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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと魔界の王
40/40

冒険の始まり

「待ちくたびれたぞ」

 老人は言った。

「ごめんなさい」

 マリーは謝ってから魔法の懐中時計をポケットから取りだし、それを老人に差し出した。老人は受け取った時計を、机の抽斗の中へしまい込んだ。そうして椅子から立ち上がり、マリーと一緒に部屋へ入ってきたルクスに目配せしてから、赤い扉に歩み寄った。ルクスが赤い扉を開き、老人がそれをくぐり抜けようとしたところで、マリーはたずねた。

「どこへ行くの?」

「後始末だ」

 老人は短く答えた。

「結構、激しいゲームだったから試合場が荒れてしまってね。ちゃんと整備しておかないと、次のゲームに使えないんだ」

 と、ルクス。

「次?」

 マリーは目をぱちくりさせた。

「こいつは勝つまで続けるつもりなんだ。まったく、付き合わされる方はたまったものじゃない」

 老人はため息を落としてから、首を振り振り扉の向こうへ姿を消した。ルクスもあとを追おうとして、ふと思い出したように振り返り、言った。

「君は青い扉を使ってね」

 マリーはうなずいた。ルクスは手を振って赤い扉を抜け、それをばたんと閉じた。部屋の中は静まり返り、ランプの芯が燃える音だけが残った。

 マリーは机の前の椅子に座り、何も書かれていない紙の束を見付けると、インク壺にペンを突っ込んでから手紙を書き始めた。そうして、最後にラビーノ伯爵夫妻に宛てた手紙を書き終えてから、彼女はくるりと振り返る。

「ずいぶん遅かったのね?」

 こっそりと忍び足で近付いてきた女の子は、少し口惜しそうな顔をして足を止めた。

「ちょっと邪魔が入ったの」

 女の子は言って、きょろきょろと辺りを見回し、旅の仲間を捜した。

「二人なら、外で待ってるわ。ジロー坊ちゃまが天界へ入れなかったみたいに、二人もここへは入れないの。あと、おじいさんは、私たちの対決の後始末で、どこかへ出かけてる」

「あなたは、ここで何をしてたの?」

 女の子がたずねるので、マリーは書き上げたばかりの手紙を、顔の前で振って見せた。

「手紙を書いてたの」

「誰に?」

「この旅で、お世話になった人みんなによ。これは、ラビーノ伯爵のお屋敷の人たち宛で、こっちは居酒屋のみんな。それと、こっちは領主様と伯爵様と……」

 ビル宛の手紙がなくなっていた。

「どうしたの?」

 女の子が歩み寄ってきて、怪訝そうに机の上をのぞき込んだ。

「ビルに宛てた手紙がなくなっちゃったの。たぶん、どこかに埋もれてるんだわ」

 マリーは小さく首を振った。

「一緒に探す?」

「ありがとう。でも、大丈夫」マリーは言って、青い扉の方を指さした。「ねえ。あなたは、あの辺にいなきゃいけないことになってるんだけど?」

「そうなの?」

 女の子はきょとんとして言った。

「そう言う決まりよ」

 女の子が言われた場所まで引き下がってから、マリーは椅子を飛び降り、姿見の前を通り過ぎて彼女に歩み寄った。

「あなた、口紅を塗ってるの?」

 女の子は目を丸くして言った。

「そうよ。ママが見たら、怒るかしら?」

 マリーは女の子の手を取り、その手の平に口紅を押し込んでから拳に握らせた。

「それは間違いないわね」女の子は頷いた。「でも、すごくきれいよ」

「ありがとう」

 マリーはお礼を言ってから再び机に戻り、行方不明になったビル宛の手紙を探し始めた。紙の山を引っ掻き回しながら、マリーは少し上の空で言った。

「それ、後でちゃんと返してね」

 もちろん、マリーのポケットには、まだ鏡のマリーが盗んだ口紅が残っている。約束通り、これはちゃんとママに返さなければ。

 特に返事は無かったが、青い扉から来た女の子は、ちゃんと頷いたに違いない。間もなく扉を閉める音が聞こえ、その直後にマリーは、机の下の床にビル宛の手紙を発見した。

 全部の手紙を集めて机の真ん中に起き、一番上にルクス宛の手紙を乗せる。もちろん、彼がマリーに手を貸したのは、自分のゲームに勝利するためだ。それに対して「ありがとう」と言うのは、おかしいことかも知れない。だから、彼へのありがとうの手紙は、クッキー半個分の貸しで、これらの手紙を宛先まで届けてくれる苦労に対してのものだ。

 でも、待って。クッキーが半分なら、そのお礼も半分よね。それじゃあ、残りの半分は、やっぱり手助けをしてくれたことへの「ありがとう」にしなきゃね。

 やるべきことをすべてやり終えて、マリーは青い扉に向かって歩いた。しかし、三歩ほど足を進めたところで引き返し、白紙を引っ張り出して「ありがとう」と書いてから、抽斗を開けて時計の上に置く。これで本当に、この部屋でやるべきことを全てを片付けたマリーは、青い扉をくぐって家へと帰った。


