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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと魔界の王
34/40

本当の地獄

 紛れもなくルクスの声だった。

 マリーが昇降口から顔を覗かせると、両開きの大きな大理石の扉の前に、ルクスと鏡のマリーがいた。しかめっ面のルクスは右手に懐中時計を持ち、マリーの影はしゅんとうなだれている。

 ルクスはマリーに気付いて目を丸くした。

「どうやったら、こんなに早く追ってこれるんだい。こっちはひどいズルをしたのに?」

「色んな人が助けてくれたからよ」

 マリーは昇降口から出て、二人の前に立って答えた。彼女は少し考えて付け加えた。

「人じゃないのもいたけど。タコさんとか」

「なるほど」

 ルクスはくすりと笑ってから、懐中時計を差し出した。マリーがそれを受け取ると、彼女は渦巻く光に包まれ、子供の姿に戻った。

「本当なら、ここはホイッスルを鳴らしてプレーを止めるところなんだけど、君はもうシュートを決めてしまったからね。その得点を帳消しにするのは、むしろ君の不利になる」

 鏡のマリーは、マリーを睨んでから、ぷいとそっぽを向いた。ルクスは何かを思い付いたように、指を一本立てて言った。

「代わりに、何か君のお願い事を一つ聞こう。何がいい?」

 マリーは唇に指を当てて考えた。しばらくそうしてから、彼女は言った。

「ここへは一人で来いって言われたんだけど、それを無しにして、仲間を連れて来てもいいことにして欲しいの」

「そんなことでいいのかい?」

 ルクスはたずねた。マリーは頷いた。ルクスは一つ肩をすくめてから、小さく手を振った。するとマリーのすぐ側に、ハリーとジローが姿を現す。

「マリー?」

 ハリーは目を丸くしてマリーを見つめた。

 ジローはマリーと鏡のマリーを交互に見て言った。

「うまくやったようだな?」

 マリーは頷いた。

「ここは、どこなんだ?」

 背後から声が聞こえた。マリーが振り向くと、目を丸くする蜥蜴男がいた。彼の横には、居酒屋の主人の百手巨人もいる。

「トカゲさんに、大将さん?」

 マリーが言うと、二人は彼女をしげしげと眺めた。

「こりゃあ、驚いた。あんた、本当に子供だったんだな?」

 居酒屋の主人が言った。

「すると、お嬢ちゃんが、あの姉さんか?」

 蜥蜴男は目をぱちくりさせた。マリーは蜥蜴男に三日月形の剣を差し出した。

「これ、すごく役に立ったわ」

「そりゃあ、よかった」

 蜥蜴男は笑顔で頷き、剣を受け取って、それを自分の腰にぶら下げた。

「さあ、これでこっちのルール違反は帳消しだね。ゲームの続きを始めようか?」

 ルクスは言って、大理石の扉を開けてから、マリーに目を向けた。

「今さらだけど、降参する気はないんだね?」

 マリーは頷いた。

「だってさ」

 ルクスは苦笑を浮かべて鏡のマリーに言った。鏡のマリーは小さく鼻を鳴らしてから、扉の中へ飛び込んだ。ルクスはため息を落とし、マリーに手を振ってから彼女を追った。そして、扉は閉ざされた。

「魔界の王が、一体どんな気紛れで、あんたの敵の手助けをしてるんだ?」

 大将がたずねた。

「知らないわ」

 マリーは肩をすくめた。

「俺たちが、ここへ呼ばれたのはどうしてだ?」

 と、蜥蜴男。マリーは、先ほどのルクスとのやりとりについて説明した。

「つまり王様は、俺たちを姉さんの仲間と見ているわけか」

「ねえ、トカゲさん。私はもう、どう見ても子供なんだから、姉さんはなんて呼び方はおかしいわ」

「だったら名前を教えてくれ。俺は、テツだ」

「そして俺はゲンジロウだ。しかし、名前も知らない間柄なのに、仲間扱いしてくれるなんざ、王様も面白いことをしてくれるじゃねえか」

 大将はニヤリと笑って言った。

「私はマリーよ。あのエッチな天使はハリーで、ジロー坊ちゃまは子兎のふりをしてるけど、本当は恐ろしい魔物で伯爵さまの息子なの」

「確かに、よくよく見ればいいところの坊ちゃんに見えるな。なんだって、こんな所にいるんだ?」

 ゲンジロウは百個の目をすがめてジローを眺めた。

「勘当されたんだ」と、ジロー。「いい機会だから、マリーと一緒に世間を見て回ってる」

「自己紹介が終わったんなら、さっさと行こうぜ。今までの経験から言えば、マリーの影に時間を与えると、ろくなことにならないんだ」

 ハリーは親指で肩越しに扉を指し示した。

「そうね」マリーは頷いた。「あの子が、こっちで変ないたずらをしなかったのは、私たちがほとんど遅れずに、天界を出られたからだわ。たぶん、逃げるのに精いっぱいで、悪さをしてる暇がなかったんじゃないかしら」

