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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと天上の国
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謀反

 マリーの願いに、ミカエルは無情にも首を振る。

「彼は監視者だ。彼がそうと決めたのなら、我々天使は従うしかない。それがルールだ」

 マリーはムッとして言った。

「でも、ミカエル様は私のクッキーを三つも食べたわ。一つはお返ししてもらったけど、残りの二つはまだよ。天使は人間に何かをもらったら、お返しするのがルールなんでしょう?」

 ミカエルは目を丸くし、それからぱっと笑みを浮かべ、右手を高々と宙に掲げた。

「マリー、お前の言うとおりだ」

 何もない空中から燃える剣が現れ、ミカエルはそれをつかみ取った。

「と言うわけだ、ラグエル。言うことを聞かなければ、力ずくで止めるぞ。こてんぱんにのされたくないなら、つまらない考えを改めることだ。今すぐ」

「ルール違反だぞ、ミカエル。説教されたいのか?」

 ラグエルはしかめっ面をする。

「マリーが言うように、これもルールに従ってのことだ。もっとも、茶菓子を出してくれるのなら説教も聞いてやらないことはない」

 彼らのやり取りをぽかんと眺めていたカマエルは、ふと我に返りミカエルの前に立ちはだかった。

「天使長、馬鹿な真似はお止めください!」

 しかし、ミカエルは首を振り、彼に子供のような笑みを向けて言った。

「彼は得難い人材なのだ、カマエル。友人たちが監視者としての彼を恐れたり、愛想を尽かしたりして離れて行っても、彼は公平に務めを果たし、決して投げ出さなかった。そんな馬鹿正直なやつを引き留めようと言うのだから、馬鹿な真似も必要だろう?」

 カマエルはぎりぎりと歯を鳴らし、ミカエルを睨み付ける。上司に対し不満を隠そうともしないカマエルの姿にマリーは驚くが、ハリーやラグエルの言葉を思い出して、彼女は納得した。天使は自分の気持ちにさえ嘘をつけないのだ。だからこそ、彼らはルールで自分を縛っている。恐ろしい力を持つ彼らが自分の欲求のままに際限なく行動をすれば、それこそ稲妻や燃える硫黄の雨が世界に降り注ぐことになりかねない。何よりもルールが絶対なのであれば、嫌なことをルールのせいにすることで自分に対して嘘をつかなくても済む。

「なあ、カマエル」ミカエルは諭すように言った。「お前は有能だし、能力に見合うだけの野心もプライドも持っている。しかし、それでは監視者にはなれない。監視者とは、その役目の召使いでなければならないのだ。私には、お前ほどの男が、大人しく監視者役と言う主人に従っていられるとは思えない。不従順な使用人に対して、その主人は決して容赦はしないだろう。お前が監視者となれば、遠からずラグエルのように自分で自分を裁く日が来る。しかし私はラグエルと同じくらいに、お前を失いたくはないのだ」

 カマエルは目を丸くして、ミカエルを見た。彼の無言の問いに、ミカエルは微笑んでひとつ頷いた。カマエルはふうと息をつき、そして頭を垂れた。

 成り行きを見守っていたローズが、不意につかつかとマリーに歩み寄った。そうして彼女を笑顔で見下ろすと、素早くその身体を抱え上げ、機敏な足取りで他の天使たちから距離を取った。くるりと振り返った時、ローズの手には銀色の短剣が握られていて、その切っ先はマリーの喉元に突き付けられていた。

「マリー!」

 驚いたハリーはマリーを取り戻そうと足を踏み出すが、ラファエルに襟首を掴まれ、その足は宙を掻いた。

「考え無しに突っ込んだら、マリーちゃんが怪我をするよ」

「でも……!」

 ハリーはラファエルとマリーを交互に何度も見てから、終いにはしゅんとうなだれた。

「ありがとうございます、ラファエル様。もうちょっとで大事な人質が傷物になるところでした」

「どういたしまして。でも、彼女の血を一滴でもこぼしたら、僕はあたなを許さないよ」

 ラファエルは笑顔を崩さずに言った。

「まあ、怖い」

 ローズはわざとらしく言ってから、ミカエルに目を向けた。

「ミカエル様、剣を収めてください。それとも天使らしく、人間の命など取るに足らぬ物として捨て置きますか?」

 ミカエルは首を振り、彼の手の中の剣は現れた時と同じく唐突に消え去った。

「ローズ。お前、何を……」

 ショックを受けた様子でカマエルは言った。ローズは小さく舌打ちした。

「カマエル様。私に、ちょっとした提案がありますの。ミカエル様が仰るように、監視者はあなたにとって役不足と言うものです。もっと相応しいお役目が、他にあるとは思いませんか?」

