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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと天上の国
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迷宮のひみつ

「資料室から戻る途中、影に会ったんです」

 ひとしきり泣いて、落ち着いたローズに何があったのかと問うと、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。手の中にはマリーにもらったクッキーが一枚乗っている。

「影は手鏡を取り出して、私そっくりに変身すると、今度は私にその手鏡を向けてきました。鏡から目がくらむような光があふれて、それが収まると私はあの子の姿になっていたんです。私の姿をした影は私を縄でぐるぐる巻きにすると、カマエル様のところへ連れて行きました。私は彼に、自分こそ本物のローズだと訴えましたが、彼は全く信用してくれませんでした。だって、私の姿をした影が、私の言葉を嘘だと決め付けたんですもの。そして私は、カマエル様の手で迷宮に投げ込まれました」

 話しを聞きながら、マリーは頷いた。本当のことしか言えない天使が嘘だと言うのだから、それは嘘なのだ。カマエルが信用しないのも当然だろう。

「暗闇を抜けると私は元の姿に戻っていて、どう言うわけか役所のロビーに立っていました。私は急いで空中庭園へ向かいましたが、そこには誰もいませんでした。カマエル様も、偽物もです。それでオフィスへ向かいましたが、そこも空っぽでした。わたしは窓口係に彼の行き先を尋ねましたが、おかしなことに彼女は、ロビーの案内係に聞けと言うんです。私は彼女に言ってやりました。ふざけてないで、さっさとカマエル様の居場所を教えなさい、と。でも、窓口係はそれっきり何もしゃべらなくなって、まるで私は幽霊か何かになってしまったような気分になりました。仕方なく、私はロビーの案内係に同じ質問をしましたが、彼女は別の窓口を案内しただけでした。そうやって、いくつもの窓口をたらい回しにされ、私はようやく、ここが迷宮だと言う事に気付いたんです」

 ローズはふっとため息を落とし、クッキーを一口かじって目を丸くした。

「まあ、美味しい」

「でも、恐ろしいクッキーだよ。これを食べたせいで、ミカエルはマリーちゃんの言いなりなんだ」

 ラファエルがにっこり笑って言った。

「困ったぞ。私のクッキーの借りが、また二個に戻ってしまった」

 そう言うミカエルは、ちっとも困っているように見えなかった。

「最初に意地汚く三個も食べるからだ」

 ラグエルが指摘した。

「そうは言うが、ラグエル。このクッキーは本当に美味いんだ」

「わかってるよ。俺もさっき食べたんだから」

「結局さ」ハリーが話に割り込んだ。「ここにいる天使はみんな、マリーにクッキーの借りが出来たって事だよな。どうする、マリー。みんなの力を借りれば、人間界くらいは簡単に征服できるぞ?」

「そうね。この、おかしな迷宮を出られたら、どうするか考えて見るわ」

 マリーが言うと、ハリーは自分で提案しておきながら、ぎょっと目を見開き「冗談だよな?」と聞いてきた。マリーはくすくすと笑った。

「それにしても」ラグエルが言って、ローズをじろりと見た。「あんた、どうして出口の扉を選ばなかった。カマエルに会いたかったんだろ?」

 ローズは肩をすくめた。

「なんだか、腹が立ったんです。扉に二つの可能性が重なって見えたとき、『降参するか?』と聞かれているように思えたので」

 他の天使たちが、その言葉に頷くのを見て、マリーは自分の前にルクスが現れた理由に思い当たった。天使たちのように扉の本質を見抜くことが出来ない彼女のために、彼は代わりに言葉で選択肢を与えてくれたのだ。

「それが正解だったのだ」ミカエルが言った。「この迷宮を脱出した唯一の天使は、すっかり正気を失っていた。きっと彼は迷宮に降参してしまったのだろう。恐らく、それが代償なのだ」

