再会Ⅰ
それからまた数日ほど攻略を進めた。ある日の朝、俺たちはいつものようにギルドにやってくると、そこで例のトロール使いの兵士と鉢合わせる。
「聞くところによるとドラゴンを倒したそうじゃないか」
「ああ、そうだが。むしろそちらこそトロールを連れているからといってよくあんなに上の階層まで進めるな?」
「まああのトロールは公爵領で作られた良質な武具を装備しているからな。文字通り『鬼に金棒』というやつだ」
「なるほど」
魔物は身体能力が高い代わりに、人間は社会性があり技術力がある。
しかし魔物を従えることが出来れば、両者のいいとこどりの存在が出来てしまうという訳だ。
「そう言えばお前、公爵閣下が随分興味を持たれていたぞ」
「何で知っているんだ?」
この男は毎日攻略に明け暮れていて領地に戻る暇はなかったはずだ。手紙かとも思ったが、公爵が彼にわざわざ俺のことについて手紙で何か言うとも思えない。
「ああ、俺は公爵閣下から特別に通話用の魔導石を貸し出されているからな」
「なるほど」
それを聞いて俺は納得する。
世の中には決められた石同士を持っていれば通話が出来る石があるという。もちろん高価なもので、しかも使うたびに膨大な魔力を消費するので無闇に使うことは出来ないが、こいつは改造魔物の試運用という重大な任務を帯びているので持たされているのだろう。
「それでたまたまお前の話が出たんだが、是非きてほしいと言っていた」
彼は純粋に「良かったな」と言いたげに俺の方を見る。
とはいえ、恐らく一度目は勧誘の使者が来て、それを拒否してから実力行使に出るだろう。だから一度目に誰かが来てから街を出ていけばいい。
俺は出来るだけそういう思考を表に出さないようにしながら答える。
「そうは言っても、俺は冒険者の方が性に合ってるからなあ」
「でも商売してるってことは金が欲しいんだろ? それに貴族に仕えれば職業だっていっぱい手に入るかもしれないぞ?」
「それはまあそうだが……」
確かにそれはそうだ。貴族のことだから、気まぐれで平民を大量に集めて全員の職業を召し上げるなんてこともやりかねない。
「ところで俺は、トロール一体で進めるところまでで進めるところは限界に差し掛かっているからそろそろ次が到着するんじゃないかな」
「次?」
「何か他にも似たような魔物はいるらしい。トロールは肉体系だから魔法系の魔物が来るのかもな」
兵士は当然にように話す。トロールがうまくいっている以上、次が来るのも当然なのだが、本当にこれでいいのだろうか? と俺は不安になる。まあ、そもそもここを離れるつもりである以上関係ないが。
ちなみに兵士の何気ない一言で周囲の冒険者たちはざわめいている。そんな魔物が実用化されれば彼らの仕事はかなり減るか、もしくは報酬がかなり値下がりするだろう。
「しかしそうなったら魔物が暴れるのを見ているだけになるからそれもそれでみたいなところはあるんだよな、はは」
そう言って彼はギルドを出ていく。
彼の姿が見えなくなると、俺たちは目を合わせる。
「やはりこの後どこに行くかを考えた方がいいかもしれないな」
「そうは言っても、ここまで有名になってしまった以上、どこに行ってもすぐ噂になってしまうのでは?」
リンが首をかしげる。
確かに俺は職業の売り買いという人目につくことを繰り返している以上、どこにいてもすぐに噂が広まるだろう。
「となれば隣国?」
フィリアが何の気なしに口を開くと、ティアの表情が一瞬固くなる。
ここから一番近い隣国と言えばティアの祖国エートランド王国である。エートランド王国については色々と噂が入ってくるが、情報が錯綜していて混乱しているということしか分からない。
ティアの正体を考えると微妙かもしれないが、あまり人目につきたくないということを考えれば悪くはないのかもしれない。
国が混乱していれば王家や大貴族も俺のような怪しい一般人に構っている暇はないだろう。
「エートランド王国に行くなら、最低限情勢を把握しておいた方がいいな。誰かに頼んで調べてもらうか」
冒険者と言っても、魔物退治をするだけが能ではない。中には情報収集を専門にしている者もいる。仮に行かないと決めたとしても隣国の情報を知っておくのは悪いことではないだろう。
「そうですね、確かに隣国がどうなっているのかは気になります」
祖国に未練があるようには見えないが、今でも自分が捜索対象になっているのかどうかが気になるのだろうか、ティアも同意する。
が、そんな話をしていると、不意にギルドの入り口の方がざわざわと騒がしくなる。
何だ、と思った俺たちも思わず席を立って外に出た。
そこに広がっていた光景を見て俺は目を疑った。
そこにまるで人間にかしづくように従順に振る舞っている魔物たち。それも体力のあるオーガ、剣技に優れているリザードマン、魔力のあるバジリスクといった強力な魔物たちである。
それだけならまだいい。
問題は彼らにかしづかれている人物がリオナだったことだ。
「嘘……だろ?」
しかし彼女と別れたときの記憶はトラウマのように俺の記憶にこびりついている。だから俺が彼女を間違える訳がない。
今のリオナは上等な衣服に身を包み、高そうな剣を差しているが、本人であることには間違いなかった。




