濡れ衣を着せようとしても、君が無実であることを私が証明できる」

「ありがとうございます、領主様」

「私は隣の書斎にいる。君は――そうだな、二階にいる子供たちと遊んでくるといい。少ないが、玩具(おもちゃ)や本もあるから、退屈はしないだろう」


 子供部屋にやって来たマリーとジローは、たちまち年少の子供たちに囲まれ、彼らの遊び相手を担うことになった。年長の子供たちはドロシーの言い付けを守って机に向かっているが、やはり新入りが気になるらしく、時折振り向いてはちらちらと床に座り込んで遊ぶマリーたちを見てくる。

「ねえ、マリーお姉ちゃん。ウサギさん、どうして怪我してるの?」

「私を守ってドラゴンと戦ったからよ」

「勝ったの?」

「そうじゃなきゃ、私たちはここにいないでしょ?」

「え-。ウサギがドラゴンに勝てるワケないだろ?」

 同じ年頃の男の子に笑われたので、マリーは自分の冒険を話すことにした。大抵の子供がそうであるように、彼らもお話が大好きで、気が付けば年長の子供たちも、勉強を放り出して彼女の冒険譚に聞き入っていた。そしてマリーが全てを話し終わると、子供たちはわっと歓声を上げ、盛大な拍手を彼女に送った。

「ジロー坊ちゃま、すげぇ!」

 ドラゴンに勝てるわけないと言った少年が、ジローに賞賛の眼差しを注いで言った。ジローは鼻をひくつかせたが、何も言わなかった。

「天使はどこへ行ったの?」

 マリーより年かさの少女が聞いた。ハリーが教会から逃げ出した事を話すと、彼女はあからさまにがっかりした。

「会いたかったなあ」

「でも彼はエッチな事しか考えてないのよ?」

「ハンサムなら、そんなの欠点にもならないわ」

 マリーには、よくわからない理屈だった。

 その時、外から角笛の音が響いてきた。物々しい音にマリーは思わずぎょっとして身をすくめるが、他の子供たちは笑顔をひらめかせた。

「白騎士様だ!」

 誰かが叫んだ。それを合図に、子供たちは一斉に部屋を飛び出した。マリーとジローは顔を見合わせ、彼らの後を追いかけた。階段の上に立つと、玄関を出て行くレイヴンとドロシーの後姿が目に入った。その後を笑顔の子供たちが続く。

 屋敷を出ると、そこには盾と槍を構えた、人の背丈ほどもある白いナイトのチェスの駒が、角笛を口に当てる白髪交じりの従者をともなって立っていた。そして、どう言うわけか、従者は本がびっしり詰まった本棚を背負っていた。

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