転移石
中に入ると、そこにはさらに深い沼地が広がっていた。
泥は俺たちの膝ぐらいまでの深さがあり、ティアがかけてくれた「ブレス」と、フィリアの「スリップ・ガード」でどうにか守られているものの歩きづらい。
そしてその奥にはこれまでよりも一際大きな体躯のリザードマンたちが待ち構えているのが見える。陸地のようなところはなく、このまま戦うのはさすがに分が悪そうだ。
「この沼地、魔法でどうにか出来ないか?」
俺はティアとフィリアの方を見る。
「もう少し量が少なければ、火と風の魔法を組み合わせればどうにかできるかもしれないけど」
「でしたら私が魔力を融通しましょうか?」
「そんなことも出来るの!?」
フィリアが驚く。実は俺も驚いていたが、そもそもティア以外に魔力を使う人がいなかったので必要がなかったのだろう。
「はい」
そう言ってティアはフィリアの左手を握る。
するとティアの体が発光し、魔力が腕をつたってフィリアの方へと流れていく。魔力の量は職業だけでなく、先天的な才能も影響するが、王家の血を引くティアは膨大な魔力を持っているようだ。
「何これすごい……やっぱり」
フィリアは何か言おうとしたが、前方のリザードマンたちがこちらに襲い掛かってくるのを見て口を閉じる。これ以上の詮索は戦闘後ということだろう。
魔力の受け渡しが終わると、フィリアはリザードマンたちに向けて杖を構える。
「ファイア・ストーム!」
フィリアが唱えると、杖から空気を焦がすような炎と爆風が放出される。一気に周囲の気温が上昇し、ティアの「ブレス」の加護を受けている俺たちでさえも熱くなって後ずさりしてしまう。
そして爆風は沼地の泥を抉り、炎が次々と水分を蒸発させていく。
沼地の底には、これまでの侵入者や動物の死体が転がっていた。
俺たちに向かって襲い掛かろうとしたワイバーンはそれを見て思わず足を止めた。このままでは俺たちを攻撃するどころかフィリアの魔法に飛び込んで自殺することになってしまう。
数人のリザードマンが進み出て防御魔法のようなものを唱えて自分たちの身を守るが、フィリアの魔法は周辺の沼地をすっかり干上がらせてしまった。
「何この魔力、すごい……」
一番驚いているのはこの魔法を使ったフィリア本人のようだった。
一面の沼地はただの焦げた地面へと変わり果ててしまっている。残っていたリザードマンたちもそれを見て呆然としているようだった。
「覚悟っ」
そこへ剣を抜いたリンが猛然と走っていく。
リザードマンたちは一応迎え撃とうとするが、彼らは沼地での動きが俊敏な代わりに焦げた地面ではうまく行動出来ないらしく、動きが鈍い。
そんなリザードマンたちをリンはまるで一陣の風が駆け抜けるように次々と倒していく。沼地による制約がなくなったリンの進撃を阻める敵はいなかった。
「すごい……」
フィリアはそんなリンを呆然と見つめている。
そしてリンは一際大きなリザードマンが現れても全く速度を緩めることなく斬りかかる。リザードマンはリンの二倍ほどもありそうな巨大な剣を振り回して応戦する。
「せいっ」
リンが剣を振り降ろすと、次の瞬間にはリザードマンの首は胴から離れていた。
が、リンの剣は勢い余って、リザードマンが持っていた剣にぶつかる。
カキン、という甲高い音がしてリンの剣が欠けた。いくらリンが強くても、使っている武器はリンの強さに追いつけなかったらしい。
それを見てリンは申し訳なさそうに言う。
「すみません、剣が欠けてしまったのでご主人様も参戦お願いします」
「いや、参戦も何も相手は全滅しているが」
「え?」
そう言われて彼女は慌てて周囲を見回す。
そしてようやく自分が敵を全滅させたことに気づく。どうも今まではゾーンのようなものに入っていて、全く気付いてなかったらしい。
「てへっ」
「いや、てへじゃないが」
こうして俺たちは第五層も踏破してしまった。
「そう言えば確か、転移石って第六層の最初にあったよな」
「そうですね」
リンが頷く。
「それならキリもいいし、今日のところは石だけもらって帰るか」
「すみません、私の剣が欠けてしまったせいで」
「まあちょうどフィリアが武器を作ってくれるって言ってたしいいんじゃないか?」
「そうですね」
とは言いつつも、俺は内心ここで帰ることになってほっとしていた。
これ以上深い階層で戦い続ければフィリアの俺たちに対する評価はどんどん上がっていくだろう。しかし武器が欠けた以上、フィリアが新しく武器を作ってくれるまではダンジョンに入らなくて済む。
俺も最初は自分たちが短期間でここまで強くなるとは思っていなかったので気軽にギルドに冒険者登録して商売を始めてしまったが、そろそろ身の振り方を考えた方がいいかもしれない。
そんなことを考えつつ、部屋の奥から下に降りていくと、通路の壁の一角に、きらきらと輝くクリスタルのようなものがたくさん並んでいた。
「わあ、きれい……」
それを見てリンが無邪気に驚く。
俺たちが持っている松明の灯りが転移石に反射してきらきらと七色に光っており、魔物がひしめくダンジョンの中では珍しい幻想的な光景だ。
大量にあるなら持って帰って売りさばく者が出ると思う人もいるかもしれないが、これらはこの地に足を踏み入れた人しか効果が起動しないように出来ているらしい。
「ここに転移するのか」
その近くに、地面に魔法陣が描かれた場所があり、こうして話している間にも先輩冒険者パーティーが光に包まれて出現しているのが見える。
「じゃあ今日はこれで帰るか」
俺たちは転移石を削って確保すると、魔法陣の上に向かう。
「転移」
俺が唱えると、俺たちの体は光に包まれ、次の瞬間には別の部屋にいた。
そこからは通路が伸びていて、歩いていくとダンジョンの入り口に通じている。そう言えばダンジョンに入るときは転移石を持っている人は行き先が別で少し憧れたが、俺たちもようやくそちらを使えるようになったことに満足した。




