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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと二人の騎士
13/40

目撃者

「イタズラ娘?」

 カールが飛び起き、その拍子にマリーはころころと地面をでんぐり返り、ようやく止まった時には世界が逆さまになっていた。上下がひっくり返った視界に、全速力で飛びながらこちらへやって来るハリーの姿が見えた。彼はマリーとカールの間に着地するなり、マリーを見て叫んだ。

「見えた!」

 何事かと思えば、ひっくり返った拍子にスカートがめくれあがって、下着が丸見えになっていた。マリーは慌てて身体を起こし、スカートの裾を両手で押さえる。見上げれば、にんまり笑うハリーの顔があった。しかし、彼を蹴るなり引っ叩くなりする暇は無かった。ふと影が差したかと思えば、ハリーの背後に恐ろしい形相のカールが見えたからだ。ハリーも気配に気付き、振り向いてからわっと叫んで尻もちを突いた。

「カール!」

 ドロシーの声を聞いて、カールははっと息を飲んだ。マリーが振り返れば、マントと子兎を胸に抱いてドロシーがこちらへ駆けてくる。彼女が追い付くと、カールは観念したように大きく息を吐いた。

「カール、一体どうしたって言うの?」

「すまない、ドロシーさん。領主様が、伯爵様に捕まってしまった」

 ドロシーの顔は、さっと蒼ざめた。

「俺は領主様をお助けするどころか、こそこそ隠れて見てることしかできなかった。本当に申し訳ない」

 深々と頭を下げるカールが、少し間を置いて上げた目には、おびえの色があった。

「ひょっとして、伯爵様と戦争になるんですか?」

「馬鹿な事言わないで。そんなことにはならないわ」

「それじゃあ、領主様はどうするんです。伯爵様に捕まってるんでしょ。助けに行かなくっていいんですか?」

「それは……」

 ドロシーは考え込んだ。事実を話すべきかどうか、迷っているようだ。

「時間が惜しいんだろ、ドロシー? こいつが聞きたがってることを、さっさと話してしまえ」

 ただの子兎にしか見えないジローがしゃべるのを見て、カールはぎゃっと言って飛びのいた。

「目の前に腰を抜かした天使がいるんだぞ。今さらウサギが口を利いたからって、そんなにびっくりしなくてもいいと思わないか?」

 ジローはぶつぶつ文句を言った。

「びっくりの種類が違うのよ、ジロー坊ちゃま」

 ドロシーは苦笑してジローの頭を撫で、ジローは気持ちよさそうに目を閉じた。それからドロシーはカールに目を向け、言った。

「この子たちのことは、ひとまず置いて領主様の話をしましょう。領主様は今、ひどい悪党に濡れ衣を着せられて、そいつの代わりに伯爵様の裁きを受けようとしているの。私たちは、領主様の無実の証拠を探しているところよ。そしてマリーちゃんが、どうやらその手掛かりを掴んだようなの」

 マリーは立ち上がり、小首を傾げてカールにお辞儀をした。

「するとイタズラ娘も反省して、今は領主様のお役に立ってるんですね。それなら、めちゃくちゃになった俺の麦たちも浮かばれるってもんです」

「あのね、マリーちゃんは――」

 マリーはドロシーに向かって、唇に人差し指を立てて見せた。余計なことを言って、押し問答でも始まれば時間を無駄にするだけだ。マリーが改心したと思っているのなら、そう言うことにしておく方がいい。ドロシーは渋々頷き、カールに言った。

「カール、彼女の質問に答えて。あなたの言うことが、領主様を救ってくれるかも知れないの」

「そう言うことなら喜んで」

 最初にマリーが聞いたのは、レイヴンが捕まった時の状況だった。

「酒場からの帰り道で船着き場に差し掛かると、松明を持った伯爵様と彼の兵隊たちが、お屋敷の方からすごい勢いで走ってくるのが見えたんだ。俺は面倒事に巻き込まれるのはごめんだったから、草むらに隠れて様子をじっとうかがってた。けど、誤解するんじゃないぞ。俺は後ろめたいことなんて、何一つやっちゃいないからな。ただ、偉い人たちってのは俺らにはわからないルールで動いてる時があるから、平穏に暮らしたけりゃ彼らの気を引かないのが一番だと考えてるだけなんだ」

