再会
次のフロアはひどく単純な構造をしていた。廊下が一本、曲がり角すら無く、ひたすら真っ直ぐに伸びるだけだったのだ。廊下を歩き続けるうちにマリーは子供の姿に戻り、右手の壁に銀色の扉を一枚見つけた。しかし、扉は鍵が掛かっているようで、押しても引いてもびくともしなかった。開かない扉なら壁と同じよねと、マリーはクッキーの粉を落とさず、そのまま通り過ぎた。しかし、行けども行けども廊下に果ては無く、マリーは次第に不安になってきた。三枚目の銀色の扉を見付けたところで、彼女は自分の考えを疑いながらも、その前にクッキーの粉を落としてから、再び歩を進めた。そして、四枚目の扉を見付けたとき、彼女は盛大なため息を落とした。そこにはクッキーの粉が落ちていた。つまり、この廊下は果てが無いのではなく、堂々めぐりを繰り返すようになっているのだ。降りてきた階段も消えてしまったので、もはや上へ戻って別な道を探すことも出来ない。
何か見落としがあるかも知れないと、マリーは再び歩き出した。そうして、何も発見できないまま銀色の扉の前にたどり着いたとき、彼女は目を疑った。そこには半分になったクッキーが、ぽつんとひとつ置かれていたのだ。クッキーをエプロンのポケットに入れて、マリーがノブに手を掛けると、扉は素直に開いた。中に入ると奥には金色の扉があり、その隙間に滑り込む金色のお下げ髪と、緑色のスカートの端が見えた。慌ててノブに飛び付きがちゃがちゃ捻るが、扉が開くことは無かった。部屋の隅に目をやると床に四角い穴があり、そこから下へはしごが伸びていた。子供にはやや広い段を一つずつ慎重に降り、マリーは新たなフロアの探索を始めた。
最初のうちは順調だった。降りの階段はすぐ見付かったし、おかしな仕掛けも無かったからだ。しかし、ここはやたらと広かった。道は複雑に入り組み、部屋の数は両手の指に余るほど。ルクスにもらったクッキーはみるみる小さくなり、フロア全てを調べ終わる頃には、銀色の扉の前で拾った半分も使い切ってしまっていた。それなのに天使たちは見付からず、迷宮はまだまだ続いている。降りの階段を前にして、マリーはため息をおとした。ともかく、みんなを探さなくては。マリーは不安を抑えながら階段を降りた。
階下へ着くと辺りの様相が一変した。そのフロアは武器庫のように石の壁がむき出しになっていて、壁に掛かるのは蝋燭ではなく松明だった。そのいがらっぽい匂いが、いかにも迷宮と言った雰囲気を漂わせている。思わず怖じ気付きそうになるが、マリーは再び自分の頬を両手でぴしゃりと叩き、決然と足を進めた。ありがたいことに、そこは一本道で、堂々めぐりの仕掛けもなさそうだった。何度か角を曲がったところで、行く手は鉄の扉に遮られた。扉の前には知った顔があった。
「やあ、マリーちゃん」
と、彼は笑顔で言った。
「こんにちは、ルクスさん」
マリーはお辞儀をしてから、こんなところで何をしているのかと問うた。
「君を待ってたんだ。ちょっとアドバイスをあげようと思ってね」
そう言って彼は、肩越しに親指で背後の鉄の扉を指し示した。
「出たいと望めば、この扉は出口になる。望まなければ、迷宮はまだ続く。君はどっちを選ぶ?」
マリーは何も考えず扉に手を掛けた。そして、ふと振り返りルクスを見上げる。
「どうかした?」
「あのクッキー、もう一つもらっていいかしら?」
「構わないけど、一つでいいの?」
マリーは考え、「やっぱり七つ」と言い直した。ルクスはくすっと笑って、空中からお皿を取り出し、マリーに差し出した。もちろん、お皿の上にはクッキーが七枚乗っている。
「ありがとう、ルクスさん」
「どういたしまして。でも、どうして七つなんだい?」
「みんなで一つずつ食べて、残りは目印に使うの」
マリーは答え、お皿を傾けてクッキーをポケットに流し込んだ。ルクスは目を丸くして、それから笑い出した。
「君は賢いね。でも、ここで僕に会ったことは、みんなには言わないで欲しいな」
「わかった、内緒にするわ」
マリーは空っぽのお皿をルクスに返して、重たい鉄の扉を押し開いた。
扉の向こうは迷宮の外ではなかった。そこは蜂の巣のような六角形の部屋で、それぞれの壁にマリーがくぐった物とそっくり同じ、鉄の扉が取り付けられている。そして扉の前には、彼女より先に迷宮へ入った天使たちが立っていた。
「マリー、無事だったんだな!」
ハリーはマリーに飛び付き、彼女を抱きしめた。ラグエルも歩み寄ってきて、頭をくしゃくしゃと撫でてくる。ラファエルとミカエルは肩を並べ、そんな彼らを笑顔で見つめていた。そして、青い顔で自分の肩を抱くローズもいる。マリーはハリーを押し退けると、ローズに歩み寄って聞いた。
「大丈夫?」
ローズは気弱な笑みを浮かべ、首を振った。それから彼女は膝を突き、マリーに抱き付いてわっと泣き出した。




