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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
鏡のマリー
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伯爵の館

 マリーは、赤い絨毯が敷かれたホールに立っていた。振り向けば青い扉は無く、アーチ形をした両開きの大きな扉があった。隣室から、くたびれた感じの初老の執事がやってきて、少し驚いた様子でマリーを見た。

「おや、人間の子供とは珍しい」

 そう言ってから、彼は礼儀正しく頭を下げた。頭のてっぺんは、髪が薄くなっていた。

「私はこの屋敷に仕える執事で、ジェームズと申します。本日は、どのようなご用件でお越しですか。お嬢さま?」

「こんにちは、ジェームズさん。私、マリーよ」マリーは会釈を返した。「探し物をしているの」

「マリー様。どのような物をお探しか、うかがってもよろしいですか?」

「ママの口紅。ピンク色で、大きさはこのくらい」

 マリーは指で大きさを示した。

「それと、ハロルド。私のペットのウサギなの」

「口紅はともかくウサギについては、主人がお力になれるかも知れません。どうぞ、こちらへ」

 執事は先に立って歩き出し、マリーは素直に後を追った。


 二人がやって来たのは応接間で、そこでは気品を感じさせる装いの白兎が二羽、お茶を楽しんでいる最中だった。

「こちらにいらっしゃいますのが、私の主人、ラビーノ伯爵閣下と奥方にございます」

 それから執事は伯爵に向き直り、言った。

「旦那様、こちらはマリー様です」

「お邪魔します、伯爵様」

 執事に紹介されて、マリーはスカートを摘まんでお辞儀をした。

「ほうほう、人間の子供とは珍しい。これは実にうま……じゃない、可愛いらしい客人だ」

 ラビーノ伯爵は、鼻をひくひくさせながら言った。真っ赤な目と長い耳と真っ白い毛並みは、マリーのペットのハロルドにそっくりだったが、ハロルドの方がずっとハンサムだわとマリーは思った。

「ええ、本当にうま……じゃない、可愛らしいお嬢さんだこと」

 伯爵夫人は舌なめずりしながら言った。少しばかり太り気味で、前歯は黄色くくすんでいた。馬鹿でかいイヤリングを付けているせいで、両耳はだらんと垂れている。

「マリー様は母君の口紅と、ペットのウサギを探しておいでとのことです」

 伯爵夫妻は顔を見合わせた。

「お前、心当たりはあるか?」

「いいえ、わたくしにはさっぱり」

 伯爵はマリーに目を向け、言った。

「家の者たちにも聞いてみてはどうかな? 探し物が見付かるまで、屋敷は好きに使ってくれて構わない」

「ご親切に、ありがとうございます」

「うむ、我が家と思ってくつろいでくれ。それにしても……」

 伯爵は、マリーを頭のてっぺんからつま先まで、なめるように眺めた。

「私、何か変ですか?」

「いやいや、君が大変うま……じゃなくて可愛らしいから、つい見とれてしまったのだ。気にしないでくれ」

 伯爵のお世辞に頬を染めながら、マリーはお辞儀をし、執事と一緒に彼の前を辞去した。

 応接間から廊下へ出ると、執事は言った。

「左へ行くと玄関ホール、ダイニング、キッチン、二階への階段も、そちらにございます。右は、ご夫妻の寝室と、旦那様の書斎がございますので、立ち入りはご遠慮ください」

 マリーは神妙に頷いた。

「二階をご案内いたします」

 執事は先に立って歩き出した。玄関ホールから二階へ上がり、ずらりと扉が並ぶ長い廊下の口で彼は立ち止まった。

「一番奥が、ご子息様のお部屋で、他は全てお客様用の寝室でございます。来客の予定はございませんので、寝室はお好きな部屋をお使いください。私はマリー様のことを、他の使用人に伝えてまいりますので、ご案内はここまでとさせていただきます」

「ありがとう、ジェームズさん」

 執事は一礼し、一階へ降りて行った。

 残されたマリーは探険を開始した。まずは、伯爵の子供たちに会ってみようと思い立ち、廊下を進んで一番奥の扉をノックする。しかし、返事は無い。思い切って扉を開けると、生ごみのような匂いが鼻を突いた。部屋の中はゴミが散乱し、とても貴族の息子の部屋には見えない。中には白兎の子供が六匹。どれも毛並みは薄汚れ、毎日ブラッシングしているハロルドとは大違いだ。

「こんにちは、坊ちゃま」

 マリーは、机に向かって石版とチョークで、何やら計算をしている子兎に話し掛けた。背中にはジローと書かれた名札が、身体に直接縫い付けられていた。

「お前、人間か?」

 ジローは、ぎらぎらした赤い目でマリーを睨んで言った。

 マリーは頷いた。

「人間って、賢いんだよな。だったら、ちょっと助けてくれないか?」

 マリーは頷いた。

「さっき、おやつにケーキを食べたんだけど、ケーキは全部で二四個あったのに、俺は三個しか食べられなかったんだ。俺たちは六人兄弟だから、まっとうに分ければ四つは食べられるはずだろう?」

