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職業を買う

 それからその日のうちに俺はもう一組の職業を入れ替えて銀貨五枚をもらった。職業入れ替えという他の誰にも出来ない行為で銀貨五枚は安い、と言われたが俺はすぐに生活費が欲しい上、今のところ新手の詐欺かと疑う人も多く、値段を上げると誰も来てくれないのではないかという懸念があった。


 とはいえ銀貨十枚だとしても俺にとっては大きな収入だ。今までだと割と一生懸命働いても一日で銀貨六、七枚ぐらいしかもらえなかったが今日は二回入れ替えを行った以外は立っていただけだ。

 もし今後もっとお客さんが増えれば金持ちになるのも夢ではない。

 そう思って俺はいつもよりちょっといい店で夕飯を食べるとわくわくしながら寝た。


 翌日、俺はわくわくしながら街の広場に向かった。

 そしてそこで再び職業交換屋の宣伝を始める。午前中は昨日の俺の噂を聞いた客が一組現れて早速銀貨五枚を受け取った。


 そろそろお昼にしようと思った時である。

 不意に俺の元にいかつい顔の男たちの集団が現れた。さてはここは彼らの縄張りだったのだろうか、気づかぬうちに入ってしまっていたのだろうか、と恐怖した時だった。

 彼らの中に昨日の最初の客である、元「農民」で現「ならず者」の男の姿が見える。

 彼は隣にいる集団のリーダーらしき男に必死で何かを話している。


「あの人です。あの人は本当に職業を交換することが出来るんです」

「本当か?」

「本当です、信じてください」


 そんな話をしながらヤクザ集団は俺の元にやってくる。

 そしてリーダーらしき顔に傷がある男が俺の前に立った。荒事に慣れてきたであろう肉体と、鋭い目つきは何も言わなくてもすごい圧迫感だ。


「お、俺は職業交換をしているが、何か用か?」

「お前は職業の交換が出来ると言うが、それは職業を一方的にもらうことも出来るのか?」


 男はドスの利いた声で言う。

 それを聞いて俺ははっとした。確かに交換が出来る以上それが出来てもおかしくはない。

 が、すぐに気づく。


「理論上は出来るかもしれないが、職業交換の時は同意がなければ出来なかった。一方的に職業を奪われたい奴がいる訳ない以上無理だと思う」


 基本的に職業を持っていることにはデメリットはない。もちろん、「ならず者」のように嫌な目で見られる職業もあるが、だからといって無職よりはマシなはずだ。交換ならまだしも手放したいことなどあるのだろうか。

 だがヤクザの男は諦めなかった。


「なるほど。じゃあ同意があれば出来るのか?」

「そんなことに同意する奴なんているのか?」

「世の中には他人の言うことを拒否できない立場のやつがいるんだよ」


 ヤクザは有無を言わせぬ口調で言った。カタギではない者が言うと妙な説得力がある。

 俺はごくりと唾を飲み込んで頷く。


「ちょうど借金が返せなくて困っていた奴らがいて、そいつらが娘を差し出してきたんだ。ただの『奴隷』だが、職業を売り払ってその後働かせれば一石二鳥だろう? ついでに両親の職業も売り払えば多少の金にはなるだろ」

「おお……」


 確かに金がない人から借金を取り立てるのは大変だが、職業であれば誰でも一つ持っている。それを俺に売れば多少の金にはなると思ったのだろう。

 何となくヤクザの片棒を担がされているのが不安になってくるが、職業を売ってくれる人は貴重だ。どんな職業でもほしい人はいる以上、出来るだけ集めておきたい。


「分かった。ならばその人を連れてきてくれ」




 それから俺は、思い切って職業の下取りも引き受けることにした。

 職業は持っているだけで一生恩恵を得ることが出来るものだ。それにこの国は誰もが一人一つの職業を持つべき、という考え方は深く根付いている。いくらいらない職業であってもなかなか手放す気になる者は少ないだろう。

 とはいえ客がこなくても困るものではないし、物は試しだ。


 ……などと思っていたが、世の中にはそれ以上に金に困っている人もいるかもしれない。

 そう思っていると、数人が俺の元を訊ねて半信半疑で職業を手放すことを決めていった。

 「ならず者」「こそ泥」「詐欺師」のように持っているだけで不名誉な職業が多かったが、中には引退した「兵士」「冒険者」などは持っていても仕方がないのでお金に換えたいと言い出す者もいた。


 買い取っていくとお金がなくなりそうになるが、交換の方のお客さんも時々やってくる。それに、「兵士」を下取りに出したが俺が持っている「使用人」を隠居後のために買っていきたいと言う人もいた。

 それで稼いだお金で職業を買うことでだんだんもっている職業が増えていく。

 そもそも適切でない職業の人もそれなりにいるし、一生続けるような職業ではない人もいる。繫栄しているように見えるこの国も、意外とそういう人は多いのだなと俺は思うのだった。

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