「お前は賢いやつだ、人間」

 ジローが誉めると、カールは蒼い顔をしたが、もう飛び退いたりはしなかった。

「ありがとよ、子兎さん。とにかく、伯爵様たちは川を渡ると、松明を振りながらあちこちを探し始めた。しばらく経って、誰かがいたぞと叫んで、みんな一斉に小屋の方へ走って行った。兵隊たちは小屋をぐるりと取り囲み、伯爵様がその中へ入って行った。次に彼が出てきたときは領主様が一緒だった。兵隊のひとりが領主様を縄でぐるぐる巻きにすると、彼らはまた艀に乗って川を渡り、お屋敷の方へ戻って行った。俺は兵隊たちの姿が見えなくなるのを待ってから急いで家に帰り、布団を被って見たことを忘れようと頑張った。でも、ダメだった」

 マリーは考えた。今の話では、まだ足りないことがある。

「伯爵様と兵隊さんが岸へ渡ろうとしたとき、艀はどっち側にあったの?」

「伯爵様の領地の方だけど、それがどうかしたのか?」

 最後にマリーは、ペイルの村で何度も繰り返した質問をカールに投げかけた。

 昨日の晩、村の外で誰かに会ったり見かけたりしなかったか?

 カールの答えも他のみんなとまったく同じで、誰とも会っていないとのことだった。

 ようやくマリーは、答えを掴んだように思えた。その事を告げると、ハリーとドロシーは詳しく教えてくれとせっついた。しかし、マリーは首を振った。ここで答えを披露しては、全て台無しになってしまう。

「酒場にいたみんなが私に答えたのと同じことを、伯爵様にも聞いてもらいたいの。もし証人が先に答えを知ってしまったら、思い違いを起こすかも知れないわ。みんなを集めて伯爵様のお屋敷に向かいましょう」

 ハリーとドロシーは渋々頷いた。次に彼らはダリルのところへ戻った。ダリルは子供のマリーを見るなり目を三角にしたが、カールから事情を聞きあっさりと彼女を許した。残るアベルはペイルの村にいるはずなので、彼らは船着き場へとやって来た。

「おーい、みなさん」

 対岸から、馬を引くエドが手を振って言った。

「どうしたのエド?」

 ドロシーが口の横に手を当て大声で聞くと、エドはひどく気忙(きぜわ)しげに答えた。

「探す手間が省けてよかった。ちょっと前に、お屋敷の方から逃げて川を渡る黒騎士様を見たと言う者が現れたんです。黒騎士様の領地の村の者で、ビルと名乗ってました。みなさん、お屋敷まで急いで来てください」

 ドロシーは険しい表情で頷いた。彼らは艀に乗り込み対岸へ渡った。

「ここまで、馬ですっ飛ばして来たんです。何か収穫はありましたか?」

「ええ、マリーちゃんが証拠を見つけてくれたようなの。でも、答え合わせは伯爵様の前に立つまでお預けなんですって」

「アベルさんも連れてこなきゃ」

 マリーはドロシーに思い出させた。

「俺が連れてくる。俺なら村までひとっ飛びだ」

 ハリーが言った。

「しかし、ハリー。見付けた後はどうします。まさか、あなたが抱えて飛ぶなんて言いませんよね?」

 エドが指摘する。

「そこまで考えてなかった。さすがに俺が抱えて飛べるのは、そこのちびっ子が限界だ」

「では、私が参りましょう。馬がいれば、歩くよりはずっと早い」

「待てよ、エド。あんたアベルの顔知らないだろ?」

 ハリーは指摘した。

「もっとマシな方法があります」ダリルが言った。「エドさん、あんたの馬を貸してください。俺が探して連れて来ます」

 エドは頷き、ダリルに手綱を預けた。

「ダリル、あなたも証人の一人なのよ」

 ドロシーが思い出させた。

「わかってます、ドロシーさん。目一杯、急ぎます」

 ダリルは生真面目に答え、エドの馬に跨がり走り去った。

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