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マリーの不思議な冒険  作者: 烏屋マイニ
マリーと二人の騎士
10/40

帰らなかった黒騎士

 それから間もなく食堂では宴会が始まり、マリーは子供たちが白騎士の来訪を喜んだ理由を、ようやく理解した。試合の度に必ずお祭り騒ぎがあるとしたら、その先触れである彼を歓迎しないはずがない。

 驚いたことに、食堂にはジローの席も用意されていた。それをやった犯人は、マリーのお話を聞いて以来、すっかりジローに心酔してしまった例の男の子だった。期待に満ちた彼の視線を受けて、ジローは普通の子兎のふりをあきらめ、お行儀よく椅子に腰掛けた。隣の席には、当然のように男の子が着いた。

 テーブルの上には、たくさんの料理が並んでいた。お菓子もたっぷりあったし、ろうそくが何本も灯っている。使用人を雇う余裕のないレイヴンの屋敷では、子供たちが協力して家事を行っているから、これらの準備も彼らが手ずから行ったはずなのだが、ご馳走を前にした子供たちは、まるでそれらが突然現れでもしたかのように、目を丸くしている。

 まず、レイヴンが気前のいい伯爵に礼を述べ、子供たちもそれに倣ってありがとうを唱和した。ペイルは立ち上がり、彼らの礼に応じてから、次回の宴が必ずや自分の勝利を祝う物になると約束して、男の子たちの野次と女の子たちの声援をたっぷり浴びながら、ワインのグラスを高々と掲げた。それを合図に、みなは食事に取り掛かった。

 料理もお菓子も、驚くほど美味しかった。しかしマリーは、それよりもペイルが持ってきた本が気になって仕方なかった。彼女は話すのと同じくらい、お話を読むのが大好きだったからだ。食事もそこそこに席を立ち、レイヴンに本を見てきていいかと問えば、彼はもちろん構わないと答えた。

「勉強熱心だな」

 ペイルが感心した。

「勉強は嫌いです、伯爵様」

 マリーは正直に言った。

「本を読むのと勉強は、同じことじゃないのか?」

「もちろん勉強のための本もありますけど、私が好きなのはお話の本なんです。お話をたくさん知っていると、それだけみんなに、たくさんのお話を話してあげられるから。それに――」

「それに?」

「お話を読んだり聞いたり話したりしていると、お話の中の人たちが一緒にいてくれるような気がして、とても楽しいんです。ひとりぼっちで寂しい時でも」

「なるほど」

 ペイルは頷き、ふと遠くを見るような目つきをした。

「私は幼いころに父を亡くして、早々に家を継ぐことになってな。子供なのに、大人として振る舞うことを周りから求められ、ひどく寂しい思いをした覚えがあるのだ。君のように本の楽しみ方を知っていれば、寂しさも少しは紛れていたのかも知れん。惜しいことをしたものだ」

「惜しいことなんてありません、伯爵様。大人だって、寂しくなるときはあるでしょう?」

「それもそうだ」ペイルは笑って、レイヴンに目を向けた。「賢い娘じゃないか。君は戦ばかりでなく、子育てにも長けているようだな?」

「いや」レイヴンはきまりが悪そうに言った。「彼女は客人で、私の娘ではないのだ。少々、込み入った話だから追々話そう」

「もう行ってもいいですか?」

 マリーは大人たちに聞いた。

「ああ、構わんよ。引き留めて悪かったな」

 ペイルが言った。

 マリーはお辞儀をして、二人の騎士の前を辞した。


 食堂を出ると、ジローがひょこひょこと後から付いてきた。食事はいいのかと問えば、彼は鼻をひくひくさせて頷いた。

「もう、じゅうぶん食べたし、人間の子供にちやほやされるのも、そろそろ飽きてきた」

 マリーはジローを抱き上げ、階段を昇り誰もいない子供部屋に入った。ペイルの本棚は、元からあった隙間の多い本棚の隣に据え置かれていた。マリーはどれから読もうかと、わくわくしながら背表紙を眺めるが、すぐにがっかりした。本の並びが、めちゃくちゃだったのだ。仕方なく彼女は、本の並べ替えに取り掛かるが、それは思った以上に重労働で、しかも時間が掛かった。一番上の棚に探している巻があったりすると、背が届かないので踏み台の椅子に昇って降りてを繰り返さなくてはならない。