 部屋に戻ってきたマリーは、ポケットから口紅を取り出して鏡台の上に戻した。それからきょろきょろと辺りを見回してハロルドの姿をさがす。しかし、どう言うわけか彼の姿は見当たらない。

 鏡台に映る自分を見ると、彼女は自分が抜けてきた背後の扉を指さした。扉へ引き返してそれを開けると、ハロルドが廊下にちょこんと座って彼女を待っていた。マリーは彼を抱き上げて部屋の隅へ戻り、床に座り込んでブラシを手にしてから、ふと首を傾げる。

 ハロルドの頭のてっぺんに、ピンク色の染みが付いていた。彼の脇に手を突っ込み、掲げて顔を見ると、左の頬にも同じようにピンクの染みがある。

「なんだか、すごい冒険だったわね?」

 ハロルドは鼻をひくひくさせただけで、何も言わなかった。しかし、じっと見つめていると、彼はぱちりと片目を閉じて見せた。マリーは子兎を抱きしめて、くすくす笑ってから、右の頬にもピンク色の染みをこさえてやった。

 玄関の扉ががちゃりと開いた。

「お帰りなさい、ママ」

 玄関に向かって、マリーは言った。

「ただいま、マリー。お昼はちゃんと食べた?」

「食べたわ」

 マリーは短く答えて、ハロルドを膝に置き、その背中にブラシを当てた。ハロルドは片目でちらりとマリーを見てから、鼻先で彼女の母親を指し示した。マリーは少しためらってから決心して頷き、ブラシを置いて立ち上がると、母親に駆け寄り彼女の腰にしがみついた。

「どうしたの?」

 戸惑うような声が聞こえた。マリーは顔を上げ、「ごめんなさい」と言った。母親は娘の顔を見て目を丸くし、屈み込んでから彼女の頬を両手で包んで、化粧の出来栄えをチェックした。

「お化粧をイタズラしたのは、これで何回目?」

 母親は苦笑を浮かべながら言った。

「もちろん、初めてよ」マリーは言って、急いで付け加えた。「ママがやってるのを見て勉強したの」

 本当は大人の自分や、ラビーノ伯爵夫人に手伝ってもらったのだが、とりあえずそれは内緒にした。

「だとしたら、あなたはお化粧の天才ね」

 マリーは目をぱちくりさせた。

「怒らないの?」

「まさか」母親は首を振った。「ママだって、子供の頃に同じことをしたんだもの。あなただけ怒られるのは不公平でしょ? それに、とてもきれいよ。上手に出来てるわ」

「ありがとう、ママ」

 マリーはにっこり笑って見せた。

「そうだわ」母親はイタズラを思い付いた顔で言った。「このまま、お食事にでかけましょう。折角お化粧をしたのに、どこにも出掛けないなんてもったいないわ。何が食べたい?」

「ママとお話しできるなら、何でもいいわ。聞いてもらいたいお話があるの。とっても長いお話よ?」

「だったら、ぴったりのレストランを知ってるから、そこへ行きましょう」

 すると、マリーの足首に白い毛玉が体当たりを仕掛けてきた。

「あなたはお留守番よ、ハリー」

 毛玉に向かって母親が言った。マリーは驚いて、どうしてそう呼んだのかとたずねた。

「ハロルドを短く呼ぶと、そうなるの。知らなかった?」

「ええ」マリーは頷き、くすりと笑ってから子兎を抱き上げた。「でも、それはこの子の半分の名前なの。だから、今度からはちゃんとハロルドって呼んであげてね?」

「わかったわ」母親は、いぶかしげに首を傾げながらも約束した。「それじゃあ、急いでお出掛けの準備をしてちょうだい」

 マリーは頷き、ハロルドを置いて自分の部屋へ足を向けた。それから思い直して、母親に抱きついてから言った。

「大好きよ、ママ」

「ええ、私もよ」

 母親は娘を抱きしめて言った。

 マリーは彼女から身を離すと、廊下へ出て自分の部屋に駆け込んだ。部屋はひどく散らかっていた。床の上にはチェス盤と、小さな兎の人形と、彼らのためのドールハウス、美しい天使や恐い悪魔を描いた絵本、そして玩具の懐中時計が転がっていた。マリーはお気に入りのポシェットを肩に掛け、お出かけ用の帽子を被り、ふと思い出してエプロンのポケットからハリーに貰った玩具の手鏡を取りだすと、懐中時計の隣りに置いた。これで、ポケットはすっかり空になり、マリーの冒険もすっかり終わりだった。しかし、いつだって、別の冒険が扉の向こうで待っていることを、彼女は知っていた。

 お化粧して外出するなんて、すごい冒険じゃない? マリーはわくわくしながら子供部屋の扉を開けた。新しい冒険の始まりだった。

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