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リオナ Ⅲ

 目が覚めると私は屋敷内の一室に寝かされていた。

 先ほど見た、人間と魔物の合成というおぞましい光景を思い出すと寒気がする。あれは夢だったのだろうか、と思ったがただの夢でここまでの寒気がする訳がない。

 私は体を起こすと、すぐに公爵の元へと走った。


「やあリオナ、元気になったかい? 新人だからといってここのところ張り切りすぎていたのではないか?」


 あんなおぞましい実験をしている人物には似つかわしくない慈悲深い笑みを浮かべて公爵は言う。フリューゲル公爵は私が尊敬していた人と全く同じ表情だった。

 このような方があのような実験を平気で見ているはずがない。


「あの、先ほどの実験、あれは何かの間違いですよね? 人と魔物を合成するなんて、そんな……」

「おいおい、衝撃的だったのは分かるが口に出してはいけないよ。誰が聞いているのか分からないからね」


 公爵はまるで新人を諭すかのように穏やかな口調で言う。

 その言葉を聞いて私は唇を噛む。あんな酷い実験を見て平然としていたのと同じ人物とは思えない。


 そうだ、きっとこれは何かの間違いだ。

 なぜか今はあれを見過ごしているが、慈悲深く尊敬すべき人物である公爵ならきっと分かってくれるに違いない。そしたらアルト公爵を止めてくれるかもしれない。

 そう考えた私は意を決して口を開く。


「公爵、やはりあのようなことは黙認してはなりません」

「おやおや、一体どうしたんだ? これまでわしの言うことに忠実だったのに」

「だからこそです。人間を実験に使うなど倫理的に許されないことです。そのようなことは神もお許しにならないでしょう。どうかこのようなことはやめさせてください!」


 私が言うと、公爵は意外そうにため息をつく。


「そうか、君はそういうことは言わないと思っていたが……。人間を実験に使ってはいけないと言うのであれば、人間を『奴隷』や『使用人』としてこき使うのはいいのか?」

「それは、正しい主従関係があれば……」


 それにふさわしい人物を働かせるのは構わない。

 働かせるのと人体実験は違うはずだ。


「いいか? 我らは兵士に死ぬかもしれない出撃を命じたり、命の危険がある鉱山で奴隷を働かせたりすることもある」

「でもそれは極力避けるべきことで……」


 もちろん、どうしても避けられない戦争はあるだろうし、どうしても人々の生活に必要な資源がとれる鉱山はあるだろうが。

 それに、鉱山で働かせるにしても出来るだけ死なないようには配慮しているはずだ。


「もちろん我らも出来るだけ少ないサンプルで済むようには考えている。遺族への補償も馬鹿にならないからな。それに、この実験が成功すれば人間に従順な魔物が生まれるんだ。そうすればもう人間は危険な労働をしなくても済むし、魔物と戦うのも合成魔物で済むようになる」

「そんな……」


 私は必死で頭を回転させたが、咄嗟にフリューゲル公爵に対するうまい反論を思いつかない。確かに極力人死にを避けるという目的なら、公爵の言うとおりに合成魔物を作って戦いや危険な労働をさせる方がいいのかもしれない。

 私が沈黙すると公爵はなおも続ける。


「それに、神様は我ら人間が分かりやすくなるように、犠牲になってもいい人間とそうではない人間を教えてくれている」

「まさか……」

「そう、それが職業だ。わしや君のように職業に恵まれた人間は世の中を良くするために頑張らなければならないが、それと同じようにそうでない者たちは我らのために役に立つ義務があるんだ。だから君はそんな甘いことを言っていてはいけないんだ」


 公爵はまるで神殿で神官が説法するように、当たり前の教えを説くような調子でおぞましいことを平然と話す。

 とはいえ、いくらそんな風に理屈をつけられても納得いく訳がない。


「……やはり納得できません! あのような実験を見過ごす訳にはいきません!」

「そうか。それは残念だ。君は優秀な人材だと思ったがわしの思想を理解してもらえなかったか」


 そう言っておもむろに公爵は指をパチンと鳴らす。

 すると、急に私の全身を切り刻むような鋭い魔力が流れ、激痛が走る。


「ぎゃあああああああああああっ」


 思わず私はその場に膝をつく。


「こういうことがあるから一応家臣の服には術式を仕込んでいるんだ。君には見込みがあると思っていたが、このことを知られてしまった以上、今後は洗脳処理をして働いてもらうことにしよう」


 公爵は多少面倒そうに、とはいえ特に悲しくはなさそうにそう言い放った。


「そ……んな……」


 そんな公爵の言葉を最後に私は激痛に包まれたまま意識が遠のいていくのを感じた。


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