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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと魔界の王
39/40

ノーサイド

 間もなく彼らは、もう一つの鉄扉にたどり着いた。それを抜けた先は、居酒屋の中だった。マリーはびっくりして、ルクスに目を向けた。金髪の青年は、ぱちりと片目を閉じて見せた。どうやら彼は、扉の魔法を駆使して時間を節約するつもりのようだ。

 カウンターの向こうにはゲンジロウがいた。百手巨人の大将は、小さなコンロで小さな串焼き肉を焼いている。彼の隣では、角が折れて青あざをあちこちにこさえたシェフが包丁をふるい、なにやらグロテスクな魚をさばいていた。六席あるカウンター席には、テツとミカエルと二人の騎士の姿があった。彼らは並んで座り、談笑しながら酒を酌み交わしている。そして、どこから運び込んだのか、真っ白い大理石のテーブルが店の片隅に置かれ、そこにはラビーノ伯爵夫妻が着き、傍らにはジェームズが控えていた。伯爵家の人たちは、そこかしこに包帯を巻き、なんとも痛々しい姿ではあったが、特に気にするでもなく、機嫌よく飲んで食べていた。

「いらっしゃい」

 ゲンジロウが言って、カウンターの上に四つの小鉢とコップを並べてから、ジェームズに目配せした。ジェームズは一つ頷いてから小走りで厨房へ向かい、椅子を二脚持って戻ってくる。先客の四人がそれぞれ席を詰め、カウンターにどうにかすき間を作ると、ジェームズはそこへ椅子を押し込んだ。

「使っちまって悪いな、ジェームズさん」

 ゲンジロウは串焼き肉を焼く手を休めず、ニヤリと笑っていった。

「いえ、お安いご用です。ところで旦那様のために、背肝を一皿お願いできますか?」

「あいよ。塩でよかったな?」

「はい、それで結構です」

 ジェームズはぺこりとお辞儀をして、ラビーノ夫妻のテーブルのそばに戻った。マリーたちがカウンター席に落ち着くと、ゲンジロウはオレンジ色の液体が入った小瓶を取り出し、マリーとハリーとジローのコップにそれを注いだ。