 ジローは石版に書き綴った計算式を示して言った。マリーがそれを解読するには、覚えて間もない掛け算と割り算の知識を総動員しなければならなかった。

「他の兄弟たちから話を聞いて、誰が一番たくさん食べたか、突き止めてくれ。食いしん坊をとっちめてやりたいんだ」

「わかった。やってみるわ」

 マリーは取っかかりとして、背中にイチローと名札が付いた子兎に話し掛けた。

「なんだ、お前。おやつか?」

 マリーが違うと言うと、イチローは舌打ちをした。

「おやつはもう、ケーキを食べたんだっけ。そう言えばジローが、一番たくさん食べたヤツは誰だって騒いでたな」

 マリーは単刀直入に、イチローが食べた数を聞いた。

「教えるわけないだろ。それで、もし俺が一番たくさん食べたってことになったら、ジローから何をされるか知れたもんじゃない。あいつは兄弟の中で一番賢くて、一番残酷なんだ」

 そう言って、イチローはぶるっと身を震わせた。

「他の兄弟も、きっと素直には教えてくれないぞ。シローの半分しか食べてないサブローまで、自分が一番多く食べたんじゃないかって、ビクビクしてるんだから」

 イチローが鼻先で示した先には、ゴミの山に頭を突っ込んでぶるぶる震える子兎のお尻があった。おそらく、それがサブローなのだろう。彼からは、とても何かを聞き出せそうになかったので、マリーはシローを捕まえた。

「イチローのヤツ、俺をミートパイにする気だな」

 シローは舌打ちして言った。

「ミートパイ?」

「ジローは犯人を見つけたら、ミートパイにしてやるって張り切ってたんだ。けど、パイにふさわしいのは、俺じゃなくてイチローの方だ。俺がサブローより、たくさん食べたかどうかは知らないけど、イチローは俺より一個は余分に食べてたんだから、犯人がいるとしたら、イチローしかいない」

 マリーは頭がこんがらがってきた。腕組みをして考えていると、足元にロクローが寄ってきて、彼女に小声でささやいた。

「ジローを手伝って、ケーキを一番たくさん食べたヤツを探してるんだって? 俺、知ってるぞ」

「誰なの?」

「シローだ。あいつは、ゴローより一個多く食べてた。間違いない」

 マリーは首を傾げた。シローはイチローより少ないのだから、彼が犯人であるはずがないのだ。マリーはゴローに話を聞くことにした。

「僕じゃない!」

 ゴローはひどく怯えていた。

「心配しないで。あなたが食べたケーキは、シロー坊ちゃまより少ないの。あなたがミートパイにされることはないわ」

「嘘じゃないよね?」

「ええ、だから教えて。あなたは、何個食べたの?」

 ゴローは、ちらちらとサブローの方を見ながら、消え入りそうな声で言った。

「僕はサブローより、一個多く食べちゃったんだ」

 それで全部が繋がった。

「ジロー坊ちゃま」

 マリーが声をかけると、ジローは舌なめずりした。

「誰をミートパイにすべきか、わかったか?」

「その前に、石版とチョークを貸して?」

 一番少ないのはサブローで、彼は二個食べた。次はジローとゴローで、彼らは三個。シローは四個。イチローは五個。では、ロクローは?

「七個か。どうして、そうなった?」

「シロー坊ちゃまはサブロー坊ちゃまの倍を食べたんだから、九九の二の段のどれかでしょ。それでゴロー坊ちゃまより一個多くて、イチロー坊ちゃまより一個少ない数となったら、四個しかないの。それ以外の数だとゴロー坊ちゃまの食べた数がおかしくなったり、ケーキが二四個より多くなったりするから」

「お前の計算は完璧だ」

 マリーが書いた計算式を見て、ジローはニヤニヤ笑いを浮かべた。

「ありがとう、人間。お礼は何がいい?」

 マリーは口紅とハロルドについて聞いてみた。

「ウサギは知らないけど、口紅なら母上の鏡台にあるかも知れないな。鏡台は父上たちの寝室にあるから、覗いてみるといい」

「ありがとう、ジロー坊ちゃま」

「気にするな。他に困ったことがあったら、いつでも来な。俺が手を貸してやる」

 

 子供部屋を後にして、階段の上から玄関ホールを見下ろしたマリーは、ぎょっとして足を止めた。階段の下に、金髪でおさげの少女の姿があった。マリーにそっくりな少女は、マリーに気付くと、応接間がある方へ逃げて行った。マリーは急いで階段を駆け降り後を追った。廊下の角を曲がると、応接間よりさらに奥の扉を開けて、中へ駆け込む少女の姿が見えた。マリーも続こうと足を早めるが、応接間の扉の前に差し掛かったところで、ちょうどそこから出てきたジェームズと鉢合わせになった。しかたなくマリーは、寝室に行きたい旨を彼に伝えるが、執事は決然と首を振り、廊下の真ん中に立ちふさがった。

「この先は、旦那様と奥様の私的なお部屋がございます。どうか、ご遠慮ください」

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