 本棚の前で腕組みをして考え、ふと妙案を思い付いた。マリーはきょろきょろと辺りを見回し、勉強机の上に目的の物を発見した。それは小さな置き鏡だった。

 懐中時計を取り出し大人に変身すると、彼女は一番上の棚から全部の本を引っ張り出し、床へ下ろした。後はここから必要な巻を探し出し、他の棚に並べるだけだ。空っぽになった一番上の棚を見て、彼女はにんまりほくそ笑んだ。その時、手のひらほどの小さな冊子が棚の奥にあるのを見つけ、彼女はそれを手に取った。表紙にはタイトルが無く、訝しく思いながら開いてみると、中身はペイルの日記だった。日々の出来事の他に、ドロシーへの愛をうたう詩がびっしりと書かれていたので、マリーは思わず表紙をぱたんと閉じた。

「どうした?」

 足下で絵本を読みふけっていたジローが顔を上げて言った。

「伯爵様の日記帳を見付けちゃったの」

「面白そうだな。読んでくれよ」

「そんなこと、出来るわけないでしょ!」

 ともかく、これは持ち主に返すべきだ。マリーは子供の姿に戻り、急いで食堂へ取って返すが、ペイルはとっくに帰ってしまっていた。ふと窓の外を見れば、すでに夕暮れ。本の整理に思いのほか時間を取られたようだ。レイヴンに事情を話すと、彼は日記帳を受け取り席を立った。

「走れば途中で捕まえられるかも知れん。ドロシー、準備を頼む」

「はい、領主様」

 ドロシーは食堂を飛び出して行った。

 レイヴンはマリーに目を向けた。

「君は、これからどうするつもりかね?」

「影を追いかけます」

「それは上手い方法ではないな。村人はまだ君が無実だと言うことを知らないから、下手にうろつけばまた騒ぎになるだろう。それに、じき日も暮れる。今夜は泊って行きなさい」

 マリーは頷いた。

「明日の朝にでも私の名前で村にふれを出し、君には無実を証明する手形を作って渡すとしよう」

 ドロシーが戻ってきて、主に出立の準備が整ったことを告げた。レイヴンは「夜には戻る」と彼女に告げ、慌ただしく食堂を出て行った。

 しかし、約束の夜になってもレイヴンは帰ってこなかった。マリーはドロシーに、他の子供たちと一緒にベッドへ押し込められたが、気になって朝早くに目を覚ましてしまった。寝室にいる他の子供たちは、まだぐっすりと寝ていたし、窓の外を見ればようやく月が沈もうとしている。夜着から着替えてまだ寝息を立てているジローを抱き上げると、彼はぶつぶつ文句を言った。階段を降りると、玄関ホールで不安げに立ち尽くすドロシーに出くわした。聞けば、レイヴンはまだ戻っていないと言う。

「野盗にでも襲われたか?」

 不吉なことを言うジローに、ドロシーはきっぱりと首を振って見せた。

「領主様が野盗ごときに後れをとるなんて、ありえないわ」

 マリーも、それには同感だった。昨日の試合の様子を見れば、襲ってきた野盗など跡形もなく粉砕されてしまいそうである。しかし、それならレイヴンはどうして戻ってこないのか。探しに行こうと言うマリーの提案に、ドロシーは頷いた。

「もうちょっと明るくなったら、そうしてみましょう。他の子たちにも事情を話して手伝ってもらわなきゃ。でも、マリーちゃんはお留守番よ。村の人たちは、まだあなたがイタズラの犯人だと思ってるから、出歩くと危ないわ」

 マリーは鏡を貸してくれるようドロシーに頼み込んだ。ドロシーは(いぶか)しがりながら、ポケットから手鏡を取り出した。マリーはジローを足元に置いて手鏡を受け取ると、それを覗き込みながら懐中時計の蓋をぱちんと開け、大人に変身して見せた。

「驚いた」ドロシーは目を丸くして言った。「でも、人前で裸になるなんて、はしたないわ」

 マリーは唇を尖らせた。変身の途中で裸になるのは、どうにかならないものだろうか。

「こいつの特技のことなら、あんたも聞いただろ?」

 ジローが指摘した。

「そうだけど、見るのと聞くのとでは大違いよ」

 ドロシーはマリーを頭のてっぺんから爪先まで、じろじろと眺めた。

「これなら、誰も子供のマリーちゃんだとは思わないわね」

「でも、あまり長い時間は変身してられないの。この手鏡、借りて行ってもいい? 途中で、変身しなおすことになるかも知れないから」

「もちろんよ。でも、こうなると留守番は私がした方がいいわね。領主様が戻ってきたら、あなたに知らせを送れるようにしておかないと」

 二人が計画を立てていると、玄関の扉がノックされた。ドロシーが扉を開けると、そこに立っていたのは天使のハリーだった。

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