 ローズが言うと、カマエルははっと息を飲んでミカエルを見た。

「そうです、カマエル様。あなたこそ天使長に相応しいお方なのです」

 ローズの微笑みは、彼女の上司に自信を取り戻させた。カマエルはぴんと背筋を伸ばし、ミカエルに対峙すると、空中から槍を取り出した。

「ご覚悟ください、ミカエル様」

 それを合図にカマエルの部下たちも空中から剣を取り出し、その切っ先を一斉にミカエルに向ける。

「上様とて構わぬのパターンだな。どうすんだよ、これ」

 ハリーがため息まじりに呟いた。

「謀反か、カマエル?」

 ミカエルは穏やかに問うた。

「なんとでも」

 カマエルは迷宮の入口へ歩み寄って、その扉を開けた。扉の向こうは漆黒の闇で、中の様子は全く見通せない。

「あなたからです、ミカエル様。みなの規範となる御身ですから、先に立っていただかなくては」

 カマエルは入口に顎をしゃくって見せた。

「気付かせてくれるとは、親切なことだな」

 ミカエルは皮肉っぽく言って、迷宮に入って行く。次にラファエルが、相変わらずにこやかに手を振って迷宮の入口をくぐり、ラグエルの番になった。

「こんな事になって残念だよ、ラグエル」

 ラグエルが迷宮に足を踏み入れる寸前、カマエルはにやにや笑いながら言った。ラグエルはふと足を止め、目をすがめてカマエルを見た。

「あんた、天使のくせに嘘をつけるのか?」

「いいや、本心だ。お前にはルールに則って消えて欲しかったのだが、こうなっては仕方あるまい。さらばだ監視者。あとは私が引き継ごう」

 そしてカマエルは、ラグエルを迷宮の中へ突き飛ばした。その後から、カマエルの部下に襟首を掴まれたハリーが、ぽいと迷宮へ放り込まれた。

 マリーの番が来た。彼女の味方は、もう一人もいない。ローズは彼女を迷宮の中へ放り込もうとするが、カマエルがそれを止めた。ローズはまた上司に気付かれないよう小さく舌打ちをするが、命令には素直に従いマリーを地面に降ろした。

「どうだ、人間。私のペットになるなら、勘弁してやってもいいぞ?」

 カマエルはいやらしい目つきで、マリーをじろじろと眺め回しながら言った。答える代わりに、マリーがあかんべえをしてみせると、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

「お行儀の悪い子ね」

 ローズはくっくと喉を鳴らして笑った。

「私、天使ってもっときれいなものだと思ってたわ」

 マリーは言った。

「がっかりした?」

「そうね。みんな普通に誰かを妬んだり、いじめたり、悪だくみをしたりするんだもの」

「自分に正直なだけよ。だって、私たち天使は嘘をつけないんだから。他人にも自分にもね」

「どうかしら?」マリーは疑いを口にした。「あなたが自分に正直だなんて、私にはぜんぜん思えないわ」

「意味が分からないわ」

 ローズは戸惑うような表情を浮かべて言った。

「ねえ、ローズさん。あなた、本当にカマエル様を尊敬してるの。本当に彼を、天使長にしたいって考えてるの?」

「当然よ。馬鹿なことを聞かないで」

「それじゃあ、どうして二回も、彼に向かって舌打ちなんかしたの?」

 ローズは、はっと息を飲んだ。

「あのラグエル様だって、大人の私を見てハリーみたいにエッチなことを言ったりするんだから、天使が自分に嘘をつけないって言うのは、きっと本当なの。でも、あなたは違ってた。あなたは自分の嫌な気持ちを隠してカマエル様をおだてたり、彼の命令を聞いたりしてたわ。つまり、あなたは嘘をついたの。天使が嘘をつけないのだとしたら、あなたは誰なの?」

 もちろん、マリーはその正体を知っていた。今さら聞くまでも無いことだ。ローズは何も答えなかった。ただ、憎しみを込めた眼差しでマリーを睨んでいる。

「どういう事だ、ローズ?」

 二人のやりとりを聞いていたカマエルは、青い顔でローズを見た。ローズは嘲るような笑みを上司へ向けた。

「まあ、カマエル様。あなたって、ずいぶん鈍いのね」

 ローズは、マリーの声で喋った。

「私はローズさんと姿を交換したの。つまり、迷宮にいるのは私じゃなくって、本物のローズさんよ。自分の恋人を自分の手で迷宮に放り込んだ気分はいかが?」

 カマエルは手にしていた槍を取り落とし、その場にがくりと膝を突いた。そして地面に顔をつけ、おいおいと泣き声を上げる。鏡のマリーは満足げな笑みを浮かべて、その姿を見下ろした。

 マリーはこっそり懐中時計を取り出し、光を放って大人に変身した。鏡のマリーがはっと息を飲む間も無く彼女は地面を転がると、カマエルの槍を手にして立ち上がり切っ先を鏡のマリーに突き付けた。

「どうして?」

 鏡のマリーは信じられないと言った様子で呟いた。

「ぴかぴかの素敵なナイフね。おかげで私の顔もきれいに映ったわ」

 マリーはくすっと笑って言った。鏡のマリーは歯噛みすると、短剣を足元の地面に投げ捨てた。観念したかと思いマリーが槍をおろすと、ローズの姿をした鏡のマリーはくるりと踵を返し、あっと言う間もなく迷宮の中へ身を投じた。しばらく、ぽかんとしていたマリーは、まんまと逃げられたことに気付き、腹立ちまぎれに槍を地面に投げ付け、急いで彼女を追った。

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