「懐中時計を盗まれたぞ?」

 ジローが指摘する。マリーは、いつもそうするように、彼を抱き上げた。

「あれは、私が酔っぱらったせいよ。あの子の悪だくみとは違うわ」

「とにかく、これでいよいよ決着ってなればいいけど」

 ハリーは小さくため息を落として言った。


 マリーたちが扉を抜けると、赤い絨毯が敷かれた玄関ホールに出た。そこはラビーノ伯爵のお屋敷とそっくり同じだったので、マリーは目をぱちくりさせた。今にもジェームズやラビーノ夫妻や、夫妻の息子たちが出てきそうだ。しかし、ハリーは目をすがめて言った。

「ここは見た通りの場所じゃないみたいだぞ」

 マリーが首を傾げて見ると、ハリーは真っ白な光を放ちながら宙に浮き、指先から雷を放った。雷はけたたましい音を立てて床を打ち、少しの間を置いてお屋敷の景色はひび割れ、ぱちんと弾けて消えた。

 まやかしの景色が失せると、たちまち辺りには熱気が満ち、硫黄の匂いが漂い始めた。周囲は流れる溶岩の海で、マリーたちはその中で島のように浮かぶ、差し渡し一〇メートルほどの岩の上にいた。傾斜や大きな凹凸はなく、の入った黒っぽいれきが転がっていることを除けば、テーブルのように平坦だった。溶岩の中には同じような島が点在していて、それぞれ細い岩の橋で繋がれ、なにやら複雑な迷路のようになっている。もちろん、マリーたちがいる島からも、一本の橋が伸びて別の島に繋がっていた。

「おい、へぼ天使」ジローが言った。「これが本当の地獄だ」

「あまり長居はしたくないところだなあ」

 ハリーは顔をしかめて言った。

「全くだ。こんな何もない、ど田舎にいたら、退屈で死んじまうぜ」

 テツは同意した。

「何もない?」

 ハリーはきょとんとして聞き返した。

「酒も音楽も無く、きれいな姉さんもいない。そんなの、何もないのと同じだろ?」

 テツは言ってから、きょろきょろ辺りを見回した。

「しかし、ここは地獄のどの辺だろうな」

「さあな。一丁目辺りじゃねえのか?」

 ゲンジロウは肩をすくめて言った。

 マリーは、はっと息を飲んだ。少し離れた別の島に、金髪をお下げにした女の子が、どこかを目指して懸命に走っているのを見つけたのだ。

「影だ。とっ捕まえてやる!」

 ハリーは背中の翼を羽ばたかせ、空中に舞い上がった。彼は飛んで真っ直ぐ鏡のマリーを目指すが、どう言うわけか溶岩の上に差し掛かったところで不意に揚力を失い、落下を始めた。頭から溶岩へ突っ込まずにすんだのは、ゲンジロウが素早く駆けより、腕を伸ばして彼の襟首を捕まえたおかげだった。

「ありがとう、おっさん」

 宙吊りになったハリーは礼を言ってから、大きな泡を弾けさせる溶岩を見て、一つ身震いした。

「いいってことよ」

 ゲンジロウは言って、天使の少年を安全ながら地面に降ろした。

「一体、どうしたの?」

 マリーが駆けよってたずねると、ハリーは苦々しい顔で答えた。

「この溶岩の上は、天使の力を使えないみたいだ。走って追い掛けるしかないや」

 全員が頷き、島から伸びる岩の橋を渡った。たどり着いた先の島からは、マリーたちが渡って来たものの他に二本の橋が伸びていて、どちらへゆけば鏡のマリーに追いつけるのか、まるで見当が付かなかった。

「ハリー、私を抱っこして飛んで」

 マリーが言うと、ハリーはぎょっとして首を振った。

「危ないぞ。うっかり島から外れたら、溶岩に真っ逆さまだ」

「この先の道が、どんな風に繋がってるか見るだけよ。島の真ん中で真っ直ぐ上に昇れば平気でしょ?」

「あ、そっか」

 ハリーは、マリーを後ろから抱えて宙に舞いあがった。迷路全体を見渡せる高さまで来て、マリーは溶岩の海が本物の海のように、果てしなくどこまでも続いていることに気付いた。岩の迷路は、一際大きな島を中心に、行きつ戻りつしながらも、ぐるぐる渦を巻くように作られているようで、それはさながら指紋のようだった。

「さすがに、全部を覚えるのは無理だな」

 マリーの腕に抱かれたジローが言った。

「そうね。でも、ゴールはわかったわ。あの、真ん中の島がそうよ」

「何で、そんなことがわかるんだ?」

 ジローは首を傾げた。

「あの島には水晶の大岩があるだろ。この迷宮の作り主は、あれが大好きなんだ。たぶん、大理石の扉があって、どこかに繋がってるはずさ」

 ハリーが答えた。

 三人は道順を暗記し、地面に戻った。しかし正しい橋を渡ると、島の真ん中にこつ然と人影が現れ、マリーたちの行く手に立ちはだかった。彼はニヤニヤ笑いを顔に張り付かせ、手に持った包丁の鋭さを指先で確かめながら言った。

「天使の男の子に、人間の女の子。前はまんまと逃げられたが、今度はちゃあんと料理してやるぞ」

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