「こいつは酒じゃねえぜ?」

 ゲンジロウはニヤリと笑って言った。約束通り、子供が飲めるものを用意してくれていたようだ。

「ありがとう、大将さん」

 マリーは礼を言った。ゲンジロウは、ルクスに目を向けた。

「あんたはどうする?」

「そうだね。ビールをもらうよ」

 ゲンジロウはルクスのコップに泡立つ褐色の液体を注いだ。

「肴は、何か甘いものがいいな」

 ルクスは言った。

「生憎と、菓子は扱ってねえんだ。ちょいと屋台へ行って、何か買ってこようか?」

 と、ゲンジロウ。

「いや、さすがにそれは悪いよ。とりあえず、おまかせで何か焼いてくれるかい?」

「あいよ」

 ゲンジロウは快く応じた。マリーはふと思い出して、エプロンのポケットから半分だけのクッキーを取り出し、ルクスの前に置いた。

「気をつけろ、ルキフェル。マリーが差し出したクッキーのせいで、私は地獄でドラゴンと戦う羽目に遭ったのだ。それを口にしたら、君も彼女の虜になってしまうぞ」

 ミカエルがニヤリと笑って警告した。

「ミカエル、それは君がいじきたなく、何個も食べたからだ」

 ルクスは言って、果敢にも半分だけのクッキーを頬張った。

「考えてみれば我々も、彼女のせいで地獄まで足を延ばすことになったんだったな」

 ペイル伯爵が言った。

「しかし、酒も肴も絶品で、多くの友人が出来た。こんなに素晴らしい報酬をくれた彼女に、我々は感謝しなければ」

 レイブン男爵は言って、マリーに微笑みかけた。

「そうだな。しかし、酔っぱらって帰ったら、ドロシーがへそを曲げるだろう」

「ラビーノ伯爵たちよりも、奥さんの方が怖いってわけ?」

 ハリーがたずねた。

「当然だ」白騎士は断言した。「しかし、妻の怒りにも、果敢に立ち向かってこその騎士か」

「健闘を祈る」

 黒騎士はコップを掲げ、白騎士はそれに自分のコップを合わせた。

「愉快な知り合いが多いんだな、マリーちゃんは?」

 蜥蜴男のテツが、わざわざ席を立ち、マリーのところへやって来て言った。

「おかげで今日は、とびきり酒がうまい。みんなを連れてきてくれて、ありがとうよ」

「半分はルクスさんが連れて来た人たちよ」マリーは指摘し、シェフをちらりと見てから続けた。「でも、どうしてみんな、仲良くなってるの?」

「タイマンはったらマブダチなんだよ」

 ハリーが言った。

「俺たちはタイマンじゃなくて、二対一だったけどな」

 テツは訂正した。

「ノーサイドって言葉がある」と、ルクス「試合中は敵同士でも、終われば敵も味方もないって意味さ」

「領主様と伯爵様の馬上試合も同じだったわ」

 マリーは二人の騎士をちらりと見てから、ハリーに目を向けた。

「あなたの言うことが、はじめて理解できたみたい」

 ハリーはニヤリと笑い返した。

「さて、そろそろ行かないと」

 ルクスはコップを空にして席を立った。

「来たばっかりじゃねえか。もうちょっと、ゆっくりしていけよ?」

 ゲンジロウが言った。

「王様は忙しいんだ」ルクスは肩をすくめた。「そうだ、大将。みんなのお勘定は、僕につけておいて構わないからね」

「さすが王様、太っ腹だ」

 テツが言って、グラスを掲げた。ルクスはにこりと笑って見せてから、マリーに目を向けた。

「ちょっと待って。私、まだ何にも食べてないわ」

 マリーは焦って言った。

「じゃあ、急いでやっつけて。あまり彼を待たせると、機嫌を損ねるよ」

 マリーは小鉢をかき込み、急いでコップの中の甘い液体を飲み干して、椅子から飛び降りた。

「ちょっと、お嬢さん」

 ラビーノ伯爵夫人が手招きした。マリーが歩み寄ると、彼女はナプキンで彼女の口元を拭い、手を差し出した。

「口紅を貸しなさい」

 マリーはポケットから口紅を取りだし、夫人に渡した。夫人はマリーの崩れた口紅を直してから言った。

「お化粧をして飲んだり食べたりする時は、もうちょっと気を配った方がよろしくてよ」

「ありがとうございます、奥様。今度から気を付けます」

 マリーがお辞儀をすると、夫人は彼女をじろじろ見て言った。

「それにしてもあなた、本当にうまそうなお嬢さんね。ちょっとお尻のあたりを、かじらせてくれないかしら?」

「それなら私は、おなかにかぶりつきたいぞ」

 ラビーノ伯爵が言った。マリーは急いで逃げ、ルクスの後ろに隠れた。夫妻は顔を見合わせ、くすりと笑ってから食事を再開した。

「帰るのか?」

 ハリーがたずねた。

「いいえ」マリーは首を振った。「まだ、ハロルドを見付けてないの」

「彼なら大丈夫。君が家へ帰れば必ず戻ってくるよ」

 ルクスが請け合った。

「どういうこと?」

 マリーはきょとんとしてたずねた。

「実を言えば、彼はずっと君と一緒にいたんだ。ただ、君の目には映らなかっただけでね」

「影みたいに?」

「ちょっと違うかな」

 ルクスは苦笑を浮かべてから、マリーの耳元に口を寄せて囁いた。

「ハロルドは君の助けになりたいと言って、あのおじいさんがその願いを聞き届けたんだ。もちろん、ただの子兎に出来ることなんて何もないから、君に懐中時計を与えたように、彼にも特別な力を貸し与えたうえでね。でも、僕たちのゲームには、使える駒は一つきりってルールがあったから、彼は君がハロルドと一緒にいることを、みんなの目から隠したってわけさ。みんなの中には、もちろん君とハロルドも含まれている」

 マリーはルクスの耳を引っ張って、そこに囁いた。

「ズルしたってこと?」

「そうだね」ルクスはうなずいた。彼はまた、マリーの耳元で囁いた。「僕がイカサマに気付いてたってことは、誰にも言ってはだめだよ。それを知ったら、彼はきっとがっかりするから」

 マリーは神妙にうなずいた。

「何をこそこそしてるんだ?」

 ハリーはいぶかしげにたずねた。

「すごく説明しにくいことなんだ」

 ルクスは言って肩をすくめた。

「なんだか、私の用事は全部終わったみたい。そろそろ帰らなきゃ」

 マリーは言った。

「そっか」

 ハリーは、ひどくがっかりした様子で、ため息を落とした。

「もっと冒険を続けられたらなって思ってたけど、お前がいないんじゃつまらないよな」

「そうだな」ジローは同意して、マリーに目を向けた。「楽しかったぞ、人間」

「私もよ、ジロー坊ちゃま」

 マリーは二人をいっぺんに抱きしめてから、ルクスと並んで玄関へ向かった。それから振り返り、みんなをぐるりと見渡して言った。

「私、帰るわ。みんな、さようなら」

 ゲンジロウは串焼き肉を焼く手を除いて、残った手を大きく振った。テツはコップを片手に、また飲もうぜと陽気に言った。ミカエルは優しく笑みを寄越し、二人の騎士は席を立って見事な敬礼をした。シェフは料理の手を止め、包丁の先っぽを小さく振って見せてから、また自分の仕事に戻った。ジェームズは完ぺきなお辞儀をし、ラビーノ夫妻はワイングラスを高く掲げた。

 ハリーとジローが、椅子を降りて歩み寄って来た。マリーはハリーを抱きしめ、彼の頬にキスをくれてから言った。

「大好きよ、ハリー」

「練習か?」

 ハリーは顔を真っ赤にしてたずねた。彼の頬には、少しだけ口紅がついた。

「そうね。でも、大好きなのは本当なんだから、忘れないでね?」

「忘れるもんか」

 ハリーはぐすっと鼻を鳴らし、目元を手首で拭った。マリーは鼻の奥がツンとなるのをこらえながら、ジローを抱き上げて頭のてっぺんにキスをした。白い毛にピンク色のあとがついた。

「やっぱりあなた、お風呂に入るべきよ」

「考えておく」

 ジローは鼻をひくひくさせて言った。

「大好きよ、ジロー坊ちゃま」

 マリーはジローを抱きしめて言ってから、彼をハリーの腕にあずけた。彼女は玄関の戸に向くと、ポケットから口紅を出して、磨りガラスに「ありがとう」と書いた。そして束の間考えてから、「またね」も付け加える。ルクスを見ると、彼はにっこり笑っただけで何も言わなかった。

「そいつは消さないでおくからな」

 ゲンジロウが言った。マリーは振り返って笑顔をくれてから戸を開け、その向こうに広がる闇の中に飛び込んだ。

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