冒険者登録
翌日、村を出発した馬車は特に何事もなくアルディナの街に到着する。街の近くには広大な地下ダンジョンがあるという山がそびえたち、街には冒険者や商人など様々な人が出入りしている。
俺たちが馬車を降りると、俺の元に一人の老人が歩いてくる。五十ほどに見えるが、目つきは鋭い。何者かと思って職業を見てみると、「ギルドマスター」であった。
「おぬしが職業をやりとりする力を持つというアレンじゃな?」
「いかにも俺がアレンだが」
何でもう伝わってるんだと思ったが、山賊を返り討ちにした話と一緒に広まったのだろう。ギルドマスターという立場にある者なら近くで起きた事件のことは知っていてもおかしくはない。
「確かにわしの力をもってしてもおぬしの職業は何も見えぬ。隣のお嬢さんは奴隷にしては腕が立つようだな」
「ギルドマスター」の職業も他人の職業を見抜く力があるらしいが、俺とリンの職業を正確に識別することは出来ないらしい。やはり俺の職業は特別なようだ。
「こほん、申し遅れたがわしはここアルディナの冒険者ギルドマスター、エンゲルだ。お主の力を見込んで提案があるんだが、我らのギルドに入らないか?」
「!?」
新天地に着くと同時に受けた思わぬ誘いに、俺は驚く。
元々俺は職業を集めるためだけにやってきたが、職業合成師の力は俺自身も強化できるものであることが分かった。また、リンもせっかく剣豪に進化させた以上、やはり魔物と戦って腕試しをしたいところはある。
それなら冒険者として登録しておいても損はない。
「どうしましょう? 私はやってみてもいいとは思いますが……」
リンがこちらをうかがうと、エンゲルもうんうんと頷く。
「そうだ。職業を買うという噂を聞いたが、それにしてもお金があって困るものではない。暇なときにダンジョンに入って魔物を倒し、小銭を稼ぐためだとしても入っておいた方がいいと思うのじゃが」
「何でそんなに勧誘するんだ?」
「おぬしの力はよく分からないが、衛兵が後れをとった山賊を返り討ちにしたということは少なくともそれなりの腕はあるということじゃ。基本的にギルドは腕のいい冒険者さえ集めておけば、後は自動的に儲かるからな。ははは!」
エンゲルの率直な言葉に俺は苦笑する。
実際、ギルドを通しての依頼を俺が受ければ何割かはギルドにお金が入るし、依頼なしで魔物を討伐し、戦利品をギルドに買い取ってもらえばそれはそれでギルドの利益になる。
「それに職業の売買を行うにも、ギルドに入ってくれればギルドで宣伝や紹介を行うことも出来る。また、知らない人に商売を行う際にもギルドに所属していれば相手の信用を得るのが簡単になると思うが?」
「た、確かに」
たくさんの人に商売をするのであれば、冒険者が集まっているギルドで商売を行うのが効率的だ。それに、冒険者の登録証は身分証にもなる。「職業」を売買するのでは商人の組合に入ることも出来ないので、冒険者が一番手頃かもしれない。
実際にどの程度冒険者活動をするかはさておき、籍だけ置くのは悪くはないのではないか。
「分かった。ちなみにリンは何でやってみてもいいと思うんだ?」
「はい、私の力を試せる場所があった方が、ご主人様の力を試すのにも便利だと思いまして……もちろん、せっかくもらった力を試したいというのもありますが」
リンは、後半は少し恥ずかしそうに言う。
そういうことならギルドに加入してもいいだろう。
エンゲルもそれを聞いてほっとしたようだ。
「では早速登録するので我がギルドへどうぞ。ちなみにアルディナの街ではギルドの登録証を持っていると宿や一部のお店で割引が効くのじゃ」
「それは便利だな」
「ギルドに所属しているということはそれだけで信用になるからのう。もっとも、逆にギルドの評判を落とすようなことをすれば……」
そう言ってエンゲルはいかめしい表情をしてみせる。
「もちろんそんなことをするつもりはない」
「では向かおう」
ギルドは酒場と宿に挟まれた建物で、古びた建物ではあったが、人でにぎわっていた。中に入ると受付には列が出来ており壁に貼られた仕事依頼はたくさんの冒険者が眺めている。
ここで商売出来ればすぐに色んな職業が手に入るだろう、と俺は胸を高鳴らせる。
エンゲルはそんな列を横目に俺たちを連れてカウンターの中に入っていく。
俺たちは応接室のようなところに通され、ギルド職員と思われる人がお茶とお菓子まで出してくれる。完全に上客待遇だ。
「まずはギルドの基本的な仕組みについて話そう」
そう言ってエンゲルはギルドについて説明する。
冒険者は基本的にギルドで依頼を受けてその依頼をクリアすると依頼主から預かった報酬をもらうことが出来るとか、パーティーを組むとパーティー単位で依頼を受けられるとか、冒険者にはランクがあり、ある程度依頼をクリアしたり、活躍したりするとランクが上がっていくとかそんな話である。
また、ダンジョンというのは地中奥深くにあるとされる魔素の塊から漏れ出る魔力によって魔物や様々な物品が生成される空間で、地中奥深くに行けば行くほど強い魔物や貴重な素材が得られるという。
今のところ素材目当ての冒険者が多数いて魔物を駆除しているが、そうでなければいずれ魔物があふれ出して地上を襲うとか。
一応最終的には魔素の塊を破壊して魔物の発生を根絶することが目的らしいが、そこまでたどり着いた者はいないという。
おそらく基本的な話だったのだろうが、俺もリンも街からほぼ出たことがなかったので、話を聞きながらしきりに頷いていた。
「……と言う訳じゃが、おぬしは一体どういう力を持っているんだ?」
「実は……」
そして俺は自分が無職ながら職業をやりとりする力を得たこと、そして山賊を返り討ちにした顛末を話す。ただ合成や強化、進化の話は詳細がよく分からない上、うさん臭くなりそうなので黙っておいた。
「……と言う訳で、俺はこの力を生かして商売をしたいと思ってこの街にやってきたんだ」
「なるほど、よく分からん力であるが、ギルドとしては冒険者の強化に繋がる以上歓迎しよう。それではまず登録書を書いてくれ」
そう言われて俺たちの前に紙が差し出される。まず名前をと年齢と性別を記入し、職業のところで俺たちの手が止まる。
それを見てエンゲルは苦笑した。
「そうだな、おぬしは職業はまだじゃな」
「確かに、どうしたらいいんだ? 一応俺は自分のことを職業合成師と名乗っているが」
「残念ながら職業の名前を勝手につけるのはだめだ。仕方ないからこれを持っておれ」
そう言ってエンゲルは「仮登録証」というカードを二枚くれる。
普通の登録証と変わらないが、職業の欄だけが空欄になっていた。
「王宮や貴族の屋敷に招かれたときは正規の登録証がいるらしいが、この街で活動する分には正規のものと大して変わらんじゃろう」
「ありがとう」
こうして俺たちは仮登録証を受け取り、晴れて冒険者となった。




