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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと魔界の王
32/40

迷宮、ふたたび

 居酒屋の主人の案内で、彼らは町外れまでやって来た。そこには石くれだらけの荒野が広がっており、その中に二五メートルプールよりも大きな穴が、ぽかりと口を開けていた。穴の端から中央に掛けては、アーチの半分を切り落としたような岩が突き出し、岩の先端からぶら下がるように、石造りの細い塔が穴の底に向かって伸びている。塔のてっぺんは暗い穴の奥底に消えており、その「高さ」をうかがい知ることはできない。

 マリーはしばらく奇観に目を奪われるが、別の奇妙な事実に気付き首を傾げた。空には星一つなく、辺りにもかがり火のような光源が無いと言うのに、それらの光景が月明かりで照らされたように、はっきりと目にすることができたからだ。

「たぶん逆さまの塔ってのは、あれのことだろう」

 百手巨人は一対の腕で腕組みをしながら言った。

「上じゃなくて下に向かって伸びてるなんて、ずいぶんぶっ飛んだ塔だな?」

 ハリーが言った。

「これは魔界の王が手ずから造った塔なんだ。何のために造ったのか、俺たちにはさっぱりわからねえが、てっぺんは地獄に続いているらしい」

「魔界の王って?」

 マリーは首を傾げてたずねた。

「何百年か前にやってきた、えらくきれいな男でな。その頃の魔界は伯爵さんやら公爵さんやらが、互いにいがみ合いながら、ずっと戦争をやってたんだが、彼はそんな貴族連中をこらしめて、勝手なことをさせないようにしちまったんだ。それ以来、彼は王と呼ばれるようになり、魔界は平和になった」

 そう言えば、ラビーノ夫妻も伯爵じゃなかったかしらと思い出し、マリーは腕の中にいる彼らの息子のジローに目を向けた。

「父上は自分を王の一番の家来だって言い張ってたが、俺は王とやらに会ったことはないし、父上や母上がそいつに会いに行ったところも見たことがない。多分、自分を偉く見せるために嘘をついてたんだろう」ジローは言って、居酒屋の主人に目を向けた。「あんた、さっき『らしい』って言ったな。つまり、本当に地獄へ続いているのかは、わからないってことか?」

「まあな」百手巨人はうなずいた。「中は妙な仕掛けがいっぱいで、誰一人、てっぺんまで行けたためしがねえんだ。しかも、入り直すたびに中の様子が変わっちまうから始末におえねえ」

「それで、どうして地獄へ続いてるなんてわかったんだ?」

 ハリーがたずねると、居酒屋の主人は肩をすくめてみせた。

「入口に書いてあるのさ。『この先、地獄』ってな」

「とにかく、行ってみましょう?」

 マリーは穴の周囲を巡るように敷かれた石畳の道を歩き出した。まもなく彼らはアーチの根元にたどり着き、そこで道は二方向へ別れた。そのまま穴を巡る道と、アーチの先端へ向かう道だ。マリーはアーチの上を歩き、間もなく塔の根元の真上にたどり着いた。そこには、水晶の大岩があり、岩の真ん中には大理石の扉が一つ設えられていた。それは天界の空中庭園で見た、迷宮の入口にそっくりだった。そして扉の脇には立札があり、そこには確かに「この先、地獄」と記されている。

「なんだか、いやな予感しかしないなあ」

 ハリーが言った。

「そうね。でも、行かなきゃ」

 マリーは腕に抱いたジローをハリーにあずけ、扉に手を掛けた。

「姉さん」

 蜥蜴男が背中から呼び掛けてきた。マリーが振り返って見ると、彼は腰に帯びていた三日月形の剣を、彼女に放って寄越してから言った。

「持って行きな」

 マリーは首を振った。

「私、剣なんて使えないわ」

「それでも、無いよりはましさ」

 マリーは考え、結局、彼の言うとおりにしようと決めて、腰のベルトに剣をぶら下げた。

「ありがとう、トカゲさん」

「礼はいい。それより戻ったら、また一杯付き合ってくれ」

 蜥蜴男はにやりと笑って言った。

「その時はもう、私は子供に戻ってると思うけど?」

「だったら、子供でも飲めるものを用意しておくさ」

 主人が肩をすくめて言った。

「ありがとう、大将さん」

 マリーはにっこり笑って言った。

「しくじるなよ」

 と、ジロー。マリーは彼に一つ頷いて見せてから、扉を開けた。中は漆黒の闇に満たされ、奥を見通すことは出来ない。マリーは水の中にでも潜るかのように、大きく息を吸い込んでから、その中に足を踏み入れた。