 マリーはぞっとした。もし出口を選択していたら、自分もそうなっていたかも知れなかったのだ。もっとも、ここにいる天使たちを見付けられないまま、一人で逃げ出すなど考えられない事ではあるが。そしてマリーは、ある可能性に思い至った。ローズが語った迷宮は、マリーの迷宮とは全く様相が異なっていた。つまり、彼らはそれぞれ異なる迷宮を抜けて、ここへたどり着いたのではないか。

「恐らく、その通りだ」ミカエルが認めた。「私は怪物があふれる洞窟のような場所を通り抜けてきた。みなはどうだ?」

 ラグエルとラファエルとハリーが語る迷宮は、いずれもマリーたちとは全く異なるものだった。

「でも、それならこの先、どこへ行けばいいの。だって他の扉は誰かの迷宮なんでしょ?」

「マリー、上を見てみろ」

 と、ラグエルが言った。見上げると天井の真ん中に、ぽっかりと四角い穴が空いていた。

「俺たち天使は飛べるから、出入り口が扉だけとは限らないのさ。それで、誰に抱っこしてもらう?」

 ハリーが笑いながら聞いた。

「ミカエル様にお願いするわ。彼だけクッキーの貸しが一個多いんだもの」

「仰せのままに」

 ミカエルは優雅にお辞儀をしてみせると、マリーに右手を差し出した。マリーがその手を取ると、ミカエルは彼女をひょいと抱き上げた。彼は金属のような光沢を持つ赤い翼を広げ、ふわりと舞い上がり、たちまち天井の穴を通り抜けた。ミカエルは部屋の中をくるりと飛んでから床に降り、他の天使たちがやって来るのを待った。

「いつまでそうしてるつもりだ、ミカエル?」

 ラグエルが床に降り立つなり、じろりと睨んで言った。

「クッキー一枚でこき使われてるのだから、ちょっとくらいの役得も構わないだろう?」

 ミカエルは笑いながらマリーを床に降ろした。

 全員が集まると、彼らは辺りの探索を始めた。と言っても、そこは狭い部屋で、探すべき場所は少なかった。ほどなくハリーが天井の仕掛けを見付け、それを操作するとはしごがするする下りてきた。はしごを昇った先の部屋で、マリーは見覚えのある金色の扉を発見した。扉にはかんぬき式の錠がしてあって、マリーはそれをぱちんと外してから、みなに言った。

「こっちを調べて来るわ」

「一人で大丈夫なのか?」

 心配そうに聞くラグエルに、マリーは笑みを返して見せた。

「この先は私の迷宮なの。私に任せて」

 それでラグエルは渋々頷き、マリーが行くのを認めた。マリーが金色の扉を抜けると、案の定、銀色の扉が見えた。金色の扉と同じようにかんぬき式の錠が掛かっていたので、彼女はそれを外し、エプロンのポケットから最後のクッキーを取り出して、半分に割った。扉を開け、半個のクッキーを床に置き、閉める。扉に耳を付けて待つと、足音が聞こえてきて、それは扉の前で止まった。マリーはそっと銀の扉を離れ、金の扉を開けた。銀の扉が開くのを見計らい、金の扉をくぐり抜けると素早くかんぬき錠を掛ける。もの問いたげな仲間たちに向かって、唇の前に人差し指を立てて見せる。扉ががちゃがちゃなって、しばらくするとそれは収まり、扉の向こうから人の気配が消えた。

「さあ、出口を見つけましょう?」

 彼らは探索を再開し、ほどなく昇りの階段を見つけた。昇った先はひどく狭い部屋で、扉は無く、さらに上階へと昇る階段が一つあるだけだった。

「選択肢が無いって、時には幸せな事だと思わない?」

 ラファエルの言葉に反対するものはいなかった。

 しかし、階段を昇ってすぐ、マリーは見覚えのある青い扉を見付けて複雑な気分になった。これは出口だろうか。それとも? 扉を開けたのはミカエルだった。マリーは最後に扉を抜け、大きなため息をついた。それは、彼女が暗闇を抜けて最初に訪れた場所だったのだ。散々苦労して、たどり着いた先がスタート地点とは、あまりにも馬鹿げた結末だった。

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