 闇に包まれたマリーは、たちまち上下左右の感覚を失った。それでも構わず足を動かし続けていると、少し先に黄色い光の点を見付ける。光に駆け寄ってみれば、それは鉄扉の脇に掛けられたランプだった。マリーは扉を開け、中へ踏み込んだ。扉が背後で勝手に閉じるが、いちいちその様子を見ることはしなかった。彼女の目の前には円形の部屋が広がっていた。壁は石積みで、すぐに自分が塔の中にいるのだとわかった。部屋の真ん中には石の踏み板があるだけの階段が、らせんを描きながら天井へ向かって伸びている。逆さまの塔なのに、昇り階段になっていると言うことは、塔の中では上下がひっくり返っているのだろうか。

 らせん階段に歩み寄ると、最初の段の前には「1F」と言う文字が、床石の上に彫り込まれている。マリーは、らせん階段に足を掛けてみた。どう言う仕組かわからないが、踏み板は空中にしっかり固定されていて、上で飛び跳ねてもぐらつくようなことはなかった。マリーはらせん階段を昇り、上のフロアにたどり着いた。そこは四角い部屋で、鉄格子の壁が縦横に張り巡らされた迷路になっていた。部屋はさほど広いようには見えなかったから、出口はすぐに見つかるだろうと安易に考え、迷路へ踏み込んだ。しかし、マリーはたちまち自分の間違いに気付いた。格子の壁は向こう側が透けて見えるせいで、行く先が壁なのか道なのか、ひどく見分けにくいのだ。うろうろしているうちに、とうとう迷子になって、このままではいけないと思い、ひとまず作戦を立てることにした。

 ぺたりと床に座り込み、目の前に持ち物を並べて考える。半分になったクッキー。おもちゃの手鏡。蜥蜴男に貰った三日月形の剣。最初に思い付いたのは、迷宮の時のように、クッキーの粉を落として目印にすることだった。しかし、たった半個では、あまりにも心もとない。だったら、剣で床に傷をつけながら進もうと考え、早速剣を抜き放ち、切っ先を床に擦り付けてみる。床には一筋の傷も付かない。鉄格子にも軽く斬り掛かってみたが、火花の一つも散らなかったし、なんの痕跡も残らなかった。どうやら、これらは見た目通りのものではないようだと気付き、三日月剣を鞘へ戻した。次に、手鏡を手に取る。いっそ鏡を叩き壊して、その欠片を目印にしようか。そう思って鏡を覗き込むと、子供の自分が映っていた。変身すると、どうして服まで変わってしまうのだろうと、今さらなことに首を傾げる。

 服? マリーは鏡を床に置いて、上衣とその下に着けていたシュミーズを脱ぎ、上半身裸になった。次いで三日月剣を鞘から抜き、うっかり手を切らないよう慎重にシュミーズを切り裂いて、短い紐を何本も作る。それが終わると上衣を着て、クッキーと手鏡をポケットにしまい込み、剣を腰に下げ、準備は完了した。さっそく一本、元は下着だった紐を鉄格子の低い位置に括りつけた。行き来した方向がわかるように、結び目の向きと長さを調節してから慎重に足を進める。床に座り込んで気付いたことだが、鉄格子の壁は床から三〇センチ弱の所で横木が渡されており、その下には隙間が空いていた。くぐり抜けられるような高さではないが、曲がり角では横木を支える柱の鉄棒が、床から天井まで突き通っているので、それさえ見付ければ脇道を見逃すこともなかった。

 迷路を行きつ戻りつしながら、マリーはいくつもの袋小路を突き止め、ようやくゴールへ至る道を見付けた。それは部屋の端っこで、石積みの壁には鉄扉がひとつ設えられている。扉を抜けた先は奥行が二メートルほどの弓形をした部屋になっており、その真ん中には上階へ続く梯子があった。マリーは梯子に手を掛け、それを昇った。天井までやって来て上を見上げると、上階への昇降口まで六メートルはありそうだった。ずいぶん分厚い床ねといぶかしく思いながら、せっせと手足を動かして梯子を上りきる。たどり着いた場所は、下階とそっくり同じ弓形の部屋で、真っ直ぐな方の壁面には、やはり鉄扉が取り付けられていた。嫌な予感を覚えながら扉を開けると、案の定、鉄格子の迷路が広がっていた。シュミーズで作った紐は、まだたっぷりあるが、また目を皿のようにして道を探して回ることを考えると、少しばかりうんざりした。しかし、紐の出番はなかった。なぜなら、すでに目印があったからだ。それは明らかに、マリーが身に着けていた下着の切れっ端だった。

 マリーはため息を落とし、もと来た道を引き返した。鉄扉を抜けると梯子は降りではなく、昇りに変わっていた。マリーは、ポケットから半分だけのクッキーを取り出すと、わずかに砕いて鉄扉の前にこぼした。それから梯子に取り付き、上階へ昇って鉄扉の前を確認する。やはり、クッキーの粉は、そこにあった。

「ねえ」と、マリーは天井に向かって苛立たしげに指を振った。「どうしてそんなに堂々巡りが好きなの。それとも他の面白い仕掛けが思い付かないだけ?」

 返事はなかった。マリーは小さく首を振って鉄扉を抜け、一息の間を置いてから再び梯子の部屋に戻る。やはり梯子は昇りに変わっていた。マリーは腕組みして考えた。鉄格子の迷宮に、仕掛けはなかった。梯子の部屋にも、それは見当たらない。堂々巡りからの抜け道があるとすれば、それは一つしかなかった。

 マリーは梯子に取り付いて天井にたどり着くと、不自然に長い昇降穴を念入りに調べながら昇って行った。間もなく彼女は梯子が取り付けられた方と反対側の壁面に、四角い横穴を発見する。高さが三〇センチほどで、幅は六〇センチと言ったところだ。横穴は一メートルほど行ったところでL字に折れ曲がり、その向こうには何かしらの光源があるようで、黄色っぽい光が穴の中を照らしている。マリーはポケットから鏡を取りだし、苦心しながら横穴に上半身をねじ込んだ。目一杯腕を伸ばし、折れ曲がった先を鏡に映して見れば、そこには用途不明のレバーとランプが見えた。しかし、とてもではないが、先へ進むことなどできない。おそらくL字の部分で、身体のどこかが引っ掛かってしまうだろう。一度戻って作戦を考えようと後退を始めるが、胸とお尻がつかえて、進むも戻るもできなくなっていた。マリーは焦って、穴の外にある脚をばたつかせた。足首が梯子に掛かり、しめたと思った。ふうと大きく息を吐いてから、思いっきり膝を曲げる。それでようやく上半身が抜け、彼女は姿勢を変えて梯子に取り付き直した。鏡を持った手を梯子に絡め、乱れてヘソが出た上衣を空いた片手で引っ張って直してから、身体をひねっていまいましい横穴を睨みつける。おそらく子供のマリーなら、この穴を通るくらい、どうと言うことはないだろう。しかし、懐中時計が無い今、彼女は鏡の中に囚われている。

 マリーは鏡を覗き込んだ。子供のマリーが、こちらを見つめ返す。彼女の背後には横穴の口があった。

「ちょっと、そこの穴に入ってレバーを動かしてきてくれる?」

 マリーはやけっぱちで言ってみた。すると子供のマリーはこくりと頷き、横穴に飛び付いて、その中へ潜り込んだ。マリーが驚いて見守っていると、どこからか石臼で粉を挽くような音がして、一瞬、身体が右側へ引っ張られるような感覚があった。間もなく音は止み、今度はかくんと左側に引かれる。鏡の向こうでは、横穴から子供のマリーが這い出してきて、こちらに向かってVサインを送ってきた。マリーはご苦労様と彼女を労ってから、梯子を昇り始めた。

 梯子を昇った先は、一階と同じく円形の部屋で、中央にはやはりらせん階段があった。もしや、また堂々巡りかと疑心暗鬼になりながら階段に歩み寄ってみると、床石には「3F」と言う文字が彫り込んである。どうやら、先へは進めているようだ。マリーは踏み板に足を掛け、一気にらせん階段を昇り詰めた。そうして昇降口から顔を出し、思わずつぶやいた。

「ここ、どこ?」

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